インバウンド特集レポート

中国発のクルーズビジネスが抱える複雑な構造とは?

2018.03.06

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2017年にクルーズ船で入国した外国人数は253.3万人と過去最高を記録している。Part1では、外船クルーズ船寄港回数で4年連続1位を誇る博多港を中心に、一見順風満帆のように映るインバウンド・クルーズ市場について触れた。Part2となる本編では、船会社と寄港地との関係や、クルーズ船の寄港回数が増えた政治的背景、FIT化の可能性について触れるとともに、これまで経済効果を優先して受け入れてきたが故に生まれた東アジアクルーズ市場の課題をみていく。

 

船会社と寄港地の微妙な関係

1月31日に開催された福岡クルーズ会議のパネルディスカッションのテーマは「船社と寄港地のWin-Winの関係構築について」というものだった。

これは昨年の福岡クルーズ会議でも議題となったテーマである
これは昨年の福岡クルーズ会議でも議題となったテーマである

パネリストは、外国のクルーズ客船会社で日本へのクルーズ船を運航するロイヤルカリビアン社やカーニバル社、MSCクルーズ社、ノルウェージャン・クルーズライン社、スカイシー・クルーズ社(同社のみ中国系)の中国地区担当者たちである。彼らの率直なコメントから、今日船会社と日本の寄港地が微妙な関係にあることがうかがえた。 

まず、2016年から17年にかけて日本に寄港する中国発のクルーズ船が増えたのは、実にみもふたもない話だが、中国政府の韓国に対する経済制裁により韓国パッシングが起きたからだというのである。これまで日本と韓国を寄港地として主に4泊5日で周遊していたクルーズ船が意図的に韓国をはずせば、日本側の寄航が増えて当然なのだ。つまり、きわめて政治的な事情があるのである。 

さらに、船会社からみても中国人のクルーズ旅行のビジネスモデルにそろそろ限界を感じていることも指摘された。これは集客のため過度に安価なツアーを催行し、寄港地での免税店からの売上に応じたコミッションでコストを補填するビジネスモデルを指す。 

このモデルによって中国発のクルーズ旅行は集客に成功し、市場は急拡大した。だが、バスで観光地と免税店を回るだけの上陸客と寄港地の市民との接点はなく、結果的にクルーズ客の顧客満足度も低いことが明らかになっている。欧米のクルーズ市場で高いリピーター率が見られるのに対し、中国発の場合、リピーターがほとんどいないことも指摘された。これではどれだけ上陸客の数が増えても、地元が盛り上がらないのは当然だろう。

 

FITはいつ増える? 

日本側の出席者、とりわけ港湾関係者にとってこうした事情はすでに周知のものである。とはいえ、航空便で訪日する中国客のFIT化が進むなか、クルーズ客においても同様の動きがいつ起きるか期待する声もある。

ここでいうFIT化とは、団体バスに乗らず、自らの足で自由に寄港地観光する人たちを指す。彼らの数が増えれば、地元の商店や飲食施設にもお金が落ち、寄港地の市民との交流の機会も増えるだろう。そうであれば、現状では物流主体ゆえにクルーズ客受入にとって貧弱としかいえない日本国内の港湾施設も、博多港の例にならって新たな投資をする言い分も立つというものだ。 

ところが、船会社からは中国のクルーズ客がFIT化する時期についての明確な言及は避けられた。 

なぜなら、中国発のクルーズ市場が団体客を囲い込まなければ成立しないビジネスモデルである以上、それを根本的に変えなければ、FITの増加は無理があるからだ。しかも、中国国内での集客を現地の旅行会社に任せ、チャーター船をメインとする中国の特異な市場を受け入れたのは、船会社自身である。そうすれば、自分たちが集客しなくてもすむうえ、短期間で膨大な顧客を手に入れることが可能となった。いわば質より量を先に求めたのは彼らであり、状況を変えようにも限界がある。

 

中国クルーズ客がFIT化しない理由

一方、中国のクルーズ客がFIT化やリピーター化しない理由については、彼らの立場になれば以下のように考えられる。

本来中国の人たちは自由気ままに旅行をしたい人たちだ。だが、前述のビジネスモデルがある以上、団体のしばりから抜け出ようとする気持ちが起こりにくいだろう。中国の旅行会社が安価なツアーでひとたび集客を始めた以上、上陸後に自由に町を歩けるからという理由だけで、同じ船に乗っていくのに団体より割高な料金を支払うのは心情的に受け入れがたいのだ。 

現在の中国のクルーズ客が、日本人のハワイ旅行と同様、三世代ファミリーの水入らずの旅行として受けとめていることも、FIT化する動機が見つけにくい理由だろう。

彼らは現在実現している安価な価格帯で体験できる以上のことを望んでいないかもしれない。もし欧米のクルーズ客が体験しているような地元の人たちとの交流というような、お金で測れない旅の価値を知れば、それも変わってくるのだろうが、基本的に旅行会社に囲われている存在である以上、そこからあえて出ることは考えにくいのだ。

 

経済効果を優先した結果

 だが、こうした姿勢は船会社だけにいえる話ではない。旺盛な消費力を持つに至った中国客をひとりでも多く呼び込むために首尾よく手を打ってきたのは日本側も同様である。実際、中国のクルーズ客は、2015年から観光ビザを必要とせず、上陸許可証のみで入国できる。この入国手続きの簡易化がクルーズ市場を拡大させたもうひとつの理由だ。
つまり、船会社も日本側も、中国の「巨大市場」がもたらすとされた経済効果を優先させたのである。船会社は「動くリゾートホテル」といわれる豪華クルーズ客船のインフラとサービスを、日本側は寄港地としての場を、彼らに提供した。ところが、顧客の仕切りや運営を中国側に任せたことで、上陸客は彼らに囲われ、市民との接点のない寄港地観光がまかり通ることになってしまった。

こうなってしまうと、いったい何のためにクルーズ船を呼び込むのか。そういう疑問もわいてくる。 

 

インバウンド・クルーズ市場は調整期に入る?

中国発クルーズ市場の実情は、大半が欧米でクルーズ船の運航を手がけてきた船会社のブランドイメージにも影響するからだ。これまで大量に投入してきた東アジア市場に回す船を減らそうとする動きもみられるようだ。

 実際、関係者の多くは、今年東アジアクルーズ市場は調整期に入るのではないかと話している。量の拡大を優先する中国式ビジネスも、そろそろ転換期を迎えつつあるのだろうか。

実は、こうした市場の動向をいち早く察知していたのが、福岡市である。冒頭で博多港が130件もの寄港を断ることで、前年より寄港回数を増やさなかったのは、受入環境の問題もあるが、ただ数を増やすだけでは寄港地にとって意味がないからである。受入側にも適正な範囲があるはずで、その判断は妥当といえるものだった。

 

これまで見てきたように、日本におけるクルーズ市場は急速に拡大した。しかし、中国の「巨大市場」がもたらす経済効果を優先してきために、物流主体の貧弱な港湾施設や、市民と接点を持たない寄港地観光に課題があることがわかった。Part3ではこうした課題を見直し、受け入れ環境を整備していこうというとする動き詳しくみていく。

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