インバウンド特集レポート

「住民の9割が観光を歓迎」スロベニアの首都リュブリャナが行うデジタル戦略

2021.09.24

遠藤 由次郎

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出典:https://www.visitljubljana.com/en/visitors/

デジタル庁設立で日本の「観光DX」施策はどうなる?でも触れているように、日本の観光業はデジタル・トランスフォーメーション(DX)を大きく推進している。では、世界の観光地ではどのような動きがあるのだろうか。本稿ではヨーロッパ・スロベニアの首都リュブリャナでの取り組みについて紹介していく。

 

住民の90%以上が「観光業の発展が、街の発展につながる」と考えている

筆者が昨年末に刊行した『観光再生』では、DXやそれに大きく関わるスマートツーリズムについて、2019年から始まったEU(ヨーロッパ連合)による欧州スマートツーリズム首都(European Capital of Smart Tourism)を紹介した。これは、革新的な開発を通じた観光環境の整備に取り組む都市を選ぶコンペティションである。

このなかで、2020年にデジタル化(DIGITALISATION)部門で表彰されたのが、中央ヨーロッパの小国であるスロベニアの首都・リュブリャナだ。2022年の欧州スマートツーリズム首都でも、ボルドー、コペンハーゲン、ダブリン、フィレンツェ、バレンシア、パルマ・デ・マヨルカと並んで7都市ある最終候補地の1つに選ばれている(2021年11月に最終選考の結果が発表される予定)。

スマートツーリズムとは、情報端末やAI技術を駆使して、観光客に対してリアルタイムでパーソナライズドされた情報を提供することで観光地での体験の質を上げ、満足度を高めていき、さらには住民視点でも、生活を脅かさないためにルールの周知徹底や混雑の緩和などを行うものである。本稿では、わかりやすくするために観光DXと総称する。

リュブリャナの観光DXについて触れる際には、前提となるポイントがある。それは、リュブリャナの住民のうち90%以上が「観光業の発展が、街の発展につながる」と考えていることだ。

日本の例をあげると、観光公害が問題となっていた京都では、京都市が行っている「市政総合アンケート(令和元年度)」で、「京都市の発展に、観光が重要な役割を果たしていると思うか」という設問があり、「とてもそう思う」「そう思う」と肯定的な答えをした人は約6割に留まっている。

なぜリュブリャナと京都にはここまで大きな差があるのか。わかりやすいのが、以下に記すような公共交通機関に関する取り組みだ。いわゆるアクセシビリティ(移動のしやすさ)の向上は、観光客の満足度にも、住民の暮らしやすさにも直接的に貢献するため、観光DXの試金石としやすい。

よく知られているように、京都市内の公共交通機関の大動脈といえる路線バスは、特にピークシーズンにおいて観光客でごった返すため、住民の暮らしを圧迫し、たびたび問題視されてきた。このような観光公害には、都市型の観光地の多くが直面している。

そうしたなか、リュブリャナは次で紹介するような交通機関のデジタライゼーションによって、解決策を見出してきた。

 

実質“無料”のシェア自転車システムは「住んでよし」にも「訪れてよし」にも貢献する

リュブリャナの観光DXの実践例としても取りあげられている「URBANA CARD」もしくはそのアプリがその1つだ。2009年に始まったこのプリペイドカードは、2ユーロで購入できるとあって、一時的な滞在者である観光客にとって利用しやすい。

リュブリャナのバス(1.3ユーロで、90分間乗り放題)や駐車場、ケーブルカーなど利用できる範囲が広いのだが、特筆すべきは今年の5月に10周年をむかえた公共レンタル自転車サービス「Bicikelj」でも使える点だ。

公共のシェアサイクル事業のなかで最も成功しているシステムの1つとして何度も表彰されているBicikeljは、80のサイクルポートと800の自転車を有する。年間のサブスクリプションの数が5万2000を超えており、これは人口の17%にも達することから、住民からの支持を集めているといえる。他方、観光客にも人気がある。

なぜか。観光客であっても、住民であっても利用料が限りなくゼロに近いからだ。観光客は1週間有効のオンライン登録を1ユーロで行うと、1回の利用時間が60分以内であれば(いずれかのサイクルポートに返却すれば)無料で使える。仮に60分以上使いたい場合は、サイクルポートに5分留めれば、もう一度無料で60分間使える。1週間ではなく、1年間有効にしたい場合は3ユーロになる。したがって、住民のほとんどは年間のサブスクリプション料として3ユーロを払っている。


出典:https://www.bicikelj.si/en/home

60分を超えて利用した場合は、2時間まで1ユーロ、3時間まで2ユーロ、それ以降は追加の1時間ごとに4ユーロが追加料金としてかかる。仮に24日以内にサイクルポートに返却できなかった場合には、オンライン登録の際に入力したクレジットカードから最大で350ユーロが引き落とされる(盗難や紛失、損傷といった場合には、無料の電話番号に連絡をする)。

このBicikeljはソフトウェアのアップグレードとスマホアプリの導入によって、リアルタイムでの空き状況の確認、最新の利用料金の確認などもできる。

ややシステムの話になってしまったが、要は「URBANA CARD」を取得した観光客が、そのカードを使って気軽にシェアサイクルを使えることにポイントがある。これによって公共交通機関の混雑を緩和させることができる。

 

交通弱者のための「インクルージョン・テクノロジー」も発展している

マナーを守ってもらうことが条件になるものの、自転車は住民の暮らしを脅かしづらいものである。排気ガスや騒音も出さない。リュブリャナ中心部の12ヘクタールは、すでに12年以上前より、歩行者とサイクリスト専用のスペースになっており、自転車専用道路は300km以上に及ぶ。ヨーロッパでも屈指のサイクリストにフレンドリーな都市とも言われている。

このようなかたちで観光客のアクセシビリティが向上すると、市内の観光スポット間の移動がスムーズになるため、地域経済への効果も最大化されていく。もちろん観光客自身の満足度にも貢献する。

いわゆる交通弱者についても様々なサポート制度(インクルージョン・テクノロジー)が整えられている。

「Kavalirs(カヴァリル)」と呼ばれる無料かつオンデマンドの電動車両が利用できたり、リュブリャナ観光局が共同出資しているアプリ「Ljubljana by Wheelchair」で車椅子の観光客のための様々な情報を提供したりしている。具体的には、130以上ものアクセスしやすい観光スポット、ホテル、レストラン、体験アクティビティ、さらにはトイレの場所まではひと目でわかるようになっている。これらの情報は、地図上にマッピングされているため、シームレスな移動にも役立つ。


出典: https://www.visitljubljana.com/en/visitors/travel-information/getting-around/kavalir-getting-around-the-city-centre-by-electric-car/

加えて観光案内所では「SPEED3X」と呼ばれる電動車いすトレーラーを“無料”で貸し出している。これはほとんどの車椅子に容易に取り付けることができるもので、1回の充電で最大40kmまで車椅子を牽引してくれる。これによって、自転車や徒歩の健常者と一緒に様々な観光スポットやツアーが体験できるようになる。

自動車が必要となる中距離以上の観光の際には、カーシェアリング「Avant2Go」も使える。すべての車両が電気自動車であるこのスキームは、2016年に始まり、現在は25ヵ所、80台以上の車両を取り揃えている。最小レンタル価格は、なんと3ユーロである。仮にリュブリャナ市内から最も近い国際空港までこのカーシェアリングで移動した場合、利用料金は5ユーロで済むという。

「Avant2Go」にはアプリがあり、最寄りのカーポートを見つけることはもちろん、車両の予約、車両のロックの解除と施錠、支払い、サポートサービスとの通信がスマホ1台でシームレスに使えるようになっている。

 

ソーシャルディスタンスを保つサポート機能もあるアプリ「Nexto」とは?

交通公共機関などのアクセシビリティ以外でも、リュブリャナの観光DXは広がっている。その1つは「LJUBLJANA CARD」である。

これは48時間有効なものが39ユーロ、72時間有効なものが45ユーロ、24時間有効なものが31ユーロの優れたオフィシャルカードで、路線バスやケーブルカーが無料となり、19の博物館や美術館、動物園、観光船、空港バス、郊外にあるスパ施設などの入場料が無料となる。

加えてガイド付きのシティツアーにも無料で参加でき、さらには連続4時間無料で使えるレンタル自転車、極め付きは街中にある400ものアクセスポイントで、Wi-Fi接続が24時間無料になる。そもそもリュブリャナでは、1日1時間までは誰でも無料でWi-Fi接続が使える。

独自性の強いものとしては、「TAP WATER LJUBLJANA」というアプリもある。これは綺麗な水道水が出てくる公共の場所を示すもので、使い捨てのペットボトルを何度も買いたくないと考える観光客に重宝されるだろう。これはレスポンシブル・ツーリズムを重視する観光客にとって、魅力的なアプリだ。ちなみに日本発では、「mymizu」というアプリ/プラットフォームもある。

「Nexto」というリュブリャナでの文化体験に付加価値を与えることを目的としたセルフガイドアプリでは、オーディオツアーがさまざまな場所でオートマチックに作動する。

スマホを持っているだけで、屋外ではGPSを介し、屋内ではiBeaconを通じて、ある特定のポイントに近づくと音声が自動的に流れ、その目的地への理解を深めるアシストをしてもらえる(従来型の音声ガイドだけでなく、ゲームやアイテムの収集などさまざまな追加機能を組み合わせている)。

拡張現実、ソーシャルアプリとの連携などの機能も持ち合わせていて、学習体験も可能だ。直近では、コロナ禍に対応し、1.5メートルのソーシャルディスタンスを保つためのサポートを受け取ることも可能になっている。

同アプリは、ブッキング・ドットコムが実施しているサステナブルツーリズムを推進するスタートアップ企業に対するプログラムで、最大の助成金を獲得したチームが開発しているものである。

 

2021年に世界遺産にも登録されたリュブリャナの今後にも要注目

欧米を中心に世界の観光地で利用可能な「Snapp Guides」というサービス(アプリ)があるが、リュブリャナでもそれが使える。同サービスは、その地域の優れた写真家が最も素晴らしい写真スポットと、並外れた写真を撮るための最適な日時と条件、駐車場情報などの情報を共有するものである。

いみじくもリュブリャナは、2021年の世界遺産委員会で、新たに世界遺産に登録された。リュブリャナ生まれの都市計画家であり、建築家でもあるヨジェ・プレチニックの作品群で、人を中心とした都市計画が評価されたという。こじつけかもしれないが、観光地DXを考えるうえでも、本稿で見てきたリュブリャナのように人を中心にして進めていかなければ、デジタル化による観光地の高付加価値化は実現できないのではないかと感じさせられる。

2019年3月にはリュブリャナテクノロジーパークと呼ばれる、300以上のIT系スタートアップ企業が集うビジネスエリアに、VR/ARラボが開設されたという。現在の観光のためのデジタルプラットフォームがさらなる発展を遂げるため、多様な企業と関係機関の一層の連携が可能になっているという。

観光DXは「持続可能な観光地経営の在り方」を模索するうえで欠かせないものだと考えている。実は、2014年以来リュブリャナは厳格な基準で知られるグリーン・デスティネーションズ(Green Destinations)の「GREEN DESTINATIONS TOP 100」に選ばれ続けている。

デジタル化を「持続可能な観光地経営」に結びつけている稀有な都市の1つであるのだ。その意味でも、この中央ヨーロッパにある小国の首都の取り組みに、今後も注目していきたい。

(執筆:村山慶輔/構成:遠藤由次郎)

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