インバウンド特集レポート
今回の特集は、観光を「学び」という側面からとらえたテーマだ。被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした「ダークツーリズム」だが、実際に取材してみると、そう一括りにできないことがわかる。広島の原爆ドーム、福島の原発事故は、海外でも多く知られている。広島では、ネガティブな観光ではなく、平和へと昇華させるべく、次々と新しい取り組みをしていた。また、東日本大震災の被災地でも新しい挑戦が続いている。やはり、そういった場所に立つと心が震え、新しい自分に出会える。そのストーリーをいかに提供するかも、現場では問われているようだ。(執筆:此松タケヒコ)
広島平和記念資料館リニューアルオープン
2019年4月25日、広島市にある平和記念資料館の本館がリニューアルオープンした。ゴールデンウイークには、多くの観光客が訪れ、建物の外まで入場待ちになる事態となった。想像以上の混雑に市民も驚いたという。そもそも入場を待つということは、普段では絶対にあり得ないからだ。その列には、多くの外国人旅行者も含まれていた。
平和記念資料館の入場者数は、外国人旅行者が年々大きく増加しており、日本人の入場者数が微増傾向なのとは対照的だ。2018年度には、外国人旅行者数は43万4838人で過去最高であり、全体に占める外国人の割合は23.4%と、過去最高を記録した。10年前の2009年度の16万341人と2018年度を比較すると、2.7倍になっており、比率も当時は11.3%と現在の半分以下だった。
ところで、JNTOの発表によると、日本全体の訪日外国人は、2009年当時は約679万人だったが、2018年は3119万人と9年で約4.6倍になった。それに比べると2.7倍というのは物足りなさを感じるが、なぜそのような結果だったのかを広島市の観光政策部の担当者にうかがうと、国籍別の訪日外国人の比率の特殊性からだろうと言う。それは、広島県には圧倒的に欧米豪からの来訪者が多いからだ。一方で高い伸び率とシェアを誇る中国、韓国、さらに東南アジアからの割合が同県では低い。このあたりの事情は後半で言及する。
参考までに広島市の発表によると、平和記念資料館を含め、同市を訪ねた外国人客数は、2014年に約65万人、2015年に約102万人、2016年に約117万人、2017年に約151万人と急増している。平和記念資料館に立ち寄らずに原爆ドームのみの観光にシフトしつつあるのだろうか。
より進化させた展示方法とは?
平和記念資料館では、今回のリニューアルによって展示方法をより進化させ、より多くの来訪者数を目指したいところだろう。
今回のリニューアルの目的は、まず耐震性能の補強工事、そして展示の課題改善だった。それは、被爆者が高齢化するなか、どのように被爆体験を継承し、原爆の非人道性や被害の凄惨さなどをこれまで以上に伝えていくか、という課題だ。
「被爆の実相」というコーナーでは、被爆者の被爆状況や家族の思いを紹介し、一人一人の命の存在と重さや被爆者、遺族の苦しみ、悲しみを伝えるため、個々の遺品とともに遺影を展示し、あわせて被爆者の心の傷を伝える手記を紹介している。今回、観覧動線が変更され、その「被爆の実相」を展示ルートの前半に持ってきたのも特徴だ。以前は、原爆の説明や広島市の復興が前半だった。
2004年度に実施した同館来館者の観覧時間調査の結果、当時の観覧動線では、平均観覧時間約45分のうち被爆の実相を伝える本館の平均観覧時間は約19分で、観覧時間全体の4割にとどまっていた。前半の見学に疲れ、後半の見学がどうしても駆け足になりがちだからだ。
館内で英語のボランティアガイドをされている方に聞いたところ、前半に位置が変更された被爆家族の手記を外国人客に説明すると、涙を流される方もいるという。一方で、「前半でかなり疲れる方もいますね」とも話してくれた。リニューアルによって、原爆の悲惨さをしっかり伝え、一人一人が平和への想いを強く持ってもらおうとする意図が伝わっていると言えるだろう。
世界が注目する広島は、どのように受け入れてきたか
ところで、広島は、このように原爆という悲惨さによって、良くも悪くも世界で知られた名前になっている。世界の平和教育の教科書でも取り上げられており、いつかは訪れてみたい場所だと思う人も多い。ノルウェーから来た親子にうかがうと、戦前に生まれたお父様が「子供のときに原爆投下のニュースを知りました。その後、どうなったのか、70年以上、どこかで気になっていました。数年前にオバマ大統領が広島を訪れたニュースを見て、ついに来る決心をしました。」
また息子さんは、「教科書で知っていました。年老いた父だけで行かせるのは心配なので、私も付き添ってきました。」
このように、インバウンド業界では広島は、アドバンテージが高い。広島市では、早い段階から外国人観光客を多く受け入れ、2003年にスタートした「VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン)」に力を入れていた。首都圏と関西圏をのぞく地方では、広島県のポテンシャルが高く、重点地区に選ばれた。
広島市は、外国人観光客の増加を図るため、広島県などと連携し、11の国・地域を重点市場と定めPRしている。国ごとに手法を変えているのが特徴で、例えば、長期での日本滞在が多い欧米からの観光客には、周遊型の商品を提案している。
しかし、日帰り観光が増えていて、いかに宿泊してもらうかが、市の観光を推進する部署としては悩みどころだ。そこで考えられたのが、平和についての考えを深めてもらうために原爆の関連施設をじっくり巡ってもらう街歩きプランだ。その名も「ピースツーリズム」。広島市が開設したWEBサイト「Hiroshima Peace Tourism(広島ピースツーリズム)」では、個人旅行者がスマートフォンでルートを巡るために必要な情報や各施設の解説などを得られる。原爆ドーム内部を360°で見られるARなども掲載している。
このように、インバウンド対応が次々と進化しているようだ。さらに、NPO Hello! Hiroshima Projectという民間団体がJR広島駅に立ち、困っていそうな外国人観光客に声を掛けてアドバイスをするという活動も始まっている。
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