インバウンド特集レポート
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、日本の観光産業を取り巻く状況は一変した。コロナ収束後も新しい生活様式が続くと想定され、以前と同じアプローチでの誘客は見込めない。そんななか、復活のカギとして日本で注目が高まっているのが、世界的に急拡大しているアドベンチャーツーリズムだ。2020年10月13日に開催された「アドベンチャーツーリズム・オンラインシンポジウム2020」での発表や議論を中心に、日本におけるアドベンチャーツーリズムの可能性、先行事例とポストコロナに向けて取り組むべき課題について探っていく。
世界で約72兆円の巨大マーケット
まず、アドベンチャーツーリズムと聞いて、みなさんは何を連想するだろう。ラフティングやジップラインなどのアクティビティ、もしくは、“アドベンチャー”という言葉から難易度の高いハードな冒険旅行を思い起こす人も少なくないのではないか。
しかしながら、実のところアドベンチャーツーリズムは単なる「アウトドア体験」ではない。アドベンチャーツーリズムの国際機関であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)によると、「自然とのふれあい」「フィジカルなアクティビティ」「文化交流」の3要素のうち、2つ以上が主目的である旅行とされている。また、アドベンチャーツーリズムの概念で重要な点が、地域の中小事業者や住民にとって観光による経済効果だけでなく、自然や文化を保護し後世へ伝えていく側面も踏まえたサステナブルな視点があることだ。
想像してみてほしい。その土地の成り立ちをガイドから聞きながらハイキングし、山頂でBBQランチ。目の前で採ってきたばかりの新鮮なキノコを、シェフが素材の味を活かすためにさっと調理してサプライズで振る舞ってくれる旅を…(スウェーデンで2019年に開催されたアドベンチャーツーリズム業界最大の国際イベント、Adventure Travel World Summit<ATWS>で実施された体験メニューの一例より)。
欧米を中心に発展、現地での消費増も見込める
欧米を中心に発達したアドベンチャーツーリズムだが、ATTAの試算によると、市場規模は2012年の2630億ドル(約27兆5400億円)から2017年には6830億ドル(約71兆5200億円)、平均成長率21%で拡大してきた。
旅行者の特徴は教育水準の高い富裕層が多く、平均14日間という長期の滞在を好む。コト消費を重視することから1人当たりの現地消費額が高いのもポイントで、アメリカ人で平均1300ドル(約13万6000円)、オーストラリア人では平均3200ドル(約33万5000円)以上使っている報告もあるという。これまでは富裕層中心のマーケットといわれてきたが、withコロナ、afterコロナのけん引役として、デジタルネイティブであるZ世代にも着目されている。彼らは贅沢より、本物の体験志向で環境問題への関心が高い。SNSを通じて体験を拡散する発信力が市場を新たに拡大すると予測されている。
アドベンチャーツーリズムは、自然や文化体験という要素が含まれている点は、エコツーリズムやグリーンツーリズム、さらに食文化という視点でガストロノミーツーリズムなどと共通項を持つ。一方で、アドベンチャーツーリズムは、単なる冒険旅行にとどまらない。その本質は、自然や地域の文化に向き合い、自分の人生を豊かにする上質な時間を過ごすこと、またその体験を通じて自身の成長・変革に繋げる点にあると考えられており、その意味では、これまでとは違った新しい旅の形ともいえる。また地域経済へのより大きな貢献が期待され、その影響はより広範囲にわたる。
▲出典:ATTA HP・データ、UNWTO 「Global Report on Adventure Tourism」、国土交通省「着地型旅行の市場概要」よりJTB総合研究所作成
withコロナ時代の旅行ニーズにアドベンチャーツーリズムが合致
今は新型コロナの影響でインバウンドは激減しているが、収束後の再拡大は観光産業の使命である。それだけ日本には観光コンテンツがたくさんあるということだが、とりわけアドベンチャーツーリズムに期待がかかるのはなぜだろうか。
「アドベンチャーツーリズム・オンラインシンポジウム2020」で、新型コロナの影響に伴う日本人の旅行意識の変化を指摘したのは、株式会社阿寒アドベンチャーツーリズム代表取締役社長大西雅之氏である。
今回のパンデミックによって、少人数、都市から離れた場所、自然の中を楽しむ、アウトドアといったキーワードの旅行志向が高まっている。自然や文化の魅力の再発見につながるアドベンチャーツーリズムはまさにその代表例で、早期回復とともに、さらなる拡大が期待されるわけだ。大西氏は「環境負荷を最小化しつつ、自然フィールドのアクティビティを通じてその地域に紐づく文化や歴史をゆったり楽しむ旅のスタイルは世界でスタンダードになっている。かつてない危機だからこそ、日本の観光産業も新しいステージへ移行するチャンスととらえたい。withコロナ、afterコロナの時代には、アドベンチャーツーリズムが世界の観光の光になる」と力を込める。
日本がアドベンチャーツーリズムに取り組むべき理由
日本がアドベンチャーツーリズムに取り組む意義は多数ある。日本が力を入れるべき理由として、アドベンチャーツーリズムには「地方にこそ実現の要素が揃っている」「地域が持つ資源活用と持続可能性の両立を目指す」「ローカル経済を重視していく」という3要素が備わっていることを主張したのは、株式会社JTB総合研究所主席研究員交流戦略部長の山下真輝氏だ。新型コロナウイルス発生前の日本では一部の地域に外国人観光客が集中するオーバーツーリズムが社会課題となっていた。山下理事は、「これまでの数を追う観光から、自然文化の保全や地域の発展などを大事にしつつ質を高める観光への転換が、アドベンチャーツーリズムには重要な視点」と話す。
また、新たな領域のツーリズムの発展には官民の連携が不可欠になる。観光庁も「Go toトラベル」事業をはじめ、直近のコロナ禍からの需要喚起や雇用維持、事業継続を急ぐ一方で、afterコロナを見据えた整備のひとつとして、アドベンチャーツーリズムを重視する考えを示している。
観光庁観光地域振興部観光資源課新コンテンツ開発推進室の橿原義信氏はシンポジウムで「インバウンド回復には、地方への誘客実現に向けた新たな観光体験の創出が求められている。そのひとつがアドベンチャーツーリズムである」と述べた。アドベンチャーツーリズムが日本に向いている理由として、日本の豊かな自然、文化が全国各地に点在していることを挙げ、「様々な産業分野で既存の価値の組み合わせによってイノベーションが実現しているように、観光分野でもアドベンチャーツーリズムの要素にある自然、アクティビティ、文化といった素材、地域を単独で活用するのではなく、複数を掛け合わせて磨き上げていくことが重要だろう」との見方を示した。
インバウンド復活を見据えつつも、国内市場にもポテンシャル
コロナ以前のアドベンチャーツーリズムの市場獲得を目指した日本のマーケティングは、欧米豪の富裕層をターゲットとしたものが中心だったが、感染拡大防止の出入国制限でインバウンド需要がほぼ絶たれるなか、日本人の国内旅行に対するポテンシャルも再評価されつつある。
東洋大学国際観光学部国際観光学科現代社会総合研究所教授の森下晶美氏は、国内旅行におけるアドベンチャーツーリズムの可能性は富裕層だけではないと分析する。「この20年間、国内旅行はデジタル化、インバウンドの増加によってリアルな体験の再評価、日本の魅力再発見などさまざまな変化があったが、コロナを機にコト消費、社会・環境問題を通じた自己変革への関心が際立ってきた。異文化というとインバウンドととらえられがちだが、現代の都市に生きる日本人にとっては、歴史や地方の文化も異文化にあたり、自己変革の機会としてユニークな体験を求めるようになっている。若年層、家族層はこれらの価値観が強いとともに、コロナ禍の現在も旅行意欲がさほど停滞しておらず、アドベンチャーツーリズムとの親和性が高い」と見る。
実は、森下氏が言及した日本人の旅に対する自己変革への欲求は、アドベンチャーツーリズムのキーワードでもある。ATTAはアドベンチャーツーリズムを嗜好する旅行者、いわゆる「アドベンチャー・トラベラー」が求める要素として、「The Novel and Unique(今までにない体験)」「Transformation(自己変革)」「Challenge(挑戦)」「Wellness(健康であること)」「Impact(文化や自然への悪影響を抑えること)」を挙げており、コロナによって顕在化した日本人の国内旅行に対する意識変化は、まさにアドベンチャーツーリズムの概念に合致しているともいえる。
こうした旅行に対する価値観の変化が、アドベンチャーツーリズムのみならず、これからの旅行マーケット全体に影響してくるのは間違いない。JTB総研山下氏は、「アドベンチャーツーリズムは来るべきインバウンドの復活を目指しつつ、国内旅行の多様化や付加価値向上に向けて意義が大きい。日本の観光の未来を左右する存在になり得る」と話している。
後編はアドベンチャーツアー造成の具体的な手法、日本における北海道、長野の先進事例と見えてきた課題についてお伝えする。
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