インバウンド特集レポート
2018年の訪日外国人客数は初の3000万人台の3199万人となったが、日本人の海外旅行者数も微増ながら、過去最高の1,895万4,000人(日本政府観光局)だったことをご存じだろうか。これは日本のインバウンドにとっても良い兆しといえる。なぜなのか。今回は、インバウンド拡大のために、日本人がもっと積極的に海外旅行に出かけるべき理由について考えるとともに、今後、期待が持てるロシアへのアプローチを提案したい。(執筆:中村正人)
日本人の海外旅行は「安・近・短」
日本人の海外旅行者数を押し上げたのは、韓国や台湾、香港などの近場のアジア方面に向かう旅行者が増えたことにある。2018年に訪韓した日本人は前年比27.6%増の294万8,527人(韓国観光公社)、訪台日本人も200万人強(台湾観光局)と伸びている。特に2018年10月の旅行シーズンに韓国を訪れた日本人は前年同月比で61.7%増の29万500人だった。
▲羽田空港国際ターミナルは深夜でも近隣アジア客の利用でにぎわっているが……
一方、ハワイやグアムなどの米国ビーチリゾートは例年並みながら、欧州方面への渡航者はテロの風評などの影響で停滞している。長引くデフレと所得の伸び悩みから、旅行費用がかからない「安・近・短」の国々に向かっているのが理由だろう。これら近隣アジアの国々では交通や宿泊など都市インフラの整備が進み、誰でも安心して旅行できるようになったことも大きいだろう。伸びているのは、LCCなどを利用した安価な個人旅行だ。もはや団体ツアーで各国を周遊旅行する時代は終わっている。
▲LCCを利用して近隣アジアに向かう日本人旅行者は増えている
際立つ日本人の出国率の低さ
だとしても、日本人の出国率の低さは近隣アジアでも際立っている。たとえば、韓国の場合、人口約5100万人に対して出国者数は5344万人(2017年 韓国法務部)で出国率104.8%、台湾は人口約2350万人に対して同じく1565万4579人(2017年)で同66.4%。ちなみに昨年韓国からは753万9000人、台湾からは475万7000人が日本に訪れている(日本政府観光局)。一方、日本はというと人口1億2700万人に対して出国者数1895万4000人(2018年)、14.9%という出国率は、驚くほど低いと言わざるを得ない。
これは最近のことではない。日本人の海外旅行者数はすでに1990年代半ば頃から1600~1800万人の間で伸び悩んでいる。日本を訪れる外国人は著しく増えたが、日本人の海外旅行者数はこの25年間増えていないのだ。
ここで1人あたりのGDP(2017年)を比較しても始まらない話だが、韓国(29位)や台湾(36位)は日本(25位)より低いことを考えると、日本人の出国マインドの萎縮があるといえるだろう。趣味やレジャーの多様化によって、海外旅行にお金をかける価値を多くの日本人が感じなくなっていることも考えられるが、単に懐具合の問題だけではないのだ。
アウトバウンドが伸びないことの何が問題か
とはいえ、これほど極端に日本人が出国しなくなってしまうと、さすがに問題がないとはいえないだろう。日本人のアウトバウンドが伸びないことの何が問題なのか。それが日本のインバウンドに与える負の側面として以下の4点を指摘したい。
1)日本を訪れる外国人観光客に無関心になりがち
海外旅行体験のある日本人の数が相対的に少ないため、訪日外国人がどんな悩みや不便を感じているか、彼らのニーズに対して日本の社会全体の理解が鈍感になってしまっている。
その結果、日本人は海外旅行をしている人たちの気持ちがわからなくなっており、これだけ外国人観光客が日本を訪れていても、自分には関係ないと思いがちだ。このように外国人観光客に無関心な社会では、心からの“おもてなし”は難しいだろう。インバウンドに関心があるのは、観光客が落とすお金に群がるビジネス関係者や小売店ばかりだとしたら、彼らもそれに気づくのではないだろうか。これではインバウンドの活力を日本の社会に還元する好機をみすみす逃してしまうことにつながりかねない。
2)世界のトレンドをキャッチアップできない
日本にはまだない海外の新しいサービスや社会インフラの実情を知らない人が増えていることも大きい。かつて海外によく行った人も、最近行っていなければ時代の変化に気づかなくなっているかもしれない。
もはや、日本人より近隣アジアの人たちの方がずっと旅慣れているのだ。中国のQRコード決済などに代表される海外の先進的なキャッシュレスサービスの導入が日本で遅れてしまっているのもそのためだろう。海外旅行先で両替や支払いに苦労した経験がない人には、これらのサービスの必要性や切実さがわからないので、企業のみならず、消費者の側も導入に前向きになりにくい。その結果、日本人の生活の利便性の向上にとってもマイナスとなっているのだ。
航空路線の維持のためにアウトバウンドも必要
3)日本のインバウンドの成り立ちが理解できない
昨今のメディア報道を見ていてもそうだが、国民全体の国際社会に対する理解が後退しているように感じられる。たとえば、なぜこれほど多くの外国人観光客が日本を訪れてくれるのか、その理由をいまだに円安のせいだと思っている人がいかに多いことか。
それは物事の一面でしかない。前述したとおり、日本の長期デフレと近隣アジアの経済成長にともなう所得の向上が重なったことが大きいのだ。これは日本人にとって素直に喜べない話だが、現地を訪ねたことがある人ならすぐにわかることだ。国際社会に対する理解の後退は、日本の経済にも悪影響を与えていることが考えられる。
4)航空路線の維持のためにはアウトバウンドも必要
現実的な話として、島国である日本では、訪日客を呼び込み続けるためには航空路線の維持が欠かせない。しかし、海外の国々もそれぞれお国事情があるため、いつでも訪日客を送り出してくれるとは限らない。航空路線を維持するためには、インバウンドに頼るだけでなく、日本人ももっと出国して、アウトバウンドも伸ばす必要がある。
つまり、インもアウトも両方伸ばす「ツーウェイツーリズム」こそ、インバウンド拡大にとっての大きな課題となっている。
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