インバウンドコラム

【香港動向】日本は「実家」 1カ所に長く滞在し深い体験を好む、サークル仲間との旅も

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この春、香港からの訪日旅行者数はコロナ前とほぼ同水準にまで一気に回復した。香港から日本の地方空港への直航便再開にはまだ時間を要していることから、月当たりの供給座席数は7割程度の回復状況の中、リベンジ訪日、リベンジ消費で、コロナ後の日本への渡航回数がすでに3〜4回目という人も出てきている。訪日を「実家に帰る」とさえ表現する香港市場から今求められているものは何か。今回のコラムでは、香港市場の最新の動きと傾向について考察する。


▲香港国際空港、日本便は満席も多い。(提供:コンパスコミュニケーションズ)

 

旅行期間の長期化進む、1カ所に長く滞在し深い体験を好む傾向に

マスターカード経済研究所が今年発表した調査「Travel Industry Trend 2023」によると、香港人の旅のスタイルに変化があり、従来の観光スポットを訪れ、観光や買い物、食事をするよりも、現在では1つのスポットで長時間を過ごし、地元の文化を深く体験したい人が増えているようだ。コロナの前からその傾向がみられたが、コロナの停滞期を経て、それが如実に表れているという。滞在日数も過去には3泊、4泊が最も多かったが、団体個人に限らず現在では6泊、7泊する傾向もみられる。

香港の旅行会社各社も自社ならではの特色を出そうと、さまざまな情報、提案を求めてくる。地震のない香港に向けた親子で「防災」を学ぶツアーや、「果物狩り」はすでに当たり前なコンテンツであることから、例えば果物狩りをした後にそれを使ってパフェやジャムを作るなどもうひと手間かけた体験に対する要求がくることも多い。

 

香港旅行博から見るトレンド、着地型が主流、自由時間が長いツアーも

6月15日(木)~18日(日)の4日間、香港の旅行博「香港國際旅遊展ITE」が開催された。アジア内外の約50の国と地域から400を超える出展者が参加。海外からの防疫措置があった昨年と比較して出展規模は2倍、来場者もパンデミック前の2019年の80%近くにまで回復したという。業界日は地元の広東語に加え、多くの中国本土で使う普通話が聞こえ、単にこれらの地域へのインバウンド対策としてだけでなく、香港を経由することでの新しい情報の収集、また他の国との繋がりを求めている様子がうかがえた。

大型のパビリオンを設置したのは韓国と台湾、マカオ、そして中国本土の約20省。新規の出展も約3割を占め、オーストラリア、ドイツ、マレーシア、ベトナムなど香港人の渡航が多い国はもちろんのこと、チェコ、ジョージア、タンザニア、UAEのラアス・アル=ハイマなど、香港ならではのバラエティに富んだ国々からの出展がみられた。

日本からは自治体のほか、鉄道会社が多く出展。日本の各ブースは豪華とは言えないまでも、それぞれの県や企業の特徴を、写真などを使って紹介した。コロナ前後で日本側はインバウンド関係の担当者が変わっているケースも多く、改めて業界各社との接点をさぐる様子が見られた。また週末には多くの一般人が会場を訪れた。彼らの質問はより具体的なものが多く、すでに計画をしている旅について、ルートや乗り換えの方法、時刻表の見方についてのほか、言語を越えて使いやすいアプリやサイトについての質問が来るなど、成熟市場ならではの反響があった。


▲6月に開催された香港国際旅游展ITE(提供:コンパスコミュニケーションズ)

国や地域によって割合に差はあるものの、世界各地に個人旅行で出かける香港だけに、旅行会社の商品にはコロナ前以上に現地発着ツアーの紹介が目立った。団体旅行の商品であっても、途中何日かがすべて自由行動になっているなど、コロナ停滞期を経て、よりゆったりとその日の気分で旅を楽しみたい人も増えた。自由な時間がより一層長いことが、香港人にとって魅力的な商品に映るのかもしれない。

 

香港人の地方訪問も回復、教育旅行やサークル仲間との旅など新しい動きも

コロナ禍以前から、多くの香港人が都市部だけでなく日本の地方にも足を運んでいたが、インバウンド再開を経て、地方訪問が戻るとともに、新しい動きも見えている。 

例えば、6月2日~8日の7日間、香港発高知行きのツアーが催行された。これはコロナ禍においても商品造成に向けての調整を重ねていたもので、香港中文大学から教授、学生20人参加した。

香港から高知へは定期運航の直行便がないので、香川や岡山(現在直行便が再開していない)などを経由して、電車やバス、レンタカーなどを使って訪れる人が多かったが、当行程は福岡を経由して国内線で高知空港に入った。

これまで高知県へのツアーは四国や中国地方、関西なども含めて県内宿泊は1泊か2泊程度が最大であったが、「高知の自然」に着目してもらおうというアプローチにより、6泊のツアーが造成された。同プログラムに参加する学生は、試験や課題などをこなせば、成績や家庭環境などによって異なるものの、数千ドルの補助を受けられるような仕組みになっている。


▲高知教育ツアー現地の様子。「らんまん」で話題の牧野植物園や、ダイオウグソクムシなどの採集も(提供:コンパスコミュニケーションズ)

また、6月5日には、香港と鹿児島を結ぶ直行便が再開した。かつて鹿児島は、香港人の宿泊が外国人宿泊者数の中で最多を記録し、2社の直航便がほぼデイリーで飛んでいた。この人気路線の1184日(約3年3カ月)ぶりの復活には多くの香港人が歓喜に沸いた。再開の便を歓迎しようと鹿児島空港には県関係者やメディアなどが待機していたが、最初に出てきたおよそ25人の集団は竿やアイスボックスを抱えていたという。聞けば鹿児島の本土から22キロ、黒潮の恩恵を受け数多くの魚が生息する甑島(こしきじま)に4泊5日。4泊すべてを甑島で過ごし、釣りを楽しむというグループであった。

この団体がそうであるかは定かではないが、香港ではコロナ禍の新しい動きとして多くのサークル活動が生まれた。年間を通じて、一定期間、香港域外に滞在したり、世界中を飛び回る香港人も多いので、もともと同じ趣味の仲間のサークルなどは成立しにくい。しかし、香港ではコロナ禍の厳しい行動制限や管理の一方で、香港域内の感染が抑えられていた時期に、趣味関心が同じ人たちが集うサークルが各所で多数生まれたという。もちろん制限下ではあったものの、香港政府も香港ローカルの旅行会社の救済策として域内ツアーの半額を補助するといった施策を打ち出していたこともあり、参加費がかなり抑えられていた。サークルには美術鑑賞や写真の撮り方講座、ペットの飼い主の集まりなどがあり、多種多様な共通の趣味をもった仲間が集う機会が生まれた。こうした動きを経て、今度はこの仲間たちで一緒に海外へ旅行しようという動きがみられているのだ。

 

コスパが良い国日本。航空券代上昇も、円安で割安感続く

日本のインバウンド関係者からは、「航空券が高くなったことでの、訪日への影響は大きいか」とよく聞かれる。確かに航空券やツアーの金額はコロナ前と比較して2~3割程度も上昇しているが、これを理由に日本行きを諦める香港人がどの程度いるだろうか。

答えは簡単だ。訪日経験のある香港人の多くは「行くからには滞在日数を長めに、損しないようにしたい」と答えるだろう。つまり、「行く」という前提は変わらず、どう過ごすかをより検討する。もともと経済的に「行けない」という状況であれば、コロナの前から行くことはできなかったであろう。航空券が高額になろうとも、円安の影響もあって、香港人の目には「日本滞在はとにかくコスパが良い。安い」と映っている。もともとポジティブな思考の人が多い香港では、「飛行機の高額分を円安でカバーできる」と考えるだろう。

ただし、購入のタイミングでの香港株式市場のハンセン指数の水準は香港人の消費マインドに影響する傾向がある。6月のはじめ、香港のハンセン指数は18000ポイントまで下落した。これは、昨年11月29日以来およそ6カ月ぶりの安値の更新だった。日々金融関係の情報が溢れ、差はあるにせよ各人がそれぞれ日々資産運用をしている香港では、自分の資産額が目減りしているのを見ると、航空券の購入を少し先送りにしようというマインドにはなる。

 

香港人観光客誘致に向け世界各国がアプローチ、日本も遅れず対応を

香港で業界関係者と話をする機会も多いが、コロナ前との変化を聞くと「オーストラリアやヨーロッパなどこれまで香港人観光客は来ていたものの、積極的に香港市場で売り込みをしたりプロモーションを仕掛けたりしてこなかった国や市場が、香港人の誘客に向けて、必死にアプローチをしてきている」という。

具体的には、旅のKOLなどと食事会をする様子やアンバサダー制度などを活用して積極的に香港市場で売り込みをしたり、必死にプロモーションをして自国のファンを徐々に増やす観光局の戦略も垣間見える。一方で日本はコロナ期間中にインバウンド関係から離れてしまった人が多いうえ、国内の受け入れ態勢がまだ完全に戻っていない。例えば香港と石垣島を結ぶフライトも販売後に欠航となるなど、課題を抱えている。

また、香港の政治的な影響を心配する人がいたり、成熟市場ゆえ次なる市場に駒を進めたい企業や自治体も見受けられるように感じる。多くの課題を抱えているのは各国、地域同じ状況だが、以前よりも世界各地が香港人観光客の誘致に積極的になっている状況を意識し、香港市場へのアプローチを緩めることなく積極的に取り組んでいただきたい。


▲多くの来場者が押し寄せ、旅行博の会場は大混雑(提供:コンパスコミュニケーションズ)

 

Compass Communications Managing Director
木邨 千鶴

東京都出身。広告代理店「クオラス」入社。2007年より香港に移り住み、香港フリー雑誌勤務を経て独立。コンパスコミュニケーションズインターナショナルを設立し、自治体や企業のレップ、また現地日系企業などの広告・広報業務に従事。自社メディア「香港経済新聞」を運営し日々街の変化を捉えながら、香港のメディアリレーションを軸に、幅広いマーケティング支援を行う。

 

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