インタビュー
社会人になってからも学び続けることへの注目が集まっている。仕事人生に「学び」を取り入れ、観光業界で活躍する人々に、学び直しをテーマに話を聞くインタビューで今回話を伺ったのは、異業種での経験や独立を経て、札幌観光バス株式会社で働く佐藤圭祐氏だ。
佐藤氏は、観光業外の企業で経営企画や新規事業立ち上げに携わる中で、グロービス経営大学院に通い、学び直しを経験。その後、移住先の札幌で独立し、地域企業のアドバイザーとして企業経営に携わったのち、2020年4月、札幌観光バス株式会社の常勤役員として参画し、新規事業立ち上げを担っている。
札幌観光バスへの参画と同時に直面したのが、新型コロナウイルス感染症の拡大だった。厳しい状況の中、企業の生き残りをかけ、約3年にわたって新規事業の立ち上げに奮闘してきた佐藤氏に、観光業に参画した背景や、地方都市の企業で働くやりがいや難しさ、またMBAでの学び直しの意義、そこでの経験が今の仕事にどう生かされているか、話を伺った。
▲グロービス卒業式の様子、写真中央が佐藤氏
新規事業立ち上げで周りとの差を実感、スキルアップ目指しMBA入学
─ 札幌観光バスに入社される以前のキャリアと、また、グロービスに通い始めた時期やきっかけを教えてください。
まず、新卒でリクルートエージェント(現リクルート)に入社しました。法人営業、経営企画に携わったあと、新規事業をやりたいと思い、転職した先がソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)です。そこで3年間、電力事業の立ち上げに参画したあと、2016年に東京から札幌に移住することとなりました。
グロービスに通い始めたのは、リクルート時代、経営企画チームで働き始めたころです。社内公募で自ら希望して異動しましたが、非常に優秀なメンバーが集まるチームで、周囲との力量の差を感じて自分に足りない実力をつけたいと思い、入学を決めました。単科コースに1年、本科コースに3年、平日の夜や週末に通い、2015年に卒業。翌年、札幌に移住しました。
▲リクルート時代の同僚との登山(写真一番右が佐藤氏)
MBAを経て起業。新規事業の経験買われ、札幌観光バス参画
─ MBA卒業の翌年に札幌へ移住とのことですが、その理由を教えてください。また、移住されてから札幌観光バスに参画した経緯を聞かせてください。
もともとリクルートで働いていたころから、いずれは地方で働くことを思い描いていました。私の出身は山口県宇部市ですが、就職後、帰省をするたびに思い知らされたのが地域の衰退でした。原因は、首都圏のように次々と新しい企業が生まれることもない新陳代謝の低さと、既存企業の生産性の低さにあり、その構造的な問題に取り組みたいと思いを致すようになりました。移住先を私の地元の山口か、妻の地元の札幌かで悩んだ末、最終的に札幌を選びました。
仕事は、これまで経験を積んできた経営企画や新規事業企画を地方で実現させるには、独立という形が最適だろうと考え、地元企業の経営に関する外部アドバイザーや採用コンサルタントとして事業をスタートしました。
定期的にお付き合いしていた顧客の1人が札幌観光バスの代表でした。最初に出会ったのは2017年ですが、2019年の冬ごろ、札幌観光バスが事業承継により北海道北見バスの株式を取得し、グループ会社化することになりました。事業の枠を拡大するにあたり、代表から、札幌観光バスの常勤役員として携わってもらいたいという打診を受けました。既存の売り方を変えるとか、外部との折衝を交えて事業をデザインしていくといった担い手として、これまでのキャリアを見込まれてのオファーでした。オファーを受け、2020年4月に札幌観光バスに入社しました。
─ 観光業を担うバス会社という、これまでのキャリアとは別の業界に入るにあたって、迷いや躊躇はありませんでしたか。
あれこれ思案したうえでの決断でしたが、異業種からの参画という点では、当社の代表も同様で、異色のキャリアを持った、業界内では名前を知られた経営者でした。福利厚生制度を充実させるなど、働く環境の改善を手掛け、新しいことにも意欲的に取り組んでいました。そうした行動力は魅力的で、この人と一緒なら、おもしろいことが色々とできるのではないか、と思ったのは入社の決め手として大きいですね。
コロナ禍でのバス業停止、売上を伸ばそうと新規事業を開拓
─ 札幌観光バスに入社した2020年4月というのは、新型コロナウイルスの影響がまさに始まった時期になりますが、どのようなミッションをもってここまで取り組まれてきましたか。
札幌観光バスでの私の役割は、営業や事業の立ち上げでしたが、入ったときがまさに1回目の緊急事態宣言が出されるというタイミング。バスの仕事がいきなりなくなる、ということで代表と資金繰りを計算したのが最初の仕事でした。少しでもお金を稼ぐ方法を模索し、札幌市に営業をかけて、コロナの軽症患者やPCR検査を受ける方の送迎を請け負う仕事を受託したり、オンラインバスツアーを始めたりで、何とか売り上げを立てようと試みました。
▲オンラインバスツアーでは、自らガイドを務めた
観光需要がようやく戻ってきた2022年からは、自社企画ツアーの事業立ち上げに力を入れています。2023年4月にはこの事業によりドライブをかけるべく、実施主体を子会社に移しました。もともと当社のメイン事業は、大手の旅行会社がつくったツアーや団体旅行にバスを貸すという仕事です。ただし、バスという商材にそれほど差別化要素はありません。業界全体として料金がどんどん下がり、会社全体としての収益性の低さにつながっているという経営課題がありました。コロナ禍の前も、自社企画のツアーはありましたが、年に数本程度。自分たちで旅行商品を企画し、自分たちのバスを動かすことでお客様の人数が増えれば売り上げが伸び、利幅をとれるようになります。
地方企業で痛感した、「人材マネジメント」の難しさ
─ オンラインツアーに自社企画の催行と、新しい事業を数々手掛けられました。コロナ禍をうまく切り抜けてこられたように思いますが、ご自身での評価はいかがですか。また、振り返って、いま現在、課題に感じていることは何ですか。
コロナ禍に直面して数年は、とにかく売り上げが毎日減っていく中、代わりのネタを探さなければと必死でした。その甲斐あって新規事業が会社の業績を下支えし、会社に貢献できた部分はあったと思います。しかし、長期的に見て会社に何かストックできたか、と言うとまだまだです。課題はそこで、功を急いでしまったがゆえ、という反省点はあります。社内では、私が手掛けた新しい事業が観光バスという本来の業務から離れていくようにも映ったようでした。そうした意図は全くありませんでしたが、そのように見えてしまった点は大いに反省するところであり、3年を振り返った今、人材マネジメントが目下の課題だと感じています。
─ 具体的にどういった点でつまずきがあったのですか。
最近何人かの知り合いに掛けられた言葉に、新しい事業を手掛け、大枠づくりから現場への落とし込みまで、私自身が1から10までやったことはうまくいっている、といった評価がありました。先ほどお伝えしたオンラインツアーがその一例で、設計をし、現場で働くバスガイドと一緒に内容を詰めて作りこみを行いました。一方、つまずきがあったのは、私が設計だけ行って手放したものです。現場のオペレーションがうまく機能せず、事業が回っていないと指摘を受けました。
大枠の型をつくり、事業方針や指標を決めて、あとは現場のマネージャーに任せるのが理想です。しかし、この3年を経て心に響いてくる言葉は、山本五十六の有名な、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という、あの言葉です。周囲からも多くのアドバイスをもらい、さまざまなアプローチがありどれが正解ということはありませんが、まず一旦は自分がやってみせること。すべてうまくいくわけではありませんが、自分の失敗も含めて見せて、流れやポイントを自分で理解、吸収したうえで、それを見ている管理職に自分の経験として語っていく、ということが大事なのかなと思っています。時間はかかりますが、そのステップを踏まないと結局お客様には届きません。
あらゆる業界で通用するスキルとマインドセットを得た学び直し
─ 最後に、MBAでの学び直しの意義について聞かせてください。異業種から観光業という新しい業界に入った立場として、MBAでの経験はどういった場面でどのように活かしてきましたか。
まず、札幌観光バスへの入社を決断した際ですね。グロービスで徹底的に鍛えられたのは、この業界の、この職種のスキル、といったことでなく、特定の領域に特化しないスキルでした。もしも業界や職種に特化したスキルしか持っていなかったら、今のこの立場には立っていなかったと思います。
スキル習得に加えて、一緒に勉強した仲間の存在も影響力がありました。MBAを取ったあと、多くの仲間は転職や起業を望んでいました。実際にそれをやってのける彼らを見て、自分もほかに移ってもやれるかもしれないなというマインドセットをもてるようになっていたんです。業界や職種に特化しないスキルとマインドセットの2つを得たことが、MBAでの学び直しの大きな意義だったと思います。
▲グロービスで共に学んだ仲間と
─ 札幌観光バスへの入社後、コロナ禍での運営という局面においてはいかがですか。
厳しい状況ではありましたが、どんなに複雑なことが起きても解けない問題はない。問題を構造的に解きほぐし、道筋をつけて、手を打つべきところに手を打っていく。これは、グロービスのクリティカル・シンキングと呼ばれる講座(論理思考力の強化を目的とした科目)で鍛え抜かれたスキルです。今回のコロナ禍という厳しい局面においては、曲がりなりにもそれを語れるかどうかが、金融機関からお金を調達できるかどうかの分岐点になりました。
MBAでさんざん鍛えられてついた筋肉は、業界が変わろうが、地域が変わろうが、企業規模が変わろうがどこでも変わらずに、そしてこれからも使えるスキルである。そう、確信していますが、スキルは実務で使って常にアップデートしないと錆びついてしまうものであるとも思っていますので、常に学び直しが必要であると感じています。
文:堀岡三佐子
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