インタビュー
“SARS危機”から脱した、香港に見る観光産業復興への道
プロフィール
1944年 群馬県生まれ
1962年 群馬県立高崎高等学校卒業
1968年 米国ブリガムヤング大学マーケティング専攻学士号取得
1971年 米国サンフランシスコ州立大学にて国際経営学修士号(MBA)取得
1972年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行入社(現J.P.モルガンチェース銀行グループ)
1982年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行証券駐在事務所設立エグゼクティブディレクターに就任
1991年 ロイヤルドルトン・ドッドウェル株式会社 代表取締役社長に就任
1995年 香港政府観光局 日本・韓国地区局長に就任、現在に至る。
- 目次
- 国際的金融マンから観光の世界へ。とてもチャレンジングな転身
- SARSと戦った”魔の51日間”に一体、何が起こったのか
- 未曾有の経験を乗り越えた香港。その経験を日本観光産業の復興へ繋ぐ
国際的金融マンから観光の世界へ、とてもチャレンジングな転身
村山
まずは、観光局の活動内容についてお聞かせいただけますでしょうか。
加納
ご存知の通り、香港はその人口が700万人であるのに対し、世界中から年間3,600万人が訪れるという世界有数の観光都市。そんな香港経済を担うひとつの柱でもある観光産業を推進するために、世界中へのプロモート活動を行っています。同時に、香港に訪れる観光客に対して有益な情報を発信し、各国からの訪問者のためのサービスを提供する機関や団体に対する支援を実施。私は、そのワールドワイド・オフィスの局長として、日本と韓国地域におけるマーケティングや、広報活動に従事しているのです。
村山
日本人である加納さんが、香港政府のお仕事をされるようになった経緯を教えていただけますか。
加納
高校を卒業して、ホテルマネジメントを学びたく、アメリカの大学へ留学しました。しかし、実際にアメリカのホテルでインターンとして勤務し、何となく違和感を持ちました。そこで、専攻をマーケティングに変更。大学を卒業し、一年間向こうで働いてから、再び大学に進学し、国際経営学のMBAを修得したのです。それで就職先として選んだのが銀行。アメリカはもちろん、ロンドンなど世界中の都市に赴任し、香港にも支店オープンのために3ヵ月ほど在住したこともあります。その後、”ボーンチャイナ”を扱う陶器メーカーの代表取締役に就任。陶器市場低迷を予期し、ヘッドハンターを介して、現在の香港政府観光局に招かれたのが1995年のことでした。
村山
金融出身で、しかも日本人であった加納さんに白羽の矢が立ったのはどうしてなのでしょう。日本ではありえないケースのような気がしますが。
加納
香港政府観光局の考え方はこうです。まず、マーケティングをするには、その国のマーケットやハートを理解している該当国の出身者がいいだろうと。ですから、アメリカ人がアメリカに対し、フランス人がフランスに対するマーケティングやプロモートを担当します。また、マーケティングに関しては、何を扱ってきたのかというのはあまり関係なく、ニーズをどのように捉えていくのかという能力が問われるもの。金融も観光も、目に見えない価値を提供するという面では共通している部分もあり、ともに想像力や夢を売る仕事として、私も大変チャレンジングなインダストリーであると考えました。
SARSと戦った”魔の51日間”に一体、何が起こったのか
村山
加納さんが局長に就任されてから、ずいぶん数多くの大きな出来事があったように記憶しているのですが。中国への返還もご経験されたのですよね。
加納
そうです。私が就任した翌年のことでしたね。当時は空前の香港ブームを迎えていて、変な話ですが、特別なプロモートなど何もしなくても、右肩上がりに観光客が殺到していました。
しかし、私の就任中に体験した、もっとも大きな事件といえば、恐ろしい感染力を持つ、例の新型肺炎”SARS”の問題でしょう。
2003年3月からの同年の5月にかけて、私たちが”魔の51日間”と呼んでいる期間において体験した一連の出来事は、大変厳しく打撃的なものではありましたが、同時に多くの教訓をもたらしたものでもありました。
村山
当時、観光局も含め、香港政府はどのような対応をとられたのですか。
加納
3月10日の香港政府の発表から、一気に世界中を駆け巡ったこのニュース。各国での報道も加熱し、一気に渡航者も激減し、観光大国である香港としても、実に大きな危機に直面しました。しかし、そんな中、香港政府は、「事態への対応」「回復への準備期間」「回復期・復興への道」という3つのフェイズを明確に提示し、段階を踏んで解決を図ろうとします。また、関係業界への税制優遇処置も緊急で実施。さらに、対策費として118億香港ドルもの予算を導入し、メディア対策のほかに、香港の基幹航空会社であるキャセイパシフィックとも連動し無料チケットを配布するなど、各種キャンペーンの実施も行っています。とにかく素早い対応でした。
村山
まさに、国を挙げての対応といったところですね。
加納
その通りです。そして、何よりも重要なのが、世界に対するメッセージの発信です。
5月23日、WHOによる渡航延期勧告が解除されたのを受け、私たちは、香港政府はもちろん、そのWHOの担当者を含めて”安全宣言”のメッセージ発信を行いました。
公的な第三者機関として、WHOを巻き込んでアピールすることが、発信する情報の信頼性を高める上で重要なポイントです。
その結果、4月は全年同月比で86%まで渡航者が減少していたのですが、8月には前年比110%にまでアップするに至り、何とか危機から脱することができました。
しかし、残念ながら日本人渡航客においては、大変戻りが遅かったですね。国民性なのか、それともメディアの過熱報道が影響したのか、完全に回復するのに、実に1年4ヶ月もの期間を有しました。
未曾有の経験を乗り越えた香港、その経験を日本観光産業の復興へ繋ぐ
村山
SARSという未曾有の出来事を乗り越えてきた香港の観光産業ですが、加納さんのご経験からみて、現在の震災・原発問題を抱えた日本の観光産業の復興について思うところはありませんか。
加納
SARSと原発では、人々が受け止めるインパクトの大きさが違うかもしれません。しかし、リスクマネジメントのありかたについては、大きく学ぶ点があると思います。
まず、政府が素早く巨額の予算を投じ、それが3つのフェイズで示された段階にあわせて上手に配分され、使われていました。
そして、第三者である世界的機関を伴って、正確な情報を正確に伝えていきました。
SARSの時にはWHOですが、今回はIAEAに当たるわけです。少なくとも、この2つについては、現在の原発問題にも適用されるべき解決法だと思うのです。
村山
そうですよね。特に、信頼性の高い情報の発信は大切ですね。日本人でさえも、どのような状況になっているかわからないのですから、外国人の方から見れば、さらにわかりづらい状況に映るでしょうから。
加納
特に、香港の方々は、日本のことが大好きですから、今回の問題については、情報収集を含め、かなり注目をしています。特に最初の頃は、発信源により情報がバラバラだったので、「一体、誰を信じればいいのか」という風潮になっていました。
ヨーロッパの友人などは、日本列島が全部津波の被害にあった、といった間違った認識を持っていたくらいですから。
やはり、復興に向けて「さあ、頑張ろう」というのも大切ですが、フェイズを明確にし、この先、どうすべきかを示すこと。そして段階を踏んで進めていくことで、国民も海外の方々も、誰もが進捗状況を把握しやすくなるわけです。
村山
状況がわからないからこそ、人々が不安に駆られ、風評などの被害もどんどん大きくなっていくということですよね。
加納
そうです。そのようなメカニズムというのは、SARSの体験によって、我々も大いに痛感した部分です。
しかし、先ほども申しましたように、SARSの一件は、未曾有の損害を与えたと同時に、リスク回避を学ぶことができました。
そして、ピンチをチャンスに変えてきた結果、現在の香港の繁栄があると思っています。
私たち香港政府観光局の本業は、香港に観光客を誘致する、いわゆるアウトバウンドの推進ですが、現在では、日本人として、そんな垣根を越えて、香港から日本への観光誘致活動にも協力をして、相互間の観光交流すなわち、ツーウェイツーリズムの促進を目指しています。さらに、私たちの経験が生かせるように、今後も講演活動などにも力を入れていきたいと思っています。
村山
貴重なご経験をお聞きしながら、私たちにも今後の活動指針が見えてきたような気がします。今日はお忙しい中、ありがとうございました。今後のさらなるご活躍を祈念いたします。
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