インバウンドコラム

紙からデジタルへ大胆な改革、ドイツ観光局のマーケティング戦略に学ぶ

印刷用ページを表示する



前回までフィンランド政府観光局を中心にツーリズムマーケティングや最新サステイナブルツーリズムのご紹介をしてきたが、今回からは、世界の政府観光局のマーケティングを解説する。

今回紹介するのは、ドイツ観光局。同局はドイツ連邦経済・気候保護省(Federal Ministry of Economic Affairs and Climate Action) の外郭団体で、日本にもオフィスを持っている歴史も長い観光局だ。ドイツはコロナ以前には日本人宿泊数が年間120万泊を記録するヨーロッパでも人気のデスティネーションで、古くはロマンチック街道やゲーテ街道、近年はクリスマスマーケットなど数々のヒット商品でも知られている。「城、食、街道、文化、街」のメインテーマは変わらないが、現在はサステイナブルやアクセシブルツーリズムも戦略に加えている。

▲『進撃の巨人』ファンの間でモデルになったと噂されるネルトリンゲン。個人旅行者を中心に訪れている(© Romantische Straße Touristik-Arbeitsgemeinschaft GbR)

 

印刷物からデジタルへ大転換、ドイツ観光局の戦略

ドイツ観光局が戦略を大きく転換したのは2016年、そこでデジタルマーケティングに舵を切った。まずはパンフレットの配布を中止、当然ながら環境への配慮という点もあるが、デジタルマーケティングへの覚悟が感じられる方針転換だ。

もともと、ドイツ観光局では日本市場向けには、マーケティングの一環としてパンフレットを無料配布していたが、実際にはドイツ現地では有料で販売していたものも多い。

現在は、パンフレットを大量印刷し、観光案内所などで旅行者向けに配布するといったことはやめ、ツーリズムエキスポなどイベントの際に少量印刷して配布するにとどめている観光局も多いが、ドイツは大変早い時期からの取り組みと言える。

デジタルマーケティングに舵を切ったドイツ観光局が2017年から開始したのがSNSだ。

本局と世界の各地でFacebook, Instagram, LINE, Pinterest, Tik Tok, Twitter, YouTube, WeChat,Weiboの9つのチャンネルでアクティブに情報発信をしている。2021年の統計では年間27億インプレッション、660万クリックを記録し、毎日42万6000人にリーチしている。さらにチャットポッドの利用や、各地の観光コンテンツを横断的に利用できるようにするOpen Data Project、ARやVRの利用もされている。本局以外の世界各地の代表オフィスでは地域の特徴を生かしたアクティビティーが行われており、中国ではライブストリーミングが開催され、アメリカではSmart TV広告のパイロットプロジェクトが開始している。

本稿の本題である日本オフィスではTwitterとLINEのVoom(旧名称:タイムライン)を展開している。


▲ドイツ観光局が運営するTwitterとLineのアカウント

読者の皆様にはInstagramやFacebookはどうなのかと思われる方もいると思う。

まずInstagramだが、写真で訴求するという特性を考慮して、全世界共通のグローバルアカウントとして、ドイツ観光局の本局が対応し日本としては、ハッシュタグなどで協力をしている。また、Instagramを活用したグローバルキャンペーンについては、日本からはTwitterで応援という形で拡散をしている。

なお、多くのDMOや自治体が活用しているであろうFacebookは、利用していない。友達同士のミュニケーションが中心であり、商業的なメッセージが嫌われる傾向があり、アクティブユーザーも減少しているといったことが理由だという。

ここでも、ドイツ観光局の割り切りの良さや、全市場向け共通のグローバル・アクティビティーとの絶妙な組み合わせを感じる。現在日本支局が運営するTwitterのフォロワー数は16万5400人、LINEは4万1205人(10月29日現在)で、どちらもヨーロッパの観光局の中ではトップクラスだ。

 

SNSはマーケティングのリトマス紙

現在のSNS運用方法は、基本的に1日2回、TwitterとLINEに同じ内容を投稿している。投稿内容などのテキスト作成は外部の専属ライター3-4人が担当し、広報担当者が全ての内容をチェックしたうえで配信している。

各SNSの利用者の傾向について、アジア地区統括局長の西山晃氏は「Twitterは20代から40代の女性が中心的なフォロワー層だ。一方LINEは50代からシニア層がフォロワーの85%を占めており、フォロワー属性は全く違っている。投稿内容は同じだが、Twitterはビジュアルに敏感に反応し、LINEは城や食など比較的伝統的なプロダクツへの反応が良い」と語っている。

自治体やDMOなどのSNSを活用したプロモーションを行うに際し、「LINEをどう活用すればいいのか」というのはよく聞く悩みだが、それぞれのSNSの利用者の属性を分析し、属性ごとの趣味嗜好を理解するのに活用するというのは、目から鱗の回答である。さらにドイツ観光局では、SNSでの投稿などを基にトレンドを分析し、旅行業界向けのセミナーで共有している。例えば、ドイツ西部、フランクフルトから電車で2時間ほどの場所に位置するフロイデンベルク(Freudenberg)はSNSでバズったことから旅行先として新しく誕生したデスティネーションだ。ドイツ観光局ではSNSを「マーケティングのリトマス紙」として活用している。

▲フロイデンベルグにある歴史的な市街地アルター・フレッケン、白黒の街並みが特徴的(©GNTB / Francesco Carovillano)

「外国人にどんな場所が受けるのかわからない」という声はよく聞くが、SNSを活用して分析し、何がヒットするかを探ること。またその結果をもって旅行会社へ営業をするというのは、日本の自治体やDMOでも参考になるかもしれない。

 

SNSやHPで読者の反応や声を集め、マーケティングへ活用

このように、SNSなどのBtoC向けに展開しているマーケティングで得た知見を、旅行会社などBtoB向けの商品造成に生かすことで、効率的な商品開発が可能になる。

また、全世界向けに共通で展開するグローバル・アクティビティーに目を移してみると、ドイツ観光局のウエブサイトでは、2012年から閲覧者自らが推す観光スポットを自由に提案できるようになっている。その結果として生まれたのが15000人を超える外国人観光客による投票で選ばれた人気観光スポットトップ100ランキングである。

トップ100では、総合ランキングと並んで「ユネスコ世界遺産」「都市」「都市観光推しスポット」「自然観光推しスポット」「テーマパーク&動物園」「博物館&美術館」「国立公園」「地域観光推しスポット」「宮殿&城郭」といったカテゴリー別のランキングも発表されている。読者のお楽しみになっているのはもちろん、ドイツ近隣の欧州各国と日本や北米といった欧州外の遠方の国では、ドイツに求める魅力に大きな差があり、本局の戦略策定にも役立っている。トップ100のうちのトップ30(日本語)のリストはこちらからダウンロードすることができる。

 

トレンドに振り回されず、強みを生かした戦略

もう1つ、ドイツ観光局が古典的だが効果的に継続利用しているのがメルマガだ。世界各地のオフィスの中で1万人以上のメルマガ会員がいるのは日本と米国だけで、日本では現在は3万人強の読者がメルマガ登録をしている。注目なのがKPIにもなっている開封率とクリック率だ。一般的に、日本では観光・旅行業で配信するメルマガは開封率が良くて20%、クリック率目安は2〜3%と言われている。西山地域統括局長によると2019年にメルマガの登録アカウントのクオリティーチェックを行い、直近で5回以上メルマガ未開封のアカウントを整理したこともあり「開封率60〜70%, クリック率が14%」と非常に高い数値を獲得している。毎号クイズによる商品提供といったロイヤリティーを高めるための企画を実施しており、応募時に取得する男女、年齢、地域などの情報で大まかな購読者層の背景も掴めている。

3万人以上のBtoC向けメルマガ以外にも、BtoB向け2400通、プレス向け500通のメルマガも発行している。

▲ワイマールのアンナ・アマリア図書館のロココ調の部屋。図書館映えなどの新たなSNSトレンドの中で人気を集めた場所。非現実的、異世界の空間を体現した場所として反響が大きい(©GNTB / Francesco Carovillano)

一時期は一世を風靡したメルマガだが、スマートフォンやSNSの普及に伴い、顧客とのコミュニケーション手段もSNSチャネルに目が行きがちだ。現在もメルマガを積極的に利用しているDMOは少ない。しかし、従来のクッキーを利用したターゲット広告や顧客分析が徐々に制限される中、いわゆる「ファーストパーティーデータ」を持つ意味は今後重要だ。ドイツ観光局の、自社の強みを活用した手法を冷静に判断し、競合が少ないチャネルで勝負しているところは見習いたい。

 

SNSの弱点も理解したうえでの運用、戦略的な運営がカギに

最後に西山地域統括局長は「SNSはアルゴリズムの変更に左右されるのが頭痛の種、動きも早いのでいつまでも使用チャンネルの人気があるとは限らない。マーケティングツールと割り切り、一つのチャンネルに拘泥しすぎないことも大切」と指摘している。

▲今回話を伺ったドイツ観光局アジア地区統括局長の西山晃氏

今回の取材で感じたのは、SNSでもしっかりとした戦略で運営することが重要ということだ。ドイツ観光局もそうだが、日本のDMOも人や予算などの資源は限られている。パンフレット印刷など昔ながらの手法を継続しながら、新しいことに挑戦することが非効率な場合も多い。割り切った判断が必要なケースもあるだろう。きちんと実績を残すためには、あれこれもと欲張らず、グローバルマーケティングを担当するJNTOなどとの役割の切り分けをしっかりと考えた上で現実的な運営を心がけたい。

 

株式会社Foresight Marketing CEO/元フィンランド政府観光局日本局長
能登 重好

大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。

 

最新記事