インバウンドコラム

高市総理発言の影響大きく、中国「渡航自粛公告」による訪日旅行キャンセルの実態と今後の見通し

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11月7日の高市総理による「台湾有事に関する国会答弁」を受け、中国政府が激しく抗議し、中国の孫衛東外務次官が金杉憲治駐中国大使を呼び出し厳重に抗議するなど、両国の緊張状態が高まった。さらに11月14日には、中国政府が「日本への渡航自粛に関する公告」を発出。これを受けて、翌15日には、中国の大手航空会社6社が、今年12月末までに出発する顧客に対して、手数料なしでキャンセルに応じる旨を発表。こうした事態を受けて、中国からの訪日外国人旅行者が大きく減少し、日本の観光インバウンド業界にも大きな打撃となる懸念がある。

本記事では、11月14日に中国政府が発表した「日本への渡航自粛に関する公告」の内容を紹介するとともに、中国メディアの報道姿勢や、中国人の訪日旅行に与えた影響について、現地旅行会社へのヒアリングをもとにレポートし、今後の見通しを探る。

▲中国成都にあるCtirpの実店舗

 

中国政府の対応、「安全上のリスク」を強調した渡航自粛公告

11月14日の夜に発表された中国政府の渡航自粛公告は、以下のような論点を掲げ、日本への渡航を控えるよう強く促している。

社会治安の不安定化: 中国公民を標的とした犯罪事件の多発。
指導者の挑発的言動: 台湾問題に関する日本の指導者の発言が、日中間の人的往来の雰囲気を著しく悪化させ、在日中国人の安全に重大なリスクをもたらしている。

この公告は、単なる政治的メッセージに留まらず、現地の旅行会社に対して、日本への旅行を控えるよう通知する動きに繋がった。これにより、訪日旅行商品の造成や販売、PRが困難になる事態になった。

▲新華社が報じた『日本への渡航自粛公告』

 

中国訪日旅行の現状、地域・顧客層で異なる影響の広がり

中国の旅行業界や関係者へのヒアリングの結果、その反応は、エリアや顧客層によって明確な温度差が見られる。

1. 華北・西南エリアで相次ぐ大型キャンセル

ヒアリングによると、深刻な影響が出ているのは、華北エリア(北京・大連)と西南エリア(成都・重慶)のようだ。

例えば、富裕層を扱う北京の旅行会社では、キャンセル人数は約500名、2〜4名の少人数カスタマイズツアーで9割減となり、「11月、12月だけでなく、年明けや桜シーズンにも影響が出ている」という。

また、大連の旅行会社は、11月出発の国営企業・教育関係の大型研修ツアーが全てキャンセルされ、12月以降も「全滅の見込み」との見解だ。現在でのキャンセル数は300に上るという。成都の中国青年旅行社からは、「70%以上の予約がキャンセルされる見込み」との報告があったほか、同じく成都の四川和平国際旅行社によると「直近の団体ツアーは80%程度のキャンセル」と、非常に厳しい報告が挙がっている。

▲先日訪れた成都 中国青年旅行社からは「少な目に予想しても70%以上の予約がキャンセル」との回答

2. 上海とその周辺、比較的ダメージは限定的

一方で、上海やその周辺は、北京や内陸地区に比べると比較的ダメージが少ない状況にあり、富裕層のお客様は「11月は様子を見たい」という声が多く、即時のキャンセルではなく、延期や様子見の動きが中心だ。

実際、上海の旅行会社によれば、50代以上の富裕層が参加する12月のオリジナルツアー(10名前後の小グループ)は現状、そのまま催行予定という。

とはいえ、OTA旅行会社の上海携程旅遊(Ctrip)では「訪日商品の販売停止情報はないが、影響は大きい」とのことで、週末の航空券予約数は前日比50%以上ダウン。11月20日出発ツアーのキャンセルがあり、12月31日までのキャンセル率は50%〜70%程度を予想しているという。

また、上海拠点の日系旅行会社からは、政府系、自治体系の日中交流イベントは、11月・12月分がキャンセルになる可能性が大きいという声も挙がっている。

▲現段階では大きなキャンセルは比較的少ないという上海

3. 北海道スキーツアーに深刻な影響

北海道のスキーツアーへの影響は深刻で、航空会社の減便・欠航によりキャンセルが避けられない状況だ。

北京の旅行会社では、四川航空の成都ー札幌便就航中止及び中国国際航空も北京ー札幌路線の12〜3月を一部欠航にしたため、北海道へ行くスキーグループを全部キャンセルせざるを得ない状況とのこと。中国国際航空に他の日程への振り替えを依頼するも、「現状訪日団体を受けることはできない」と拒否されたという。訪日スキー商品には多額の宣伝費やコストをかけているため、キャンセルが増えれば損失は甚大としている。

 

中国メディアの論調と市民感情の温度差

今回の日本への渡航自粛公告をめぐっては、中国国内で強硬な論調の報道が目立っている。新華社や人民日報といった共産党系メディアは、台湾問題に関する高市総理の発言を厳しく批判し、過去の戦争の話題まで引き合いに出すなど、日本政府に対して強い非難を展開している。

さらに、こうした報道はSNSやオンラインニュースを通じて日々拡散されており、一部では反日感情を煽るような情報も流れている。上海在住の旅行関係者からは「このまま政府が民衆を煽れば、反日感情が大きなムーブメントにつながる可能性がある」との懸念も聞かれた。

加えて、中国国内で近日公開予定だった日本映画(「クレヨンしんちゃん」など4作品)の上映延期が決定されるなど、観光以外の文化面にも波紋が広がりつつある。

一方で、現地の一般市民の反応は比較的冷静な印象だという声もある。上海の日系メディア記者によれば、「今、政府が過剰にいきり立っているため、逆に市民のほうが冷静になっているようにも見える」とのことだ。また、「わざわざこのタイミングで日本に行かなくてもいい」という考え方は一定数あるものの、現段階ではそれが社会全体の大きな動きにはなっていないという。

▲成都で訪れたパンダ店にて。市民の反応は冷静という声もあるものの、今後の動向は注視する必要がある

また、中国人KOLのJ調de華麗からは「キャンセルしているのは主に医師や教師など、公的機関の職員(退職者)が多い」との声があり、それ以外の層では団体旅行・FITいずれでもキャンセルが出ているものの、影響は限定的との指摘もある。

このように、メディア報道と市民の実感には一定の温度差があり、今後の展開次第では、このバランスがどちらに傾くかが注目される。

 

今後の見通し、中国市場の回復に必要な条件は?

今回の渡航自粛公告を受け、現時点では、エリアや顧客層、個別の旅行会社の状況によって、その影響は大きく異なるものの、中国からの訪日旅行にはすでに影響が出始めている。

特に、航空会社の無料キャンセル期間が12月末までであることから、現段階での動向は読めないものの、春節や桜シーズンへの影響は限定的だと捉える人もいる一方で、今後の外交次第ではこの影響が3カ月以上長引くことを危惧し、「最悪の場合は全滅」を覚悟する旅行会社もいる。

特に懸念されるのは、日中間の直行便を拡充していた中国系航空会社が、今回の件を受けて減便に転じることである。すでに一部減便が発表されているが、今後更なる減便が進めば、中国からの訪日市場には深刻なダメージとなる。

今回の事態を短期的な影響に留めるためには、日中両政府の歩み寄りが不可欠だ。特に、これまで、台湾海峡については「曖昧戦略」をとっていた日本政府だが、今回は具体的なケースを想定した「日本側の発言」が発端であることを考えると、中国側が強硬姿勢を崩さない可能性が高い。現地旅行会社などへのヒアリングから、高市総理の発言撤回を求める声も聞かれている。

さらに、状況が悪化し現在の「渡航自粛」から「渡航制限措置」が発令されれば、訪日旅行市場への打撃の拡大は避けられない。観光業界としては、情勢の変化に迅速に対応できるよう、地域別・商品別のリスクを見極めた柔軟な戦略転換が求められるだろう。

 

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