インタビュー
観光立国対策に頼るだけでなく、民間の参入にこそ意義がある
プロフィール
1948年6月、上海生まれ。すぐに家族で香港に移住し、1968年に初来日。1970年に東京工業大学入学、修士課程卒業後、マサチューセッツ工科大学大学院に交換留学。1992年に株式会社ワールドパワー旅行社設立、1992年に現在の総合ワールドトラベル株式会社設立。
30年前からいち早く日本のインバウンド旅行業に目を付けていた「総合ワールドトラベル株式会社」の社長・王 一仁氏。今回はアセアンインバウンド観光振興会(以下AISO)の理事長でもある王氏に現在の日本のインバウンド旅行業についてお話しを伺いました。
- 目次
- マサチューセッツ工科大学院卒のエリートが旅行業界へ進んだ理由とは
- 個人旅行客に対して有効なのは、友人のようなガイドと地元に密着した情報
- 訪日観光のノウハウをシェアするための「アセアンインバウンド観光振興会」
マサチューセッツ工科大学院卒のエリートが旅行業界へ進んだ理由とは
本日はまずは王さんが起業にいたるまでのプロセスをお聞きしたいと思います。
王
中国上海に生まれたのですが、その後香港に移住し、高校時代までを過ごしました。
1960年代の日本は、アジアでは製造業の先進国として、香港の工業界にも多大な影響力があり、私も関心を持っていました。来日のきっかけは、英語圏の香港学生が日本に留学させるため、母校(高校)が留日奨学金を開設し、私はそれを獲得。1968年に初来日しました。
村山
そして1970年の大阪万博に通訳ボランティアガイドとして活動し、期間中は6500万人の訪問者と出会いました。その時、日本のインバウンド事業には無限の可能性があるのではと、強く感じたのです。
それがきっかけとなり日本の大学に留学することに決めたのです。
村山
日本の大学では何を専攻されていたのですが?
王
香港で奨学金を取得し、東京工業大学に進学しました。今の菅総理大臣と同じ大学ですね。彼のほうが2、3年先輩ですが。
専攻していたのは繊維工学です。当時の香港は繊維産業が盛んでしたので、日本の最新技術を学びたいと思ったのです。
村山
理系の学生だった王さんが、どうして旅行会社に?
王
学生のときに、国際交流のクラブ活動を熱心に行っていました。海外の留学生を受け入れるお手伝いや、通訳などを担当していたのです。結果としては、そのときの体験が現在の仕事につながっているのでしょう。
そして大学を卒業して、一度香港に帰ったのですが、その頃には香港内の繊維産業がコストの安いアフリカや中国本土へと展開されていて、私が就きたいと思っている仕事が極端に減っていたのです。少し時間を稼ぎながら様子を見ようということで、今度はアメリカのマサチューセッツ工科大学院に進んで、勉強を深めることにしたのです。しかし、マサチューセッツを卒業して帰ってきても、香港内に繊維の仕事がまだ戻ってきてはいませんでした。
そんな中、アメリカでも、日本にいた頃と同様の国際交流のクラブ活動を続けていて、その延長としてこの仕事が始まったというのが、正直なところです。
村山
ところでアメリカや香港ではなく、どうしてこの日本を拠点とされたのですか?
王
香港はもちろん、当時のアメリカにも中国人はたくさんいましたが、日本国内にはまだまだ少なかったのですね。だからこそ中国人である私が活躍できる場も多いのではないかと判断しました。
個人旅行客に対して有効なのは友人のようなガイドと地元に密着した情報
村山
1981年からといいますと、すでに30年近くインバウンドに携わってこられた王さんですが、昨今の状況について思うところはありますか。
王
ご存知の通り、日本のインバウンドは諸外国に比べて立ち遅れているといわざるをえません。世界で28番目、アジアでも8番目といわれているくらいですから。
その要因については様々あると考えますが、第一にガイドのレベルの問題があげられます。
日本ではライセンスの有無の問題にばかり目がいきがちですが、必要なのは資格ではなくスキル。スキルというのは客を喜ばせ安心させる能力、あるいはサービス精神であったりホスピタリティであったりしますが、とにかくこの部分が弱い。
村山
なるほど。確かにそれは問題ですね。
王
そこで私たちが提唱しているのが、「ホスピタリティ・ガイド」と呼んでいるボランティアガイド。これから増加傾向の個人旅行客には、ものすごく有効な手段だと思うのです。
多少、言葉が上手に伝わらなくても、団体客ではない個人の客であれば、意思の疎通は何とかなります。逆に滞在型の個人客相手であれば、日本人ならではの案内スポット、例えばおいしいけど小さなラーメン店や寿司店。安い買い物ができるドラッグストアや100円ショップ、ディスカウントストアなどに友人感覚で案内できるので非常に喜ばれますし、とても“健全”だと思うのです。
村山
“健全”じゃないケースもあるのですか?
王
香港や台湾などの旅行会社が企画する団体向けの激安日本ツアーというのは、提携している土産店やレストランからのショッピングコミッションで成り立っているんです。
大型家電販売店などのようにしっかりとした店であれば良いのですが、日本の国内で台湾人や韓国人が経営している怪しげな店に連れて行って、観光客に高い買い物をさせたりする悪質なケースもあります。
先日、香港でも、こういったガイドとお店の癒着についてマスコミにも大きく取り上げられ問題となっていました。こういったやり方は日本では考えられませんよね。
しかし観光客を呼び込むためのノウハウとしては、日本も学ぶべき点があるのではと思うのです。アウトバウンドの世界ではよく使われている手法ですが、決して不健全な仕組みを推奨しているのではありませんよ。皆さんも海外で経験ありますよね。日本は、そのような恩恵を受けてばかりで、恩恵の与え方を理解していないのだと思うのです。
村山
つまり、ツアーを安くするための仕掛け、みたいなものを用意するということですね。
王
そうです。
訪日観光のノウハウをシェアするための「アセアンインバウンド観光振興会」
村山
王さんが「アセアンインバウンド観光振興会(AISO)」を立ち上げられた理由というのも、その辺の歯がゆさというか、ノウハウのシェアをすべきであると考えられてのことだったのですね。
王
その通りです。国家レベルの観光推進ですと、どうしてもお金の話が先行してしまいます。海外に行って現地の業界人の話を聞くと、「日本はお金持ちだ。あんなにバラ撒いて」なんてよく笑われます(笑)。
お金を使ってカタチだけをなぞるような政策ではなく、民間レベルでもやるべきことをやっていくべきで、そのためには旅行会社やホテル、旅館なども共通意識を持って、どんどん参入していかなくてはなりません。
そうでないと、これから1千万人の観光客を誘致しようとしているわけですから、現状の体制ではカバーできるはずがないのです。
村山
なるほど。現在はAISOにはどのくらいの企業が参加しているのですか。
王
設立してからの4年間で、登録企業は82社に上ります。やはり、インバウンドへの注目が高まってきたここ1年の間に、実に多くの企業が賛同して下さいました。
私もこの業界で30年やってきて、それなりのノウハウは持っているつもりです。その知識を皆さんとシェアし、活用していただきたいと考えています。
そして、インバウンド後進国といわれている日本の、その汚名をなんとしてでも拭っていきたいと思います。
村山
そうですね、是非。最後に今後のビジョンについてお聞かせいただけますか。
王
第一の目標は、何度もいうように日本の魅力や強みを、世界へ向けて発信していきたいということ。正しい方法で対処していけば、元々実力のある国なのですから、必ずや実を結ぶはずです。そのためにはさらにネットワークを広げていきたいですよね。
現在、観光立国と地方活性化という2つの政策の影響からか、実に多くの地方公共団体や観光協会の方々が商談にお見えになられます。しかし、皆さんには「少し待って下さい」とお願いしている状況です。まずは東京エリアの体制をキチンと整備して集客してから、地方へと段階を踏んで広めていきたいと考えます。
体制ができていない状況で、手だけを拡げていくことは大変危険であることは、誰でも理解するところだと思います。しっかりとネットワークを作り確実に進めていきたいと思います。
村山
なるほど。王さんのように、外国の方の視点で物事を考えながら、日本のインバウンドを推進される方というのは、大変稀有な存在であると考えます。これからも、インバウンドの発展のために頑張って下さい。今日はお忙しい中、どうもありがとうございました。
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