インバウンド特集レポート
京都市観光協会が発表する外国人宿泊状況調査によると、2017年上半期(1~6月)京都市内の主要宿泊施設の平均客室稼働率は、外国人利用のケースで40.4%だった。ところが京都駅から電車やバスで20分、五条通り近くに位置する旅館「京町家 楽遊 堀川五条」では、外国人利用が75.6%、他の宿泊施設と比較すると、2倍近くの外国人が利用している。
そんな旅館が、2017年12月、トリップアドバイザーが発表する「外国人に人気のホテル・旅館ランキング」の旅館部門で見事1位を獲得した。2016年6月の開業からわずか1年半で1位を獲得した旅館がとる戦略とは何なのか、2回に分けて紹介する。前編では、宿泊施設で現場のマネージャーを務める山田静氏にお話を伺った。
小さいものを小さいと、『ありのまま』に伝える
全部で7室の小さくてアットホームな旅館、京町家楽遊。伝統の町家建築を新築で再現した建物は、全室にバスルーム、エアコンが付いていて、快適に過ごせる。だが、伝統建築だけに、6畳4室、4畳半3室と、部屋のサイズはとてもコンパクト。部屋が小さいという課題は、敷地拡大や改装をしない限り、改善は難しい。一見すると致命的にも見える課題をどのようにカバーしているのか。
「こればかりは、挽回しようがありません。とにかく小さい部屋を小さいままに、きちんと伝えるだけです」、山田氏はそう言い切った。では、具体的にどのように伝えているのか。「施設案内時に“ここは典型的な昔ながらの京都の町家の形をしています。それは、つまり小さいということを意味しています”と話しながら案内したりします。また、2階に上がるときは“天井に気を付けてください”“ほら、話した通り小さいでしょ?”と、冗談交じりに説明したりしています」。
無理に背伸びすることなく、小さいということを、ユーモアを交えながら、ありのままに伝えることで、ゲストに受け入れていただけるよう工夫しているそうだ。
建物をかっこよく表現するために、部屋の中は最小限にシンプルに
ただ、ありのままに伝えるだけでなく、町家建築の良さ、美しさをより楽しんでもらい、かつ少しでも広く見せるための工夫も随所で見られた。
まず、旅館ならほぼ間違いなく部屋にある湯のみやポットがない。飲み物やカップはすべて館内の共有スペースに置いてあり、自由に飲めるようにしている。また、冷蔵庫や金庫などもすべて押し入れの中に収納しており、ふすまを閉めれば見えないようになっている。とにかく部屋の中をシンプルに見せ、何か必要なものがあれば、貸し出すというスタイルを取っている。
ローカルな情報が詰め込まれた手作りの多言語マップ
部屋の狭さ以外でも、ゲストが不便に感じることはないかを常に確認し、可能な限り解消するように努めている京町家楽遊。サービス面に関しては、どのような工夫をしているのだろうか。
まず目に入ったのは、旅館の入り口付近の棚の上に置いてある、手作り感あふれる旅館界隈の周辺マップだ。
日本語、英語、簡体字の3言語で作成されたこの地図には、スーパー、コンビニはもちろんのこと宿泊施設近辺の飲食店など、必要な情報がたくさん詰まっている。お店の営業時間や定休日も併記しているという充実ぶりだ。
地図に掲載している飲食店は、おでん屋や定食屋など、山田氏が自身で歩き回って見つけたローカルなお店も多く存在する。
日々、ゲストと接する中でドラッグストアや両替所の場所など、追加したほうが良い情報があると感じ、最近地図を更新したそう。たとえ些細なことでも、ゲストが快適に過ごせるよう気を配っていることが感じられるエピソードだ。
旅先で出会った最初の親切な人に
手作りの地図を使って近隣のお店を紹介するだけではない。時には、ゲストとお店まで一緒に行くという徹底ぶりだ。
旅館のすぐななめ前には「五香湯」という銭湯があり、宿泊するゲストには入浴券をサービスで渡している。しかし、外国人は銭湯に対してなじみがなく、不安を抱えている場合もある。

洗面具が入ったかご。銭湯に行くゲストに貸し出している
そこで、初めてのゲストには脱衣所までついて行き、履物を脱いで靴箱に入れることや、木の札がカギ代わりということ、脱衣所の使い方など、一つ一つ丁寧に説明している。
銭湯だけでなく、手作りマップに掲載しているローカルな飲食店にも、旅館のスタッフが連れていくこともよくあるのだとか。
「旅先で出会った最初の親切な人になってほしいとスタッフには言っています」山田氏はそう話してくれた。
従業員に自由にさせているからこそ出てくる新しいアイディア
一見すると「おせっかい」ともいえるここまで細やかな対応をするのはなぜなのか。それは、山田氏自身の旅行の体験が根幹にある。「私自身が旅行する時のことを考えると、基本的には、旅行中は放っておいてほしいんです。ただ、1日の観光が終わって宿に帰ってきたとき“今日一日どうだった?”ぐらいは聞いてほしいんですよね。自分がしてほしいことをする、そういうことを意識しています」そう話してくれた。
そのため、スタッフにも「お金がかからないことで、ゲストが喜ぶと思うことは何でもやってよい」と伝え、自分でやりたいと思うことを自由にさせているそうだ。
実際、掃除の手順や朝食の準備、朝食に出すだし巻き卵の作り方などの作業マニュアルはあるが、接客のマニュアルはない。たぶん山田氏の行動を見ながら「あ、そんなことでいいんだ」とスタッフが自ら気づき実践することで、スタッフが自然に育っていくのではないかと語る。
また、スタッフにはどんどん仕事を任せる。仮に外国語ができなくても、ゲストの飲食店や銭湯に付き添ってもらう。
「案外、大して言葉もできないスタッフに“Let’s Go!”とよくわからないままに銭湯に連れていかれ、身振り手振りと拙い英語で銭湯の入り方を説明してもらう、実はそんなエピソードこそが記憶に残るのではないか」山田氏はそのように考えている。
目の前のゲスト一人ひとりと向き合った結果、積み重ねの1位
では、「お金がかからないことで、ゲストが喜ぶこと」とは具体的にどのようなことなのか。
「やっていることは本当に些細なことにすぎません」と山田氏は話す。例えば、連泊のゲストに対して、朝食用として準備するパンや紅茶の中で、ゲストがお気に入りのものがあれば確保しておき、あとで個別に渡してあげる。ゲストが持参したぬいぐるみに花を持たせておく。そのような、ほんのちょっとしたことだ。しかし、こうした些細なことこそが、ゲストに喜んでもらえるコツなのだろう。チェックアウト時にゲストから、メッセージ付きのポストカードや、お土産を贈られることも珍しくはない。ときには、国に戻ったゲストからカードや、プレゼントが届くことも。長年、宿泊施設で働いた経験のあるスタッフも、こんなにも贈り物をいただくのは初めてのことで驚いているそうだ。
旅館を訪れるゲスト一人ひとりを大切にし、行動してきた日々の積み重ねが「トリップアドバイザーの口コミランキング1位」という結果をもたらしたことを、感じさせられるエピソードだ。「そしてもちろん、“清潔さ”は世界どこに行ってもホテルの口コミ評価の大きな部分を占めます。ここで手を抜くことが決してないように、部屋と館内清掃は全スタッフが毎日総出で行っています」と山田氏は付け加えた。
前編では、トリップアドバイザーで外国人に人気の旅館ランキング1位を獲った京町家楽遊の現場の話を中心にお届けした。後編では、宿泊施設の運営を手掛ける株式会社アジア・インタラクション・サポート代表取締役の青木氏から伺った1位獲得の秘訣をお届けする。
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