インタビュー
観光・インバウンドの最前線で挑戦を続ける人々の姿に迫るインタビュー連載。今回は、全国有数の温泉地・大分県別府市にある観光案内所「ワンダーコンパス別府」で広報宣伝部長を務める、畑山知美(はたやまともみ)さんにお話を伺った。
「世界一ワクワクする交流型観光案内所」というコンセプトを掲げる同施設は、単なる情報提供にとどまらず、“人と人がつながる場所”として、訪れるゲストと地域の架け橋となる存在を目指している。
学生時代から観光に関心を持ち、異業種での経験を経てこの業界へ飛び込んだ畑山さん。これまでの歩みや現場での実践、そして観光の未来に向けたビジョンについて語っていただいた。
学生時代の思い出の地・別府で、“人と旅をつなぐ”日々
― 現在のお仕事とこれまでの経歴を教えてください。
現在は、大分県別府市の観光案内所「ワンダーコンパス別府」で、広報・コンシェルジュ・人材育成・ガイドといった業務を担当しています。広報宣伝部長として、現場の第一線に立ちながら、日々ゲストの皆さんと向き合っています。
学生時代は観光・ホスピタリティを学びましたが、卒業後はコンサル会社に勤務。その後、2015年に観光系ベンチャーへ転職しました。訪日外国人向けのガイドマッチングサービスの立ち上げに関わるチャンスがあり、自身が心から共感できるサービスだったため、入社を決意しました。
サービスを試行錯誤する中で、タビナカのゲストと接点を持つべく観光案内所の運営がスタート。2018年にオープンした「ワンダーコンパス渋谷」では店長を務めました。その後、別府での観光案内所立ち上げの話を受け、関わることに。大学時代を過ごし、思い入れの深い別府に、2022年、自らの意思で移住し、現在は「ワンダーコンパス別府」での活動を続けています。
▲畑山さんは10年ほど前から観光現場の第一線でゲストと向き合い続けている
― 全国各地に観光案内所はありますが、「ワンダーコンパス別府」ならではの強みや、他とは違うと感じる部分はどんなところにありますか?
交流型の観光案内所として、1問1答ではなく、会話を通じて旅を一緒に組み立てるのが特徴です。「ここに行きたい」と言われたら、「このルートが便利」「昼食はこの店がいいかも」など、ゲストの希望に寄り添った提案をしています。
働いている立場からすると、現場の判断が尊重される環境も魅力です。例えばバスの時間が迫っているゲストがいれば、案内所を飛び出してバス停まで同行することも。必要と感じたときに柔軟に動けるのは、「何があっても私が責任を取る」と背中を押してくれるマネージャーの存在があるからです。
▲ワンダーコンパス別府ではゲストとの対話を重視している
観光客、地元、学生と。別府の街で人が交わる瞬間をつくる
― ワンダーコンパス別府では、現場でのゲスト対応から広報発信まで多様な役割を担っていらっしゃるそうですね。具体的にどのような業務に携わっているのか教えていただけますか?
はい、現在は大きく分けて4つの業務に携わっています。
1つ目は、観光案内所でのコンシェルジュ業務です。2つ目は広報業務。Instagramを中心に、案内所での日常や別府の魅力を発信しています。SNSだけでなく、メディア対応など外部への情報発信全般も担当しています。
3つ目は、人材育成に関するプロジェクト。大学や地域の方々と連携して、観光を実践的に学ぶプログラムを企画・運営しています。そして4つ目が、ガイド業務です。ゲストの興味やニーズにあわせたプライベートツアーを行い、実際に別府の街を案内しています。
― Instagramでの発信をとても丁寧にされていますが、日々どのようなことを意識して取り組まれているのでしょうか? また、発信を通じて見えてきた反響や変化があれば教えてください。
Instagramでは、リールやライブ配信を中心に、ゲストや街の方も巻き込みながら、すべて自分たちで撮影・編集しています。
▲発信は“楽しむこと”を大切に。観光案内所を訪れたゲストも巻き込んで一緒に撮影することも多い
ここで日々生まれる素敵な出来事を、自分たちの中だけに留めておくのはもったいないと感じ、発信を続けています。「本当に伝えたい」と思えることを、楽しみながら発信することを常に意識しています。
当初は観光客向けのつもりでしたが、発信を強化して以降、「いつも見てるよ」と声をかけてくれる地元の方も増え、認知の高まりを実感しています。「新しいお店ができたよ」「うちにも来て」といった声も届くようになり、良い循環が生まれています。今後は、街の情報が自然と集まる拠点になれたらと考えています。
▲Instagramでは、飲食店や観光地、イベントなどの情報を楽しく紹介するリール動画を多数発信している
― 観光を学ぶ学生の育成にも力を入れていると伺いました。APUとの連携プログラムでは、どのような実践的な取り組みを行っているのでしょうか?
2022年から、別府市に本部を置くAPU(立命館アジア太平洋大学)と連携し、学生が観光を“実践から学ぶ”半年間の育成プログラムを実施しています。「観光を学んでいても地域との接点が少ない」という課題から始まった取り組みで、これまでにモデルルート作りや別府観光の課題解決に向けた取り組みなどのテーマを通し、学生がポストカード販売や店舗連携の施策を考えるなど、リアルな観光現場に関わってくれています。その中で、ワンダーコンパスで働きたいと言ってくれる学生や、卒業後も関わってくれる人も現れ、嬉しく感じています。
今年はこの仕組みを社会人にも広げようと準備中です。2カ月間・週1回の観光現場参加プログラムを準備中です。今後も学生向けのガイド育成は継続し、リアルな経験を通じて観光に関わるきっかけを届けたいと思っています。

▲APUと連携した観光人材育成プログラムは半年間にわたり実施され、最終日には発表会が行われる
短い滞在が、心に残る旅となるように 現場で寄り添い続ける日々
― 観光案内所で働くようになって、ご自身の中でどんな気持ちの変化がありましたか? また、日々の業務の中で感じているやりがいについても教えてください。
もともと旅が好きで、「いろんな場所に行きたい」という気持ちが強かった私ですが、観光案内所で働く中で、「同じ場所にいるからこそ出会える喜び」があると気づきました。一人ひとりとの出会いがしっかりと記憶に残り、再訪してくれるゲストとの再会がとても嬉しいんです。今では「人を迎えること」に喜びを感じています。これは観光案内所に携わっていなければ、抱けなかった感情だと思います。
やりがいは、やはり「ありがとう」と直接言ってもらえること。「ここに来て本当に良かった」「出会えてよかった」といった言葉をいただけるからこそ、今でも現場に立ち続けています。裏方だけで完結する仕事ではなく、ゲストと顔を合わせて関わることが、私にとって大きな原動力です。
ワンダーコンパス別府に訪れるゲストの約半数は訪日客。限られた滞在時間で、最大限楽しんでほしいという気持ちで常にゲストに接しているため、Googleマップやトリップアドバイザーなどで感謝の言葉をレビューに残してくださると、やはり励みになります。

― 観光案内所では、さまざまな出会いやドラマがあるかと思いますが、特に印象に残っている出来事があれば教えてください。
数え切れないほどありますが、ひとつ挙げるとすれば、26年前に別府を訪れたという訪日ゲストとのエピソードです。
その方は当時撮った写真を手に、「同じ場所で写真を撮りたい」と来訪され、一緒にその場所を探すツアーに同行しました。かつて軍の任務で日本に駐留していた際、仲間と別府を訪れたそうで、今回は奥さまと共に再訪されたとのこと。無事に同じアングルで撮影ができ、一緒に喜ぶ姿を見られたことは、この仕事ならではの醍醐味だと感じました。
▲別府市内をガイドする畑山さん
“世界一ワクワクする案内所”は、訪れる人も働く人も心地よい場所へ
― 「世界一ワクワクする交流型観光案内所」を掲げるワンダーコンパス別府ですが、畑山さんは今後さらにどのような場にしていきたいと考えていますか?
単なる情報提供にとどまらず、人と人がつながる場所を目指したいと考えています。例えば「このお蕎麦屋さんの店主は無愛想だけど優しいんです」といった案内も、店とゲストをつなぐ“交流”のひとつです。案内所を通じて、人・場所・想いがつながる瞬間が生まれています。
また、私たちは「働く人にとっても楽しい場所」であることを大切にしています。自分たちが楽しく働けているからこそ、その雰囲気がゲストにも伝わり、「また来たい」と思ってもらえる。私自身が楽しく働けているからこそ、こうした案内所が全国に広がってほしいと思っています。訪日客にとって、案内所を巡ること自体が日本の“おもてなし文化”を体験する旅になるような未来も描いています。
さらに、行政の支援に頼らず、持続可能に運営できる「稼げる観光案内所」という視点も、今後は重要になると感じています。別府が“また来たくなる街”であり続けるために、観光案内所がそのきっかけのひとつになれたら嬉しいです。
▲ゲストだけでなく、働くスタッフにとっても楽しいと感じられる観光案内所であることを大切にしている
観光案内所から広げる、旅と日常がつながる観光のかたち
― 観光案内所の現場で日々多くの出会いを生んでいる畑山さんですが、ご自身が目指している観光のあり方や、今後取り組んでいきたいことについて教えてください。
私が大切にしているのは、「journeyin(ジャーニーイン)」というコンセプトです。旅人が街に入り込み、地元の人と交わることで、お互いの日常が少しだけ非日常になる。そんな瞬間をもっと増やしたいと考えています。
別府には多くの観光客が訪れますが、もっと自然に地元の人と出会える風景があっても良いと感じています。観光客との会話が地元の日常を少し楽しくし、観光客にとっても記憶に残る思い出になる。それこそが観光の本質だと思っています。
以前はこれをサービス化することも考えましたが、今は「場づくり」や「コミュニティづくり」として形にしていく方が自然だと感じています。案内所で日々起きている交流を、地域全体に広げるのが目標です。
その一歩として、個人でもTwitchやYouTubeを活用し、別府の街なかを歩きながらライブ配信を世界に向けて行っています。朝のラジオ体操や道ゆく人との交流など、日常のままを届けることを大切にしています。実際に、昨年はこの配信をきっかけに10人以上が様々な国や地域から別府を訪れてくれました。今後もこうした取り組みを通じて、「人と人が出会う観光」の可能性を広げていきたいです。
▲Twitchを通じて、別府の日常の魅力を海外に発信する畑山さん
― 観光の現場に立つお立場から、今この業界に関わっている方、そしてこれから観光業界を志す方に向けて、伝えたいメッセージがあればお願いします。
同じ観光の現場に立つ仲間として、関わり方はそれぞれでも、ゲストが気持ちよく過ごせる空気を一緒につくっていけたら嬉しいです。
文化やマナーの違いに戸惑う訪日客も少なくありません。例えば別府では、温泉の浴槽のふちを枕代わりに使う文化があるため、ふちに座ると地元の方に注意されることがあります。ただ、多くは「知らなかっただけ」。だからこそ、丁寧に伝えれば、きっと理解してもらえると信じています。
大切なのは、ルールを押しつけるのではなく、「こうすると気持ちよく過ごせますよ」と伝えること。最近では多言語のサインや案内動画の整備も進み、トラブルが減ってきた実感もあります。こうした“文化の橋渡し”も、観光に携わる人の大切な役割のひとつだと思っています。
少しでも興味を持っていただけた方は、ぜひ気軽にワンダーコンパス別府に立ち寄ってください。お待ちしています!

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