インタビュー
3年近いコロナ禍の厳戒態勢を抜け、日本の観光産業も新たなフェーズを迎えつつあるが、各地で聞こえてくるのは質量どちらの面でも「人不足」の問題だ。とりわけ、次代の観光産業を牽引する経営学の知識と高いマネジメント力を有する人材の育成は、急務になっている。
同時に、現場に立つ方々も、「生き残りを賭けて変わりたい、でもどうしたら?」と大きな転換期が訪れていることを、身をもって実感しているのではないだろうか。
こうした時代の要請に応える形で、立命館大学ビジネススクールは2024年4月から「観光マネジメント専攻」を開講する。その狙いについて、担当の牧田正裕教授と石崎祥之教授に語っていただいた。
卒業生と企業間で起こるミスマッチ、その正体は「足りない経営学」だった
─ 2024年春から立命館大学ビジネススクールで始まる「観光マネジメント専攻」。まず、設置に至る背景からお話を伺います。
石崎:はじめに、ここ20年間の日本の観光産業の歩みを振り返りますと、始まりは2003(平成15)年の小泉内閣時代でした。バブルが弾け、低迷した日本経済を立て直すためにこれからは観光を産業の柱に据えていくんだという「観光立国宣言」があり、その一環として2008(平成20)年10月1日に観光庁が設立されました。
観光庁は早くから「観光立国の鍵は人材育成にあり」とし、全国の観光大学の学長や学部長を集め、話し合いの場を設けていました。そこで出てきた最も大きな課題が、「観光の学部を出た卒業生の3、4割程度しか観光産業に就職しない。その原因は、実は大学の研究分野にあるのではないか」というものでした。
というのも、本来であれば卒業生の就職先となる各地の観光事業者が新人に求めることは、「新しい経営の視点やフレッシュな企画力で現状を変えていってほしい」というイノベーションである一方で、現実の卒業生たちはそれに応えられるような専門分野を学んできていない。地理学や文化人類学、歴史学などは総合的に習っていても、経営のことはわからない。現場でのミスマッチが起きていたんです。
その点、アメリカの観光学部の学びは、ベースが経営学。観光ホスピタリティ学部であっても経営学を学び、さらにMBAを取得していれば企業に対して有利に自分をアピールすることができます。
こうした日本の大学に不足していた「経営」の視点を明確に打ち出し、MBA人材を輩出する。それが我々「観光マネジメント専攻」の狙いです。
働きながら学べるカリキュラムと全国から参加できるオンライン授業
牧田:立命館大学ビジネススクールは「ビジネスを創造するリーダー」の育成を目的に掲げ、2006年にスタートしました。これまで経営管理専攻において、サービスマネジメント分野を強化してきました。今回の観光マネジメント専攻の設置は、こうした動きをさらに発展させようというものですが、と同時に、今まさに観光ビジネスの各領域にイノベーションをもたらすリーダー人材が必要とされているのに、そうしたニーズに十分応えうるMBAプログラムが日本に存在していないと痛感したからです。
石崎:他大学にも観光MBAを展開されているところはありますが、私達の特徴は、社会人の方が働きながらも学べるカリキュラムを組み、観光事業マネジメントプログラム(社会人対象)40名と観光事業キャリア形成プログラム(学部卒生対象)30名の総勢70名を受け入れる体制を整えているところです。
授業はオンライン中心なので、全国どこからでも参加可能です。外国人が戻ってきた京都観光や大阪万博IRなども視野に入れ、「早く観光のプロを育ててほしい」という地域の要請に応えながら、現代に即した観光教育を提供していきます。
▲石崎先生(専門分野:経営学、観光システム論)
誰かに我慢を強いる「おもてなし」の美談から目を覚ますとき
─ 2013年の東京五輪招致活動で「おもてなし」という言葉が世界に拡散しました。観光マネジメント専攻では、ホスピタリティマネジメントという授業もあるとのことですが、日本ならではの「おもてなし」について、どう位置付けて教えていくのでしょうか。
石崎:私はですね、はっきり申し上げて「おもてなし」のイメージが、日本の観光地をダメにしていると思っています。ただひたすらニコニコして、なんでも安価で引き受けるのを「おもてなし」とするならば、地域は経済が回らず衰退し、精魂尽き果てた担い手たちが離職するのも当然です。
そんな誰かに我慢を強いる美談ではなくて、仕組みとして「稼げる観光」を作っていくのが、これからの観光のあり方です。実際、その仕組みづくりがうまくいっている地域モデルもあり、そこを教材にして皆で知恵を共有し、各地に合ったシステムにカスタマイズしていく。そこを目標にしています。
牧田:石崎先生のおっしゃる通りです。私は新専攻でホスピタリティマネジメントの授業を担当しますが、そこでも目指しているのは、「おもてなし」という言葉を一度頭から外してみませんか、というマインドセットです。今後はそこに依らないホスピタリティやサービスをデザインできる人材が必要とされるはずです。
つまり、私達が提供するのは、日本の観光産業を「おもてなし」の呪縛から解き放つマネジメント教育。皆で目を覚ましましょうよ、という熱い学び舎になる予定です。
富裕層の体験型観光に飛びつく前に、足元の地域資源を明確に
─ いま、日本のインバウンド施策では「高付加価値化」というキーワードのもと、富裕層をターゲットに据え、稼ぐという意識が高まっていますが、ここでの「稼げる観光」について、もう少し詳しく教えてください。
石崎:実は、コロナ前から流布していた「インバウンドによる爆買いの時代から、今は富裕層の体験型観光へ」という文脈は、すでに“取り扱い注意”案件になっており、富裕層体験型観光を導入して成功しているまちは、全国でもほんのひと握りです。
たとえ幾つもの代理店を介して富裕層を呼んできたとしても、地域の事業者に適正なお金が落ちなければ「おもてなし」と同じことが繰り返されてしまう。そこを「稼げる観光」に切り替えていくために、各地の事例を学びます。
牧田:非常に現実的なところを申し上げますと、欧米の一流企業の経営者たちを顧客に持つスイスの山岳リゾートエリアなど世界の観光地は、すでにハイレベルの競争を繰り広げており、残念ながら日本は現在その入り口に立ったばかりです。
富裕層という魅力的な単語に飛びつく前に、自分たちの地域資源とは何なのか、何をもって顧客価値にしていくのか。そこをDMO(観光地域づくり法人)の方々にもじっくりと考えてもらえるコースにしたいと思っています。
空き家活用と繁忙期のホテル経営を俯瞰できるDMO人材を育成
石崎:今後、DMOの存在は非常に重要になってきますよね。例えばの話ですが、今年の夏は全国的に酷暑が続きました。あの北海道ですら異様な暑さだったと報じられていましたが、それでもやはり札幌から遥か離れた道東のまちは涼しくて、空き部屋を活用した長期滞在プログラムが好評だったと聞いています。
この話は空き家の利活用という点ではいい実績になったようですが、ただ、それをもう少し俯瞰してみると、夏の繁忙期、ホテルなどが宿泊費を一番しっかり取れる時期に、果たしてこのプログラムが地域の経済活性に役立ったのかというと、もう少し考える余地はあったのかもしれません。
そういうところまで俯瞰して考える目線を地域のDMOが持つことができるようになれば、そこでまた新たな「稼げる」仕組みが生まれていくのではないかと期待しています。
牧田:観光というと、従来の周遊型観光ばかりを思い描きがちですが、今、石崎先生が話された長期滞在プログラムを活用するようなノマドワーカーたちも、これからの観光産業を構成するメンバーになると思います。
「このまちが気に入って移住してみた。ここで仲間と新しいことを始めたい」という人たちにも、この新専攻に関心を持ってもらえたらうれしいですね。
▲牧田先生(専門分野:経営学、観光学、会計学)
「地元の同業者には話せない」ことも分かち合える学びの友と出会う
─ 社会人入学はどういう方々に来ていただきたいとお考えですか。
牧田:いま実際に地元の宿泊業などを継いでおられる、あるいはこれから継ぐ未来があり、現状に課題や不安を感じている方々に、ぜひとも来ていただきたいです。
気になる講師陣は、我々教員の他に第一線で観光業やまちづくりを担ってこられた方や豊富なキャリアと高い専門性を備えた方々をお迎えしています。地元での勉強会に飽きたりない方にも、きっと満足していただける内容になると確信しています。
石崎:ご自分で学費を出す以上、「何がしかの成果を持ち帰りたい」という意欲も人一倍強い方々が集まってくださると思います。そういう人同士が繋がるネットワークづくりもご期待ください。
「地元の同業者とは近すぎてこういう話はできない」というようなことも、違う土地・違うフィールドの方々には打ち明けられるということもあります。立命館大学ビジネススクールが、そのネットワークのプラットフォームのような役割を果たせるのではないかと感じています。
授業の大半を占める講義科目は対面、オンラインどちらでも可能(*マネジメントプログラムのみ)ですが、演習科目(ゼミ)では、どこかのまちをフィールドにプロジェクトを展開する、というスタイルも教授陣の方々は視野に入れておられるはず。
同じ問題意識と多様なバックグラウンドを持つ人たちが一つの問題解決にあたっていく、そうした活動がひいては地域貢献になれば、と思っています。
▲オンラインで学ぶだけでなく、観光の現場への視察など予定している
「現状を変えたい」「どうしてこうなっているんだろう」が出発点
─ 「これを解決したい」という明確な目標がまだ見えていなくても大丈夫でしょうか。
牧田:「現状をどうにかして変えたいんだ」という問題意識があれば十分です。大学院なので最後は成果物としてリサーチ・レポートを書きますが、自分が何を課題とするのか、立命館大学ビジネススクールでそのモヤモヤをはっきりさせよう、くらいのお気持ちで。
石崎:学部卒業生の進学と社会人入学の一番違うところは、後者の方々は社会で実務経験を積んでおられるところですよね。
実務経験も3年を過ぎれば、一度は感じるであろう「なんでこうなっているんだろう?」という疑問こそが、学びの出発点になると考えてみてください。
学部からの進学組の中にはアジアからの留学生も多く、彼らの「外の目」を通した日本の不思議や鋭い指摘なども、きっといい刺激になると思います。
皆が自分の経験を持ち寄って、そこから新しい発想を膨らませていくのがMBA本来のはたらきです。立命館大学ビジネススクール「観光マネジメント専攻」でも、そうした社会人入学だからこそ深まる学びの時間を体験していただけると思います。皆さんの入学を我々教員も両手を広げてお待ちしています。
─ ありがとうございました。
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