インバウンド特集レポート
静岡でツアーバス衝突事故発生
大盛況の中国インバウンドだが、この勢いに死角はないのだろうか。
新しく登場した中国の個人客は、日本人の旅行感覚にも近く、その動向に目が向かいがちだが、実際には旧来然とした内陸客の増加もあり、現場ではさまざまな問題が起きている。
今年のGW中、静岡県浜松市で中国客を乗せたツアーバス同士の衝突事故があった。千葉県のバス会社が運行する大型バスが信号待ちしていた別のバスに追突したのだ。28人の中国客が市内の病院に救急搬送されたという。事故の原因はバスの整備不良だった。
観光バス同士、追突 中国人客28人搬送 浜松(静岡新聞2015年4月28日)
http://www.at-s.com/news/article/social/shizuoka/45509.html
背景には、ここ数年の静岡空港への中国からの新規就航の激増がある。
富士山静岡空港のHPによると、11月現在の中国発静岡線は以下のとおり。地方空港としては国際線が多く、中国だけで12都市13路線。大半が内陸都市からの便である。
中国発静岡線(2015年11月現在)
上海浦東(中国東方航空) 毎日
杭州(北京首都航空) 月、木、土、日
合肥(中国東方航空) 水、日
南京(中国東方航空) 火、土
南寧(中国南方航空) 月、金(11月は運休)
寧波(中国東方航空) 火、水、金、日
石家荘(北京首都航空) 水、土
天津(天津航空) 火、金、土
西安(天津航空)土
温州(中国東方航空) 水
武漢(中国東方航空) 毎日(11月は運休)
武漢(中国南方航空) 月、金
塩城(北京首都航空) 木、日
中国の内陸都市から来る団体客の大半が東京・大阪ゴールデンルートのツアーに参加しているが、これまでゲートイン・アウトは成田と関空だった。そこに静岡空港が新たに加わったことがわかる。中国の地方都市から日本の地方都市へ直接定期便が飛び始めているのだ。
しかし、昨年本特集レポートで指摘したように、アジアからの団体客の急増で慢性的にツアーバス不足が問題になっている。その状況は改善されるどころか、今年のさらなる市場拡大で悪化していることが推測される。
(やまとごころ特集レポート1回)
バスの不足が国際問題に!~今春、訪日旅行の現場では何が起こっていたのか
https://yamatogokoro.jp/report/2014/report_01.html
中国からの団体客を乗せたツアーバス。都内にて
実は、死傷者も出た2012年の関越高速バス事故もGW中だった。この時期、日本人の移動も多く、貸切バスの需給が逼迫し、運転手も休みが取れないという労働条件の中で、今回のような事故が起きたと考えられる。
追突事故を起こしたバス会社が、後日道路運送法違反で摘発されたことがそれを物語っている。千葉県に営業所を持つバス会社が「営業区域」外の静岡空港でツアー客を乗せたことが問題だったのだ。
中日新聞の取材によると、同社は中国の旅行会社からの依頼を受けて「営業区域」外での運送を常習的に行っていたようだ。逮捕された社長は「違法だとはわかっていても、断るに断れなかった。断ると仕事がなくなる」と話しているという。
「営業区域」問題は、成田や関空などの国際空港周辺に集中している中小貸切バス事業者にとってはいかんともしがたいところがある。そのためAISOなどのインバウンド団体はこれまで国土交通省運輸局に撤廃を求めてきた経緯がある。実際、桜シーズンなどに時限的に撤廃することもあった。しかし、それだけでは問題の根本的な解決に至らないだろう。
いま海外からの人の流れが多様化し、地方へと拡大している。今回のバス事故は、日本のシンボルである富士山のふもとに位置する静岡空港が激増する中国客を一気に呼び込んだことでやむなく起きてしまったといえるだろう。
バス不足と並んでホテルの客室不足も深刻だ。11月上旬、京都市右京区のマンションで中国人観光客向けの「民泊」を無許可で営業した旅行業者が書類送検されている。中国からの観光客約300人を宿泊させた疑いがあるという。
無許可で「民泊」容疑=中国人観光客300人-旅行業者ら2書類送検へ・京都府警(時事通信2015年11月5日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015110500008
今年議論を呼んだ外国客の「民泊」とそのマッチングサイトであるAirbnbの運用ルールづくりをめぐる問題も、背景には訪日旅行市場の急激な拡大がある。ホテルの客室不足は、とりわけ団体客の比率の高い中国市場にとって影響は大きい。今後も市場が拡大する見込みの中で、外国客の足と宿という最も基本的なインフラをいかに構築していくか。いまや外国客の誘致ではなく、むしろ受入態勢の整備が喫緊の課題となっているのだ。
数が増えても赤字という現地旅行会社の嘆き
課題は中国側にもある。現地の旅行関係者が口を揃えて挙げるのが、訪日ツアーのショッピングに過度に依存したビジネスモデルである。
これは中国インバウンドの舞台裏の核心的部分といっていい。なぜ鄭州市の老夫婦が参加した5泊6日の日本ツアー(航空運賃、交通費、宿泊費、食事すべて込み)の料金がわずか3500元(7万円)にすぎないのか。それは日本国内でのバスやホテル、ガイドなどにかかる費用が特定の免税店などのショッピング施設からの売上に応じたキックバックで補填されているからだ。
これはクルーズ旅行についても同じである。上海のある旅行会社社員は「今年日本行きのクルーズ市場は急拡大したが、集客を担当した我々旅行会社はほぼすべて赤字だった。運航数の増加でかえってツアー単価が安くなりすぎたせいだ」と嘆く。
上海発日本行きの標準的なクルーズ料金は、昨年4泊5日で約5000元(10万円)だったが、今年は半分以下の2000元代に下がっているという。それだけに、数の勢いとショッピングに依存したツアー構造は持続可能なのかと現地でも危惧されているのだ。
実際、博多港のHPをみると、今年7月1日現在の博多に寄港する年間のクルーズ客船数の予定が286回だったのに、11月1日現在では264回と減少している。当初の見込みどおりクルーズ客の集客ができなかったためだろう。
同じことは航空路線についてもいえると、前述の王一仁AISO会長はいう。「今年すごい勢いで中国からの日本路線が増えて、特に10月以降、羽田路線は1日約20便になると聞いている。はたしてそれだけ増やして席が埋まるのか。ちょっと疑問だ」。
さらに、今夏の中国の株価暴落以降、国内外のメディアから中国経済の減速で海外旅行市場の活況もそんなに長くは続かないのではないかと指摘する声も出てきた。もしそうだとしたら、ショッピングに依存するビジネスモデルにも影響が出るはずだ。訪日中国人ツアーは「爆買い」によるキックバックでコストを補填している以上、購入金額が減少すればこれまでのような安いツアーで募集することはできなくなるからだ。以下のような悪循環が考えられるのである。
「爆買い」減少 →ツアー代金の上昇 →ツアー客の減少(市場の縮小)
来年以降もこの勢いは続くのか
ただし、これまで見てきたように、中国の旅行市場は広大かつまだらで一様ではない。沿海都市部と内陸都市では経済市況も異なり、一概にこうだと決めつけられないのだ。
筆者の個人的な見解では、来年は今年の2倍増のような飛躍的な伸びを続けるのは厳しいものの、中国インバウンドの勢いは続くと考えている。「爆買い」もすぐになくなるとは思えない。いまや中国人の「爆買い」は、単に訪日客のお土産購入シーンに見られるだけのものではなく、中国国内での日本商品のネット販売の領域にまで広がっているからだ。
確かに、多くの論者がいうように、マクロ的にみれば中国経済は減速しているようだが、だからといって年間500万人程度の訪日客数は、総人口からみると0.4%にも満たない規模で、桁違いの人口を有する中国ではたいした数字ではない。何より富の偏りの大きい社会だけに、海外旅行ができる特定の層の比率は周辺国に比べて低くても、それを全土からかき集めるだけでも相当なボリュームになるのだ。
中国には公的統計に捕捉されない膨大なアンダーグラウンド経済(「未観測経済」という)の存在がある。そもそも多くの中国客にとって「爆買い」の原資は、GDPに換算される表向きの収入ではなく、「未観測経済」によるものと考えた方が自然だろう。このように中国の動向を占うには、我々の社会とはあらゆる尺度が違うことを知らねばならない。
さらにいえば、中国経済のバブルが崩壊しても、すぐに海外旅行者数が減るとは思えないのは、日本でもそうだったからだ。バブル崩壊直後の1990年代初頭、日本人の海外旅行者数は約1000万人。その後10年間伸び続け、頭打ちとなったのは2001年の米国同時多発テロの年だった。それ以降は1600万人前後で伸びは止まり、そうこうしているうちに、今年は1970年以降45年ぶりに訪日外国人の数が出国日本人を逆転する。
では、ポストバブル崩壊時代の日本の海外旅行のトレンドは何だったのか。それは「安近短」と呼ばれたアジア方面への市場の拡大だった。これと同様、中国の航空市場をみると、この秋以降、欧州や北米路線が減少する一方、アジア太平洋路線は増加を見せている。
一度バブルの味を知った国民はすぐにはその味を忘れられないものだ。ただし、そう遠くには行けないので近場を目指す。その恰好の旅行先のひとつが日本であることは間違いないなさそうだ。
とはいえ、11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件が与えた世界的な衝撃と暗雲のように広がる不安が、新疆ウイグル自治区を抱える中国に今後どう波及するか。さらには、南シナ海における中国の覇権的な動きが周辺国との関係にどんな緊張を強いるかなど、来年の訪日旅行市場にとって気がかりな国際情勢の変調もある。これまで以上に海外の動向を気にかけねばならない年になるだろう。
Text:中村正人
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