インバウンド特集レポート
新型コロナウイルス感染症の収束時期など先が見通せず、インバウンド客の来訪が見込めない中、注目が集まっているのが在日外国人の活用である。自治体による観光施策や民間企業によるマーケティングの動向や傾向を紐解きながら、在日外国人をどのように観光やインバウンドに活用できるのか、施策を成功に導くポイントを探っていく。
▲首都圏在住の外国籍プロフェッショナルに都内のアンテナショップで地域産品をアピール(提供:株式会社ジャーマン・インターナショナル)
2020年以降、注目を集める在日外国人をターゲットとしたプロモーション
近年の在日外国人に関連したマーケティングや施策の傾向について、訪日プロモーションなどを手掛ける株式会社グローバルデイリー営業部長の大坂直史氏に伺った。同社は、東南アジア、東アジアをはじめ世界中のローカルとのネットワークを駆使し、自治体や民間企業のインバウンド・アウトバンドの両事業を多く手掛けている。
「在日外国人を活用しようという動きは2013年頃からありました。これは、在日外国人の方に協力してもらって訪日客を対象にプロモーションを行うとか、彼らにアドバイスをもらいながら訪日客向けの商品を作っていくというもの」コロナ以前から在日外国人を訪日客向けのプロモーションや商品開発に活用していたと語る。
在日外国人自体を対象としたプロモーションが増えたのは、2020年後半から2021年にかけてのことだ。
「新型コロナウイルス感染症拡大によりインバウンド需要が落ち込む一方で、在日外国人の皆さんの活動がアクティブになっています。それを見込んで、彼らに対するプロモーションを仕掛けていこうという動きがありました。最近は、ワクチン接種が進み、渡航制限解除の動きが見え始めていることから、インバウンドの復活を見込んで、在日外国人の方々を通じてプロモーションしようとする動きが増えている印象です」
▲関東圏の在日外国人を招いてテーマパークの視察と座談会を開催し、体験談をSNSで配信してもらった(提供:株式会社グローバルデイリー)
コロナ禍以降、在日富裕層向けのプロモーションが増加
2020年後半から在日外国人案件が活発化している現状には、自治体側の目論見もあるようだ。インバウンドの誘致では、特に近隣の自治体はお互いを意識しており、他の自治体の動きに敏感になっているともいえる。 大坂氏は、「今までインバウンド客が近隣のエリアに取られてしまい、誘致が難しいと思っていたところが、他県がプロモーションに慎重な今こそ動くチャンスと考えるところもある」と語る。
在日外国人を活用した施策は、具体的にどのようなものなのだろうか。ターゲットをどの国や地域にするかという違いこそあるが、「自治体の取り組みとして多いのは、地域の何が面白いのか、在日外国人の方に実際に見てもらい、彼らの視点をもとにプロモーションするものが多い」という。
なかでも、最近富裕層向けの案件も増えている。東京アメリカンクラブなどの在日のコミュニティを対象にプロモーションするというものもあった。
既に旅行需要が復活しつつあるアメリカでは、航空券やテーマパークチケットが高騰しているという話もあり、金銭的な面で余裕のある富裕層から旅行する動きもみられている。また、富裕層に関しては、コロナ禍でも、万全な感染症対策の取られたリゾート地で長期滞在するといった動きもあった。
「初めに動き始める富裕層を戦略的に取り込みたいと考える地域が多いとみている」(大坂氏)
▲今回話を伺ったグローバルデイリー大坂氏(提供:株式会社グローバルデイリー)
欧米豪圏を対象に、インバウンド向けプロモーションや外国人顧客への営業戦略コンサルティングなどを手掛ける株式会社ジャーマン・インターナショナルのCEOルース・マリー・ジャーマン氏は、岩手県宮古市でのクルーズ客受入のモニターとして、日本に住む高所得層の外国人専門家を派遣した時のことを例にあげた。クルーズ客用に設置した日本酒の試飲コーナーで、その地域ならではのお猪口を使うことや、提供するテーブルにクロスをかければ上品に見えることなど、細やかな視点でアドバイスした。
コミュニティを活用した口コミでの拡散がカギに
在日外国人を活用した施策で共通しているのがコミュニティの活用である。在日外国人はSNSを駆使して情報を入手し、想定以上にコミュニティの口コミを重視する。在日外国人向け英字ライフスタイルメディア「Tokyo Weekender」を運営しているENGAWA株式会社の意識調査によると、「国内旅行の計画で何を参考にするか」という質問に対して、最多が「友人・知人の口コミ(61.5%)」だった。
また、このコミュニティは海外に住む外国人にも影響を及ぼしている。株式会社オズマピーアールの行った調査によると、日本に住む中国人の91.6%は「知人や家族から日本の情報を求められている」と回答している。
ルース氏も過去の経験から「信頼する人が“良い”と言えば、他の選択肢を見ることなく、即決するケースが多い」と話し、口コミの影響力の大きさを指摘する。
日本に長く住む在日外国人ならではの視点を生かす
在日外国人を活用したプロモーション手法は、フォロワーやファンを擁する在日インフルエンサーや発信力のある個人を活用し、コミュニティに情報を発信するというものが多い。特に結びつきの強いコミュニティ内で発信された情報は拡散し、共有され、在日外国人の消費へと結びつく。
彼らを巻き込むためには、ただ情報発信を依頼するだけでなく、日本への理解が進んだ在日外国人の視点を活用することだ。大坂氏は、過去の経験からも「日本では一般的に知られていることでも、多言語対応が十分でなかったり、在日外国人が普段見るメディアへの露出などがなければ、知られていないケースもある」と指摘する。在日外国人があまり利用していないサービスを、彼らの視点でコンテンツ化し、中国人コミュニティへプロモーションした結果、認知度が大きく上がり、利用が伸びたこともあったという。
また、外国人目線に立つ重要性として、日本人にとってはなんでもないことでも、外国人にとっては目新しく、より興味を引くことがある。
「コロナ前の話ですが、在日フランス人のYoutuberと手がけたプロモーションでは、彼らに実際に学校体験をしてもらいました。フランスでは『GTO』が人気で、学校生活自体に興味津々。例えば、朝礼、学校での雑巾がけ、給食、終礼、部活など、日本で生まれ育った私たちの当たり前が、フランス人には新鮮で面白かったようです。その動画は、フランスのテレビでも取り上げられ、10倍以上のPVが集まりました。フランス本国と在日フランス人両者に訴求できた例」と話す。
これは、在日外国人を巻き込んだからこそ、日本人の日常が興味深いコンテンツに変わった好事例といえる。
一番大切なこと、地域の実態に基づいた観光戦略を作ること
外からの目線を持ちつつ、日本への理解が深い在日外国人の視点や影響力を活用することが、これからの観光インバウンドには欠かせない。ただ、これまでに自治体や企業の外国人顧客の営業戦略のアドバイジングもしてきたルース氏はこう指摘する。「大切なのは、その地域が観光による経済効果をどの程度期待するのか。そのために必要な観光客数はどのぐらいで、日本人と外国人の割合や、団体と個人の比率、訪日客と在日客はどの程度にするのか。ブレイクダウンして決めること」
基盤となる戦略を持つことで初めて、訪日客や在日外国人に対して、どうアプローチしてプロモーションをかけていくのか、施策の方向性も決められるというわけだ。
続けて、「一番大切なのは、地域で旅行客が使う消費金額。ただ、集客に苦戦しているからと言って、商品の価格を安易に下げてしまうと、提供するサービスの品質も下がってしまう」とルース氏。一度下がった品質を上げるのは、非常に難しいし時間もかかる。だからこそ、値段を下げずに取り組むことの重要性を強調する。
▲地域でのコンサルに向けて電車を乗り継いで移動、写真向かって右が今回話を伺ったルース氏(提供:株式会社ジャーマン・インターナショナル)
在日外国人が、国内外の外国人観光客誘致に繋がる
専門家の話を受けて分かったのは、まずは地域の観光戦略を金額や人数も含めてしっかりと落とし込むこと。そして、国内外含む外国人観光客をどの程度呼びたいのか、どの程度消費してもらいたいのか、を定めること。そのうえで、在日外国人の視点をうまく取り入れれば、どのような観光資源がインバウンド客や在日外国人の方に刺さるのか、どうプロモーションをすれば来てもらえるか、サービスを使ってもらえるかを判断することができる。
また、彼らの視点で情報発信や拡散すれば、その波及効果は、在日外国人はもちろん、母国にいる彼らの友人知人にも広がっていく。特に、インバウンド客にとって、日本に長く住んでいる外国人は、日本の専門家のような存在だ。在日外国人の視点で切り取られた情報は、信頼度も高く受け止められる傾向が強い。
戦略を持ったうえでの在日外国人の活用は、今ある観光資源を見直すと同時に、在日、訪日共に集客や誘致につながる一石二鳥の施策ともいえるのではないだろうか。
(取材・文/オダサダオ)
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