インバウンドコラム
地域の食を軸に旅の価値を高める「ガストロノミーツーリズム」が世界で存在感を増しています。
ここでは、訪日外国人の関心が高まる今、実践に役立つ事例と導入ステップを紹介します。

ガストロノミーツーリズムとは? 定義や市場規模を解説
まずはガストロノミーツーリズムの定義や特徴、市場の成長性について整理し、その魅力と可能性を明らかにします。
UN Tourismが示すガストロノミーツーリズムの定義
ガストロノミーツーリズムとは、その土地ならではの気候や風土が育んだ食材や食文化を通じて、地域の伝統や歴史に触れることを目的とした観光の形です。
国連世界観光機関(UN Tourism)では、料理そのものを味わう体験だけでなく、産地を訪れたり、食にまつわるイベントに参加したり、料理教室で地域の知恵を学んだりする活動も含まれると定義しています。地域の本格的・伝統的または革新的な料理体験と結びついた、体験型の観光スタイルとして注目を集めています。
フードツーリズムとの違い、地域文化を味わう深い旅へ
フードツーリズムは「食と観光」に関わる幅広い体験を指す言葉で、地元グルメを楽しむ気軽な旅から高級レストランの訪問まで含まれます。
ガストロノミーツーリズムは、フードツーリズムの中でも特に、地域に根ざした食文化の背景や歴史、伝統的な調理法など、より深い理解や学びを目的とした観光形態です。単なる食事ではなく、「なぜその味が生まれたのか」「どんな文化が息づいているのか」といった美食学的な視点を重視する点に特徴があります。
市場規模は今後3倍に? ガストロノミーツーリズムの成長性
ガストロノミーツーリズムは、世界的に注目されている成長分野であり、その市場規模は今後さらに拡大すると予測されています。Fortune Business Insightsの調査によると、2024年時点では10億900万ドル(約1514億円)、2032年には3倍以上の約37億6000万ドル(約5640億円)へと拡大。年平均18.12%という非常に高い成長率で推移するとされています。
ただし、定義の違いなどを背景に、市場規模データは調査機関ごとに差があります。観光に伴う全ての飲食費を含める広義のものもあれば、料理教室やフードツアーといった食を主目的とする活動に限定するものも。さらに「culinary tourism」「food tourism」「gastronomy tourism」といった類似ワードが混在して使われており、どこまでを市場に含めるかは調査機関によって異なります。そのため数値の単純比較は難しい一方、市場が多面的に広がる潜在性を物語っているといえるでしょう。
Fortune Business Insightsの調査によると、特にヨーロッパが市場をけん引しており、成熟したワイン文化や多様な食の伝統を背景に、2024年には全体の3割以上のシェアを占めるとされています。すでに先行モデルが確立しているヨーロッパの事例は、地域資源をいかに観光と結びつけるかを示す参考例となり、こうした動向は、日本を含む他地域にとっても大きなビジネスチャンスにつながる可能性を示しています。

ガストロノミーツーリズムが支持される3つの理由
ガストロノミーツーリズムが注目される背景として、持続可能性への関心の高まりや体験重視の旅行志向、日本食の国際的な人気があります。それぞれ詳しく見ていきましょう。
サステナブルツーリズムと食のつながり
近年、観光分野でもサステナブルな視点が求められるようになり、地域資源を活かした持続可能な観光のあり方が注目されるようになりました。とりわけガストロノミーツーリズムは、地産地消や食品ロス削減といった食の課題解決と深く結びついており、地域の自然や農業、文化を尊重しながら、観光客と地域住民の双方に価値ある体験を提供する手段とされています。こうした背景から、UN Tourismもその可能性を重視し、国際的なガイドラインを発行しています。
体験志向の旅行者が求める“食の旅
観光の価値観は「モノを買う」ことから「体験する」ことへと大きくシフトしています。特に訪日旅行においては、地域でしかできない体験や人との交流、ストーリー性のあるコンテンツが重視されるようになっているのも特徴です。ガストロノミーツーリズムは、まさにこの「コト消費」に応える形で注目されており、食を通じた五感での体験や、地域の人々とのつながりが生まれる旅のスタイルとして支持を集めています。
訪日観光の最大の魅力、世界が注目する日本食
観光庁のインバウンド消費動向調査によると、日本を訪れる外国人観光客の多くが最も楽しみにしているのは「日本食を食べること」であり、実際に訪日中にその期待を裏切らない体験をしていることが明らかになっています。
新鮮で美味しい食材、季節感を映す盛り付け、健康的な料理など、日本食の魅力は多岐にわたり、訪日客の満足度も非常に高い水準です。このように食は、単なる一要素ではなく、日本を訪れる大きな動機づけとなっており、ガストロノミーツーリズムの発展においても極めて重要な役割を果たしています。

ガストロノミーツーリズムが地域にもたらす4つのメリット
ガストロノミーツーリズムは、地域経済や文化にも広く貢献する観光のかたちです。ここでは、経済効果や地域ブランディング、SDGsとの関係、飲食業界との連携など、地域にもたらす具体的なメリットを紹介します。
1.地域全体に広がる経済効果
地域特有の食文化を中心としたガストロノミーツーリズムは、単に飲食業にとどまらず、食材を提供する農業や漁業(第1次産業)、加工を担う製造業(第2次産業)など、地域全体の経済活動に広く波及します。
観光客はその土地でしか味わえない食を求めて滞在を延ばす傾向があり、それが宿泊や交通、体験コンテンツへの追加消費へと発展。また、古民家や酒蔵、農場など、普段は食事をする場所ではない特別な空間での食体験や、収穫体験などの企画は、観光資源としての魅力を高め、新たな雇用や地域産業の活性化にもつながっていきます。
2.食を軸にした地域ブランディング
「食」はその地域の風土や歴史、文化が凝縮された象徴的なコンテンツです。地域固有の食を観光資源として位置づけることで、その土地のストーリーや世界観が伝わりやすくなり、他地域との差別化にもつながります。結果として、ガストロノミーツーリズムは地域ブランディングの中核となり、地域文化を資産として未来に継承していく仕組みにもなり得ます。
3.SDGsにも直結
観光におけるサステナビリティへの関心が高まる中で、ガストロノミーツーリズムは地域の持続可能な発展に貢献する有効な手段の一つです。地元食材の活用によるフードマイレージの削減、地産地消の推進、食品ロスの抑制などは、責任ある生産と消費というSDGsの目標にも直結します。
また、農村地域に新たな経済機会をもたらし、若者の地元回帰や地域経済の循環にもつながるため、観光を通じた包括的な地域づくりのモデルとして期待されています。
4.業種を超えた地域連携
ガストロノミーツーリズムの推進により、観光事業者と地域の飲食店、生産者、加工業者とのネットワークが生まれ、連携が強化されます。
例えば、宿泊施設と地元レストランが協力して特別メニューを提供したり、農家がツアーの一部として体験を提供するなど、業種を越えたコラボレーションが可能に。こうした横断的な関係性は、地域の食文化を中心とした一体的な観光体験を創出し、観光の質の向上と地域全体の収益化につながっていきます。

受け入れ準備のステップと実践のヒント
ガストロノミーツーリズムを受け入れるには、段階的な取り組みや多様な食文化への配慮が欠かせません。観光庁が令和6年度にまとめた「地域一体型ガストロノミーツーリズム推進のための成果事例集」でも、実践のための要素やステップが整理されています。ここではその内容を中心に、成功に向けた具体的なポイントを見ていきましょう。
地域の食を資源化する3つの要素|食材発掘・特別体験・連携体制
観光庁は、訪日外国人に人気の高い「日本の食」を地方誘客の原動力とし、宿泊・飲食・交通など観光関連産業の活性化を図るとともに、食を核に地域の自然や文化を物語として結び付け、ブランド価値の創出を目指して「ガストロノミーツーリズム推進事業」を展開しています。
この推進にあたり、観光庁はUNWTOのガイドラインを基に、ガストロノミーツーリズムを進める上で重要とされる3つの要素を示しました。
・地域ならではの食材の発掘とブランド化:今後の核となる食の開発を行うこと
・特別な体験の組み込み:地域でしか得られない交流やストーリー性を通じて食の価値を高めること
・持続可能な連携体制の構築:生産者や飲食店、行政などが連携できる仕組みを整えること
これらを意識することで、地域独自の魅力を食を通じて世界に発信し、観光資源として長期的に育てていくことが可能になります。

地域がガストロノミーツーリズムに取り組むための4つのステップ
観光庁は、ガストロノミーツーリズムを各地域が推進するために取り組むべき4つのステップを明示しています。
1.現状分析
現状分析では、各地域の観光計画に加え、食文化や伝統行事、農水産業や市場、飲食・宿泊施設、食育や研究機関など多角的に資源を洗い出し、地域の強みや課題を明確にします。
2.戦略策定
戦略策定では、生産者や飲食店、観光施設などが一体となって食資源をどう活用するかを検討し、他地域との差別化や独自の魅力を踏まえた商品戦略・ターゲット戦略・コンセプトを設定します。
3.実証及び検証
このステップでは、食をテーマとした特別な体験やイベントを開発し、品質の確保や試行を通じて観光客の満足度や持続可能性を検証します。
4.周知
官民協力のもと地域住民やメディアに向けて取り組みを発信し、地域内の誇りを育みながら誘客や認知度の向上を図ります。
分析から戦略策定、実証、発信までを体系的に進めることが、ガストロノミーツーリズムを通じた地域振興の基盤となります。
旅行者の安心を支える多様な食文化への対応
ガストロノミーツーリズムを進める上で欠かせないのが、多様な旅行者の食ニーズに応える視点です。アレルギーや宗教的制約、ベジタリアンやビーガンといったライフスタイルに基づく選択は、旅行先での満足度に直結します。
安心して食事を楽しめるよう、アレルゲン表示や宗教対応、食材や調理法の説明など情報の透明化、さらにスタッフ研修による理解促進が求められます。こうした取り組みは、観光客の信頼感を高め、リピーター獲得や地域ブランドの向上につながるでしょう。
世界と日本のガストロノミーツーリズム事例に学ぶ
国内外の成功事例から、食が旅の主役になる条件と地域が伸びる仕組みを整理します。それぞれの地域の取り組みを通して、実践のヒントを見ていきましょう。
海外事例1.スペイン サン・セバスチャン|市民文化とバル巡りが育む美食の都
スペイン北部バスク地方のサン・セバスチャンは、「平方メートルあたりのミシュラン星獲得数世界一」と称される美食都市です。行政が弟子制度の廃止や料理レシピのオープン化を進めたことで、シェフ同士が自由に技術や発想を共有する土壌が生まれ、“新しい料理”の潮流が街全体の水準を押し上げました。さらに、市民文化として根付く「美食倶楽部」や、誰もが気軽に楽しめる「バル巡り」が観光の核となり、日常と観光が地続きになった点が特徴です。行政主導だけでなく、市民の誇りと食への愛着が自然に発展したことで、世界中の旅行者を惹きつける唯一無二のガストロノミー都市として評価を確立しました。
海外事例2.フランス アルザス地方|ワイン街道とガストロノミーウォーキングの魅力
フランス最東部のアルザス地方は、南北に伸びる「ワイン街道」と30を超える星付きレストランを擁する、ガストロノミーツーリズムの先進地域です。100以上のワイナリーを巡り、テロワールを体感できるのに加え、夏の週末には「ガストロノミーウォーキング」が各地で開催されます。参加者は10人前後のチームで6〜8kmのコースを歩きながら、8か所のポイントでワインとフルコース料理を楽しむという特別な体験で、毎回1000人規模の参加者を集めています。
行政も「地元の良いものを食べよう」と市民に働きかけ、地産地消を文化として根付かせました。独仏の歴史の中で育まれた独自の食文化や建築様式とともに、こうした多彩な体験が強力なブランド価値を形成し、世界から観光客を呼び込んでいます。

国内事例1. 山形県鶴岡市|ユネスコ認定が後押しする食文化
鶴岡市は、庄内平野や日本海、出羽三山に育まれた風土の中で、精進料理や行事食など信仰と結びついた食文化が継承され、60種類以上の在来作物が「生きた文化財」として守られてきました。
こうした食と歴史の深い結びつきを背景に、鶴岡市は2014年に日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市」に認定されました。これは単なる観光イベントにとどまらず、農業・文化・産業・観光を統合した「ガストロノミー・エコシステム」を市全体で構築しようとする壮大な取り組みです。
その象徴の一つが、松ヶ岡開墾場に誕生したワイナリー「Pino Collina」です。旧庄内藩士が開墾した桑畑をワイン用ぶどう畑に転換し、土壌分析の結果アルザス地方と似た特性を活かして希少品種ゲヴュルツトラミネールを栽培するという物語性の強いプロジェクトで、新たな価値創出を実現しました。加えて、地産地消条例の制定、料理人育成や専門ガイド制度も進められ、市民や事業者が一体となった推進体制が整えられています。
国内事例2.奈良県|酒蔵や氷室神社とかき氷で歴史と食を体感
奈良は第7回UNWTO世界フォーラム(2022年12月)の開催地選出を機に、県や民間事業者が連携して食文化資源の発掘を進めてきました。酒蔵見学や氷室神社と名店のかき氷を組み合わせた体験など、歴史と味覚を融合させた商品が次々と生まれています。需要調査に基づいたプログラム開発や、宮司や店主によるストーリーテリングが旅行者の満足度を高めました。レストラン外の神社や史跡と食を結びつける視点が、学びと感動を伴う体験へとつながっています。
国内事例3.新潟県魚沼市|おばちゃんと作る郷土料理が生む唯一無二の交流
魚沼市では「土間クッキング」という地域のおばちゃんと一緒に郷土料理を作り味わう体験コンテンツが開発され、人気を集めています。山菜の保存食やかまど炊きご飯など雪国の暮らしを語り合いながら共有することで、言葉を超えた交流が生まれています。プロの料理ではなく生活の知恵を前面に出した唯一無二の体験は、訪れる人の心に深く残ります。地方でも人と暮らしを主役にすることで強い訴求力を持つ観光が可能であることを示しています。
ガストロノミーツーリズムで地域が変わる、実践の第一歩へ
ガストロノミーツーリズムは、食を通じて地域の魅力を再発見し、観光資源へと昇華できる可能性を秘めています。市場の拡大や訪日客の関心を追い風に、地域独自の食文化や物語を活かした体験を磨くことが重要です。
地域で活躍する人たちそれぞれの工夫と連携が、地域のブランド力を高め、持続可能な観光の未来を切り開く鍵となります。
*記事内では、1ドル150円で換算
やまとごころ編集部
2007年、日本初のインバウンド専門メディアを立ち上げる。以来、インバウンド業界の最前線で取材・執筆活動を展開。数千本にも及ぶ記事の執筆と通算13冊の書籍の企画・編集を手がけ、日本のインバウンド観光の発展に貢献。「インバウンドの、いまと、これからを読み解く」をモットーに、独自の視点から、業界の最新動向と将来展望を鋭く分析し、日々価値ある情報を発信。
▼関連記事はこちら
奈良県のかき氷を起点としたガストロノミーツーリズムについてはこちらで詳しく解説
大分・由布院で「Farm to Table(農場から食卓へ)」を実践するオーベルジュのツアーレポート
最新記事
-

2025年の国慶節は8連休 日本旅行の人気は引き続き、ニッチな地方にも注目が集まる (2025.09.26)
-

訪日外国人とのコミュニケーション課題を解決、ホテル現場が語るWhatsApp Business Platform活用術 (2025.09.19)
-

観光庁 2026年度予算要求前年比1.3倍の814億円、ユニバーサルツーリズム推進や免税制度改革を強化 (2025.09.03)
-

WhatsAppで変わる外国人旅行者の対応、“連絡が取れない”問題に終止符 (2025.08.22)
-

アドベンチャートラベルとは? 定義や市場、地域で実践するためのポイントなど解説 (2025.06.25)
-

地域観光の新潮流「デジタルノマド」誘致 受け入れの工夫と国内外の実践例 (2025.06.11)
-

訪日客に人気の食体験が急拡大!その裏にあった予約・在庫管理の仕組みとは? (2025.05.28)
-

「予約管理ストレス」をゼロに! 体験・アクティビティ事業の課題を“仕組み”で解決するシステムとは (2025.05.23)

