インバウンド特集レポート
日本の持続可能な観光推進の先駆者である高山 傑氏に学ぶ、全4回のサステナブルツーリズム特集。第1回目は、サステナブルツーリズムという言葉の意味や誕生した背景について紹介した。第2回目となる今回は、世界と比較した日本の取り組み現状を解説するとともに、よく聞かれる「事業者がサステナブルツーリズムに取り組むと、どんなメリットがあるのか」という疑問についても考えていきたい。
▲研究者をエスコートとしての南極ツアー(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
サステナブルツーリズム連載 目次
- Vol.1:今改めて学びたい「サステナブルツーリズム」の基礎
- Vol.2:観光業界がなぜ「持続可能な観光」に取り組むべきか、理由を考える
- Vol.3:サステナブルツーリズム実践の一歩、宿や旅行会社は何ができる?
- Vol.4:欧米豪インバウンド誘致を見据え押さえたい、サステナブルツーリズムの国際認証
世界と日本の持続可能な観光への取り組みに存在する大きな隔たり
世界でのサステナブルツーリズムの取り組み状況について、旅行会社や旅行者の意識・考え方を見ると、特にヨーロッパでは持続可能な観光がスタンダードなものとなっています。ヨーロッパではお互いの文化を尊重し合う風土があり、以前から旅行に対する高い価値観が発達していたことも大きいでしょう。
そんなヨーロッパの人々の旅の目的地となるアジア・アフリカ・オセアニアなどでは観光を国策として重視する国が多くあり、こうした地域では、サステナブルに関心の高い旅行者に選ばれるための観光戦略を立て情報を発信しています。
一方日本の観光に関して言うと、ここ数年で欧米豪をターゲットに据えるようになりましたが、こうした努力があまり見られてこなかったのが実状です。年に一度、ベルリンで開催される世界最大級の旅行博「ITB」や「WTM(ワールド・トラベルマーケット)」といった世界の旅行博でも、10年前くらいからサステナブルツーリズムのパビリオンが登場していましたが、日本人の姿はほとんどありませんでした。近年は、関心の高まりを受けてブースに足を運ぶ人も増えていますが、それでも持続可能性をテーマにブースを出展するには至っていません。それには、日本が島国であり、独自の文化や価値観を育ててきたため、異文化の影響を受けにくかったことも影響しています。また言語の壁もあるでしょう。以前は英語のメディアでしか情報発信がされていなかったため、日本語での情報収集が難しく、専門家による研究に留まっていたと言えます。
▲2019年に開催された「ITB Berlin」でのアドベンチャーツーリズム&レスポンシブツツーリズム・ホールステージの様子(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
コロナ禍で変化する日本人旅行者の意識にあわせて、観光事業者も対応を
観光業に携わる事業者と同じように、日本人旅行者のサステナビリティに対する意識も、世界と比較すると低い傾向にあります。観光事業者が発信するサステナブルに関する情報が少ないので、それも無理はないと思います。バリアフリーや禁煙室といった表記はあっても、温泉熱を利用して館内の暖房や給湯にあてていることや、レンタカーの車種によるCO2排出量について記載しているケースは多くありません。
私の肌感で言うと、サステナビリティに対する意識は全世界では70点、日本の旅行者では30点くらいといったところでしょうか。旅行商品を選ぶ際には価格のみを重視しがちで、利用する宿泊施設や交通機関が持続可能な取り組みを進めているか、また地域のコミュニティに貢献しているかなどを考慮している日本人はまだまだ少ないと言えるでしょう。
ただしここ数年のコロナ禍で、世界の旅行者同様、日本人の間でも「自分たちが旅をすることによって訪問先に迷惑をかけたくない」といった心情が働き、「どうせなら何か良いことをして帰りたい」というエシカルな傾向が高まってきたことは間違いありません。
日本の観光業界もこの変化に対応し、サステナブルに配慮した旅の選択肢を増やしていく必要があるのではないでしょうか。観光事業者や地域が旅行者に対して働きかけることにより、共にサステナビリティへの意識を高めていくことができると思っています。
「数」を追い求めてきた日本の観光戦略、今こそ「質」へと転換すべき時
2003年、日本政府はビジット・ジャパン・キャンペーンを立ち上げ、観光立国を目指す方針を示しました。その後国を挙げての観光振興、さらに東京五輪の開催決定や円安の影響もあり、訪日客数は急速に増加の一途をたどりました。その後2017年に定められた観光立国推進基本計画では、2020年までに訪日外国人旅行者数4000万人という基本目標を掲げるなど、インバウンド客の「数」に重きをおいて施策を進めてきたと言えます。
しかし、この数=量をターゲットとする戦略には弊害も伴いました。以前の外国人旅行者は和風の旅館を好み日本文化への関心も高かったのですが、日本が「数」に重きを置く戦略へと移行し、訪日ビザの緩和などを進めるのと時を同じくして、低価格帯のビジネスホテルを選ぶ旅行者も増えました。一度に大量の外国人が押し寄せることになった上、ルールやマナーを守らないなど旅行者の質も下がってきたように思います。さらに価格競争が激化し事業者が共倒れしてしまったり、観光公害による地域からの不満の声も聞かれたりするようになりました。
ありのままの素材が、インバウンド客にとっては魅力的な価値になる
比べてサステナブルツーリズムの先進国では、量より質に重きをおいているところが多いのです。どういう人たちに来てもらいたいかを踏まえた上で情報を発信しているので、当然サステナブルへの理解がある方が訪れてくれます。こういった旅行者は滞在日数が長く消費金額が大きいなど、薄利多売で多くの人を呼び込むよりも、結果的に経済効果が高かったりもします。もちろん対応する事業者や地域の人々が疲弊することも少ないでしょう。
日本人は、本来の日本の姿の価値を感じておらず、旅行客に迎合して安売りしがちな傾向があるのではないでしょうか。100%地元の食材を使った地産地消を実践している田舎の料理店が「そんなの普通のことだから、わざわざ言うなんて恥ずかしい」と話していたのを覚えています。自分たちにとっては当たり前のことでも、異なる文化や価値観を持つインバウンド旅行者からみたら魅力的に感じられることも多いでしょう。もっとありのままの素材でお国自慢をしていいと思います。そういう意味では、まだまだ日本のポテンシャルは大きいので、自信をもって取り組みを発信していくべきです。
▲山形の出羽三山で採れる旬の山菜や地域産品のきのこを素材とした精進料理(提供:株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル)
サステナブルツーリズムに取り組むことで、メリットはあるのか?
「サステナブルツーリズムに取り組むとどんなメリットがあるのか」というのは、よく聞かれる質問の1つです。
インバウンドに取り組む事業者や地域であれば、質の高い旅行者が集まることでの経済効果や旅行需要の平準化が期待できるでしょう。また旅行形態やニーズの変化・多様化に対応するという意味合いもあります。昔のようなマスツーリズムが主流の時代はもはや過去のもの。SGDsの教育を受けエシカルな消費が当たり前になっている若い世代の人たちの購買力が増してくると、旅行においてもさらにサステナビリティが重要視されるでしょうし、それに取り組んでいない観光地や事業者は選択肢から外れ徐々に淘汰されていくと思われます。
ですが本来、サステナブルツーリズムはメリットの有無で考えるのではなく、私は責務だと捉えています。「住んでよし」「訪れてよし」を掲げている自治体は多いですが、KPIに挙がるのは「訪れてよし」の方ばかりで、「住んでよし」を数値目標に掲げていないところが数多あります。旅行客が増えても住民の不満が高まれば意味がありません。「住んでよし」「訪れてよし」の持続可能なまちづくりを推進するには、地域のための観光を推進することが不可欠です。
取り組みの第一歩として、現状調査が挙げられます。観光地であれば、観光庁による日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)を活用できます。これは地域の健康診断のようなものと捉えるとよいでしょう。これまで体重や体温だけをチェックしていた人が、血液検査など一歩進んだ検査を行うことで、それまで見えなかった問題が分かったりしますよね。それに対して塩分やお酒を控えるなどさまざまな対策を講じて、体の健康を図ります。
健康診断は何か具体的なメリットを得るためにするのではなく、自己管理のために行うもの。事業者や地域におきかえればマネジメントのためであり、問題を克服していくことが結果としてメリットに繋がっていくと言えます。
観光事業者が「サステナブルツーリズム」に取り組むことの難しさ
確かに観光業でのサステナビリティへの取り組みは、多岐に渡るため難易度も高くなります。SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」を例に挙げると、製造業は「つくる責任」だけを考えればいいのに対し、観光業では「つかう責任」も同時に問われます。たとえばホテルなら搬入業者の選択や、送迎用のタクシーのことも考慮しなくてはなりませんし、旅行会社であれば、何を基準にホテルやレストランを選ぶかも問われるでしょう。事業者によって考慮する項目も違えば、範囲も多岐にわたるため、何から始めていいのかわからないという方も多いのではないでしょうか。
ですが結果的にサステナブルに繋がるものであれば、商品内容にこだわり過ぎる必要はないと思います。ガチガチにサステナブルを意識しすぎて売れない旅行商品を作るよりは、サステナブルの要素を含んで売れるものを作った方が効果を感じられますし、「これ売れるんだ」という期待に繋がることで、結果的にサステナブルツーリズムの底上げになっていくと考えています。
続く記事では、サステナブルツーリズムに取り組む上で民間事業者としてできることや、ガイドラインの1つとして活用できる国際認証について具体的に紹介していきます。
>>次記事:サステナブルツーリズム実践の具体的な一歩、宿や旅行会社は何ができる?
株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル 代表取締役
一般社団法人JARTA 代表理事
高山 傑
カリフォルニア州立大学海洋学部卒。幼少、学生時代をアメリカで過ごした基盤を活かし、80か国700都市を滞在・訪問。海外の持続可能な観光をさまざまな観点から体験し学んだ上で、日本での普及に努め、持続可能な観光の国際基準の策定と評価については日本での第一人者となる。国内外の活動が認められ、国際的な観光機関の諮問委員や評議員として活躍中。GSTC公認講師。Global Ecotourism Network(GEN)国際エコツーリズムネットワーク執行理事、Asian Ecotourism Network(AEN)アジアエコツーリズムネットワーク理事長、世界観光機関(UNWTO)アジア太平洋センター内サスティナブルツーリズムセンター諮問委員。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー、他。
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