インバウンド特集レポート
ここ数年、世界中で「サステナビリティ」「持続可能性」という言葉が急速に広がり、観光業界でも「持続可能な観光」への取り組みが着目されている。日本でも、コロナ禍を契機に認知度が高まり急速に普及してるものの、改めて、「サステナブルツーリズムとは何か」と聞かれたときに、自分の言葉で説明できる人は少ないのではないだろうか。
コロナ禍からの本格的なインバウンド再開を控えた今、改めて「サステナブルツーリズム」とはどのような旅の形なのか、その本質的な意味を理解するとともに、価値観や考え方が広まるに至った背景、持続可能な観光を取り巻く世界の動きといった基本的な内容について、日本における持続可能な観光推進の先駆者として、国際基準の策定や審査にも携わる高山 傑(まさる)氏に伺った。
全4回にわたってお届けするサステナブルツーリズム特集の第1回目は、改めて「持続可能な観光」の基本を説明するとともに、以前から提唱されていた「エコツーリズム」や「エシカルツーリズム」との違いも触れながら、多面的にサステナブルツーリズムを解説していく。
▲ポトソメ村(西アフリカ・ベナン)のエコツーリズムで得られた観光収入は子どもたちの教育や貧困撲滅活動などに充てられる(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
サステナブルツーリズム連載 目次
- Vol.1:今改めて学びたい「サステナブルツーリズム」の基礎
- Vol.2:観光業界がなぜ「持続可能な観光」に取り組むべきか、理由を考える
- Vol.3:サステナブルツーリズム実践の一歩、宿や旅行会社は何ができる?
- Vol.4:欧米豪インバウンド誘致を見据え押さえたい、サステナブルツーリズムの国際認証
「誰のために、何のために“観光”をやるのか」基本に立ち返って考える
UNWTO(国連世界観光機関)では、持続可能な観光(サステナブルツーリズム)の定義について「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」としています。
これを私なりに分かりやすく言い換えると、サステナブルツーリズムとは「地域のための観光」であること。田舎であれ都会であれ、訪れる先の地域に住んでいる人たちのための観光なのか、あるいは観光客のための地域づくりなのか。そこが1つの分かれ目だと思います。
従来の観光では、地域を置き去りにした「観光客のための地域」となってしまったケースも多く、旅行客を呼び込むために建物を解体して大型バスが停車できる駐車場を設置したり、通年では消費が見込めないような場所でも、大勢の観光客を受け入れるためにトイレを設置するといった過剰投資や、薄利多売のサービスを提供したりすることがよくありました。もちろん一定の経済効果も見込めますが、オーバーツーリズムによるゴミや騒音問題、観光スポットではない一般の民家や住民など、許可なく写真を撮影されることでのプライバシー侵害など、負のインパクトがあることも認めざるをえません。
持続可能な観光について私たちが求めているのは、あくまでも観光は手段であるということ。地域の暮らしを豊かにするという目的のために、観光を1つの手段として利用することです。例えば地域の主産業である農業や漁業、地域に根付いた祭り体験などをツアーに組み込んで、少子高齢化や伝統文化の継承などの課題解決に役立てることも考えられます。観光が地域にどういう恩恵をもたらすのかを考えて取り組むことが重要なのではないでしょうか。
サステナブルツーリズムの基本、「地域のDNA」を大切にすること
サステナブルツーリズム、つまり「地域のための観光」が実現できているかどうかを見る指標の1つが、「地域のDNAを大切にできているかどうか」だと思っています。
私が持続可能な観光に関する研修を行う際、参加者のみなさんに「自分たちの観光地の写真を持ってきてください」とお願いしています。その写真を見てもどこの場所か分からないようであれば、そこに地域DNAはないということになります。
サステナブルツーリズムで大切にしていることは、もともとその土地にあるものを観光資産とすること。なので、旅行客のために無理な開発はしません。たとえばインスタ映えを狙って、地域で生産していない食材の寄せ集めでオシャレなパンケーキを作って提供したとしても、それが地域のためになっているのか、本当に土地の良さが伝わっているのかを考えると、疑問を感じます。
それよりも、地域の人と一緒に田植えをしたり、収穫したお米でおにぎりを作って食べたりする方が、交流が生まれ、地産地消にも貢献できるのではないでしょうか。旅行者からしても単に写真を撮って終わりではなく、心に残る体験になり、土地の魅力も伝わるでしょう。「都会からくる旅行客が求めているだろう」と思ってやったことが、実際は本物から遠ざかっていることにもなりえるのです。
▲集落丸山(兵庫県篠山市)で、地域の人と一緒に行う農業体験(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
サステナブルツーリズムより先に提唱「エコツーリズム」とは?
サステナブルツーリズムよりも早くから提唱されてきたのがエコツーリズムです。国連が持続可能な開発目標(SDGs)を定めたのが2015年で、「開発のための持続可能な観光の国際年」を定めたのは2017年ですが、「国際エコツーリズム年」は2002年。また、例えばブラジルでは1990年にはすでにエコツーリズム協会が発足していました。
では、エコツーリズムとサステナブルツーリズムとの違いは何か、改めて理解しておきましょう。
エコツーリズムとは、自然環境や歴史文化を体験しながら学ぶとともに、その保全にも責任を持つ観光のあり方」のことです。まず周囲に自然があることが大前提で、かつ自然に暮らす生き物や地形・地質、土地の文化などについて学びながら自然保護への意識を高めるといった教育的な要素があります。正しく学んでもらうための専門ガイドや解説員も不可欠な存在ですね。また観光によって得られた資金は自然保護活動に充てられたり、発展途上の国では学校や病院などの建設に役立てられたりもしています。
▲マサイ族の方が運営するケニアのエコロッジにて(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
多様化する「○○ツーリズム」の定義
このように環境保全や教育に資する仕組みがあって初めて、エコツーリズムと呼ばれます。単に自然体験をするものはネイチャーツーリズム、スリルを楽しむものはアドベンチャーツーリズムとなります。これは良し悪しではありませんが、たとえば地域の人にとって信仰の対象になっている滝があったとして、アドベンチャーツーリズムでは滝つぼに飛び込むことがあるかもしれませんが、エコツーリズムは地域に配慮し、そういったアクティビティはしないという考え方です。
一方サステナブルツーリズムは、自然の有無に関わらずどの場所にでも該当します。買い物を目的に訪れるショッピングツーリズムであっても、地産地消を高めることで経済を潤したり、省エネや環境に配慮したり、持続可能に繋がるものであればサステナブルツーリズムとなるでしょう。あらゆる規模、種類、形式の観光に適用されるため、観光事業者としてもできることは多岐に渡ります。
つまり、サステナブルツーリズムの定義における「環境」「経済」「社会文化」面のうち、「環境」の持続可能性にあたるのがエコツーリズム。また「社会文化」面において、社会的な倫理や文化面で地域の持続可能性に配慮したものはエシカルツーリズムと呼ばれています。
サステナブルツーリズムは、発展途上国の観光への評価からはじまる
サステナブルツーリズムに先立って生まれたのがエコツーリズムですが、最も早く取り組んだのはアフリカの国々やブラジルなど大自然を観光資源としていた国々です。特に、途上国での貧困撲滅や密猟の取り締まりを目的にはじめられました。密猟や森林伐採によって得ていた収益を観光に置き換え、自然を保護しながら雇用も確保していく。そうでなければ資源はいつか枯渇し、持続可能性がないと考えたからです。
こうした発展途上国の観光への取り組みを評価したのがヨーロッパの国々です。環境問題や社会問題への意識が高い旅行者が多いヨーロッパでは、「旅行者も、訪れる観光地の環境や文化に与える影響に責任をもち、より良い観光地形成を行っていく」というレスポンシブルツーリズムの考え方が支持を集めていきました。
せっかく地域を豊かにしたいという思いで観光地を訪れても、利用する旅行会社や航空会社、宿泊施設が外資のものであれば、地域に落ちるお金は一部にとどまってしまいます。本来受け入れ側の地域が受け取るはずの観光収入が、地域外に漏出する「観光のリーケージ(漏れ)」が大きければ、地域はなんのために観光をやっているのか分からなくなるでしょう。
▲いち早くエコツーリズムに着手したブラジルの湿地エコツアー(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
持続可能性に取り組む事業者を分かりやすく伝えるべく認証制度が誕生
こうして、なるべく地元に根差した旅行会社や、地産地消や地域の雇用につながるような旅行を企画する事業者を優先的に選ぶべき、という考え方に基づき、それを消費者にわかりやすく伝えるために、認証制度が生まれました。
たとえばオランダでは、国民が旅行で消費するお金がきちんと旅先に落ち、持続可能な観光に貢献できるようにと、国費を拠出して仕組みを整えていき、ツアー事業者や旅行会社を対象に持続可能性について審査を行う「Travelife」や、観光地を対象に認証を行う「Green Destinations」などの認証機関が設立されました。
▲出典:サステナブルに関する国際認証機関「Travelife」「Green Destinations」
うわべだけのラベルの乱立を防ぐために「世界基準」が策定
ヨーロッパの旅行者はこの認証ラベルを指標の1つとして旅を選択するようになります。しかし次第に多種多様なラベルが溢れはじめてしまい、なかにはマーケティングや集客を目的にうわべだけの取り組みでラベルを利用するといったグリーンウォッシュも横行。旅行者や制度に参加を希望する事業者の混乱を招くことになってしまいました。
そこで2008年、乱立するラベルを整理し、信頼できる認証機関を認証するために発足したのが、GSTC(世界持続可能観光協議会)です。GSTCが国際基準を策定したことで、表面的なラベルや認証機関は淘汰されていきました。この頃からレスポンシブルツーリズムの考えを受け継いだ「サステナブルツーリズム」という言葉が広まっていくようになりました。
続いての記事では、世界の現状と比較した日本のサステナブルツーリズム状況、またなぜ取り組む必要があるのかなどについて掘り下げていきます。
>>次記事:観光業界がなぜ「持続可能な観光」に取り組むべきか、その理由を考える
株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル 代表取締役
一般社団法人JARTA 代表理事
高山 傑
カリフォルニア州立大学海洋学部卒。幼少、学生時代をアメリカで過ごした基盤を活かし、80か国700都市を滞在・訪問。海外の持続可能な観光をさまざまな観点から体験し学んだ上で、日本での普及に努め、持続可能な観光の国際基準の策定と評価については日本での第一人者となる。国内外の活動が認められ、国際的な観光機関の諮問委員や評議員として活躍中。GSTC公認講師。Global Ecotourism Network(GEN)国際エコツーリズムネットワーク執行理事、Asian Ecotourism Network(AEN)アジアエコツーリズムネットワーク理事長、世界観光機関(UNWTO)アジア太平洋センター内サスティナブルツーリズムセンター諮問委員。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー、他。
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