インバウンドコラム

アジア諸国の観光客誘致戦略、中東市場向けマーケティングから日本が学べること

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2021年のドバイ万博に続き、2022年にはカタールでサッカーワールドカップが開催されるなど、中東諸国は、世界的な影響力を高めつつある。日本でも、インバウンドにおける富裕層誘致を強化するに従って、中東市場を重点市場と捉え、2021年にはJNTOがドバイ事務所を開設するなど、中東市場からの訪日誘致に精力的に取り組んでいる。

さらに11月1日からは、アラブ首長国連邦の一般旅券保有者は、日本へ30日以内のビザなし渡航が可能になるなど、受け入れ条件の緩和も進んでいる。

今回は、中東諸国の中でも経済や旅行分野で大幅な伸びを見せる湾岸協力理事会*に加盟する6カ国(GCC諸国)にフォーカスし、競合となる東アジア、東南アジア諸国の動きを届けるとともに、日本ができることを考えていく。
(*GCC諸国:アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国を指す)


▲ドバイのダウンタウンの様子

 

中東市場の旅行者を呼ぶことで、大きな経済効果が期待できる!?

世界のイスラム経済情勢レポート2017/2018によると、ムスリム(イスラム教徒)旅行者全体の中で、GCC諸国の旅行者が占める割合はわずか3%に過ぎないが、アウトバウンド旅行の支出額でみると、GCC諸国は全体の36%を占めているという。

中でも、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタール、クウェートは世界全体のアウトバウンド旅行支出額ランキングでも上位に入っている。こうしたことから、少ない人数でより多くの消費が見込める市場として、世界中の多くの国、地域がGCC諸国からのインバウンド誘致に取り組んでいる。

Research Nester社が2021年に発表したレポ―ト「GCCのアウトバウンド旅行・観光市場」によると、アウトバウンド旅行の市場規模は、2028年にアラブ首長国連邦が305億ドル、サウジアラビアが270億ドル、カタールが130億ドル、クウェートが170億ドルに到達すると予測されている。

 

中東最大の旅行博「アラビアン・トラベル・マーケット」、競合のアジア諸国はどう訴求したのか?

アラブ首長国連邦のドバイでは、中東を代表する旅行業界向けのBtoBの展示会「アラビアン・トラベル・マーケット」が毎年開催されている。2022年は5月9日~12日の日程で、世界中の国、地域から旅行関係者が集った。実際には観光客の受け入れが再開した国、そうでない国の差は明確だったが、昨年に比べると今年はかなり賑わいが戻っていた。

日本からはJNTOが出展していたが、昨年に続き共同出展の募集はなく単独だった。


▲JNTOが出展した日本のブース(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

中国はロックダウン中のため出展しておらず、観光客の受け入れ再開を待つ台湾は1坪程度のブースだった。


▲1坪にとどまった台湾ブース(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

一方、受け入れが再開したタイでは、かなりの賑わいを見せていた。タイ国政府観光のブースにはリゾートホテルを中心とした宿泊施設、観光施設、病院など24社がデスクを構えていた。


▲商談も活発に行われたタイのブース(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

マレーシア政府観光局のブースは毎回大きく、宿泊施設に加え旅行業者や観光協会など32社がデスクを構えていた。マレーシアは例年通りアラビア語のパンフレットがアジア諸国の中では最も充実している。カタール・ドーハで開催されるマレーシア政府観光局のBtoBネットワーキングセッション&ディナーの案内も配布されていた。企業進出の案内や商談会などビジネス目的のパンフレットも置かれていた。


▲マレーシアのブース(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

年々規模が拡大している韓国のブースでは、今年は医療ツーリズムや美容方面に力を入れている印象を受けた。病院(美容整形含む)や旅行業者などがそれぞれ4区画に分かれて出展。美容整形はコロナ前は若い世代が中心だったが、コロナ禍はダウンタイムを人に合わずに過ごせたり傷をマスクで隠せたりすることから思いきって行動に移した親世代や年配の人の割合が増えたとのこと。


▲伝統的な衣装チマチョゴリでお迎えする韓国ブース(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

 

アラブ人から大人気、観光客誘致に力を入れるタイの取り組みは?

タイ国政府観光庁は10年以上前からドバイに事務所を置き、BtoBおよびBtoC向けのプロモーションやキャンペーンにおいてはアジア諸国の中で最も積極的である。GCC各国でBtoB向けのプレゼンイベントやロードショー*を定期的に行っており、現在はビザ免除となったサウジアラビアからの誘客に特に力を入れている。ファムトリップは現地の旅行会社、インフルエンサー、メディア向けにほぼ四半期ごとに行っている。
(*ロードショー=各地を巡り、旅行会社と直接プレゼンや商談を行うこと。最近ではオンラインで行うことも増えてきているが、現地ではやはり対面が重要)

タイはGCCの旅行者にとって、長年にわたり最も人気のあるアジアの旅行先である。タイ国政府観光庁はGCC各国で存在感を示しており、ラグジュアリー、MICE、ウエディング・ハネムーン、ウェルネス、ゴルフなどのデスティネーションという位置づけで成果を上げている。


▲ゴルフツーリズムにも力を入れるタイによるファムトリップでの一コマ(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

 

韓国の観光誘致戦略、家族ぐるみの付き合いで信頼関係を構築

韓国観光公社(KTO)もドバイに事務所を持ち、GCC各国でプロモーションを行っている。少なくとも年に2回はプレゼンイベントやロードショーを行い、特にサウジアラビアには定期的な訪問をするなど、力を入れている。意外に思う人もいるかも知れないが、韓国はアジアのラグジュアリーデスティネーションとしての位置づけが強化されてきている。BtoC向けには、ドバイ万博会期中、新型コロナウイルスのオミクロン株が猛威を振るう中でもKorea Travel Fairを開催した。

また、韓国観光公社は現地での人間関係づくりに長けている印象を受ける。アラビアン・トラベル・マーケットなどのイベント時はKTOのスタッフが仲介役となり、韓国からの参加者と現地の旅行会社を招いて食事会などを行っている。私も何度か参加させてもらったが、旅行会社の担当者が配偶者や子どもを連れて来て、観光公社のスタッフが家族ぐるみで仲良くしている様子に驚いた。普段より親しく交流していることが伝わってきた。このことは、旅行会社の担当者が顧客から「次の旅行はどこがいいと思う?」と聞かれた際に、「韓国」と答える大きな後押しにもなっているようだ。

タイをはじめ、後述のマレーシア、フィリピンでもGCCに特化したSNSアカウントを開設して積極的に情報発信を行っているが、特に韓国に関してはターゲットを理解した上で訴求力のあるコンテンツに仕上げていると感じる。

※韓国のGCC向けSNSアカウント هيئة السياحة الكورية الوطنية(@kto_dubai) 

 

マレーシア、フィリピンの観光客誘致に向けた取り組み

他の東南アジア諸国でいうと、マレーシア政府観光局もドバイに事務所がある。GCC諸国の中では、サウジアラビア人が一人当たりの観光支出額が最も多いといわれており、更なる誘客のためジェッダ(サウジアラビアで首都リヤドに次ぐ2番目の都市)にも事務所を置いている。タイに比べるとプロモーションに関してはやや保守的な印象を受けるが、現地のマネージャーによる定期的なロードショーや訪問が行われている。

なお、フィリピン政府観光省はコロナ前にGCCの旅行会社30社のファムトリップ、アラブ首長国連邦の旅行会社トップ8のCEOのファムトリップ、そしてアラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、オマーンでロードショーを行った。


▲ドバイ万博開催中にはフィリピン館でBtoBのプレゼンイベントを行った(提供:株式会社ジェイ・リンクス)

 

コロナ禍で急速に変化するアラブ人の旅のニーズ

前述のアラビアン・トラベル・マーケットで発表された調査会社D/Aのアンケートによると、国外旅行をしたいと答えたGCC諸国の人々は全体の83%に達し、その割合はコロナ前の調査よりも増加しているという。

2021年~2022年、彼らはヨーロッパを中心に旅行していたが、2023年はまだ行ったことのない新しい旅行先の開拓を検討する人が増えてきており、日本にとっても良いチャンスと思われる。

彼らのニーズもコロナ禍を経て変化しているのを感じる。以前はどちらかというとトップブランドの商品や流行りものなど即物的なリクエストが多かったが、最近は個人の感情を満たすような深みのある体験を求められることも増えてきた。その証として、東京や京都などといった有名どころにこだわらず、ゴールデンルートを外れての提案も通りやすくなっている(ただし移動時間が長い、移動手段が複雑、彼らの基準を満たす宿泊先が見つからないなど阻害要因は多々ある)。また、ハイキングなどアウトドアアクティビティも好まれることが増えてきた。

ハイシーズンの飛行機が取りにくくなっていることもあろうが、直前に旅行を決めることの多いアラブ人の中でも、最近は前もって計画を立てようという人が増えてきた。なお、少し悲しく思うのは、コロナ禍で韓国ドラマやK-POPにはまる人が増え、コロナが明けたら日本に行くと言っていた人たちが韓国に変更したことを知った時だ。特に家族旅行が主流であるGCC諸国では、お母さんや娘など、女性の影響力は強い。

 

中東諸国からの観光客誘致のために、日本は何をすべきか?

 GCC諸国における日本の認知度はまだ高いとは言えない。それでは、どのようなアプローチが必要なのか。既にJNTOが主導で取り組んでいることもあるが、BtoBとBtoCそれぞれですべきことを書きだしてみた。ただし、GCC諸国といっても、ひとくくりにはできず、国により性格や好みによって、訴求すべきポイントや用意すべきプランは異なるため、実施する際は注意が必要である。


▲観光客が戻るドバイのダウンタウン

【BtoB】
・現地の旅行会社に対し、日本や各地域のことをしっかり教え込む(知らない、もしくは勘違いしているところが未だに多い。一度や二度パンフレットを渡したくらいでは定着しない)
・現地の旅行会社と日本のサプライヤーを繋ぐ
・GCCでロードショーを行い、その後バーチャルも含め定期的にプレゼンと情報のアップデートを行う
・エミレーツ航空、エティハド航空、カタール航空などGCC諸国の航空会社との共同プロモーションの実施
・GCC諸国の主要な旅行会社とパートナーを組んでのプロモーションの実施(旅行パッケージの提案を含む)
・旅行業界メディアを利用し、現地の旅行会社における「日本」の認知度を上げる
・定期的に旅行会社を訪問し(通常日本で考えるより高い頻度で)、日本の売り込みができる人員を確保

【BtoC】
・デジタル広告を利用する場合は、人々を惹きつけ、日本を意識させるような目を引くクリエイティブを使用(動画は短く分かりやすくが好まれる。よくあるスロー再生の動画は百害あって一利なし)
・メディア、インフルエンサー、コンテンツクリエイター向けのプレストリップを実施
・GCCのオーディエンスに合わせたSNSでの情報発信
・特に若い世代の誘客のため、家族旅行、男性のみや女性のみのグループ旅行に関するキャンペーンの実施
・テレビや新聞など向けのマスメディアへの広告ができる予算がある場合はアラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタールに絞る

 

中東諸国とビジネスをする上で最も大切なこと

情報であれ人であれ、現地における継続的なコンタクトは非常に重要だと感じる。「日本人は綺麗なパンフレットと名刺だけ渡して、その後音信不通になる」とは旅行業界に限らずよく言われるが、タイや韓国のように継続してコンタクトしている国、地域ではやはり結果もついてきている。

とはいえ、中東といえば石油王と返されるなど、日本における中東の認知度も高くない。ムスリム(イスラム教徒)対応に関しても、通常セミナーで話される教科書的な内容と現場での実態は結構な乖離がある。

上で挙げたプロモーション施策も含めて、中東からの誘客に取り組む場合は、相手の人となりや彼らの実際の訪日旅行スタイルについて事前に知ることも大事だと思う。情報発信も、例えば同じ寿司でもアピールするポイントを間違えれば逆効果になることもある。同じ宿泊施設でも効果的な写真の撮り方や見せ方がある。日本でもこうした情報の共有が進めば良いと思う。

 

株式会社ジェイ・リンクス 代表取締役 金馬(きんば)あゆみ

アルゼンチンでの日本語教師や帰国後の貿易商社での海外営業を経て、2008年に株式会社ジェイ・リンクスを設立。湾岸諸国を中心とした中東地域を主な対象とし、インバウンド事業、輸出事業、イベント事業などを手掛ける。近年は現地でのプロモーションや、現地ネットワークと現場の一次情報を生かした現地調査サポートおよびアドバイザリー業務なども行っている。

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