インバウンド特集レポート
雲海スポットの盛況の背景には、日本と文化的に共通のベースでつながる中華圏の人たちがその価値を理解していることにある。自然現象としてだけでなく、雲海の文化的な価値を通じて、雲海ツーリズムのさらなる可能性を考えてみたい。
前回記事:「SNS映え」で地方に訪日客を呼び込め! 注目の雲海ツーリズムとは?
雲海を愛でる価値観は中国発だった
今日、雲海は「SNS映え」や「ドライブ」「登山」「眺めのいい宿」といったキーワードと結びつけられることが多いようだが、古くをさかのぼると、日本ではどんなイメージで捉えられていたのだろうか。
日本最大の国語辞書『日本国語大辞典』(小学館)によると、「雲海」の項には、以下のような説明がある。
(1)雲がはるかかなたに見える、果てしない海原。また、水平線のかなたで交わる雲と海。
(2)山頂や飛行機などから見下した時、海のように一面に広がって見える雲。《季・夏》
上記(1)には、近代以前の古典の世界観、幽玄の美学が伴うものを指している。そして(2)では、近代以降に登山や飛行機から眺める、単純に自然現象としてとらえている。ふたつの異なる価値観に基づくイメージがあり、ここでは、(1)を中国発の伝統的な価値観の雲海、(2)を日本発の近代的価値観の雲海としておこう。
たとえば、近代以前の日本の「雲海」イメージを理解するうえで、葛飾北斎の「諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし」という絵は参考になるだろう。
北斎のこの絵は、よくみると、中国の雲海名所として古くから知られる黄山に似た世界観が感じられる。
古来「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」といわれた黄山は道教の聖地で、仙人が住む“仙境”と呼ばれた名山だ。ごつごつとした岩で切り立った山頂近くから眺める谷間の雲海は神秘的であり、北斎の絵にも共通している。そこは修験道者による信仰のための登山の舞台であり、神秘的な風情を醸し出すためにも、なくてはならないのが雲海という自然の装置だったといえる。こうした中国の名山のイメージは、水墨画や漢詩を通して日本へ伝えられたわけだ。
同じことは、台湾でもいえそうだ。この写真は、台北桃園国際空港の入国ゲートの前の壁に描かれた雲海で有名な阿里山の絵である。やはり、台湾も含めた中華圏では、仙境としての雲海イメージは古来より文化の基層に組み込まれており、それが後世に日本に伝えられたのである。
日本発の新しい雲海の楽しみ方が広まっている
一方、前述したように、2つ目の雲海にはもうひとつの近代的な価値観に基づくイメージがある。そもそも日本やアジアの国々にとってスポーツや趣味としての登山は近代以降に始まっている。今日の日本人にとっては、むしろ修験道的な背景を意識することのない雲海のイメージの方が一般的といっていいだろう。星野リゾートトマムの雲海テラスにみられるさまざまな雲海体験を楽しむしかけは、さらにその進化系といってもいいかもしれない。
そのような日本発の雲海の楽しみ方が、台湾にも飛び火しているようだ。実は、台湾の以下の旅行サイトの雲海に関する記事「息を呑むほどロマンチックな台湾の雲海スポット」で紹介される雲海の写真をみていると、古来中国文化とは無縁の新しいイメージが伝わってくる。
令人屏息的雲端浪漫!盤點北中台灣「10大賞雲海景點」(ETtoday旅遊雲)
なかでも台湾北西部に位置する苗栗県にある雲海スポットの加里山には、日本の雲海テラスに似た展望台が設置されているそうだ。台湾では、以前より日本の最新文化や観光アトラクションが採り入れられることが多かった。彼らはすでに同じような楽しみ方を知っているのだ。
こうした台湾の人たちの雲海ツーリズムは、これまでもそうだったように、大陸へと情報がもたらされ、いずれ中国人観光客にもブームとして広まっていく。
共通の文化がもたらす雲海ツーリズム
これまでみてきたとおり、雲海には新旧のふたつの価値観に基づくイメージがあり、一方は中国古来の文化と結びつき、もう一方は近代以降の交通や観光体験と結びついている。中華圏の人たちが日本と共通の文化ベースでつながっていることが、雲海ツーリズムの価値を高めているのである。
実際、中国では名山といえば、四大仏教聖地で三大霊山のひとつである峨眉山(四川省)が知られるが、近年、雲海を展望するためのテラスができたという。つまり、中国客の頭の中には、自国の古来の文化に通じるイメージと重ね合わせながら、日本の雲海を眺めるところがあるといっていいだろう。
一方で、日本ならではの雲海ツーリズムのコンテンツでなければ強く魅かれないという層もでてきた。次回は、まだ知られていない穴場の雲海スポットを紹介したい。
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