インバウンド特集レポート
「地域に人を呼び込みたい」「観光を活性化させたい」そうした地方の課題解決に注目されているのが“編集者”だ。編集者といってもこれまでのようにメディアを作り情報発信するだけでなく、地域のプロモーションからイベント開催、また新しいコミュニティ作りまで、ジャンルを超えて解決策を導くような、新しいタイプの編集者を指す。メディアの構造が変化し、東京一極集中から地方分権へと時代が変わるいま、自治体やNPO法人、中小企業などから、彼らの引き合いは増えている。
2021年3月には、そういった編集者を「自らを媒介に、人/歴史/産品/知/土地といった文化資源を融合させて、新たな価値を生み出す人々」と定義づけ、日本全国+アジアから61組を紹介した書籍『新世代エディターズファイル』(ピー・エヌ・エヌ)が刊行。新しい編集者像とは? 彼らの取り組みは地域にどう作用している? 同書の著者のひとりで、「千十一(せんといち)編集室」代表の影山裕樹氏に話を聞いた。
地方には“編集”できる人が足りていない
地域を盛り上げ、人を集めるのはどんな人物か? それを、“地域の編集力”をキーに追いかけてきたのが、自身も編集者の影山氏だ。日本各地の媒体の企画・編集やコンサルを行うほか、地域×クリエイティブワークショップ「LOCAL MEME Projects」の企画・運営など立体的に活動している。同氏が地域を掘り下げるようになったきっかけは、ローカルメディアだった。
「出版社から独立して間もない頃、十和田市現代美術館の仕事で2年ほど東京と十和田を行き来していました。長く滞在すると地元目線で地域を見られるようになっていき、東京のメディアでは拾い切れない地域の面白さと出合いました。そのうち、東京のメディアも厳しい時代に、地元に根ざしたメディアがどう成り立っているのかが気になりだして。各地のローカルメディアを取材するようになりました」
▲ワークショップ「CIRCULATION KYOTO」(2017)の応募チラシ
その後影山氏は、全国各地のローカルメディアの成功例を集めた書籍『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)を上梓。続けて、京都の地域連携プログラムの一環としてローカルメディア制作のワークショップを企画・運営。意外だったのは、これらの活動がメディア業界の枠を超え、自治体や中小企業などと幅広く注目を集めたことだと言う。
「観光、移住促進、地域振興、まちづくり、にぎわい活性化。そのための情報発信やメディア制作、ブランディングなどができる人材は、やはり地方に不足している。そこに大きなニーズを感じました」
豊岡がアート&カルチャーの街になったわけ
兵庫県豊岡の城崎温泉といえば、関西でも人気の温泉地。けれどカルチャー好きなら、「本」や「演劇」のイメージが強いかもしれない。同地はここ数年で、本や演劇の街としてメディアで取り上げられることが増えている。
例えば、2013年に始まった「本と温泉 Books and Onsen」は、かつて志賀直哉が逗留して小説『城の崎にて』を書いたように、作家が城崎温泉に滞在しながら新たな物語を書き下ろす出版レーベル。ブックディレクターの幅允孝(はばよしたか)氏をはじめとするクリエイター陣と、旅館の若旦那衆による「NPO法人 本と温泉」が仕掛けたものだ。本は通販や全国流通はせず、購入できるのは城崎温泉街の店舗のみ。なかでも、温泉に浸かって読めるようにと防水加工を施した万城目学(まきめまなぶ)執筆の『城崎裁判』は、初版1000部が数週間で完売。現在では、2万部まで版を重ねている。現在、書籍の平均的な初版発行部数は3,000〜10,000部というのを踏まえると、限られた地域かつ手売りで達成するには奇跡的な数字と言える。
また、2014年には国内外のアーティストのためのレジデンス施設として城崎国際アートセンターがオープン。2019年には豊岡演劇祭がスタート。さらに2021年4月には芸術文化観光専門職大学が開学した。“芸術文化と観光の視点から地域を元気にする人材育成を目指す”という同校の指針は、まさにここ数年の間に、街の取り組みをリードしてきた人びとの姿とリンクするよう。
そんな街の活性化の陰の仕掛け人として、影山氏が名前を挙げるのが田口幹也氏だ。
東京でPRなどの様々な仕事をしていた田口氏が、東日本大震災を契機に故郷の豊岡にUターン移住したのは2011年のこと。地域の魅力を再確認すると同時に、故郷の発信に「せっかく良いものがあるのに伝え切れていない」と課題を感じるようになる。その想いを副市長に伝えたことから、市のアドバイザーに任命され、市の仕事に関わるように。市の職員向けにワークショップを行ったり、豊岡ファンを増やすことを目的とした首都圏でのイベント「豊岡エキシビション」で企画・運営に参加したりと、人脈や実績を生かし、公私ともにまちに関わり続けてきた。
「田口さんは、先述のブックディレクターの幅さんをはじめ様々なクリエイターやメディア関係者を、豊岡に呼び街を案内し続けてきました。そうした外部の人材と旅館の若旦那衆や市役所の人びとをつなげたことで、新しいコラボレーションが生まれていきました。温泉本を目当てに、特に東京や大阪のシングル層の若者が多数訪れるようになり、街が変わっていったのです」
田口氏は豊岡演劇祭では広報担当として、ディレクターを務める劇作家の平田オリザ氏とともに運営に注力。そんな平田オリザ氏と豊岡市長の推薦により、2015〜2021年3月までは、舞台芸術を中心とするアーティスト・イン・レジデンス「城崎国際アートセンター(KIAC)」の館長も務めた。例えば、滞在中の国際的なアーティストによるワークショップやトークイベントなどを通じてアーティストと地元の人とが交流する地域交流プログラムに加え、地元の旅館経営者や飲食店を巻き込んだイベントを設けるなど、ここでも田口氏の人脈やアイデアが多彩な交流を支えた。これらの活動により、年間1800万円の赤字を出していたという施設(前身は兵庫県立城崎大会議館)は、国内外から注目を浴びる文化拠点へと変貌を遂げた。
「僕にとって田口さんは、地域内外の人とリソースを掛け合わせて新しいプロジェクトを進めていく地域の編集者像そのものです。豊岡や城崎はここ5年でメディアによく取り上げられるようになりましたが、それも彼の地道な仕込みによる結果だと僕は思います。取材するメディアには、交通費と宿泊滞在費を市の予算から出すようにした戦略も大きいです」
山梨県産ワインのブランド化の仕掛け人
ところ変わって山梨にも、山梨ワインを起点に地域に人を呼び込む流れを作っているキーパーソンがいる。LOCALSTANDARD(株)の大木貴之氏だ。
東京でマーケティング・コンサルタント会社を経て、地元山梨へUターンし、山梨県甲府市でレストラン「Four Hearts Café」をオープンした大木氏。そこで彼が違和感を覚えたのが、山梨県産ワインは質が高いのに全国はもちろん、地元ですらほとんど飲まれていないという状況だった。そこで同氏は、山梨県内産ワインのブランドイメージを高めるための冊子『br』を創刊する。
『br』のこだわりは、山梨県産ぶどうだけを使ってつくられたワインだけを紹介すること。というのも、当時はワイン製造のルールがまだ整備されておらず、産地=ボトリングした場所だったため、山梨県産ワインをうたっていても海外の原料が使われていることも多かった。そこで大木氏は、県内でぶどうから育ててワインにする、という当たり前がきちんと評価されるべき、との思いからbrの製作に踏み切った。実際にワイナリーに足を運び、取材を重ねてできた記事は、どれも読み応えのあるものばかり。地元クリエイターを巻き込んでできたクオリティの高さが、県内産ワインのブランド化に繋がっていると影山氏は指摘する。
「大木さんがすごいのは、濃い情報の媒体を作るだけでなく、それを持って東京のメディアに売り込み、山梨ワインへの取材を提案してきたところです。それにより山梨ワインの認知が少しずつ広がり、ブランド価値が上がり、県内でもちゃんと消費されるようになったのです」
2008年には、ぶどう農家、ワイナリー、飲食店、NPO、行政などとの連携により、山梨の生産者を巡るイベント「ワインツーリズムやまなし」をスタート。甲州市にある29のワイナリーから始まり、今では参加ワイナリーは山梨県内6市70社、県内外から毎年2000人を動員するまでに規模は拡大している。大木氏はこの「ワインツーリズム」を一般社団法人ワインツーリズムとして商標登録をし、現在は北海道、岩手県、山形県などにも取り組みが広がっている。
ここ数年は“日本ワインブーム”といわれるほど国産ワインの認知は広がった。近年では山梨ワインの3銘柄が世界最大級のワインコンクールで金賞を受賞するなど、国外からの注目度も高まっている。そこに、大木氏の貢献は大きい。
「彼もやはり外の目線を生かしながら、地元のリソースをうまく活用した地域の編集者といえます」
キーパーソン「地域編集者」の共通項
ここで紹介した田口氏や大木氏のような人物を、影山氏は「地域編集者」と呼ぶ。彼らは単にメディアを作れたり、記事が書けたり、PRができたりする人とイコールではない。地域コミュニティに入り込んでいき、普段触れ合うことのないジャンルの人やリソースをつなげる動きをするのがポイントだと言う。
「例えば自治体や商店会や商工会議所の方たちと、Uターン・Iターン人材、また外部のクリエイター。そういったコミュニティはそれぞれ孤立していて、通常なかなか出会う機会はありません。DMOなどの中間団体も色々ありますが、そこでの繋がりはやはり行政セクターや事業者などに限られており、それ以外の方々の力を活用しきれていないところがあります。そんな異なるコミュニティの人たちをつないで、何かを一緒に仕掛け、新しい価値を発信していくような人たちが、僕の考える地域編集者です」
とくに人口数万人以下の地方で成功している地方編集者には共通項がある、と影山氏は続ける。まずは「そこに暮らしていること」だ。オンライン化が進む現代でも、地方では今もなお顔の見える関係性が土台となる。現地に住んでいなくとも長期間滞在する必要があり、例えば県外のコンサルや代理店がよく失敗するように100%外から関わるのは難しい。その上で重要なのが「よそ者視点」をもっていることだ。
「地域にはその地域に長く住んでいないと見えてこない文脈というものが色々あります。雨が多いとか、食べ物がしょっぱいといった些細なことで、地元の方からすると当たり前のこと。それらを理解した上で、外の目線で客観的に地域のリソースを眺められるかどうかが重要です。その意味では、東京などの都市で情報発信にまつわるスキルを身につけてUターンした方が強いかもしれません。2つの視点が掛け合わされることで予想外の繋がりや、新しい組み合わせを見つけられる。そういう視点をもった人は、これからのまちづくりに重要な存在だと思います」
一方で、よそ者的視点をもった地域編集者には、越えなければならない壁もある。新しいことや変化に懐疑的な人びとの理解を、どう獲得していけば良いのか。
「地域の歴史や伝統、そして表立っては見えない文脈を尊重しつつ、時には外部の人材と引き合わせたりすることで地域の人びとのプライドを刺激しながら、少しずつ関係を築いていく。よそ者的視点で地元に関わる人は、地元では結構“変人”扱いされることも多いですが、そこに負けずに継続して関われるかどうか。そんな根気も必要だと思いますね」
(取材/執筆:池尾優)
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