インバウンドコラム
日本の各地域で豊かな自然と食文化を体験するガストロノミー・ツーリズムが注目されている。大分県由布市では、11月に「ENOWA YUFUIN」という宿を拠点に、由布院、大分そのものを味わうツアーが実施された。自然の恵みと食にまつわる人々の想いを深く体感する1泊2日3食のツアーをレポートする。
自家菜園で収穫し、一皿を味わう「Farm to Table」を体験
ENOWA YUFUINは2023年6月に由布院温泉の高台にオープンした上質なオーベルジュで、アメリカ発祥の「Farm to Table(農場から食卓へ)」を実践。自家農園からシェフがその日の旬の野菜をセレクトし、メニューが決まるという食体験を提供している。2024年7月にはミシュランキーを獲得し、国内や台湾などからすでにリピーターを多く獲得しているという。
シェフは「Farm to Table」実践店として名高いニューヨークのレストラン「ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ」副料理長であったタシ・ジャムツォ氏。日本でも各地を訪ね、学び、このホテルの立ち上げから関わり、旬の食材からその日最高の一皿を提供している。
日本国内でもFarm to Tableを実践しているところは数々あるが、ここではオーベルジュ近くの由布院盆地の広々とした畑で、圧倒的に多品種の野菜をサステナブルな方法で栽培し、食卓へ運ぶという強い意志と覚悟をもって開発していること、そして、企画当時から関わったシェフが、大分県の酒蔵やワイナリー、九州の事業者を訪ねて、食材を探しだし、文化も含めて料理に表現する情熱には目を見張るものがある。
今回は、その彼が大分の生産者と連携して企画した、地産地消を堪能する1泊2日のモニターツアーに参加した。
オーベルジュにチェックインし、リラックスした後に、さっそく由布岳を望む1万㎡の自家農園へ向かった。ここでは、農薬や化学肥料を使わずに、年間30品目、200品種(今後さらに、40品目、250品種に増やす予定)の野菜を育む。オーベルジュの厨房で出た野菜の残りを鶏に与え、その鶏糞を畑に肥料として使うという循環型農業システムを実施している。
ここで栽培されている5種のケールや野菜について説明をうけた後に、畑に出て、シェフやスタッフの説明をうけながら、たくさんの野菜を摘んで少しずつ食べていく。ケールは中心部の若くて柔らかい部分をちぎってたべると、苦みはほとんどなく、うまみを感じる。私達が普段みている太いものとは違い、ほっそりしているにんじんは、実に様々な種類がある。太い茎をみつけては収穫していく。
オーベルジュ開業に先立つ2020年から、もともとは田んぼだった土地を手をかけて畑に仕上げていったそう。標高600mにあり、夏は涼しく、冬季に降る霜の影響などを考慮して、多品種の野菜の栽培スケジュールを作り、生育するのはトライ&エラーの連続だというが、スタッフもシェフもものすごく楽しそうだ。
たくさんの野菜を味わい、最後は自分で摘んだハーブティーをいただいて、あっという間に2時間近くの体験が終了。ディナーの前に、由布院の自然の恵みを理解し、この畑と自然がものすごく愛おしくなるのがFarm体験の魔法だと確信した。
▲インドネシアからのスタッフが持っている野菜がディナーに
地域の特産品と絶妙にマッチした一皿を堪能
シェフのタシ・ジャムツォ氏氏は、中国四川省・チベット自治区出身で、農業をしながら遊牧民族と物々交換を行うという自給自足を行う環境で育ったという。今でも毎日畑に行き、採れた一番の食材でメニューを決める。当日のディナーは、畑で一緒に収穫した野菜を用いて供された。
▲ホテルの中にあるファーム。24時間オープンになっていて、宿泊客であればいつでも訪れることができる
まずは、オーベルジュ内にあるファームガーデンの前で前菜の2品をスタンディングで。次はレストラン「ジングー」に移動して、大分の関サバやひらめ、ポークなどを野菜と織り交ぜながら、デザートまで、今回のツアーで連携する酒造やワイナリーなどのお酒とのペアリングもあいまって、目にも鮮やかな12皿を堪能した。
自分も収穫に関わったケールやにんじんなどの野菜が、素材の味を活かしつつ、斬新なテイストで料理されている。野菜で作られたソースとともにじっくりと味わう時間は、特別な感慨がある。畑を思い出しながら、大分の自然を想像し、より価値あるものに感じられるのだ。
▲左:スナックとして最初に出される野菜 右:収穫したケールとにんじんがいろいろな食感で味わえる「ケール尽くし」
最後には、今回のモニターツアーの特別企画として、豊の国ゆふいん源流太鼓のパフォーマンスが披露された。メンバーそれそれが本業を持ちつつ国内外で公演を行っており、圧倒的な響きで魂を揺さぶられた。由布院の誇りを1日目の最後に味わった。
大分の誇る生産者と交流しながらのガストロノミー体験
翌日の朝食、どれだけ自然の恵みをこめているものか容易に理解できるようになっていた。全粒粉のパンもシェフが手づくりをしているというから驚きだ。
▲オムレツの卵は大分の2種類の卵からセレクトし、野菜たっぷりに仕上げてくれた
2日目の行程は、大分県内の生産者を訪ねて、実際に味わい、ランチパーティーで今までの生産者と語り合うというもの。
まず訪れたのは、由布院から車で30分ほどの宇佐市安心院(あじむ)町にある、創業1712年の大分県内最古の酒蔵「縣屋酒造株式会社」。由布岳の清らかな伏流水に恵まれた安心院盆地で、清酒はもちろんのこと、現在は大分に多い麦焼酎も生産している。
▲左:工場を案内する15代目の重松佳那さん 右:原酒を試飲のためにくんでいる杜氏。すっきりとした味わいを目指しているという
次は、九州で最初のワイナリーである「安心院(あじむ)葡萄酒工房」で見学とスペシャルバージョンの試飲を楽しんだ。ここは、国の事業により安心院盆地でブドウ栽培が始まったのを受け、1971年果実酒製造免許を取得。2006年に安心院町産ブドウ100%でワイン生産を開始、2011年からさらに自社畑も拡大している。ここ安心院は瀬戸内海式気候であり、ぶどう栽培に適してはいるが、いろんな品種のぶどうがすべて首尾よく生育するわけではなく、苦労を重ねた話もおききした。現在ではスパークリング、白、赤、ブランデーなどのアイテムも多数あり、今回も現在取り組んでいる製法の説明をききながら何種類ものワインを試飲できた。
▲左:杜のワイナリーといわれるほど緑が多い 右:案内は、副部長の岩下理法さん。通常では行っていない多種多様な試飲を実施
ラストは、安心院葡萄酒工房で、シェフや今回交流した生産者とのランチパーティー。タシシェフも厨房でランチボックスを作り、由布院チーズ工房の浦田健治郎さんによるチーズ作りのデモンストレーションも行われた。彼は2009年度の「オールジャパン・ナチュラルチーズ・コンテスト」で日本一に輝いたこともあり、卓越した技術を持つ。眼の前でできたてのチーズをいただいた。
▲タシシェフも含め、今回のツアーで連携した生産者とランチ
ここでも、地元でとれたものを素晴らしい味にして消費者に届けたいという生産者の想いをきくことができた。「食」を通して、その価値を体感し、大分のファンになるガストロノミー・ツーリズムの典型のようなモニターツアーだった。
今後もENOWA YUFUINを拠点にガストロノミー・ツーリズムを展開
今回はモニターツアーとしてのトライアルだが、今後はENOWA YUFUINを体験の拠点に継続する意向だ。そもそもENOWA YUFUINは、「食体験」を目的に過ごすオーベルジュなので、農園での収穫体験は、ENOWAにオーダーするとオプションツアーとして催行できる(日程、条件などは要相談)。今回は宿単独で完結せずに、シェフ自ら大分の他の生産者と交流し、ガストロノミーを持続的に追求できる体制が整ったというわけだ。旅行会社を絡めての販売などが予定されているというから楽しみだ。
「ENOWA」は、食の循環の輪、人の輪など「縁の輪」を意味したボタニカル・リトリート。「食」へのこだわりはもちろん、全客室に源泉かけ流しの露天風呂を完備、ヴィラにはインフィニティプールを配し、日本人、外国人と多様なスタッフのフランクで真心のこもったサービスと、すべてが心地よい宿だ。連泊の際は和食の提供などもあり、さらに多くの外国人旅行者のファンが増えるだろう。
▲宿泊施設では24時間露天風呂に入ることができ、インフィニティプールも楽しめる
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