インタビュー
2021年のオンライン開催を経て、2023年9月11日~14日の4日間、北海道でアドベンチャートラベルワールドサミットが開催される。
近年日本国内でも大きく注目されている「アドベンチャートラベル」分野の一大イベントに向け、観光業界では北海道を筆頭に全国各地で商品造成やガイド育成などといった準備が進められている。それらは注目に値する一方で、「アドベンチャートラベルの時代だから」という理由だけで、取り組む地域や事業者も増えているのではないかという声もある。可能性がある市場ではあるものの、アドベンチャートラベラーの受け入れは決して簡単なことではない。世界のアドベンチャートラベルに精通した日本の事業者や専門家が圧倒的に少ないため、実績が出るには時間がかかることも予想される。
こうした問題点を指摘するのが、1969年の創業以来、日本人のアドベンチャートラベラー向けに海外旅行ツアーサービスを提供するアルパインツアーサービス株式会社代表取締役社長の芹澤健一氏だ。
今回は、アウトバウンドで培った経験やネットワークを生かして、世界のパートナー企業の訪日手配やアテンドを手掛ける芹澤氏に、日本のアドベンチャートラベル推進における現状や課題と、今後日本がアドベンチャートラベルの旅行先として認知されるために、中長期見据えて持つべき3つの戦略についても伺った。
アドベンチャートラベル、「体験」して旅行者のニーズを把握した上で売る
北海道がアドベンチャートラベル分野に特化した旅行商談会「アドベンチャートラベルワールドサミット」の誘致に成功し、JNTOでもインバウンド政策の3本柱に「高付加価値」「サステナブル」と並べて「アドベンチャートラベル」を掲げ、積極的に推進しています。この方向性自体は間違っていないと思いますし、今後も伸びていくポテンシャルがある市場だと思います。
ただし、40年以上、日本人の海外旅行を中心に「アドベンチャートラベル」をメインの事業領域として取り組んできた経験を通じて今感じることがあります。日本ではここ数年「アドベンチャートラベル」という言葉だけが、火がついたように独り歩きしてしまっているということです。今の風潮に対して「このままでいいのか」と疑問に感じてしまいます。
─ それは具体的にどういうことでしょうか。
特にコロナ禍のここ3年ほどの間で「アドベンチャートラベル」が、日本のインバウンド観光を救う救世主のようにも捉えられ、全国各地で一斉にアドベンチャー含む体験型、付加価値型の旅行商品造成が進んでいます。ただし、商品造成をしようとしている人自身が、その「体験」をしておらず、体験価値を持ち合わせないまま商品が作られてしまっているケースが増えているように感じます。
「アドベンチャートラベルとはこういうもので、こうした要素が含まれている」といったロジックだけで、ツアー運行の経験がない人たちによって型にはめ込まれたコンテンツだけが作られているがために、実際に、世界中でいろんな経験をしてきたアドベンチャートラベラーのニーズや期待に沿ったものになっていないケースが多くみられます。
ロジックも必要だとは思いますが、それだけでは商品を作ることはできません。実際に経験を重ねて「アドベンチャートラベル」の価値を体感して初めて、世界中のトラベラーが望むことを理解でき、彼らのニーズに応じた商品ができるのではないでしょうか。
▲ブライスキャニオン国立公園(アメリカ)
アドベンチャーな体験だけを売っていてはダメ、訪日への期待を理解する
─ 旅をプロデュースするには、頭で理解するだけでなく「経験」によって身体で実感することも大切ですね。
皆がアドベンチャートラベルと口を揃えて言うので「これからの時代はアドベンチャートラベル」と勘違いしてしまう人も多いかもしれません。
これまで、アドベンチャートラベラーに「日本」が目的地として認知されておらず、それゆえ選ばれてこなかった現状があります。ただし、日本にはアドベンチャートラベルに資する観光資源があるので、取り組めば誘客できる可能性がある。「ラグジュアリー」などと共に、新しい旅のスタイルの1つとして「アドベンチャートラベル」が位置付けられているわけです。
ただ、2019年までを振り返ると、日本を訪れるインバウンド客の8割が東アジア、東南アジアからの旅行客でした。訪日の多数を占めるアジア圏からの20~30代の若い旅行客には都会での観光を求めてくる人もいます。3〜4泊で東京や大阪などを目的に遊びに来たり、買い物を目的に来る人、アニメや漫画の聖地巡り、ゴールデンルートを中心に観光しにくる人、そうした人もたくさんいます。彼らがアドベンチャートラベルを求めているわけではありません。訪日目的には多様なニーズがあることを客観的に見る必要もあります。
─ ポテンシャルはあるが、現状、大多数の訪日客が求めているとは限らないということですね。実際に、アドベンチャートラベルに興味関心の高い欧米豪層の訪日旅行のニーズはいかがでしょうか。
全体的に訪日リピーターが増えているとはいえ、やはり欧米など遠方からの旅行客の多くは「初訪日」が多いです。そのため、世界中で様々なアドベンチャートラベルを経験してきたトラベラーも、必ずしも「アドベンチャーな体験」だけを求めて日本にやってくるわけではありません。
私自身、これまでカナダ、スペイン、南米などといった世界中のパートナーの要望で、登山トレッキングやロングトレイルへの興味関心の高い人たちの訪日旅行をアレンジしてきましたが、彼らの要望は「東京でおいしいもの食べたい」「京都に行きたい」「旅館に泊まりたい」「温泉に入りたい」など、一般的に日本と聞いてイメージすることが上がります。さらに「富士山に登りたい」「熊野古道歩きたい」「中山道に行ってみたい」「北アルプスの山小屋縦走したい」などその要望は具体的で多岐にわたります。
▲「歩く旅」として人気を集める中山道
全国各地で新しいアドベンチャーな体験コンテンツが増えていますが、彼らの平均的な旅行期間はだいたい2~3週間程度です。限られた期間で彼らのニーズに応じたプランを作らなければならず、そのような中で、新しいアドベンチャートラベルの行き先やエリアをすべて要望通りに入れ込むことは、実はそんなに簡単なことではありません。
世界のアドベンチャートラベラー誘客に向け、日本が取り組むべき3つの戦略
─ 世界のアドベンチャートラベラーから、日本がデスティネーションとして認知されるために、諸外国と比較して日本に足りないもの、また何に注力するべきかについて、考えをお聞かせください。
1つ目に、アドベンチャートラベルはもちろんですが、訪日旅行全体をコーディネートする人材、2つ目に、地域のアイデンティティを醸成するための教育、最後に、5年~10年など中長期を見据えたビジョンや目標、それを実行するための行動計画です。いずれにせよ、時間かかることを理解したうえで、中長期を見据えて取り組むことが大切だと思います。
1.コーディネート人材
この2〜3年で、日本中の各地域で商品造成やブラッシュアップが急速に進み、サステナブルやアドベンチャーな体験ができる3〜5泊程度の体験は増えてきています。ただ、どれだけ地域に呼びたくても、そこだけを買いたいという旅行会社は多くありません。
数泊程度のアドベンチャーな体験に加え、東京や大阪滞在など都市部での滞在も組み込みながら、どのようにして2~3週間の訪日旅行ツアーを仕立て上げるか、全体をプロデュースする人材が、日本にはまだ少ないように思います。
さらに言えば、旅行プランを作り上げるにあたって「熊野古道と四国のお遍路だとどっちがいいのか」といったような質問に答えられる人、また、全体の日程や要望を見たうえで「今回、広島訪問はあきらめてほしい」といった交渉ごと、また全体でかかる予算とクライアントの希望を見ながら「ここは、ホテルのランクを下げて」といったような細かい調整も、海外の旅行会社に販売するにあたっては必要になります。
さらに、アドベンチャートラベルは、自然を相手にすることも多く、天候次第で当初の予定通りにアクティビティが進まないこともあるでしょう。また、国内移動に飛行機を利用するとなれば、台風や雪、豪雨による交通網の遅延などの可能性も見据える必要がありますし、状況に応じて柔軟に旅程を調整するスキルを求められます。
▲スノーシューを履いて、福島県雄国沼~猫魔ヶ岳の登山道を歩く旅
全体を見て、2~3週間の日本滞在をカスタムメイドで提案し、来訪後も天候や状況に応じて柔軟に調整できる、そういったことができる組織や人材、特にアドベンチャートラベルの経験値のある人材が圧倒的に不足しています。
2.地域のアイデンティティを確立するための「教育」
アドベンチャートラベルのカギとなるのは地域の発信力です。「うちの地域に来たら、こんなものを見てほしい」「こんな体験ができる」といった地域側の『伝えたい』という想いの強さが大切です。ただ、日本人は控えめで、地域を訪れても「私たちの地域には何もない」という言葉が出てしまう面が多いよう
観光立国といわれるスイス、ニュージーランド、カナダ、スペイン、イタリアなど、どこの国、地域に行っても共通しているのは、そこに住む人たちに「ここで生まれてこの場所が大好き」「家族で住んで何年」「ここが一番」「この町最高」という熱いパッションとともに地元愛や愛着心があることです。
▲カナディアン・ロッキー バンフ国立公園
日本が観光立国になるためには、幼少期から自分が生まれ育った街を誇りに思えるような「教育」が欠かせません。地域愛、郷土愛が育まれるような土台が備わり、地域が自ら誇りをもって発信できる力がつけば、「地域を知ってほしい」「もっと外から人に来てほしい」といった思いとともに、外国人観光客が来たときに自信をもって受け入れられる体制、実態ができてくるのではないでしょうか。
3.中長期ビジョンと計画
人材育成や教育を推進するためにも欠かせないことですが、中長期ビジョンと計画を持つことです。日本のアドベンチャートラベルはまだ始まったばかりです。今年9月に北海道で開催されるアドベンチャートラベルワールドサミットを成功させようと大勢の人々が携わって取り組んでいます。ただ、アドベンチャートラベルワールドサミットはゴールではなく、日本におけるアドベンチャートラベル本格誘致の第一歩なのです。
サミット開催が決まり、北海道を中心に行政主導のもと、全国各地の地域でアドベンチャートラベルの商品が造成されていますが、サミットを開催すれば、それらの商品が自動的に売れていくわけではありません。サミットを機に集まった日本や北海道への注目を、どのようにして、実際の「アドベンチャートラベラー誘致」に繋げていくかを考えるべきで、そのためには、中長期のビジョンと行動計画を策定し、それらを実行していくことが欠かせません。
ただし現状は、中長期を見据えた計画やロードマップ策定といった動きもなければ、サミット後を見据えた動きも見られません。それらの必要性を真剣に考えて、行動起こしている人もほとんどいないのではないでしょうか。
このままでは「サミットが無事成功した」で満足してしまい、世界のアドベンチャートラベラーの日本誘致、特に地域への誘客が進まないのではないでしょうか。そうなれば、地域の人たちは、ここまでして商品造成したのに、放置されたと感じ、不満だけが残ってしまうのではないでしょうか。
目前に迫ったサミットを成功させること以上に、その後を見据えて、中長期の目標と行動計画を策定し、実行する組織を作り行動に起こしていくことこそ、最も大切なことではないかと思います。
─ 「人材」「教育」そしてそれらを支える「中長期計画と実行組織」を持って、長期的な視点をもって取り組むことが大切ですね。
日本の可能性、地域の「里山文化」を味わう「歩く旅」
─ アドベンチャートラベルにも様々なスタイルがありますが、世界中のコンテンツを熟知する芹澤さんの目線から見て、日本の可能性はどこにあるでしょうか。
私は日本の「里山文化」をしっかりと伝える新しい旅作りが、1つのカギになるのではと思っています。
日本全国見渡すと、日本の地域には、それぞれ里山をはじめとした特色ある伝統や文化が根付いており、また四季折々の季節に育まれた生活様式や食文化、祭りなどがあります。このような日本が育んできた歴史や文化を「歩きながら旅する」ことで、見えてくるものがたくさんあると思います。
日本には、創成期から日本流の巡礼路がありました。すでに知名度の高い四国のお遍路や熊野古道はもちろん、江戸時代には、江戸と各地方を結んだ五街道(東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州街道)もありました。他にも修験道もありますし、例えば新潟の糸魚川から松本まで塩を運んだとして知られる千国街道などさまざまな道があります。
さらに、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた福島県から青森県までの沿岸部1000キロ超を1本のルートで繋ぐ「みちのくトレイル」が整備されるなど、新しい道を作ろうという動きもあります。新旧問わず、こうして整備されていく道を「歩く旅」として、日本で力を入れて取り組んでいくことが、「アドベンチャートラベル」という分野においても、可能性があるのではないかと思っています。
また、それらを体験できる商品造成に欠かせないことの1つに「地域の人」つまり「日本人との交流」があるのではないかと思っています。これまで国内で浸透していた観光とは、単に景勝地巡りをするスポット観光であり、それを案内するのは添乗員やバスガイドで、実はその地域の出身ではありません。アドベンチャートラベルの要素にある自然体験や文化体験は、地域をよく知る地元から発信され、地域の人が登場し、旅行者と戯れ、語り、伝える、ということが旅行者にとって「体験」そのものになるはずです。
▲塩や海産物を内陸に運ぶのに使われた「塩の道」
いま必要なこと、一歩踏み出して冒険の旅に出る
─ 2022年秋以降、国境を越えた往来も復活し、インバウンドも急速に回復しています。アドベンチャートラベルの領域において民間の事業者が、今後インバウンド誘致するために、何に取り組むべきでしょうか。
アドベンチャートラベルとは、まさに異文化体験そのものだと思っています。自転車、ロングトレイル、サップやカヤックなどのアクティビティに挑戦するという要素もありますが、今の時代は、知らない土地の自然、文化を体験するという要素の方が強いのではないかと思います。
一歩踏み出して、地域や文化と交流して知らない扉を開けていく。知らない世界を旅して学びを得る。人や文化を理解し、異文化を尊重する。そうすることで新しい価値観のアップデートや、自己変革を起こすことこそ、アドベンチャートラベルが重きを置く概念です。まさに、一歩踏み出して冒険の旅に出る。だからこそ、まずは、アドベンチャートラベルに取り組もうと、商品造成しようとする人は、自身が一歩踏み出して外に出てほしい
例えば国立公園のコンテンツ造成に携わる人たちは、カナダやニュージーランドに行って、似たようなものを見て体験して、国立公園のシステムや行政の取り組み、また民間がどうかかわっているか、そこでかかわる人たちの話を聞く。そうすると、帰ってきて何か気付きがあるのではないかと思うのです。
▲ニュージーランドにあるアオラキ/マウントクック国立公園
中長期を見据え、人が育ち、地域経済が回るための「仕組み」作りを強化
─ まずは、海外旅行に出かけて自分の目で見て確かめることですね。最後に、日本全体でアドベンチャートラベルを推進するのであれば、国や政府の役割も重要になってくると思います。今後、国や行政に期待することは何でしょうか。
先ほど述べたように、アドベンチャートラベルに本格的に取り組むのであれば、中長期を見据えたビジョンや目標、行動計画を作っていくことは大切だと思います。
さらに、アドベンチャートラベルに限らずですが、日本を真の意味での「観光立国」にしていくためには、現在の公募事業の在り方も、変えていかないといけないと思います。現状、商品造成の支援や、ガイド養成のための事業などもありますが、単年度で分かりやすい成果物が出せる事業になりがちなことも、事実あるかと思います。
しかしながら、大切なことは、地域に人が育つ仕組みづくり、また、地域の経済が観光という要素で回っていくような仕組みづくりで、そこに繋がる有益な公募事業に変えていく必要があるのではないでしょうか。
例えば、1000万円の公募事業を出すならば、全国の国立公園からやる気のある10人を選び集めて、1人100万円の予算でカナダの国立公園に視察に行き、現地で働く人たちとディスカッションや体験をする。そこで各メンバーが気づいたことを日本に持ち帰って、各地域で実践していく。
短期的に見れば、可視化できる効果が見えづらい事業ではありますが、長い目で見て必要なことに投資していく。そういった事業が出てき
(写真提供:アルパインツアーサービス株式会社)
プロフィール:
アルパインツアーサービス株式会社 代表取締役社長
日本アドベンチャーツーリズム協議会理事
芹澤 健一
学生時代より登山に親しみ、国内の他、カナディアンロッキーやニュージーランドの山で過ごす。20代前半より世界各地の山岳地帯や辺境、国立公園などを舞台に、登山、トレッキングなどの山岳旅行を手掛け、バードウォッチングや高山植物など、自然観察ツアーの企画の造成と運行に携わり、コーディネーターやツアーリーダーとしての業務経験は39年にわたる。また国内では地域観光促進や環境保全、ガイド育成など総合的なプロデュースに関わりながら日本古来の歴史や文化を体験するロングトレイルや、四季折々の大自然の魅力を取り込んだ登山、トレッキング、サイクリングなど、体験型アドベンチャー・トラベルを、国内各地の自治体や国立公園との連携により、世界に向けて発信している。
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