インバウンド特集レポート
前回まで、2018年に起きた各地での災害の現地での状況と対応についてお伝えしてきた。最後に、災害からの復興を目指し、この教訓を次に生かすために取り組みを始めている事例を紹介しよう。
風評被害の脱却へ、北海道女将の会が動く!
さて、2018年は日本は自然災害に見舞われ、風評被害もあいまって、観光事業者にとっては苦しい1年だったと言えそうだ。そこで風評被害の対策を怠ると、回復に時間がかる。それは東日本大震災の教訓からも明らかだ。被災地に遠慮するあまり、まったく被害のない近隣エリアが黙っていると、海外からは日本全国が被災されたのかと誤解され、日本に行くことを取りやめてしまうからだ。
だからこそ、被害のないエリアこそ、遠慮することなく、通常営業している旨を宣伝すべきだ。その方が、全体の回復が早くなる。
例えば、北海道地震では、土砂崩れによって多くの死者を出したが、場所は胆振東に限定されていて、広い北海道からすれば、一部の地域。他のエリアはほぼ問題ない。実際、9月の半ばに小樽に行ったところ、まったく平常の観光地でありながら、観光客のあまりの少なさに面喰ってしまった。
そこで、9月19日に高橋はるみ北海道知事が、同庁のホームページで「現在は、旅行される方の移動や滞在に支障がない程度までに回復していますので、安心して旅をお楽しみいただけます」とのメッセージを発信した。
また、先述の富良野ナチュラクスホテルの石平専務など、北海道女将の会のメンバー9人も、登別温泉の須賀会長の呼びかけで9月21日、東京に出向いた。目的は、東京ビックサイトで開かれたツーリズムEXPO(エキスポ)ジャパン2018の北海道ブースでのPR。風評被害の払拭に向けて「北海道は元気です」と来道を呼び掛けていた。
また、首相官邸に着物姿で表敬訪問した際には、安倍首相が「政府として北海道の地震の風評被害の払拭に全力を傾けたい」と述べた。そして、キャンセルが相次いだ北海道の観光を支援するため、道全域で宿泊料金の割引を実施する、と安倍首相は表明した。
復興キャンペーンをビジネスチャンスととらえて動きが活発化!
その結果、復興キャンペーンで北海道旅行を強化し、期待を膨らませている旅行会社がある。
それはインバウンドの旅行会社の老舗、日本ワールドエンタープライズ株式会社の王一仁社長だ。王氏は、アジア系インバウンドのランドオペレーターが所属するAISO(一般社団法人アジアインバウンド観光振興会)の理事長でもあり、インバウンドの黎明期から携わってきた方だ。香港出身のため、香港からのインバウンドにも力を入れている。
同氏は今年11月に香港を訪れた感想として、もはや9月の自然災害の影響は残ってないだろうと述べる。関西空港の閉鎖や北海道での地震について、香港人の記憶から遠ざかっている印象だった。
訪日観光客数の香港市場は、実際に9月に対前年比23.8%減と大幅に落としていたが、10月は対前年比0.9%減と依然としてマイナスではあるものの、歯止めがかかったと言える。
香港からの訪日旅行は、ここ数年でリピート率が増加している。東京、大阪以外にもLCCが就航し、地方に分散している傾向がある。
北海道の雪は人気のコンテンツだが、ここ最近は割高になっていた。この復興キャンペーンが始まれば、例年よりも割安に案内でき、新しい客層の開拓につながると見込んでいる。
北海道推進機構に復興キャンペーンの申請をしていて、最大70%までの助成金がつく。このキャンペーンをフックにブームになる可能性が高いのだ。現地の提携しているEGLツアーでは、新聞広告に大きく「北海道復興キャンペーンツアー」と銘打って販売する準備を進めているそうだ。
2019年の旧正月にあたる春節は2月4日なので、「雪まつり」とぴったりの日程になり期待が持てる。宿を押さえるのが困難になるのではと、もはや懸念しているほどだった。
災害後の販売については現場を見ながら柔軟に対応すべき
王氏は、7月の洪水の後、瀬戸内海にも視察に行っているが、被害を受けた場所はあったものの、観光地自体は大きな被害がなかったので、これは問題ない、と積極的に香港の旅行会社に営業したそうだ。そのため、7月の香港市場の落ち込みはなかった。
また、回復が早かったことも現地の旅行会社に好印象だったと王氏は言う。関西国際空港のケースもそうだが、日本の災害復興のペースは海外から見たら早い、そのあたりもアピールすべきだと話す。
課題としては、緊急時に瞬発力が必要な対応が、後手後手にまわることだろうと王氏は言う。マニュアルに書いていないことが発生すると、途端に思考停止に陥ってしまいがちだと指摘する。
「昨年のクリスマスに大雪で新千歳空港がストップしてしまい取り残された外国人旅行者もいました。泊まるところもなければ、食べるものもなく、苦労したと聞きました。今回の関空の浸水事故も、旅行者の早い救出ができなかったものかと…」
ゲストハウスや民宿が連携して、被災者やボランティア受け入れに動く
一方で、今回の災害がきっかけで、新しい動きも出てきた。
大雨被害の大きかった岡山県から日本ゲストハウス協力隊というネットワークが生まれた。
このネットワークは、岡山県の倉敷市にある有隣庵というゲストハウスを立ち上げた中村功芳氏の声がけから生まれた。同氏は、現在はゲストハウスを開業したい人を育成するための合宿をしており、多くのゲストハウスオーナーのネットワークがあり、彼らの声を集めていった。
同氏によると、ゲストハウス開業準備中の仲間から「豪雨の影響で、各地で宿泊困難者が続出しています。どうか、繋がりのあるゲストハウスの方々に現状を知らせてほしい」と連絡が入ったそうだ。
当然ながら事前にこのような展開を予想できるはずもなく、同氏のスケジュールは様々な仕事で埋まっていたが、命には変えられないと、すべての仕事をキャンセルした。兼ねてから顔見知りで信頼の置けるゲストハウスオーナーたちと連絡を取り合い、情報共有のネットワークの場として、Facebookで「ゲストハウス災害時協力隊(現:日本ゲストハウス協力隊)」というグループを作成した。
そこで、ゲストハウスへの被災されている方々の受け入れ、さらに災害ボランティアの受け入れ等、賛同する宿をマップにリスト化していった。
被災者は、公民館や体育館での避難所生活よりも、宿に宿泊するほうが、休まるだろう。また宿泊施設側としても、風評被害の影響で早急には観光客が戻って来ないだろうから、空室の状態にしておくよりも、困っている人の役に立ちたいという想いから始まった。
現在は、未来の災害時だけでもなく、普段の家族同士のつきあいや食卓のある暮らしも連携していこうという意味も込め、未来志向のグループ名「日本ゲストハウス協力隊」で活動を続けている。
その輪は瞬く間に広がり、ゲストハウス運営者だけでなく旅館や民泊等、現時点で約700名の方々が、思いに賛同し参加しているそうだ。
自然災害は起きないに越したことはないが、同時に多くの学びの機会ももたらす。災害マニュアルづくり、設備の強化、新しい連携、迅速な風評被害対策、ピンチをチャンスに変える発想など、新しく生み出されたものもある。災害は、必ずいつかまたやって来る。今年直面した自然災害の学びを、前向きに生かせるかどうかが試される。
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