インバウンド特集レポート
世界で約72兆円の市場規模を持つアドベンチャートラベルは、コロナ禍で密を避け自然と共に過ごす生活スタイルが注目されるなか、注目度も高まっている。
日本でも国立公園や世界自然遺産を有する北海道や屋久島など、一部の地域で取り組みが進んでいるが、欧米豪で発展してきたアドベンチャートラベルへのニーズを、日本はどのように取り込んでいけばいいのか。
北海道のアドベンチャートラベルガイドの先駆者として、これまでに多くの外国人旅行者の受け入れやガイドを行ってきた荒井一洋氏に、日本の地域が稼ぐために狙うべきターゲット市場、稼げる地域になるために備えるべきこと、また”やっていはいけない”ことを伺った。
荒井氏は、北海道東川町を拠点に、NPO法人大雪山自然学校を立ち上げ、エコツアーや子供を対象とした自然体験活動を提供するとともに、北海道アドベンチャートラベル協議会の会長として道内のアドベンチャートラベル環境整備や事業家育成にも取り組んでいる。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
欧米発のアドベンチャートラベル、日本での可能性は?
欧米豪圏で生まれて成熟していったアドベンチャートラベル。自然が観光資源となるため、広大な土地や自然に恵まれた米国やカナダ、オーストラリアなどに優位性があり、国土の狭い日本では可能性が低いと感じる方もいるかもしれません。ところが、ものの見方を変えれば、それが強みになります。日本の場合、狭いエリアに多様な自然環境があることと、その自然に根差した多様な地域文化があることが大きな特徴になるのです。
例えば、私が拠点とする大雪山国立公園では、水蒸気を上げる噴気孔などの火山地形をはじめ、高山植物、寒冷地に見られるアカエゾマツの純林、温暖な気候で育つ広葉樹林、湿原といった5つの環境を1日のハイキングで楽しむことができます。北米やユーラシアのタイガのように、広大で均一な環境と比べると、狭いエリアで多様な環境を楽しめるのは、他の地域にはない魅力です。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
特に、世界的に「サステナビリティ」の重要性が増すなか、滞在型の旅行や、徒歩や自転車等、CO2排出量の少ない移動形態に注目が高まっていますので、狭いエリアに多様なコンテンツがある日本は、「エコ」に旅が出来る国として価値を高めることもできるでしょう。
アフターコロナのアドベンチャートラベル、日本が狙うべき市場は?
日本でも十分に魅力と可能性のあるアドベンチャートラベルという領域において、稼げる地域になるためには、主要市場ともいえる“欧米豪”へのアプローチを維持しつつ、アジアの“アーリーアダプター層”にファンになってもらうこと、そして、彼らに繰り返し利用してもらうことを、一つの目標として定めることが必要だと考えています。
ここでポイントとなるのは、「欧米豪のアドベンチャートラベルのスタイルを楽しむアジアの旅行者に来てもらうこと」です。
なぜ、アジア圏のアーリーアダプター層を狙うべきか。そこには大きく2つの理由があります。
なぜ、欧米豪ではなくアジア市場を狙うのか?
まず第一に、なぜアドベンチャートラベルの主要市場である「欧米豪」ではなく、アジアなのか。それは、欧米圏の旅行者にリピーターになってもらうのは簡単ではないからです。
私自身、アドベンチャートラベルで北海道に来てもらおうと、欧米圏の層に積極的にアプローチすると同時に、リピートに繋がるストーリーやコンテンツ作りにも取り組んできました。ただし、彼らは北海道での体験には満足してくれても、リピートに繋げるには苦戦しました。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
私たち自身に置き換えれば至極当然のことです。例えばですが、ある年、北欧に行きたいと、飛行機で10時間ほどかけてフィンランドのヘルシンキに旅行したとします。そこで非常に満足度の高い経験をした際、「また翌年もヘルシンキに行こう」と思うでしょうか。同じ時間とお金をかけるならば、次はノルウェーやスウェーデンなど他の国にしようと思うかもしれませんし、北欧ではないまた違った地域を選ぶかもしれません。
一方、例えば、私たちが台北に旅行して、とても魅力的なサイクリングガイドに出会ったとします。その場合、「次は同じガイドに依頼して別のコースに行こう」「旅先で気に入ったホテルを拠点に別のことをしよう」など、考えやすいのではないでしょうか。確実に自分の旅の目的を達成できる宿やガイドを確保したうえで、更なる挑戦をしたくなるかもしれません。またそうでなかったとしても、「今度は別のメンバーと一緒に行こう」ともなりやすい。
遠く離れた地への海外旅行は、どれだけ満足度が高くても、次に行くときは、違う地域や場所を選びたくなる。一方で、近い距離の方が、また行こうとリピートしやすいのです。
アジア圏のアーリーアダプター層獲得のために、絶対にやってはいけないこと
リピート率の高さから、アジア圏からのアドベンチャートラベラーを狙うことは大切ですが、絶対にしてはいけないことがあります。それは、「アジア層を狙うために、アジア顧客向けのツアーを組む」ことです。なぜかというと、アジアのアーリーアダプター層は、欧米スタイルのアドベンチャートラベルを好む傾向にあるからです。
コロナ前からわずかですが、既にその兆候が見えていました。台湾、韓国、中国や東南アジアのアーリーアダプター層は、好奇心旺盛で、自己成長や自己投資への意欲も強い。日本でのアドベンチャー体験に備えて自国で事前に練習し、ギア(必要な道具)を揃えるなど、十分な準備をして日本にやってきていました。コロナ禍で一度その動きが止まってしまいましたが、密を避けて自然の中で過ごすアドベンチャートラベルは、時代のニーズとも合致しており、コロナ後再びこの動きは加速すると予測できます。
実は、アジアのアーリーアダプター層による今後のアドベンチャートラベルの動きは、1990年代後半に日本人がとった行動に近いと見ています。1994年から2000年にかけて、私はニュージーランドの高校と大学でエコツーリズムの勉強をしていました。その際に出会った現地ガイドの方が、「日本人は、ミルフォードサウンドトラックを歩くにあたって、事前にレーニングを積み、必要な装備を揃えてくるので、案内しやすい」と話していました。(もちろんそれだけではなく、ネガティブな面も含めて様々な話がありましたが)
20-30年前の日本人がそうであったように、アジアのアーリーアダプター層は今、欧米のアドベンチャートラベルのスタイルをフォローしようとするでしょう。
だからこそ、地域がアドベンチャートラベルを受け入れるにあたっては、多くはなくとも「欧米の旅行者に選ばれている」「実績がある」ことが大切です。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
本物を体験したいアーリーアダプター層は、「あなたの国の人が好むようなツアーを用意したよ」と言われても、魅力的に感じないのは当然です。それよりも、世界中のアドベンチャートラベラーから支持されている会社へ依頼したいと思うでしょう。
アドベンチャートラベラーが好む「ほんもの」の体験とは?
欧米のアドベンチャートラベラーやアジアのアーリーアダプター層が好むほんものの体験とは何か。
旅行者の満足度が高いのは、“地域の普段づかいのおすそ分け”です。それこそが“ほんもの(Authentic)”だからです。『Authentic』の意味するところは“複製されたものでは無く、出どころが明確で、信頼性の高い体験”です。地域の普段づかいは、旅行者自身が現地で自分の目で確認しているので、出所が明確で信頼性が高い。そして住民が日常的に実践していることであり、旅行者を喜ばせるためにつくられていない。ここに価値があります。
例えば、ニュージーランド旅行した際、ガイドが「日本の皆さんようこそ!日本人向けに最高のハイキングコースを整備しました」と案内されるのと、「NZ国民が良く行くハイキングコースにご案内します」と言われるのと、どちらが魅力的でしょうか。
前者はもちろん観光商品としては価値が高く、“快適性”や“ワクワク感の演出”の点においては、ニーズがあるでしょう。しかし「ほんもの」の観点からは、後者の方が魅力的ではないでしょうか。なぜなら、そこには、その地に住む人たちが積み上げた習慣や文化的な価値があるからです。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
よって私たちが「地域文化体験」として旅行商品を提供する時には注意が必要です。例えば「郷土料理づくり」は、地域住民が日常的に料理して食べるメニューである必要があります。普段はほとんど作ったり食べたりしないのに、旅行者が来た時にだけ“体験メニュー”として、提供されたのであれば、価値がありません。日常的に食べている場所に、旅行者を迎え入れて、おすそ分けする体裁を整えることがポイントです。
「予めご了承ください」の言葉に隠されたワナ
「地域の普段づかい」をおすそ分けする際に、注意するべきことがあります。それは、私たち日本人の価値基準に沿ったおもてなしを押し付けてしまうことです。悪気がないのは承知していますが、旅行者にとってはありがた迷惑になってしまうこともあります。
例えば、事前に予定していた昼食の時間が優先されてしまうこと。「地元のとっておきの食事を!」と事前に準備したり、レストランの予約をすれば、昼食時間を守るのは当然です。ただし、旅行者の目的は“アドベンチャー体験”であることを忘れてはいけません。目の前に滅多に見ることのできない珍しい動物がいる時に、「昼食の予約があるから」と、その体験を中断して、出発せざるを得ない状況は、参加者にとっては本当に切ないです。
また、「予めご了承ください」の連発。言葉の裏には「あなたの期待値とズレることもありますが、私達のやり方はこの通りです。ご理解ください」という意味が込められています。表現こそへりくだっているものの、基本的には提供側の価値観の押し付けです。
この言葉はクレームを回避するためによく使われますが、旅行者にとっては、具体的な状況がイメージ出来ないにも関わらず、言葉による説明だけで、了承を求められる形になっています。何度も繰り返されると、参加者は嫌気がさすかもしれません。「予めご承知おきください」は、旅行者が参加するか否かを判断するほどの重要な時だけに限るのが得策です。
(写真提供:Adventure Hokkaido)
旅行者にサービスを提供する観光事業者は、旅行者の目的や嗜好、何を求めているのか、逆に何を求めていないのか、この3つを把握したうえで、適切な商品開発と、インタープリテーション(解説)を行わなければいけません。
そのために私たちが学ぶべきは「旅行者」について。まずは、自分自身が「旅行者」になること、旅に出かけて様々な経験をすることで「旅行者の気持ち」を実感することが重要ではないでしょうか。
旅に出づらい日々が続きますが、2022年、まずは旅をすることから始めてみませんか。
荒井 一洋氏
大雪山自然学校代表、北海道アドベンチャートラベル協議会会長、GSTC(国際的な持続可能な観光の推進団体)公認トレーナー。2001年に北海道東川町にて「大雪山自然学校」を設立。エコツーリズム、子供自然体験活動、大雪山国立公園・旭岳エリアの環境保全活動を実施。エコツアーガイドとして現場の技術を高めると同時に、観光は「持続可能な地域づくりの手法」と捉え、その実践と普及に努めている。趣味は自転車こぎと小さな焚火
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