インバウンド特集レポート
国内では空き家問題がクローズアップされている。果たしてこれらの空き家を壊すしかないのだろうか。一方で、古民家を活用して宿にするプロジェクトが全国的に盛り上がりつつある。外国人に宿泊体験が人気となっているのだ。いったいどういった経緯で古民家宿を始めたのか、何が人気なのか、どのようなニーズがあるのか、など各地の事例を追った。
古民家ゲストハウスを訪れる客層が、他とは違う理由
上野駅から地下鉄日比谷線で一駅の入谷駅から数分歩くと、「toco.」という築90年の古民家ゲストハウスがある。都内屈指の外国人に人気の宿だ。ドミトリーがメインで、6割が外国人利用だという。海外からは、欧米、アジアと幅広く、一部のエリアに偏ることなく全体的に利用してもらっている。
ここを運営するのは、株式会社バックパッカーズジャパンだ。同社では現在はtoco.の他に、東京・蔵前の「Nui.」京都の「Len」というゲストハウスを運営しており、いずれも外国人に人気だ。ゲストハウス業界のトップランナーの一つと言える。創業メンバーの一人、宮嶌智子COO(業務執行責任者)は「toco.は、他の店舗と比べても客層が大きく異なる」という。多くの宿泊客は、日本文化に興味を持つ方だ。なかには日本語を話す人もいるという。
toco.の建物は、古民家で縁側からは庭を望めることができ、風情がある。植栽、金魚が泳ぐ池、富士山の石で積んだ富士講の塚など、日本文化へ興味を持つ外国人にとっては生唾もの。一方、他の2軒Nui.とLenは、モダンなデザインになっており、ここを訪れる人々は、世界の国々をまわる中で日本に来た時に、たまたまこのゲストハウスに立ち寄ったという流れかもしれない。
古民家に滞在する外国人は、昔ながらの日本の魅力に入れ込んでいて、ディープな日本を知りたい人が多い印象だ。
海外、国内の調査を通して分かったニーズをもとに立ち上げ
ではなぜ、toco.だけ古民家のゲストハウスにしたのだろうか?
宮嶌さんによると、たまたま偶然だったという。toco.は、1号店として、2010年に営業を開始。4人の創業メンバーがいるが、代表の本間貴裕氏が、漠然と旅行に関する何か事業を始めようということで、仲間に声をかけたことがきっかけだ。その後、ゲストハウスという発想に至り、ゲストハウスの調査をするために、4人のうち2人が海外のゲストハウスを泊り歩き、残り2人は国内のゲストハウスを巡るというミッションを担った。
国内の調査結果わかったことは、やはり東京がゲストハウスとしてのニーズが手堅いということ、また駅からのアクセス、空港からの利便性という点も重要なファクターになる、ということだ。
また浅草のようなにぎやかな観光地よりもその街の普通の生活感があるエリアにしたいと考えた。物件探しの際に、紹介など偶然が重なったことで、この古民家にたどり着いたそうだ。もともと古民家に絞って探していたわけではない。
この古民家に出会った際に、「ここだ」と直感で感じたのだ。通りに面した築50年の建物が入口となり、その奥にひっそりと築90年の母屋があるのだ。通りからは母屋が見えない配置になっていて、中庭と古民家がオアシスのようにたたずんでいる。
実際、都心で古民家を探そうと思っても、簡単に見つかるものでもない。偶然の積み重ねによるところが大きい。また、わずか25歳で古民家のポテンシャルに気づく点は、その後の彼らの活躍をみると、鋭い感性を持っているのだろう。
さて、築50年の建物と築90年の古民家両方とも自由にリノベーションをしてよいという許諾をオーナーからもらい、ゲストハウスにすることが決定した。さっそく簡易宿泊所の申請のため、保健所と消防署に相談をして、改善点を教えてもらった。
近隣住民も気軽に立ち寄ることができる場所
2010年の8月~10月の3か月間でリノベーションを行った。母屋の古民家はなるべくそのままの雰囲気にして、入口の建物にBarを併設した。
ゲストハウスを、人が集まる空間にしたいと考え、ゲストだけではなく近隣の人にも開かれた「場」として、虹色の階段が印象的なBarラウンジにした。宿泊者以外も気軽に立ち寄れる。なかには外国人と話をしたいという理由でやってくる近隣の年配者もいるそうだ。このコンセプトは、後のゲストハウスにも引き継がれている。
しかしながら、ベッド数が多い他の物件と比較すると利益率は落ちてしまう。さらに古民家を運営するにあたっての課題は、維持管理費がかかることだ。屋根の修繕、雨戸、木戸など、常にいたるところに不具合が生じる。予算に応じて、優先順位を決めて逐次取り掛かるそうだ。
宮嶌さんは、「苦労は多いが、toco.は私たちの原点でもあるので、継続して運営していきたい」と話してくれた。
(中編に続く)
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