インバウンド特集レポート

年間100万人の観光客が訪れる長野県小布施町の「ファン」を巻き込む持続可能な地域づくり

2022.03.18

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長野県北東部に位置する小布施町。県内で最も面積が小さく、人口1万人強というコンパクトな自治体ながら、年間100万人の観光客が訪れる町だ。ここ数年は、小布施町に関心がある若者や移住者なども増えており、こうした「小布施ファン」を巻き込みながら、町の未来を第一に考えた持続可能な地域づくりに本腰を入れ、その取り組みに関心が寄せられている。

全国的に名高い観光名所や自然資源があるわけではない小布施町だが、どのようにして町外の人を惹きつけ、繋がりを構築しているのか。小布施ファンと一緒に進める持続可能なまちづくりとはどのようなものなのか。取り組みの背景や戦略、まちづくりの考え方などを聞いた。

 

数十年前から「官民協働」を進め、町外の人も迎え入れてきた小布施町

東京から電車で約2時間、千曲川東岸に広がる小布施町は、江戸時代には交通と経済の要所として栄え、その地名は人や物が出会うクロスポイント「逢う瀬」に由来するという一説もある。外からの人を気持ちよく迎え入れるホスピタリティは当時から培われてきたもので、江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎が晩年この地に招かれ創作活動を行うなど、文化的な趣も育んできた。

小布施町では40年も前から、地域住民と行政の協働によるまちづくりに着手。1982年からの「町並み修景事業」では、新旧建築物の調和する美しい町並みの再構築を手掛け、2000年代からは「協働と交流」をコンセプトに、町民、地場企業、大学や研究機関、町外の企業の4つの協働が進められている。


▲住民の生活に溶け込みつつ、昔ながらの風情を残す小布施の町並み

このコンセプトから生まれたのが、2012年に初開催した「小布施若者会議」だ。全国から小布施町に集まった若者が、2泊3日の日程で地域のあり方や未来について語りながら実践に向けたアイデアを考案するプロジェクト型コミュニティで、初年度は240名もの参加があった。若者たちは、小布施町をモデルとしながら自分たちが描きたい未来を具現化し、結果として、企業や町とコラボレーションした企画を手掛けるなど多くの成果を生みだしてきた。なかには継続的に町のプロジェクトに関わったり、後の移住に繋がったという人も少なくない。


▲2012年からスタートした「若者会議」は、18歳から35歳の全国の若者を対象に参加を募って開催した

 

災害を機に持続可能性の重要性を実感「環境・防災先進都市」へと舵を切る

若者会議を機に町外の人から中の人へ。現在、小布施町総合政策推進専門官として政策づくりに携わる林 志洋氏もその1人だ。東京で戦略コンサルティングの仕事や海外のベンチャー企業支援事業を行いながら、2018年の若者会議に参加したことがきっかけで小布施町のまちづくりに関わるようになった。

「もともとイノベーション政策の領域を専門に学んできたので、まちづくりには関心がありました。若者会議では、小布施町の特産品である栗の皮でのバイオ燃料づくりを提案。町の後押しがあって実際にプロトタイプを開発することになり、そこから月に数回足を運ぶようになったんです」

2019年には、翌年からの5年間のまちづくりの基本理念や将来像を定めるべく、町民を交えたまちのビジョン策定がスタート。林氏はそこでもファシリテーターとして政策作りに参加し、環境政策を重点的に取りまとめていた。


右から2番目が林氏。小布施に拠点を移してからも、国内外のスタートアップ支援や経済産業省でのエネルギー政策の仕事などにも携わっている

その最中、2019年10月に長野県千曲川の氾濫を引き起こした台風19号が襲来する。小布施町でも143.35haの農地が浸水し、農業被害額は1億4517万円にも上った。これを機に、ハード・ソフト両面からの災害への備えの重要性、そして激甚化・頻繁化する災害の根本原因である気候変動への責任ある対応を喫緊の課題として捉えるようになったという。

「2011年の東日本大震災を受けて小布施町でもエネルギー会議が開催され、自然エネルギーの利活用に関する研究や議論がなされてきました。ただし個別の検討に留まっていて、町全体として環境への関心が高まったわけではありませんでした。台風19号による災害が、環境を軸とする持続可能な地域づくりに本腰を入れる契機の1つになりました」と林氏は振り返る。

 

若者による提案を受け入れる「機動力」こそ小布施町の強み

こうして2020年1月に発表された第六次総合計画で、小布施町は「環境・防災先進都市」を掲げた。活動方針では環境と財政の持続可能性の両立を掲げ、ゼロウェイスト(ごみゼロ)とゼロカーボン(CO2排出ゼロ)を目指すとともに、地域循環型のエネルギーの仕組みをつくり「災害時の安定性」を確保することで、町のレジリエンス力向上も志す。

「環境・防災先進都市」へと舵を切る中、「計画だけでは机上論に留まってしまう」と考えた林氏。町に対して部門横断で施策に取り組む部署が必要だと提案すると、町はその案を受け入れ同年4月には推進旗振り役となる「総合政策推進室」を設置。結果、林氏は推進室全体のマネジメントを担う専門官を任されることになった。

「次々に小布施町と関わる機会が広がっていき、いい意味で巻き込まれていきました(笑)。でもこの機動力が小布施町の強み。政策の領域とビジネスの橋渡しはやりたかったことであり、規模が小さくコンパクトなところに人が集まっているからこそ、イノベーションが起こりやすく、面白いことができそうな場所だと思いました」と、コロナを機に2020年6月、本格移住を決める。

 

「あるべき町」を実現するため、観光体験もサステナブルに

総合政策推進室を軸に持続可能な地域づくりに対して包括的に取り組む体制が整う中、「観光においてもサステナビリティの必要性を感じました」という林氏。
「100万人の観光客が訪れる小布施町にとって、観光の領域も無視はできないもの。環境を考えるなら観光についても考えなくてはいけないし、訪れる人もサステナビリティを体感できる町であるべきと考えました」

ただし観光のための地域づくりをおこなうのではなく、あくまで「あるべき町」をつくるための要素の1つに観光という軸を加えるのが小布施町のスタンス。温室効果ガスを出さない町、ごみを出さない町、防災に備える町、という環境に配慮した町の暮らしに観光客が触れる体験を生み出し、楽しんでもらいながら小布施町の魅力を知ってもらうというものだ。


▲機動力を強みにする小布施町では、2021年に電動キックボードの実証実験を行った

2021年に発足した日本「持続可能な観光」地域協議会への参画にあたり、国際基準GSTCについて話を聞く中でその想いはより強くなり、「環境・防災先進都市」の全体像に観光の軸を取り入れた小布施町らしい持続可能な観光への取り組みがスタートする。

 

関係人口の多さを強みに、持続可能な観光を推進するチームを結成

観光を視野に入れた持続可能な地域づくり事業を進めるには、観光領域に焦点をあてて推進する人材を揃えることが必要。「コーディネーターとして1人が専任で従事するケースもあるが、小布施町は関係人口の多さが強み。この事業を通じていろんな人を巻き込むきっかけにしようと思いました」そう考えた林氏は「グリーン・デスティネーションチーム」というグループを結成する。

チームに選ばれた4名のメンバーは小布施町出身者や移住者、町外在住者など様々だ。 プロジェクトリーダーとしてチームをマネジメントする宮田湧太氏は、小布施町への移住組。東京で戦略コンサルタントをしていたが、パートナー・志賀アリカ氏の小布施町立図書館「まちとしょテラソ」館長就任を機に小布施町へ移り住んだ。宮田氏も2017年の若者会議に参加したことがあり、以来「小布施ファン」の1人だという。 「初めて訪れた時に、なんだか特別な空気が流れていると感じました。景観の美しさはもちろん、よそ者を受け入れる土壌や町のサイズなど全体的に居心地がいいという印象でした」

地域の現状調査・把握を行うアセスメントや企画立案など、宮田氏と共に取り組みを推進するのが新荘直明氏。学生時代から環境や気候変動をテーマに活動し、林氏を通じてこの取り組みを知ったことがきっかけで、チームへ参加するために移住したという。

小布施町出身で現在長野市在住の井神渚氏はもとよりサステナブルへの関心が高く、ゼロウェイストのチームとも連携した企画を担当。自身でもコンポストの制作販売などを手掛けている。

それぞれ自主事業と並行してチームの活動を行うが、社会人のみならず現役の大学生も一員として活躍。環境×観光の分野に興味があるという草間 岳氏は、信州大学に通いながらリサーチや書類作成に関わっている。


「グリーン・デスティネーション」チームのメンバー。左2番目から順番に新荘氏、宮田氏、林氏、井神氏、草間氏

それぞれが関心のあることや得意なことを分担しながら、チームとして事業を遂行。飲食店へのリターナブル容器の導入や、電気自動車普及のための充電サービスを行うEV充電器の設置計画など、具体的な施策も進めている。今後は町民や事業者も巻き込みながら関わる人を拡大し、官民多様な主体との協働も見据えているという。 「暮らしを起点にする観光の在り方や、観光客との繋がりの質を意識しながら、今後はさらに体系的に取り組んでいきたい」(宮田氏)

 

「町民」の概念を再定義、小布施ファンの拡大と深い関係構築を目指す

また、小布施町が掲げる「協働と交流」に則して、町内外問わず多くの人の協働による持続可能な観光地づくりも忘れてはいない。

日本全体で人口減の流れがある中、移住定住の数ばかりに着目しても単なるパイの取り合いに過ぎない。そうではなく、町民の概念を拡張して関わる人を増やすことが大事なのではと考え、若者会議の流れを汲む形で2021年から「バーチャル町民会議」をスタートした。地域で活動する人が実際に抱えている課題を「テーマオーナー」として掲げ、それに対して参加者がアイデアを構想する。そのため、実際の町づくりに反映される可能性が極めて高いのが特徴だ。


▲第2回目「バーチャル町民会議」の様子。林氏、宮田氏も参加する

2回目となる2022年2月開催の「バーチャル町民会議」では、テーマの1つが「サステナブルな町の拠点を構想する」だ。

「小布施町は、若者会議やバーチャル町民会議に参加した人が、小布施町の住民よりもまちづくりについて考えていたりするなど、特殊な関係人口を生み出してきました。だから町に関わる人を、観光客というくくりではなく『小布施ファン』と捉えています。このファンの層や関係の深さを前進させることが非常に大事なのです」(林氏)

「たとえば、野球チームやアイドルグループのファンのように、人々が魅力を感じてずっと関わりを続けたくなる土壌や雰囲気をつくっていきたい。移り住む人もいれば、通う人、外から応援する人もいるだろうし、愛着を持ってファンでいてくれることが、数十年後の小布施町にとって大きな資産になっているはず」(宮田氏)

これまで観光への取り組みは民間主導で進めてきたが、観光はまちのファンづくりと表裏一体であると考え、今後より一層、官民協働にも力を注いでいきたいという。現在は、そのために必要な目指すまちの姿の構想や体制づくりに取り掛かっているところだ。

町民、事業者、そしてファンがやりたいと思うことの交点を、チームや行政がサポートしながらどんどん形にしていくことにより、ボトムアップなまちづくりが実現する。新しい概念で取り組む小布施流の持続可能な地域づくりは、これからも加速していくに違いない。

 

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