インバウンド特集レポート
2018年、観光地認証機関「Green Destinations」による「世界の持続可能な観光地100選」に日本から初選出。2019年にはブロンズ賞を獲得し、4年連続で表彰を受けている岩手県釜石市。2021年7月に設立した日本「持続可能な観光」地域協議会では発起人となり代表自治体を務めるなど、日本のサステナブル・ツーリズムを牽引する存在として注目されている。
その訴求力は人材にも波及しており、以前に比べて特に意欲ある若者の移住が目立つ。なぜ、彼らは釜石で働きたいと集まってくるのか、その理由を探っていく。
スタッフの半数が移住者、釜石に移住する若い人たちの想い
釜石市で官民連携の観光地経営を推進する「株式会社かまいしDMC」は、地域DMOのロールモデルとしても着目されている。その理由のひとつには、有能な人材の雇用がある。2018年の設立以来、約3年間で22名のスタッフを抱える企業に成長し、その半数を占める11名がIターン。女性の活躍も顕著だ。
東京から釜石に移り住んだ佐藤奏子氏もそのひとり。地域創生事業部の一員として根浜海岸観光施設・キャンプ場と宿泊施設「御箱崎の宿」の運営管理を担っている。
「きっかけは東日本大震災でした。釜石での緊急支援活動に携わり、支援の形が中長期支援から地域づくりへと変化する中、『まだ自分にもできることがある』と感じた」
釜石に残ってもっと深く地域と関わることを決め、海や自然再生エネルギーに関連するプロジェクトを主動しながら、復興からの新しいまちづくりにも参画。2017年に宣言された釜石市観光振興ビジョンの策定委員にも選ばれる。
「観光振興ビジョンにおいて持続可能な観光の仕組みづくりを掲げ、国際認証の取得を明言した釜石市の政策は画期的でした。私もぜひ取り組みに携わりたい、そう思いました」
その後、かまいしDMCが始動。根浜地区に新設するキャンプ場の指定管理を担うことになり、佐藤氏にマネージャーとして白羽の矢が立つ。
「海に面した根浜地区は、震災後も松林を残すために手で瓦礫を取っていたり植樹に励んだりと、景観や自然と共生することをいち早く実践してきたエリア。私も大好きな場所で、だからこそ地域の人と協働して持続可能な地域へ育てたいと思い、着任しました」
▲「地域と繋がる体験ができるようなキャンプ場にしていきたい」と佐藤氏(写真中央)
釜石が掲げる「サステナブルな観光地域づくり」がさらに人を引き寄せる
一方、地域商社事業部でふるさと納税やオンラインショップの運営に携わる花堂佳月氏は、2020年にかまいしDMCの門を叩いた。自然と共生する暮らしの中に人の幸せのモデルケースがあるのではと感じ、釜石の自然や文化の豊かさに惹かれたという。
「持続可能な観光地域づくりに挑戦するかまいしDMCの事業内容も魅力的で、面白い若者が集まっているという印象がありました。ここなら未来を一緒に描ける仲間がいるのではという期待が持てた」岩手県ホームページの採用告知を見て応募し、東京からの移住を決意。花堂氏の希望は旅行マーケティング事業部だったが、「まずは地域を理解することから」という代表の意向もあり、地域商社事業部に配属される。
「未経験の事も多かったですが、非常にやり甲斐を感じています。かまいしDMCは、キャリアに関わらず各人のポテンシャルを引き出して活かしてくれる企業。年齢性別関係なく、それぞれが専門性を培いながら互いに高め合える関係性ができている」
▲「事業者の方々との触れ合いの中で、どんどん釜石が好きになっていきました」と花堂氏
釜石のサステナブル・ツーリズム国際認証を取り入れた観光まちづくり計画とその取り組みは、その想いに共鳴し自らも携わりたいと思う人を引き寄せた。さらに彼らの活躍が呼び水となり、新たに優秀な人材が集まってくるという好循環を生み出している。
観光地域づくりのカギを握る「人材」を最大限生かすDMOの戦略とは
設立当初より自走するDMOを目指してきた「かまいしDMC」だが、現在は大きく分けて「旅行マーケティング事業」「地域商社事業」「地域創生事業」の3事業を行っている。指定管理を受けて運営する「魚河岸テラス」「根浜海岸観光施設・キャンプ場」「うのすまい・トモス」のほか、民間企業3社で開設したワーケーション施設「Nemaru-Port」の4拠点を持ち、スタッフは各所に分かれて従事する。
職場が異なるにも関わらず、スタッフ間のコミュニケーションは円滑。互いに新たな視点やアイデアを共有しながらプロジェクトを遂行するが、こうした横連携がうまくいく理由について代表取締役の河東英宜氏はこう話す。
「まずは採用の時点で、弊社の概念や価値観を共有できる人材を重視しています。それにより、同じベクトルを向いて取り組むことができる。持続可能な地域づくりという視点に関心を持って応募してくれる方も多いですが、それにはGSTCへの取り組みが大きく影響しているのではないでしょうか。サステナブル・ツーリズムの先進地域であるアメリカ・コロラド州ベイルでも『国際認証を取って最も良かったことは、スタッフの質が上がったこと』とコメントしています」
各人の得意なことを最大限に活かせるポジションに配置することを考慮し、さらに横連携を生むための戦略的なインターナルマーケティングも行う。
「組織間の溝ができないよう細心の注意を払います。当社では、多くの新入社員が加入した際、拠点の異なる新旧スタッフが横断チームとして取り組む短期プロジェクトを立ち上げました。互いの考えや人間性を知るいい機会にもなり、共に成功を目指すことで一体感が生まれました」
▲かまいしDMCのメンバー。「かまいしDMCで行うのは面接ではなく面談。雑談の中でその人の個性や能力を捉えるようにしている」と河東氏
観光地域づくりの起点はすべて人材から始まるといっても過言ではないと河東氏は続ける。
「人材の質がよければそこからアウトプットされるモノやコトすべての質が高まり、結果として観光地全体のブランド力に繋がっていくと思います」
若者の発想力が地域に与えるシナジー効果
若い力が地域にもたらす影響も大きい、と河東氏。
「地域の方からは『若い人が増えて嬉しい』という声を頂戴するようになりました。それにはスタッフが自ら行事や青年会議所に参加するなど、地域に溶け込もうという姿勢があるからだと思います。また、地域の企業から『マーケティングを手伝ってほしい』『アイデアを共有したい』など、協業の依頼も増えています」
スタッフも求められることで存在意義を得て、活躍の場を広げていく。
「質のいい観光を作るためには人の質が重要であり、質の高い人材を育成することも大切な課題と言えます。観光地域づくりにおいては、既存の概念でものごとを図らないクリアな考え方や柔軟性が求められる。新しい発想を形にしていくには若い世代が向いていると思われますし、地域との化学反応も楽しみです」
真の持続可能な地域づくりに向けて、次世代のリーダー育成にも取り組む
2022年初頭より、かまいしDMCの新しい取り組みとして、釜石高等学校で英語の授業を無償で行う「寄付授業」がスタートした。
「新型コロナウイルスの影響で海外に目を向ける機会が減少した高校生たちに向けて、グローバルな視点で講義を行います。釜石に住んでいることに自信と誇りを持ち、将来的には世界で活躍しながら釜石の観光地づくりを担えるような次世代リーダーを、長期的な視点で育成していきたい」(河東氏)
また、「人口約3万3000人のまちが、単独で何かを続けるには限界もある」と、企業や他地域との連携も積極的に考えていくという。「地域の担い手を目指す若者にかまいしDMCで経験を積んでもらい、持ち帰った先の地域と持続可能な観光地づくりのパートナーになるというのもいいですね」
釜石が真っ先に手を挙げて取り組んだGSTC基準の国際認証への挑戦、そしてサステナブル・ツーリズムに向けての継続的な活動が人を引き寄せ、地域内外の交流を生みだしていく。それによって人の輪が広がり、地域の活性化にも繋がっているようだ。これから持続可能な観光地経営を目指す地域にとって、ひとつの指針となりえるのかもしれない。
▲祈りのパークにて。かまいしDMCでは現在特に、研修事業を担えるスタッフを募集している
Sponsored by 日本「持続可能な観光」地域協議会(Sustainable Destinations Japan)
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