インバウンド特集レポート
背景にはオープンスカイとLCC市場の拡大
では、いつ頃から地方都市への国際線の就航が増えてきたのか。その背景には、米国との航空便の路線や発着枠、便数を自由化させるオープンスカイ協定を締結させた2010年10月以降、続々とアジア各国と同様の協定を進めたことがある。
2010年以降の主なアジアのオープンスカイ協定締結国
2010 韓国
2011 シンガポール、マレーシア、香港、インドネシア、台湾
2012 中国、タイ
2013 フィリピン
特に地方空港への国際線乗り入れ増加に影響を与えたのは、2010年の韓国、11年の台湾、12年の中国との協定締結だろう。
2000年代以降急成長していたアジアのLCCも、この協定によって成田や関空だけでなく、北海道や沖縄などの人気レジャー路線に乗り入れを始めた。たとえば、韓国のエアプサンやジンエアー、チェジュ航空、ティーウェイ航空、シンガポールのジェットスター・アジア航空やスクート航空、マレーシアのエアアジアやエアアジアXなどだ。また中国では、まず春秋航空のようなLCCやローカルエアラインが地方空港への乗り入れを開始し、それに国営キャリアが後追いするような動きが起こり、路線数を拡充していった流れがある。
関空や新千歳、福岡、長崎、那覇に乗り入れている韓国のLCC、ジンエアー
こうして日本の地方空港は、アジア各国の国際線が飛んでくる時代になった。ただし、まだ「一部の」としかいえないのが現状だ。
そこで、国も地方空港への国際線の乗り入れを推進するための施策を打ち出している。
16年度から国が管理する空港に新たに就航したり増便したりする国際定期便の着陸料を1年間、実質無料にする方針を固めた。少子高齢化で国内需要をこれ以上増やすことが難しい日本にとって、海外の近隣諸国からの航空便を誘致することで地域経済の活性化を促すことが狙いだ。
※対象は稚内、釧路、函館、新潟、広島、高松、松山、高知、北九州、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、那覇の15空港。
佐賀空港の誘致サクセスストーリーに学べ
日本の地方空港への乗り入れに積極的な外国系エアラインといえば、中国の春秋航空が筆頭に挙げられるだろう。なにしろ日本法人のスプリングジャパン(春秋航空日本)を立ち上げ、日中両国から双方向で国際線を運航させるという発想は並大抵のものではない。そして、ついに今年2月中旬、スプリングジャパンは初めての国際線として成田・武漢、重慶線を就航させる。
2010年7月、茨城空港に初の国際線の運航を開始して以降、東日本大震災や日中関係の悪化など、航空需要に悪影響を与える要因が頻発したが、春秋航空はブレることなく、日本市場を開拓してきた。しかし、それは彼らの一方的な営業努力だけで実ったわけではない。誘致を図りたい地方空港の取り組みもなければ実現しなかった。
春秋航空の日本路線として茨城、高松に次ぐ第3の就航地となったのが佐賀空港だ。なぜ佐賀空港が選ばれたのか。その理由は、佐賀県が徹底して誘致に取り組んだからである。
スプリングジャパンが成田・佐賀線を就航したのは2014年8月1日
話は5年半前にさかのぼる。
日本の地方空港の赤字問題は深刻で、利用者促進と新規航空路線の誘致は大命題となっている。茨城線の就航以降、春秋航空を誘致しようと全国の自治体関係者がこぞって上海詣でをしたのもそのためだった。春秋側の関係者によると、全国の半分近い都道府県が同社に足を運んだというほど誘致合戦は過熱していた。
佐賀空港の愛称は「九州佐賀国際空港」
春秋側にとって就航先の選定は「自治体がコスト削減のためにどこまで協力してくれるかが条件」(孫振誠日本市場開発部長・当時)だった。古川康佐賀県知事(当時)は、上海線の誘致に佐賀空港が成功した理由について「早い時期から県庁職員が一丸となって空港セールスに取り組んできたことが評価された」と語っている。
その取り組みとは? 関係者の話をまとめるとこうなる。
佐賀県が春秋航空に最初に誘致の話をしたのは、10年9月末のことだった。当時、中国では上海万博が開催されており、佐賀県は日本館にブースを出展していた。
そのとき、問題となったのは、佐賀空港の滑走路が2000mしかないことだった。実際をいえば、集客の問題や空港と市内へのアクセスなど他にも課題があったのだが、春秋側としては、安全性の面からその点を指摘したのである。春秋航空の日本路線はエアバスA320-200型機を使用していて、滑走路は2500mが必要だという判断だった。
はたして2000mの滑走路では本当に発着が難しいのか?
佐賀県は、この課題をいかに解決するかを問われた。当時の県の空港担当者は、まず全日空に話を聞いた。当時全日空の羽田・佐賀線は同じA320 を使用していたからだ。全日空の回答は「なんら不自由していない」とのことだった。
さらに、安全性に問題はないというデータを用意するために、担当者は10年秋から冬にかけでの約3か月間、1日4回の全日空機の離発着状況を映像に収め、記録を続けた。
ここまでなら誰でも考えつくかもしれない。だが、その担当者は中国国内の春秋航空の路線がある空港のデータをすべて調べ上げ、2000m滑走路の空港がないか探した。すると湖南省の懐化空港が2000mだったことを突き止めた。その空港は、侗族という少数民族の住む自治区の芷江(ZhiJiang)にあった。
その後、彼は実際に懐化空港を訪ねている。同空港の関係者らに事情を聞き、「2000m滑走路でも問題ない」との言質をとって帰国した。
この話は、佐賀県と春秋航空との折衝の際、最も効いたという。合理主義に徹する春秋航空担当者らも「そこまでやられたら就航させていただくしかない」と佐賀県の熱意に舌を巻いたのだった。
成田・佐賀線の就航式典でスピーチする春秋航空の王正華会長
これは5年ほど前の話だが、時代はずいぶん変わったものだ。佐賀県のように誘致のための念入りな調査や積極的な取り組みを経ることなく就航が実現する静岡空港のような例も出てきたからだ。
もちろん、静岡空港には東京・大阪ゴールデンルートの中間に位置し、日本のシンボルでもある富士山に近いという圧倒的な地の利がある。ゆえに、単純には比較できないし、むしろ大半の地方空港は佐賀空港と立場は変わらない。このサクセスストーリーから学べることは多いというべきだろう。
滑走路が2000mしかないことを逆手にとって現地調査と理論武装で春秋航空の信任を得た佐賀空港
慎重な日系エアラインと供給過剰の声
中国系エアラインの精力的な日本路線拡充の一方、日系の動きはどうか。対照的に慎重な姿勢を崩していないようだ。
それでも、先ごろ全日空は今年4月より成田・武漢線の開設を発表している。もっとも、中国路線としては北京、上海、広州、青島、大連、杭州、成都などの主要都市のみ。日本航空も中国系とのコードシェアも含めれば15都市になるが、基本は北京、上海、広州だけだ。
背景には、訪中日本人、特にレジャー客の激減に加え、ここ数年の日本企業による中国進出や投資の減速もあり、慎重にならざるを得ない面がある。実際、訪日中国客の旺盛な購買力は相変わらず目立つ一方、中国経済の減速は日ましに現実のものとなり、建設・工作機械や電子部品の対中輸出がマイナスとなるなどの経済指標も出ているからだ。さらに、中国系の新規路線開設や増便が相次いだ結果、やや供給過剰の声も聞かれる。
確かに、この1年の中国系エアラインの日本路線の拡充には、前のめり感があったことも否めない。日本旅行が中国でブームとなり、富裕層のみならず、全国の中間層にまで市場が広がった。気がかりなのは、中国の訪日旅行需要の今後の行方だ。わずか1年でこれほど一気に航空便が増えたのであれば、逆に一気に減ることもまったく考えられなくはないからだ。
静岡県の関係者にすれば、他の地方空港とは事情が違って、特別誘致活動をしなくても就航が実現したことは、逆に怖さもあるだろう。
それでも、「開港したばかりの頃は国際線なんてまったく考えていなかった。それがいまでは国内客を逆転し、いかに外国客の受入を推進するかということに取り組みが移っている。時代は大きく変わった」と静岡県の山梨利之国際観光班長は言う。これも素直な実感だろう。
最大シェアとなった中国の経済の減速ばかりがメディアで報じられる昨今、今後の訪日旅行市場をどう見ればいいのか。まずは客観情勢をふまえたうえで、海外の市場動向に対して受身になるだけでなく、こちらからも能動的に手を打っていく道を探っていくしかないだろう。2014年に日本法人を開設して以降、ついに国際線の運航も開始する春秋グループの辛抱強い日本市場開拓の取り組みは、長期的な視点に基づくもので、大いに学ぶところがあるはずだ。この1、2年で急に日本路線を増やしてきた他の中国系とは明らかに姿勢が違うからだ。
Text:中村正人
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