インバウンド特集レポート

2022年はビジネス元年!? ヘルス/ウェルネスを観光インバウンドにどう取り込むか

2022.01.19

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ヘルスツーリズムやウェルネスツーリズムという概念自体は、以前からすでにあったもので、決して新しい考え方ではない。しかしながら、2020年以降、世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症が認識を変えた。特効薬と呼べるような薬もなく本人の回復力に任せるしかない状態で、改めて「健康」の重要性が意識されるようになった。加えて、コロナ禍で人との関係性が気薄になるなか、日本では11年ぶりに自殺者が増加するなど、深刻な問題にも発展しており、心の健康を保つことの重要性も高まっている。

そのような状況で、ヘルス/ウェルネスツーリズムは今後どのように進展していくのか、また2022年の展望はどうなのか、JTB総合研究所主席研究員でヘルスツーリズム研究所の所長も務める髙橋伸佳氏に話を伺った。

 

2022年は「ヘルス/ウェルネスビジネス元年」、ツーリズム業界でも加速

ここ数年、あらゆる分野で「ヘルス/ウェルネス」の概念が採用される動きが顕著になっている。ヘルスツーリズムを軸に、事業、公職、教育・研究など幅広い領域で活動する髙橋氏はこう話す。

「観光・インバウンドの分野では、大阪・関西万博(EXPO2025)で『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマが掲げられたほか、大阪IR(大阪府・大阪市の統合型リゾート)ではウェルネス・スポーツツーリズム推進のゲートウエイの形成が計画されています。いずれも未来を見据えた観光・インバウンドの在り方にヘルス/ウェルネスの思想を組み込んだものとして解釈できます」
「ワーケーション&ブレジャーにおいても働き方改革を含んだ新たなテーマとして、ヘルス/ウェルネス機能を埋め込んだサービスを検討する動きが急加速しているほか、戦略的福利厚生の一環として検討する企業や地域が増えてきました」

観光・インバウンドはもちろん、地域づくりなどあらゆる分野でヘルス/ウェルネスが注目されているのだ。髙橋氏は続ける。

「地域インフラとしてのスマートシティやゼロカーボンなどのまちづくりにおいても、『ヘルス/ウェルネス』的な視点が検討されるようになり、階層が一段上がってきた感があります。スポーツ分野でも、同様の動きとなる可能性がでてきました。我が国の第3期の『スポーツ基本計画』では、スポーツによる地方創生・まちづくりが加速されることになっています。テーマは、『健康まちづくり』です。スポーツツーリズムの質の向上が計画されるなど、生涯スポーツとしての取組みにつながると考えられるだけに、『ヘルス/ウェルネス』観点が強くなっていくことが予測されます」
「社会背景としてのヘルス/ウェルネスの需要とともに、受け皿も多様化しつつあるなど、新たなトレンドが形成されようとしています。様々な取組みがスタートする2022年は、“ヘルス/ウェルネス分野のビジネス元年”になると言えるのではないでしょうか」
時代の流れによるトレンドだけでなく、社会インフラとしての定着に向けた一歩を踏み出したともいえる。

海外動向を見ても、同様のトレンドが強まってきているという。

「例えば、ドイツの観光・インバウンドの分野で”German.Spa.Tradition”と銘打ち、本格的にヘルス/ウェルネスに取り組む展開がなされています。セルフケアを実践し、健康を維持することがこれまで以上に重要だという考え方に基づいてのものです」

出典:German. Spa. Tradition.

「また、医療施設を併設したリゾートやヘルスケアサービスが、安心して滞在できる場所として注目を集めているようです。一方、日本でもこうした医療施設付きリゾートの構想へ興味を示す投資家が現れるなどの動きがみられるだけに、インバウンドの視点でも見逃せないトレンドとなりそうです」

 

コロナ禍で顕在化する「ヘルス/ウェルネス」への意識

明治維新による産業革命以降、高度経済成長を経てインターネット革命まで、人々の生活は利便性向上のため効率化の一途を歩んできた。そんななか「原点回帰」「自然回帰」という動きも加速している。マインドフルネスや瞑想などといった心の健康へのニーズ、キャンプやアウトドアなど自然へのニーズ、急速に進み深刻化する地球温暖化や、エコ、脱プラ、脱炭素への意識など、以前から高まっていたが、コロナ禍であらゆる価値観や常識が一変するなかで、こうした動きにさらに拍車がかかった。

「これまでの生活を見直して、自然と共生するライフスタイルへの転換を図り、自律神経を整えたり免疫力を高めるなど、日頃から健康に対する意識を向上させ、メンタルヘルスへ配慮する、こういったことの重要性が認識されるようになりました」

 

2022年狙えるヘルス/ウェルネスツーリズムのターゲット層とは?

こうして、人々のヘルス/ウェルネスへのニーズも顕在化しつつあるが、これがそのままヘルス/ウェルネスツーリズムの需要に繋がるわけではないと、髙橋氏は警笛を鳴らす。

「厚生労働省が2019年に実施した『国民健康・栄養調査』によれば、国民の4人に1人(約25%)が健康無関心層という結果でした。つまり、4人に3人は何かしら健康の改善に関心があるということです。しかしながら、日常生活の中で健康への意識がある人も、必ずしも、旅行のような非日常の場でも健康を意識するわけではないということも、弊社が実施した調査の結果からわかっています」

ではどのような人が、ヘルス/ウェルネスツーリズムに興味関心のあるターゲット層となりうるのか。JTB総合研究所が行った「新型コロナウイルス感染拡大による、暮らしや心の変化と旅行に関する意識調査(2021年8月)」の結果(データ未公開)によると、例えば「外食よりも宅配サービスを利用する人」「スキルアップ目的で学習や自己啓発に力を注ぐ人」「時間を持て余している人」「何か新しいことを始めたい人」がターゲットとなりうることがわかった。

「まだまだ特殊な市場です。当面の間は、トレンドに敏感なイノベーターやアーリーアダプターなど一握りの層がターゲットになるのではないでしょうか」と髙橋氏は見る。

 

ヘルス/ウェルネスツーリズム市場をどのように広げていくか

こうした先駆的な層は、価値ある商品への出費を惜しまない傾向にあるため、単価向上も狙いやすい。また健康は短期間で得られるものではなく、継続することが重要であるため、長期滞在化やリピーター化にもつなげやすい。ただし、こうした層へサービスを提供するにあたって気をつけねばいけないこともあるという。

「サービスを提供する際には、“誰”に“何”を提供するかを明確にする必要があります。ライフスタイルや健康に関して、抱える課題は人それぞれ。“なんとなく健康っぽい”というサービスは、とりわけ彼らには通用しません」

また、短期間で効果を得ることも難しい。「観光において期待できるのは、例えば自然に囲まれた場所へ行くことで健康的なライフスタイルを送ること、また日常に取り入れるきっかけや学びを得ることです。個々人の課題やニーズ、状況に応じて柔軟に対応するオーダーメイドのようなサービスを提供することが1つの目標となるのではないでしょうか」

一方で、中長期の視点で見れば、こうしたニーズは単なる観光需要だけではなく、ヘルスケアという新しい需要を取り込むこともできる。特に健康とは習慣化の積み重ねで得られるもの。例えば、老人ホームや介護施設、医療機関と観光業界が連携してサービスやプランを作れば、マイクロツーリズム、地域住民を取り込むことも可能となる。

「ヨーロッパの医療施設が観光サービスを提供するなど、観光や医療、福祉を融合し事業領域を拡大させる姿をみてきました。高齢化が進めば進むほど、人とのつながりや生活の広がり、誰かと共に食事するといった社会性が低下し、健康悪化や虚弱に繋がるという因果関係も見えています。この点を踏まえると観光はこうした問題に対応する手段となる可能性も考えられます。つまり医療や福祉と融合することで、社会問題解決の一端を担えるかもしれないのです」

 

プロフィール:

JTB総合研究所 主席研究員 ヘルスツーリズム研究所長 髙橋伸佳

応用健康科学に基づいた観光‧旅行と医療‧健康領域の融合による新たなヘルスケア産業創出の研究、戦略策定が専門。順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 博士後期課程単位取得満期退学、明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科修了。大手化粧品会社を経て、ジェイティービーグループ内にて一貫してヘルスケア領域を担当。NPO日本ヘルスツーリズム振興機構業務執行担当理事、日本観光経営学会理事、2021年4月より芸術文化観光専門職大学 准教授も務める。

 

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