インバウンド特集レポート
インバウンドの現場での外国人活用というと、小売や外食、宿泊業を想像しがちだ。だが、最も有効なのは、日本の観光PRで活躍してもらうことではないか。なぜなら、彼らほど日本をよく知り、海外のニーズやトレンドを理解している人はいないからだ。タイ出身の訪日外国人向けウエブマガジンの戦略マネジャーは「外国人の視点」の重要性を強調する。どういうことなのだろうか。
前編:インバウンドの現場における外国人人材の活用 —多慶屋がタイQRコード決済導入の日本第一号店となった理由
これまで多くの多言語メディアが登場してきたが、はたしてそれらは日本を訪れる外国人観光客に伝わっているのだろうか。
たとえば、全国で大量に発行された自治体の多言語観光パンフレットやマップの数々。これらは外国客にほとんど使われていないのはご存じだろうか。観光PRの分野は、投資に対する効果を測定することが難しい。そのため、誰も結果に責任を負うこともなく、失敗が続けられているケースが多い。
使われないのは、その大半が、日本人向けのパンフレットをそのまま外国語訳したものだからである。なぜそれではだめなのか。そこには「外国人の視点」がまったく欠けているからだ。これは日本の海外向け情報発信の致命的な問題である。
ターゲットの国を理解しているか
この問題について積極的に発言している外国人がいる。
訪日外国人向けウエブマガジン「MATCHA」でインバウンド戦略部統括マネジャーを務めるシーソンクラム・カオさんである。タイ出身で名門チュラーロンコーン大学政治学部国際関係学科を卒業した彼女は、2008年の来日後、テレビの制作会社や日本企業の海外進出コンサルタント会社などで働き、現在の海外向けメディアで活躍している。
同マガジンの月間ビュー数は650万人PV超、ユニークユーザーが300万人だという。これだけのアクセスがある理由は、英語や中国語(繁体字、簡体字)、タイ語以外にインドネシア語やベトナム語など10か国語で発信する多言語メディアであることだ。
社内外の外国人編集者たちと連携しながら、日本各地の魅力を発信しつつ、クライアントとともにインバウンド戦略の立案を進めている。観光PRにとって何が重要かについて、彼女は次のように話す。
「大事なのは、ターゲットとなる国の読者のことをよくわかっているかどうか。外国人といっても、国籍や性別、年齢、趣味によって日本旅行で求めていることは違います。どうすれば外国人に刺さるコンテンツをつくれるか。それには、日本人と外国人の感覚の違いは何かをよく理解する必要があります」
そこがわかっていないから、誰に対して、何のために、どんな効果を求めてPRしているのかが明確にされず、効果も表れないという事態が全国で起きているのだ。
外国人にとって箱根=温泉ではない!?
そういわれても、「外国人の視点」を理解するにはどうすればいいのか。カオさんによると、「日本人が当たり前に思っていることが、外国人にはそうでないことに気づく」のが最初の一歩だという。
あるセミナーで彼女は聴衆に尋ねている。「箱根の定番といえば何でしょう?」。当然、温泉や芦ノ湖といった回答が上がった。それに対して、彼女はこう指摘する。
「実はこの質問を外国人にした場合、温泉というキーワードが必ずしも出るとは限りません。芦ノ湖を見て、ロープウェイに乗ったら満足という人も多い。さらに彼らにとって重要なのは、大涌谷の黒タマゴ。特にアジア圏の人のなかには、黒タマゴを食べることが目的で、温泉に入らずに帰る人もいます」
日本人からすれば「ありえない」ことかもしれない。だが、それは箱根=温泉というイメージが日本人には定着しているが、外国人にとっては「当たり前」とは限らないということだ。そうだとすれば、日本人向けの観光パンフレットをただそのまま外国語訳しても意味がないという理由がわかるだろう。
日本と海外のつなぎ役
それにしても、これほど認識が違うのだとすれば、観光PRの分野ほど、その違いを理解した外国人人材が関わることは不可欠といえるだろう。カオさんは自らの役割についてこう話す。
「私たちは日本と海外のつなぎ役です。外国人として一歩引いた目線で日本と海外のモノの見え方の違いを指摘できます。ただし、それを常に日本人に理解してもらえるとは限らない。そこがやりがいでもあり、苦労するところです」
彼女のその苦労を「(日本人との)共感が難しい」という言い方をする。では、逆になぜ彼女はそれが可能といえるのか。
理由は明快だ。彼女は多文化を地で生きているからである。日本語を苦労して習得し、日本で働きながら、自国の社会との違いを相対化して、日本と海外の両サイドの目線を併せ持つことに努めてきた。だから、我々には見えていないことが見えている。そこがインバウンドにとって最も重要な観点なのである。
外国人人材の存在に気づいてほしい
カオさんは内閣府の「クールジャパン戦略」の骨子づくりのメンバーも務めており、メディアでいくつかの提言を行っている。そのひとつがクールジャパンに関わる外国人を対象にした在留資格の条件緩和である。
「私が日本に興味を持ったきっかけは、中学2年生のとき、『源氏物語』を漫画化した『あさきゆめみし』を読んで日本語を勉強したいと思ったこと。私と同じように日本のアニメやマンガに夢中になって留学してきた外国人は多い。でも、彼らの多くが日本での仕事を諦めて帰国してしまうことがずっと気になっていた。彼らの存在に日本の社会は気づいてほしい」
こうした指摘は、日本人には見えにくいゆえに貴重なものだ。その後、内閣府は「旅行など短期にとどまらず、日本に長期滞在して活動する外国人を増やすため、来年度設置される外国人共生センターなど関係機関と連携を急ぎ、才能ある外国人を受け入れる環境を整える」(産経新聞2019年9月1日)という。こういう取り組みは歓迎したい。
多文化人材を使いこなす度量
今回ふたりの外国人の話を聞いたが、そこには共通する人物像がある。それは、日本社会との葛藤を覚えつつ、そこでつなぎ役を務めようとする意志を持った人たちということだ。
だが、我々の周囲にいるのは、必ずしも彼らのような理想的な人材ばかりではない。一般的に、外国人に日本のやり方を強要するとうまくいかないケースが多い。それでも、彼らの有能さ、有用さに気づき、その提言をしっかり受けとめられる見識と柔軟性を備えた度量ある人材が我々の側にいなければならない。
長くインバウンドの現場を見てきた筆者からすると、彼らのような多文化人材をうまく使いこなせないのは、日本側の責任ある立場の人間に問題があると感じることが多い。日本側の上司の多くは、海外の話は自分にはわからないと理解を深めることを最初から諦め、彼らに方向性も示さず丸投げしてしまうか、逆に、自分に理解できる部分のみを早合点して短絡的な決断をしてしまうかのいずれかが多い。これではいい結果が出るはずがない。
これは言うほど簡単なことではないが、それをどう乗り越えるか。実のところ、それが今日の日本の大きな課題といえるだろう。それを学ぶ相手として、彼らを見ることができるかどうかは大切かもしれない。
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