インタビュー

日本一のインバウンド向けローカル体験を創ったツアーサービスMagicalTripが、未経験ガイド9割でも最高評価を獲得できる理由

2024.07.26

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インバウンドの急速な回復でガイド人材の不足が課題に挙げられるなか、ガイドの9割が未経験でありながら、口コミの9割超が最高評価を獲得しているツアーサービスがある。東京、大阪などの大都市圏を中心にナイトツアー、フードツアーなどローカルな体験を訪日客に提供するMagicalTripだ。現在、20~30代の若手ガイドが中心になって活躍しているという同ツアーを提供するMagicalTrip株式会社創業者・会長の鈴木康裕氏によると、ここまで高評価を得られる理由は、「試行錯誤の末に行き着いた、ガイドが楽しく仕事できる『ガイドファースト』のビジネスモデル」だと言う。具体的にどのようなツアーサービスなのか、事業やビジネスモデル、ガイドの採用など、その裏側について詳しく伺った。

 

観光業界未経験メンバーだけで立ち上げた訪日客向けのバーホッピングツアー

― MagicalTripを立ち上げるに至った経緯を教えていただけますか。

MagicalTripは、訪日客向けに始めたツアーサービスです。私は以前、株式会社リクルートで、インターネットやスマートフォン向けのサービスに関わる事業を担当していました。独立した2013年は、ちょうどスマホが普及してきた頃で、スマホの使い方を説明するチュートリアルアプリの開発を皮切りに会社は順風満帆に進みました。いくつかの事業を手掛けた後、インターナショナルな環境で取り組める事業領域として選んだ旅行関連、特に外国人旅行者向けのサービス展開を考える中で誕生したのが、MagicalTripです。と言っても、私をはじめ、一緒に事業を立ち上げた仲間の中に、旅行業界、観光業界の出身者はゼロ。業界の常識にとらわれない形でビジネスチャンスを模索していきました。

2017年、訪日客向けサービスとして最初に手掛けたのは、外国人旅行者に向けて旅程を提案するサービスです。残念ながらニーズを掴み切れませんでしたが、外国人旅行者に喜ばれる商品や店についての知識が深まったという意味では、得るものは大きかったです。また、世界各国からエンジニアを採用し、素晴らしいチームもできました。そのとき、外国人旅行者向けに六本木のクラブ巡りを提供しているサービスがあることを知りました。実際に参加し、日本のナイトライフへのニーズが高まっていることをリアルに感じた私たちは、自分たちで東京の夜の魅力を伝えるナイトツアーを企画することにしました。私や外国人メンバーを含め、会社のほぼ全てのメンバーが居酒屋文化を愛していたことも、このビジネスを試してみる動機になったと思います。純粋に楽しそうですからね。

こうして2018年にスタートしたのが、新宿、思い出横丁の居酒屋を巡るバーホッピングツアーです。Tokyo Bar Hopping Night Tour in Shinjukuという名前で現在まで続いており、人気ツアーの1つです。

最近では、「2024トラベラーズチョイス ベスト・オブ・ザ・ベストアクティビティ」において日本全体の1位を獲得しました。
現在はナイトツアーより、昼間のツアーの方が数も多く人気となっており、伝統文化体験、サイクリングツアーなど含め、現在は、全6都市で、約40のツアーを催行しています。

 

参加者増のきっかけは、ある外国人旅行者の値付けに対するアドバイス

― 最初の新宿でのツアーは、どなたがガイドをされたのですか。

初期のツアーは、私を含めた社員がガイドを行っていました。ツアー自体も現在のようにしっかりと決まっておらず、たとえば、顔なじみの店に入れなかったら隣の店へ行ったり、店での会計も飲食後にガイドが支払ったりと、その場に応じて対応していました。料金もスタートした当時と今とでは大きく違います。当初はトライアルという意味もあって1人あたりの参加費用は2000〜3000円で実施していましたが、あるとき、アメリカの某大手IT企業に勤める方がツアーに参加してくれました。日本へは何度も出張で訪れ、寿司も天ぷらも散々楽しんできた方で、日本人がふだん食べているローカルな食事をしてみたいというのが参加の動機でしたが、終わった後、「同僚にもぜひ勧めておく」と非常に高く評価してくれました。ただし、「1つアドバイスがある」と。

― どのようなアドバイスだったのですか。

「値段」です。値段が安すぎると。これだけよいものを提供しているのだから、相応の値付けをすべきと助言を受けました。その指摘を受けて、ツアーの値段を8000〜9000円に上げたところ、売れ始めました。また、参加者1人でもツアーを催行するとあって、1人旅のゲストにはとくに評判で、自社サイトやOTAへのレビューも増えました。実際のところ、1つのツアーに1人のゲストのみの参加だと赤字になります。それでも我々としては「実際にツアーを催行してガイドという仕事を楽しむ」ことが重要なので、今でも利益にこだわらずに、1人でもツアーを催行しています。

毎日ツアーが入るほどの好循環が巡り始めたのはよいものの、社員だけでは手が回らなくなり、インターン生にもガイドを手伝ってもらうようになりました。さらに、紹介でツアーを手伝ってくれるガイドの方を探し始め、留学経験がある人や、英語を使った仕事をしたい方々が集まってくるようになりました。


▲若いガイドが多数活躍するのが、MagicalTripならではの特徴だ

彼らに任せる過程で、私達自身もそうだったように「ガイド未経験の人たちでもガイドができるんだ」という自信が身に着きました。その自信を根拠に、誰もがスムーズにガイドができる環境やプロセスを目指して改善していくと、未経験でも高評価の5つ星を次々に獲得できるようになったんです。そうして正式にガイドの募集を始めました。社会人の副業や大学生のガイドの方が友達に勧め、その友達がまた応募する、という形で広がり、これまでに3000人以上の応募があり、約1000人の方が活躍してきました。9割がガイド未経験の方で、現在は、学生が4割、社会人で副業として行っている方が4割です。残り2割がフリーランスの方、主夫・主婦の方、専業で通訳ガイドをしている方などです。年齢層では20-30代の方が8割強を占めています。人手不足が叫ばれる観光業界の中で、この状態は非常に特異だと思います。

 

未経験でも挑戦しやすいよう「個別のリクエストに応えない」という方針

― ほとんどの方がガイド未経験者としてスタートすると思いますが、いずれのツアーも高評価なレビューを獲得されています。その理由はどこにあるのでしょうか。

ガイドの皆さんが楽しんでお客さんを案内している。これに尽きるのではないかと思います。彼ら自身がガイドを「楽しい、おもしろい」と感じて働くことができる状態になれば、それが旅行者にも伝わり、自然と満足度の高い体験につながるという考えが、私たちの根本にあります。そのために、ガイドの方が行う事務的な作業をなるべく減らし、ガイディングに集中できる環境を整えています。一例として、ツアー開始当初、都度店舗で行っていた支払いを、現在は請求書払いにしたことで、ガイド中の負担は減りました。

また、弊社では、ガイドの方たちが円滑に業務できるよう専用のアプリを開発したのですが、そこにも、彼らの負担軽減につながるさまざまな仕掛けが設計されています。たとえば、ガイドの方はツアー参加者の出欠をアプリで報告すれば、あとは目の前のお客様に集中できるようにしています。オペレーションチームが、アプリから得た情報を基に遅刻者への対応を行うので、ツアー中に遅刻者対応に追われることはありません。

弊社が最も大切だと考えるのは、ガイドの方や提携している店舗です。ガイドの皆さんは、「ガイド」という仕事に集中して純粋に楽しんで働ける。ガイドファーストの環境づくりの追求が、結果的に未経験者でも楽しんで仕事をし、ひいてはお客様の高い満足度として、高評価なレビューにつながっていると自負しています。

― ついお客さん第一に考えてしまい「ガイドの方が働きやすい環境を整える」という発想で事業を展開したり、整備する企業は、多くないように思います。

私たちのツアーでは、「お客様からの個別の要望には対応しない」というスタンスをとっていますが、これもガイドが働きやすい環境をつくるうえでの工夫です。たとえば、音楽に興味があるからミュージックバーに行けないか、といった個別のリクエストが入ることもありますが、基本的にはお断りします。私たちが提供するパッケージを明示し、それがいいと思ったら申し込んでください、という考えをもってツアーを展開しています。イレギュラーな対応に迫られる場面を可能な限りなくして、ストレスなく働ける環境をガイドに提供できている点が、他社との違いではないかと思います。

ツアー中のトラブルを未然に防ぐために、「お客様の期待を正しく形成しておくこと」も大事です。ウェブサイトにはツアーの雰囲気がわかる動画を載せ、ツアーで提供するものをオンライン上で明確に伝えます。フレンドリーなガイドがふだんの生活やローカルな人の考え方をシェアしてくれるという期待をもって参加してほしいのであって、知識豊富なガイドが、何でも説明してくれるという過度な期待をもってゲストが予約するのを避けるためです。不満につながらないよう、ツアー前にお客様の期待値を正しくコントロールすることを意識しています。

 

ガイドに求めスキル、好奇心とコミュニケーション力

― 未経験のガイドが多いということですが、どういった基準で採用をしているのですか。応募から採用までのプロセスを教えてください。

応募にあたっての必須スキルは、「英語で日常会話ができること」「積極的に話をし、一緒にツアーを楽しめるフレンドリーな姿勢」「日本の生活や文化の良さ、おもしろさを紹介するのが好きなこと」の3つです。動画の提出、もしくはオンライン面談による一次選考、そして、先輩ガイドや社内メンバーがが行う面談を経て採用となります。

選考では、もちろん英語力はチェックしますが、一番大事なのは、知的好奇心とフレンドリーにコミュニケーションをとれるかどうか。私たちが売っているのは、「ローカルな日本を知る体験」です。たとえば、最近人気のツアーに、相撲部屋の朝稽古見学がありますが、お客様に「あなたは相撲について誰よりも詳しくなれます」といったことは約束していません。知識の羅列でなく、自分の考えや生活について自ら進んで共有しようとする姿勢や、想定外な問いや、個人的な質問にも自然に受け答えができる双方向のコミュニケーション能力をもっているかどうかを、選考時にはよく見ています。

▲海外のお客様と円滑にコミュニケーションが取れるかどうかを重視する

 

― 二次選考を突破し採用された後、実際にガイドとして1人立ちするまではどのように教育されるのですか。

採用したポテンシャルガイドには、まず自分がやりたいツアーを選んでもらいます。その後、選択したツアーのマニュアルを読んで一通りインプットしたところで、先輩ガイドのフォロー役という立場で実際のツアーに参加してもらいます。そこで先輩ガイドがチェックするのは、マニュアルでどれだけの知識をつけたかよりも、イニシアチブをとってほしいシーンできちんと対応できるか、お客様との双方向なコミュニケーションができるかです。先輩のOKが出れば次からは1人で、少人数のグループツアーを担当します。この仕事に興味がある方はもともと、自分が住んでいる街や、好きなものを伝えたいという思いが根底にある上に、コミュニケーション能力が高い人が多く、ほとんどのポテンシャルガイドが1回で合格します。

その後は、新しいツアーができたときや、既存のツアーブラッシュアップのタイミングなどに実地での再研修を行っています。ガイド用アプリでのマニュアルも随時更新し、すべてのガイドの方に情報共有できるようにしています。

また、ツアーを催行している各エリアで半年に一度くらい、ガイド交流会を行っています。情報交換が一番の目的ですが、そのほか、ツアー中の注意喚起や安全対策を伝えたり、成功事例や活躍しているガイドの知見を共有したりする機会としています。


▲ガイドの方向けの交流会が、横のつながりや情報交換の場となっている

 

未経験ガイドにも活躍の場を、ガイド業界のすそ野を広げるツアーサービスに

― 未経験の方でもガイドを始めやすいよう、さまざまな工夫をしているのですね。

どんな仕事にも言えることだと思いますが、楽しい側面もあれば、大変な側面もあるものです。新しい仕事を始める際に、大変なことにばかりに直面したり、辛い経験ばかりが降りかかってくると、その仕事自体が嫌いになってしまいます。

いま、ガイドと言うと、外国人のお客様とコミュニケーションをとりながら、相手の状況、興味関心を察知し、ニーズに合わせた柔軟な対応ができる富裕層向けのプライベートツアーガイドの育成が重要視されています。それはもちろん大切なことですが、求められるスキルも高いため、ガイドの仕事は「大変で難しいもの」とハードルが高くなりがちです。また、その方向性だけだと、新たにガイドになろうとする人が全く増えなかった従来の状況を再生産してしまいます。もっと、ガイドという仕事が、気軽に始められるうえに楽しいと感じられるものであってもいいのではないかと思っています。

その点、MagicalTripのツアーサービスは、ベテランガイドだけでなく、学生さんのバイトや副業など、未経験の方が「ガイド」という仕事に携わるきっかけにもなっていて、ガイドのすそ野を広げることに、繋がっているのではないかと思います。

実際のところ、MagicalTripで未経験のガイドとしてスタートし、現在は富裕層にアテンドするベテランガイドとして活躍するまでにステップアップした方もいます。私たちのツアーを足掛かりに、有名ガイドや、たくさん稼げるガイドがこれからもっと出てきて、ガイド業界の底上げに少しでも繋がればという思いをもって取り組んでいます。

― 最後に、今後の展望についてお聞かせください。

個人的にMagicalTripというツアーサービスを産み出したことで、「ガイド」という仕事を新たに定義しなおして、MagialTripガイドという、多くの人に開かれた「新しい仕事」を創ることができているのを実感すると同時に、そのことを誇りに思っています。

今後は、競合の垣根を取り払い、ツアーアクティビティの運営会社の方も含めて、旅行・観光業界の皆さんと情報交換をし、ツアー・アクティビティ業界を盛り上げながら、日本、世界中に良い仕事を創り出していきたいなと思っています。

取材/文:堀岡三佐子

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