インバウンド特集レポート
前編では、トリップアドバイザーで外国人に人気の旅館ランキング1位になった京町家 楽遊 堀川五条マネージャーの山田氏から、現場でどのようにゲストと接しているのかを中心にお伺いした。
後編では、宿泊施設の運営を手掛ける株式会社アジア・インタラクション・サポート代表取締役の青木氏に、経営者の観点から1位に選ばれた理由について伺った。
海外に出て、客観的な視点で日本を見たことが起業のターニングポイント
「54歳で仕事を辞めて世界一周旅行に出かけたこと」。起業のターニングポイントについて訊ねると、青木社長はそう答えた。
30年以上、会社員として営業やマネジメントなどに携わってきた青木氏。もともと大の旅行好きだったものの会社勤めをしていると時間はない。いつの頃からか「54歳になったら、仕事を辞めて旅行をする」と決めていたそうだ。そして54歳の時、本当に仕事を辞め、約125日かけて世界一周旅行をした。
海外に出て感じたこと、それは「世界中どこに行っても、日本に対して尊敬のまなざしをもっている」。それは、アジアだけではない、エジプトやトルコ、欧米諸国どこに行っても同じだった。
そんな、世界一周旅行の最終日のこと。マカオのカフェでお茶をしていたら、いきなり見知らぬ人に声をかけられた。「あなた、日本人でしょ?日本が大変なことになっているよ」そう言われ、ニュースを見て衝撃を受けた。民家に津波が押し寄せ、すべてを呑み込んでいく光景を目の当たりにした。2011年3月11日、東日本大震災のことだった。
当時の日本の話題といえば、高齢化社会、若者の失業、人口減など、将来を危惧する内容が多く、社会全体に不安感が漂っていた。そこに拍車をかけるかのように震災が起き、暗雲が立ち込めていた。一方で、海外に行けば日本が好きだと日本のことを皆が褒めてくれる。そのため外国人が日本を訪れると、きっと日本や日本人のことを褒めてくれる。それが、日本人が自信を取り戻して前を向いて進むきっかけになる。おまけにお金も使ってくれて日本の再生にも繋がる。
そこに自分もできることがあるのではないか、そう感じインバウンドの会社を立ち上げた。
宿泊施設そのものが「リアルな体験」をできる場所に
会社を作った当初は、それまでの仕事で経験のあったメディア事業と、リアルな体験を提供し直接外国人に触れたいという想いからの旅行業の2軸でスタートさせた。
試行錯誤しながら取り組む中で、インバウンド市場が盛り上がりを見せるようになったとき、今後の市場の変化を、データを元に考察した。そして、個人旅行、特にリピーターが増加し、一生に一度の日本旅行ではなくて、特定の目的を持った日本旅行を楽しむ人が激増すると予想。そこで、宿泊需要は長期的に伸び続け、既存のメディア事業や旅行業にもプラスになると考え、社外取締役の野原哲也氏とともに個人旅行者向けの宿泊施設に取り組むことに決めた。
旅館のターゲットを、中間層のリピーターと定め、東京か京都まで絞り、最終的には、素晴らしい観光コンテンツを多く持つ京都に決め、物件探しを始めた。
メディア事業に在籍する外国人スタッフのダメ出しを受けながら、彼らのお墨付きが出た今の立地(=堀川五条)に決めた。
旅館の館内着として用意したのはダブルガーゼの作務衣。肌触りがとても気持ちよく、それもまた体験という想いを込めてのこと。
また、座布団や茶器など、京都の地元企業、作家にセミオーダーで作っていただき、決して贅沢ではないものの上質な京都のものを揃えた。提供するのは「良いもの」にこだわっている。
これらの選定は、旅館でマネージャーを務める山田氏にすべて任せているそうだ。
旅館経営ゼロの施設が大切にしたこと、それは「徹底的な旅行者視点」
話を聞いていると、スタッフを信じて、任せると決めたものは任せるというスタイルが、成功の秘訣ではないかと感じたので、役割分担について青木氏にお伺いした。
宿泊施設の経営は初めての試みなので、まずは「旅館としての質を高める」ことが大切。そのため、旅行会社の勤務経験がある現場マネージャーの山田氏には、「ゲストに質の高いサービスを提供する」ことに集中してもらった。
一般的には売り上げ管理も現場に委ねる宿泊施設が多いが、現場責任者の山田氏が収益や売上に囚われると、お客様では無く余分なコストカットなどに意識がいってしまい、旅館のサービスの質が低下することを危惧してのこと。
京町家楽遊には、現場マネージャーの山田氏のほかにも、宿泊事業全体を統括する長谷川氏がおり、収益や売り上げの管理は長谷川氏、現場でのマネジメントは山田氏と切り分けている。
また、宿泊事業全体の最終の決定権は長谷川氏に委ね、コンセプトや戦略などコアの部分は、青木氏自身の意志から外れないよう、しっかりと伝えはするものの、それ以外の細かいところには できるだけ首を突っ込まないようにしているそうだ。
役割分担を明確にすることで、それぞれが自分の役割に集中することができ、それがゲストへの質の高いサービス提供につながった。
利用者の方から次々と高い評価を得る2つの秘訣
今回、トリップアドバイザーの外国人に人気の宿泊施設ランキングの旅館部門で1位に選ばれたことについて、どう思っているか聞いてみた。
「1位を狙って取り組んだことは一つもありません。トリップアドバイザーの京都のホテル旅館部門でベスト10に入った時もあり得ないというのが正直な感想でした。けれど、とてもありがたい話です。宿泊施設の運営経験がないため、旅行者の気持ちに立った時に自分がされて嫌なことはやらない、嬉しいことは実践、その積み重ねの結果だと思っています」。
建物や土地、館内設備も含め、すべては「旅行者のために」が軸になっている。
では、1位に選ばれる旅館づくりの秘訣は何だったのか。
ポイントは大きく2つある。まず1つ目は何よりも「人」。旅行者の視点に立って、彼らに喜んでもらえそうなことを惜しみなく形にするスタッフに恵まれたということ。その結果、ゲストの不安を解消することができ、満足度の向上につながった。
では、2つ目のポイントは何なのか。それは「町との橋渡し」にあるという。
よそ者に厳しいとも言われる京都の地で、近隣施設への挨拶に何度も足を運び、会話の中からも些細な情報をキャッチして形にするなど、近隣施設との連携に密に取り組んだ。京町家楽遊では、近隣の飲食店の多言語メニュー作成にも進んで取り組んだのだが、それも彼らと関係を構築する中でニーズをくみ取ることができたからだ。
ただ泊まるだけの宿では不十分。地域とゲストの橋渡しを通して、地域貢献、地域活性化をするその核を担うのが宿の役割。宿が情報発信をすることで、外国人旅行者が本来訪れることのないお店へ足を運び、その店に売り上げがたつ。外国人旅行者も、普通に旅行していたら知ることのなかったお店に足を運び、ローカルな体験を味わうことが出来る。このような「町とゲストの橋渡し」ができたからこそ、利用者から高い評価を得ることができているのだ。
トリップアドバイザーで1位を獲得した旅館の更なる挑戦
京町家楽遊の開業から2年弱だが、早くも2件目の旅館のオープンが決まっている。京町家楽遊のことを知った方から声をかけていただいたことがきっかけ。新しい旅館は、京都一の賑わいを見せる中心地、四条河原町から徒歩圏内で、宿泊施設としての立地も申し分ない。さらに、建物内に少林寺拳法の道場も併設されるため、道場の空き時間をお借りして、ゲストの方も楽しめるような本当の日本・京都を味わう「体験コンテンツ」を提供していきたいとのこと。
順調に進めば、今年の夏ごろには開業予定の新しい旅館では、現在の「京町家 楽遊 堀川五条」でしてきたことを再現するだけではなく、体験コンテンツをいかにして創りあげるかがカギになると意気込む。
トリップアドバイザーで1位になったことに満足している暇はない。次に向けて、新たな挑戦はすでに始まっている。
編集後記:
取材のために訪れ、旅館に一歩足を踏み入れた瞬間から、まるで家に帰ってきたかのような気持ちになるぐらいリラックスできる雰囲気を醸し出していて、暖かで穏やかな空気が流れる京町家 楽遊 堀川五条。
ここを訪れるゲストが高い評価をする理由を、一瞬にして全身で感じることができました。
1軒目に引き続き、2軒目も京都での開業が決まっているそうだが、中長期的には「町と旅館の橋渡し」を必要としている地域にも広げていきたいとのこと。
「もっと外国人の方に訪れてもらい、地域の魅力を知ってもらいたい、だけどその魅力が伝わっていない、そういった地方へ旅館を展開し、旅館をハブとして、宿泊したゲストにその魅力を伝えていく」。今後のありたい姿について、そう青木社長が答えたことが、とても印象的でした。
(取材協力:京町家 楽遊 堀川五条)
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