インタビュー
2年以上にわたる厳格な入国規制を経て、2022年6月10日に外国人観光客受け入れが再開した。今後、徐々にインバウンド観光の回復が期待されるが、観光事業者はこの2年の間に外国人観光客受け入れに向けてどの程度準備してきたかが、問われることになる。
そんななか、香川県の直島で瀬戸内国際芸術祭開催にあわせて今年4月に開業した直島旅館「ろ霞」は、欧米圏からのインバウンド客のニーズに焦点を当て、既存の旅館の常識を打ち破る新しいスタイルを目指している。8月5日からの夏会期の開催を控えた今、直島旅館「ろ霞」のオーナーで、岡山県の旅館「季譜の里」4代目でもある佐々木慎太郎氏と、外国人観光客対応の側面で同旅館を開業前から全面的にサポートする日本旅館コンソーシアム「ザ・リョカンコレクション」の代表福永浩貴氏に、「ろ霞」のコンセプトやこだわりのほか、世界から見た日本の旅館の魅力や可能性について伺った。
旅行者だけでなく「地域」にも愛され必要とされる場所を目指して
─直島は自転車でも1時間半で回れる小さな島で、そのほとんどが、島民の居住用の土地、国立公園、企業の土地となっていて、空地を探すのは非常に難しいと聞きました。そんななか、どのような経緯で、直島で旅館業を始めることになったのでしょうか。
佐々木:もともと私の家族は、岡山県の湯郷温泉で「季譜の里」という旅館を代々営んでいるのですが、直島で旅館を立ち上げるきっかけをくださったのは、季譜の里の隣で民家の施工をしていた建設会社の社長です。スタッフの丁寧な挨拶などの対応ぶりを評価してくださり、その方の故郷である直島でホテルをやってみないかと提案をいただきました。島にあるのは民宿やゲストハウスがほとんどで、高価格帯の宿泊施設はベネッセが運営する4棟のホテル以外になかったので、新しいホテルがあればとの想いで声をかけてくださったのが始まりです。
といっても実際に直島を訪れた時は、旅館を建てられそうな土地が見当たりませんでしたが、社長のご縁で運良く土地が見つかり、この地で旅館を営もうと決意しました。もともと旅館以外にも旅行会社や飲食店、宿泊施設など、インバウンド向けの事業をいくつか行っていて、そのほかにも何かをやりたいと模索していたので、タイミングが良かったですね。
▲直島旅館「ろ霞」の外観、庭園に展示されているのは現代アーティスト名和晃平氏の作品(提供:直島旅館ろ霞)
―木造の平屋という、非常にシンプルなつくりの建物も特徴的だと感じました。実際にどのようにして宿のコンセプトを作っていったのでしょうか。
佐々木:最初に直島に来て、土地を見せてもらった時に、画家の児島虎次郎さんの曾孫で同じく画家の児島慎太郎さんに一枚の絵を描いてもらいました。この山の風景を壊さないような宿泊施設を描いてほしいとお願いしたところ、昔の村落に家が並んでいるような絵を描いてくださり、その絵をもとに旅館を建てることにして今の建物になりました。
コンセプトは「日本のおもてなしの心と若手現代アート作品に出会う宿」です。ベネッセには、安藤忠雄さんの建築をはじめ、誰もが認める世界一流のアートが展示されていますが、ろ霞ではこれから世界へ羽ばたいていくような人を紹介したいという思いを込めています。
瀬戸内の良質な食材を生かし、8割以上を地域の食材でもてなす
─3年に一度開催の瀬戸内国際芸術祭にあわせて開業されたということですが、8月5日からは夏会期が始まりますね。直島旅館「ろ霞」一番のこだわりを教えてください。
佐々木:食事ですね。直島には三菱マテリアル製錬所がありますので観光業がなくても潤っているのですが、仕事で訪れる人のための宿泊施設はあっても、観光で来た人が夕食を食べるような場所はあまりありません。もちろん島民も家で食事するのが一般的で、外で食事できるような環境も整っていません。ただ、直島で観光業を営んでいくためには、島に外食文化を根付かせて発展させることが重要だと感じています。
ランチができるお店は少しありますが、正式な和食のスタイルできちんとおもてなしができるところはベネッセ内のレストランのみという感じでしたので、地域の人には、法事などの行事にも使える食事処ができて嬉しいと言ってもらえています。
また、瀬戸内海は良質な食材に恵まれています。地域でとれた食材や、地域の事業者の方がこだわって作っているものをお客様にも味わってもらおうと、ろ霞で出す食事の85%以上が香川県、岡山県産の食材です。
例えば、現在は宿に到着したお客様にお出しするお着き菓子は、香川県で保存料などを使わず昔ながらの製法にこだわって作られたおせんべいなどを出しています。また、岡山県のみりんを使って作ったみりんアイスも、こだわりの一品です。
いずれ、外国人のお客様も戻ってくると思いますが、ろ霞での滞在を通じて、「瀬戸内=食」というイメージを抱いてもらいたいと思っています。
▲新鮮な瀬戸内の魚を扱った寿司会席コース(提供:直島旅館ろ霞)
福永:佐々木さんがおっしゃる通り、これからの宿泊施設は観光客だけを相手にしていては難しいでしょう。宿が儲って地域に雇用が生まれたらいいという考えだけでは十分ではありません。地域の人たちが楽しめて集える場所であること、彼らから愛されている場所であることこそ、観光客が本物と感じる大きな要素の1つになりますし、それこそが持続可能な地域であることの証で、「宿」が求められることではないかと思います。
特に日本は100%観光だけで成立する国ではないので、地域の人たちの豊かさがさらに増すこと、この地に住んでいてよかったと思えるような場所づくりにいかに貢献できるかが重要になります。その点、ろ霞は観光客だけでなく「地域」を強く意識しているところに意義があると思います。
インバウンド客のニーズにあわせた、ソフト・ハードの両側面を整備
─直島を訪れる外国人観光客は今でこそほぼゼロという状態だと思いますが、今後回復するインバウンドのお客様へは、どのように対応していくのでしょうか。
佐々木:もともと直島を訪れる外国人は、欧米圏の割合が多いので、ゆくゆくは、ろ霞の宿泊客も大半が欧米の方々になる予定です。そのため、予約や問い合わせも含めて外国人観光客の対応もしっかりとしていきたいです。ただ、家族経営の小さな旅館なので、なかなか手が回りません。特に地方となると人材採用も一筋縄ではいかず、英語もできて高いレベルの接客対応もできるスタッフを見つけ常駐してもらうことはかなり難易度が高いです。そのため、外国人のお客様の問い合わせや予約対応は、ろ霞が加盟するザ・リョカンコレクションへすべてお願いしています。
福永:私たちが運営するザ・リョカンコレクションは日本初の旅館コンソーシアムで、日本の旅館文化を世界に伝えることを目的に、2004年に発足しました。現在加盟していただいている47施設のパートナーとして、主に海外に向けた営業やマーケティング、英語での予約業務アシストなどインバウンド業務全般を行っています。
個々の旅館の現状や課題に応じてサポート内容は違いますが、ろ霞に関しては、外国人のお客様の問い合わせや予約対応などは、すべて弊社で行っています。
佐々木:外国人のお客様への旅マエの全オペレーションを担ってくださるので、私たちは良いサービスを提供することに専念できるため助かっています。また、開業前から、例えば部屋の構造や施設の内装、備品に至るまで、インバウンド目線でのアドバイスも多数いただきました。例えばアドバイスを基に、ろ霞では、本来和室にはない、スーツケースを置く大きな台を用意しています。その下には引き出しがついていて、外国人のお客様が連泊する場合でも荷物を収納できるようにしました。
福永:外国人のお客様の場合、2泊を超える場合はだいたい荷物を全て引き出しにしまいます。そのため、引き出しに一定の収納力がないと長期滞在もできません。ろ霞であれば4泊、5泊と宿泊してくださる海外のお客様でも最低限荷物が広げられますし、収納もできます。また、スーツケースを置く台はベンチにもなるので、畳に慣れない外国人のお客様や足腰の悪いご年配の方が腰かけるスペースとしても使うことができます。
旅館の常識を覆す、開放感あふれる空間で欧米豪層を照準に
─内装以外にも、部屋の入口の障子を開けたら寝室やリビングを抜けて庭まで見えるつくりなど、開放感のある様子は、既存の日本の旅館の常識やイメージを覆す大胆さがありますね。
佐々木:そうですね。国内のお客様と海外からのお客様の旅館へのニーズは正反対なところがあります。国内のお客様は、日頃の喧騒から逃れて訪問者と部屋に籠るように、静かに過ごしたいというのがハレの日の旅行に求めるものですが、海外からのお客様にとっては旅で地元の人や自分と同じような旅行者と出会う事も旅の一つの醍醐味です。部屋が内に籠るような作りではなく、外に開けた作りになっているのはそのためです。また、部屋の外の宿泊者専用スペースには、宿泊者同士が気軽に交流できるよう、イスやテーブルを設置予定です。
▲部屋から外を眺めることができ、開放感あるつくりになっている(提供:直島旅館ろ霞)
福永:日本の旅館はどちらかというと、プライバシーを完全に保って、あまりオープンにしない方がいいという考えが強いです。ただ、欧米圏のお客様は開放的であることを好みますし、人と自由に交流できることが1つの価値になります。そのため、ろ霞はインバウンドの方が来ても過ごしやすい場所になるよう「ソーシャライジング」というコンセプトを最初から導入しています。
佐々木:夜のバーも宿泊者に限らずだれでも利用できるようにして、地域の人たちに来ていただき、宿泊者とコミュニケーションが取れるようにしています。宿泊者から選ばれるのはもちろんですが、地域に溶け込んで、地域住民にも愛されるような場所であることが必要だなと思っています。
福永:直島の魅力は、地域の人たちがオープンで優しく接してくださる風土があるように感じます。観光客だけが優先されて、そこに住む地域住民の生活がないがしろにされては絶対にいけませんし、地域の方たちと観光客が上手く共存できて、コミュニケーションが取れるというのがこれからの理想のスタイルだと思います。
▲エントランス部分は、夜はバースペースになる(提供:直島旅館ろ霞)
高いおもてなしレベルと、地域への熱い思いを持つ旅館のグループで切磋琢磨しあう
─「日本の旅館」に関する話もしていきたいと思います。いま、ザ・リョカンコレクションには47施設が加盟しているとのことですが、それらの旅館に共通した魅力はありますか。
福永:まずザ・リョカンコレクションに加盟するには、審査に合格する必要があります。細かい基準はしっかりとありますが、基本的には、食事も含めて高いレベルでおもてなしをしている「小規模な宿」です。審査基準以外で重視している項目は、これからの時代に、オーナーの方が地域に対して考えや強い思いを抱いているかどうかということです。旅行博へ出展したり、営業活動を行ったからといって外国人のお客様がすぐに増えるとは限りません。特にインバウンドに関しては、地域にとっても宿にとっても次の世代まで継続していくために必要なことで、長期的な視点が欠かせません。また、グローバルな観点からすると日本旅館の魅力を十分に発信できていない未開拓な分野です。すぐに効果が出るわけではないなか、特に前向きな思いがある人達が集まって話をし、刺激しえるグループであることが、継続するには必要なことです。
佐々木:ザ・リョカンコレクションさんの会に行くと本当に勉強になりますし、いつも前向きな気持ちで帰ることができます。質の高い旅館の方たちが同じ思いのもと集まり、旅館業を営む中で自分たちが何をやっていくべきなのかを話し合う場になっていますね。
「家族経営」が強みになる、日本の旅館の魅力
─世界から見た日本の旅館が持つ魅力や可能性についてお聞かせください。
福永:諸外国にはない、日本の旅館の魅力は、昔から家族経営という大きな土台があることです。ヨーロッパの中でも家族経営というスタイルもありますが、日本ほど大きな産業にはなっていません。家族経営は、それぞれの宿が独立していてオリジナリティがありますし、その個性にはとても大きな可能性があります。大手企業やチェーンの論理ではなく、何十年、何百年と高いクオリティで宿を営み、個人経営でここまで大きく育った産業が必ず日本のブランドとなり、アイコンの1つになり、世界中からお客様が訪れると信じていますし、実際にそうなっていると思います。
佐々木:まさに、旅館の女将さんの存在が、その旅館オリジナルのアイコンでありブランドになるのではないかと思っています。
宿泊するお客様も地域の人たちも誰でも集えるように囲炉裏を作ったのも、私自身が寿司職人を名乗り、ときにお客様の前で寿司を握らせてもらっているのも、まさに一つのアイコンにしたいという思いからです。
それは、大学卒業後に世界一周旅行をした際、家族経営の安宿を泊まり歩いたときの経験がもとになっています。当時はまだインターネットもありませんでしたので、宿に置いてあるノートに「次にトルコに行く人へ。トルコにはこんな素敵なおじちゃんの家があって、奥さんが日本人だから日本語も通じるよ」などと書かれている情報を読んで、行くと本当に素敵な家族だったという経験をしました。今でもそこで出会った人たちの顔は鮮明に覚えていて、自分自身もそういうおもてなしができる宿をやってみたいと思う原点があったのだろうと思いますね。
▲直島旅館ろ霞オーナーの佐々木氏自らカウンターに立ち、寿司を握ってお客様をおもてなしする
─世界に誇ることのできる、日本の旅館に継承されているものを、言葉にするとしたら何でしょうか。
福永:やはり「一子相伝」ですね。ヒルトンやハイアットなどの世界的なホテルグループでは、徹底したマニュアルができあがっていて、世界中のどこにホテルを出しても同じようなサービスの同じようなホテルができます。一方で日本旅館は一子相伝の家族経営の宿なので、両親に言われたことをそのままやっているという感じです。ただ、そこには、顕在化していないだけで何か一本筋の通った考え方があって、その家なりのもてなしができているわけです。それこそが日本の旅館の個性であり、継承されている面白い部分だと思います。
佐々木:私の祖父母も両親もずっと旅館で働いているので、幼いころ、食事の時間はいつも旅館の話をしていました。当時私はテレビを見ていたりしましたが、後ろでずっと旅館の話をしているという状況が365日、15年ほど続いていたので、今になって思うと、自然に叩き込まれていたんだと思います。
長い年月をかけ築いた日本の旅館ならではの「サステナビリティ」
福永:サステナブル・ツーリズムが世界的なムーブメントになっていますので、国は持続可能な宿の推進に取り組もうとしています。ただ、日本の旅館は既に地域密着型の宿として、何百年も続いてきたわけですから、持続可能なスタイルの1つであることに違いありません。日本の家族経営の宿がなぜ地域の職人さんや第一次産業の方たちとサポートし合いながら持続してこられたのか、社会や文化的な側面での持続可能性について、顕在化させ、わかりやすく言葉にして、世界に発信していくことがブランディングの1つにもなります。ザ・リョカンコレクションでも、世界の人が納得するような日本の旅館独自の持続可能性に関する認証制度を創設できないか、模索しています。
─欧米から入ってきた「サステナブル」はカタカナだし、意味もよくわからないとなりがちですが、日本でも言語化や可視化がされていないだけで、実は昔からサステナブルに資する取り組みはあるんじゃないかと思います。以前、サステナブルに関する講演で、以下のような話を聞きました。“欧米発の「サステナブル」は昨今のサステナブルの文脈の中でよく語られるごみやプラスチック削減など、すごく大切なことではあるが、直進的なイメージ。それに対して、日本で江戸時代から続くサステナブルは、繰り返すとか、巡り巡るといった循環や「和」のようなもの”と。その話を聞いて、確かにそうだと思いました。
佐々木:持続可能性について、「SDGs」という言葉や項目ができて、みんなが認知したことには意義があると思いますが、それを実現しようと、盲目的に数値目標を掲げて取り組んでいけば、日本が独自で育ててきた「日本らしい持続可能性」が置いてきぼりになってしまうのではないかと思います。もともと日本は島国ですし、地球が一つの単位でそこでみんなで生きていくという考え方をしたときに、島国で文化を発展させてきた日本の考え方は、世界でも参考になるのではと思います。
福永:日本ならではの持続可能性を考えたときに「和(わ)」の力はすごく大きいですね。良くも悪くもあまり出しゃばらず、出る杭になろうとしないで和を重んじる日本の文化は、賛否両論こそあるものの、持続可能な側面で見るとプラスになります。それを外国のお客様にも伝えて世界の和を広げていく。そのためには、若い人たちが旅館で働きたいと思うような業界にならないといけません。昔の旅館はもっと閉鎖的なイメージでしたが、今の旅館のオーナーたちの中にはクリエイティブで、新しいスタイルをたくさん提唱している人もたくさんいます。その中で、旅館業界でキャリアアップしてき、例えば、長年携わってきたからと雇われ女将にもなれるし、給料もこれだけもらえる、という考え方が旅館業界の中でも生まれてきたら、業界自体が大きくプラスに転じていくと思います。
佐々木:そのためには、私たちが幸せに働いている姿を見てもらわないといけませんね。
▲ろ霞でお客様をおもてなしするスタッフの方たち(提供:直島旅館ろ霞)
「1泊2食で〇万円」という旅館のビジネスモデルをいかにして超えるか
─では、インバウンド誘客を見据えたときに、日本の旅館の課題はどこにあると感じていますか。
福永:それぞれの旅館がオリジナリティを持っているにもかかわらず、個人経営の宿はこれまで弱い立場にあり、頭角を現すことがありませんでした。オーナー自らが布団を上げ下げするなど現場の実務をこなしているケースも多く、営業マーケティングや海外への情報発信などには手が回らず、雲の上の話だったのです。けれど、今こそこうした日本らしいスタイルの個人経営の宿が前面に出て日本の旅館の個性を声高に語っていくべきだと思いますし、そのステージを我々ザ・リョカンコレクションが作りたいと考えています。
また、日本の旅館業界は、1泊2食付きで数万円などと相場が決まっていますが、それ以外に売り上げを伸ばすリソースがあまりないという点も残念ですね。実はもっと伸びしろや可能性がたくさんあって、人が集まれる場所になればよりチャンスが増えます。その点、ろ霞は、若手のアートの作品を部屋に展示し購入してもらって、ギャラリー的な収入が入る仕組みになっているのが面白いです。
佐々木:ろ霞では、ロビーやレストランなどの共有スペースのほか、お客様にお泊りいただく部屋にもアーティストの作品を展示しているのですが、部屋に展示している作品は、3カ月間の展示終了後、抽選ですが、気に入ったお客様が購入していただけるようにしています。 ろ霞という場所が、宿泊場所としてだけでなく、アーティストの方の作品展示と販売するギャラリーとしての役割も担えればと思っています。
福永:土地によって個性は異なりますが、世界中の人が集まると考えたら、旅館はもっと色々なことができるプラットフォームになると思います。
▲各部屋に飾られているアート作品は、購入することもできる(提供:直島旅館ろ霞)
質素が最高級の贅沢、日本ならではのラグジュアリーの定義づけと発信を
─最近、「スモールラグジュアリー」という言葉が使われるようになり、注目を浴びています。高級旅館もスモールラグジュアリーの1つと言えると思いますが、今後、スモールラグジュアリーとしての日本の旅館の可能性について、どのように感じていらっしゃいますか?
福永:スモールラグジュアリーは「小さいけれど豪華な」と言うイメージのホテル用語ですが、スモールラグジュアリーがブームになっている背景は、ヨーロッパなどでは、これまでホテルといえば1000~1500室と大規模なものばかりだったのですが、それではお客様へのサービスが行き届かず、200室が限界だという考え方が浸透してきた点にあります。近年開業している5つ星のホテルはサービスが行き届くとされる200室以内、最近はさらにその規模が小さくなってきて40~50室のホテルもあります。しかしながら、開発側の立場からすると、規模を小さくすると何軒もやらないと収益が上がらず、結局はチェーン展開していかねばならないという考え方になります。
となると、スモールラグジュアリーという言葉は、個人で経営している旅館のほうが実はしっくり合うんです。心のこもったサービスや自分の家に来てもらって人をもてなすという考え方は、旅館の方が長けています。それが分かりやすく言語化、文章化されていないので、世界の人は分からないだけです。欧米の人が言うラグジュアリーの定義は、我々が考えるものとは少し違います。ラグジュアリーというと、設備が豪華で、宿泊費が高額というイメージになりがちですが、そういうことではない。むしろ、通常であれば難しい地域の人たちの生活の中に旅行者が一歩入っていけたり、表面的な体験だけではなく、地域の人に出会えたり、地域の人しか知らないような体験ができたり、本物に出会えたりというラグジュアリーの価値の方が日本旅館に合っているのだと思います。
佐々木:豪華さや贅沢さよりも、「幸せ」を提供するという概念の方が、日本旅館の「ラグジュアリー」に近いのかもしれません。
▲ろ霞では、宿泊者同士はもちろん、宿泊者と地域の方が交流できるよう囲炉裏がある(提供:直島旅館ろ霞)
福永:そもそも、ラグジュアリーという言葉自体、貧富の差が激しい文化から生まれてきた言葉です。日本の旅館業界は豪華なものにそれほど固執しているわけではないです。また、そもそも日本には諸外国のような貧富の差がありませんし、日本には質素な方が贅沢だという考え方もあります。日本ならではのラグジュアリーの定義を、日本側から提唱していかないといけないと思います。
▲直島旅館「ろ霞」オーナーの佐々木氏(右)と、ザ・リョカンレクション代表福永氏(左)
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