インバウンド特集レポート
台湾客が中国客を先導する
―鄭さんの本は中国でも刊行されましたが、日本のクスリに対する関心は中国でも高まっているようです。昨年中国のネット上に現れた「神薬」リストの商品の多くは、鄭さんの本で紹介されたものでした。
「中国のネットに広まる日本の商品情報の大半は、台湾や香港経由のもの。たいてい数年遅れで突然広まることが多い。しかし、いったん広まると、波及するスピードは速いので、彼らは都心の量販店に殺到し、まとめ買いする。それが“爆買い”の真相だ。
でも、団体客の多い中国人と台湾人では、日本に来ても足を運ぶエリアや購入商品が違う。台湾人は日本をよく理解しているので、私の本でもなるべく中国客が行かないスポットを紹介している。たとえば、吉祥寺や自由が丘などだ。台湾人は一般の日本人が買物をするのと同じ場所に行って買物したいと考えている」。
この話は、前述したOSドラッグチェーンの國米実支店長の以下の指摘と符合する。
「店の立地によって売上は違う。都内で売上が多いのは観光客の多い上野や新宿、渋谷、原宿など、大阪なら心斎橋、難波、黒門市場、船場くらいで、郊外店は必ずしも売上が伸びているわけではない」。
日本の事情をよく知る台湾客たちが、中国本土の旅行者の一歩先を訪れていることが見えてくる。しかし、結局中国客もそれに気づき、後追いする。鄭氏の発信する情報の影響力は計り知れないといえるだろう。
5月中旬、今年4回目となる鄭氏の訪日は「東京コスメガイド」の第3弾の執筆のための取材が目的だ。どんな企画を考えているのだろうか。
「現在制作中の第3弾では、リピーターの多い台湾人読者のために、東京以外のご当地コスメの企画を考えた。台湾人にも人気のある金沢の地元コスメを紹介する予定。また都内のスーパーの取材も進めている」。
鄭氏はいまや中華圏の訪日旅行者が見せる旺盛な購買シーンの先導役といえるだろう。だが、彼がスゴイのはそれだけではない。毎月のように日本を訪れ、ドラッグストアを自分の足で視察し、医薬品や化粧品のメーカーを直接取材するという地道な積み重ねの成果が、今年1月に台湾で上梓された最新刊『日本家庭藥』に結実しているからだ。
『日本家庭藥』(帕斯頓出版)と著者の鄭世彬氏(1980年生まれ。台南市在住)
同書は100年以上の歴史を持つ日本の老舗家庭常備薬メーカー34社を紹介したムック本だ。
「日本の家庭薬がなぜ台湾の人たちに人気があるかというと、実際に使ってみてよく効くと実感しているからだが、その背景には古くは400年もの歴史をもつ日本の老舗医薬品メーカーの存在があることに気がついた。そこで各メーカーにご協力いただき、それぞれの定番商品の誕生秘話や創業者の努力、企業の発展の歴史を紹介した。いま日本で花開いているドラッグストア文化は、これら老舗企業の歴史があってこそだと私は思う。その素晴らしさを台湾の読者に伝えたかった」。
台湾出身の鄭氏は、我々日本人が当たり前と思ってそのありがたみを忘れていた家庭薬の価値を解き明かしてくれたのである。
おかしな中国語表示が氾濫している
そんな鄭氏は最近、日本に来て気になることがあるという。
全国の観光地や家電量販店、ドラッグストアも含めて、おかしな中国語の使われ方をした表示や商品コピーが氾濫していることだ。かつて日本人は海外、特にアジアの国でおかしな日本語表示を見つけ、脱力感を味わいつつ面白がっていたものだが、同じことがいまや日本でも起きているというのである。
鄭氏が見つけたおかしな中国語表示をいくつか紹介しよう。

「从清晨到深夜 你可以购买便利店 上午7:00~2300(全年无休)」
この表示を見たとき、鄭氏は思わず声を上げたという。なぜなら、ここには「早朝から深夜まで、あなたはコンビニ店を購入できます」と書かれているからだ。購入できるのは商品であって、コンビニ店舗そのものではない。正しくは「可以在便利店买东西 7:00~2300(全年无休息日)」だろう。
次は某量販店の告知。「万引きは犯罪です。発見次第、警察に通報します」と日本語では書かれているが、中国語簡体字の表記はこうだ。

「高是犯罪・找到在次序和警察通」
これでは中国人にはまったく意味がわからないという。こうした不可解な中国語表示が中国客の脱力感を誘い、好意的に解釈してもらえればいいのだが、鄭氏はこのままではいろいろ支障もあるのではないか、という。
「たとえば、高額なブランド品や化粧品のコーナーでこうした間違い中国語表示を見かけると、なかには品質を疑いたくなる人も出てくるのではないか」。
でも、そんなに難しく考えることではないと鄭氏は言う。
「最近では外国客がよく利用するショッピング施設に中国人スタッフを置くことが多くなった。まずは彼らにチェックさせるといい。ただし、中国人は出身地によって方言もあり、言葉の使い方が異なるので、本当を言えば二重のチェックも必要。台湾人には中国人の使う中国語はかなり違和感がある。そうした両岸や地方による違いも理解している正式な中国語翻訳会社に発注するのがベストだと思う」。
安易に翻訳ソフトに頼るのは間違いのもとだという。もっとも、逆によく事情を理解していると感心したケースもあったそうだ。
「いま台湾では日本のオーブンレンジが人気だが、中国本土ではまだブームになっていない。先日、新宿のビックロに行ったとき、オーブンレンジのコーナーの商品表示に繁体字が使われていた。これを買うのは台湾客だけだから繁体字が使われていたわけで、この店はよくわかっているな、と思った」。
実際に、ビックロの免税品コーナーに行くと、オーブンレンジの表示は「過熱水蒸氣水波爐」と繁体字表記されていた。同店の販売スタッフは、中国本土客と台湾客の売れ筋商品の違いを理解したうえで、簡体字と繁体字を使い分けていたのだ。
外国客が増えると、これまで考えてもみなかったことが起こるものだ。彼らといかにフレンドリーなコミュニケーションを築いていけるかは販促の基本。そのためにも、こうした指摘には謙虚に耳を傾けていきたいものだ。
※鄭氏が指摘してくれたおかしな中国語表示のその他の実例については、中村の個人blogの以下の記事を参照してほしい。
「これはやばい!? 日本にはおかしな中国語表示があふれている」
http://inbound.exblog.jp/24370756/
text:中村正人
最新のインバウンド特集レポート
-

観光業の人材不足、「今いる人」で未来をつくる、持続可能な地域戦略のヒント (2025.10.29)
-

離職率4.2%のホテルはいかにして“辞めない組織”を実現したか? “人の力”で改革したベルナティオに学ぶ (2025.10.27)
-

“人が続く組織”はこうして生まれた、倶知安観光協会が挑むDMOの人材改革 (2025.10.22)
-

観光業の人材ギャップを読み解く、事業者と求職者への調査から導く“次の一手”とは? (2025.10.14)
-

観光の次の10年を動かすのは誰か? 中小企業とスタートアップが主役に (2025.10.07)
-

観光の“現場の不便・不満”に挑むテック企業たち、旅ナカDXが変える未来 (2025.10.06)
-

訪日客の“医療不安”にどう備える? 宿泊・観光現場を支える、新しいインフラ (2025.10.03)
-

地銀が地域観光に深く関わる時代へ、福井銀行が進める商品造成と地域連携 (2025.09.30)
-

観光の新潮流は“業界外”から来る、異業種の力で切り拓くインバウンド最前線 (2025.09.29)
-

【特集】あなたの地域は訪日富裕層に“選ばれる旅先”か? DMCが語る、観光地に求められる視点 (2025.08.28)
-

【特集】世界を上回る成長、日本の富裕層旅行市場の現在地とこれから (2025.08.27)
-

大阪観光に新しい選択肢、当日申込OKの訪日客向け“旅ナカ体験”を支える仕組みとは? (2025.08.26)
