インバウンド特集レポート
欧米豪圏を中心に市場が広がり、世界的に注目を集めるアドベンチャートラベル。「自然」「文化体験」「アクティビティ」のうち2つ以上を満たす旅のことで、「地域の自然や文化を体感する旅」ともいえる。日本でもJNTOが主な取り組みの1つに定めるなど、地域観光の切り札として期待が高まっている。
特に日本で先進的に取り組んでいるのが北海道だ。四季を通じ、大自然の中で多彩なアクティビティを満喫でき、アイヌ文化も内包する独自の地域性を生かしたアドベンチャートラベル普及の動きが進んでいる。今回は、北海道での活動を牽引する国土交通省北海道運輸局観光部の水口猛部長と、東北を拠点にユニークな観光体験商品を生み出してきた株式会社インアウトバウンド仙台・松島の代表取締役西谷雷佐さん、通訳案内士から始まり北海道アウトドアガイドなどアドベンチャートラベルにつながる多数のガイド資格を有する益山彩さんの3人による、アドベンチャートラベルに求められる人材像についてのクロストークをお届けする。
▲北海道運輸局水口氏(左上)、ガイドの益山氏(右上)、東北中心にコーディネーターを務める西谷氏(下)
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“人生に一度”の経験を旅行者に提供するための重要な「人材」
─ 水口さんが共著者の1人として執筆された『アドベンチャートラベル大全』では、質の高いアドベンチャートラベルを実現するための「プレイヤー=人材」の重要性が強調されていました。そもそもアドベンチャートラベルでは、なぜ「人材」が重要になってくるのでしょうか。
水口:アドベンチャートラベルの大きな特徴は従来の行程消化型の旅行、いわゆる“お仕着せの旅行”ではなく、行った先々の状況に応じて柔軟に変化するところです。その日、お目当ての野生動物がそこにいなければ次の目的地に移ってもいいし、冬場に天気が荒れそうなときは予定していたアクティビティを変更して、よりお客様の満足度の高い選択肢に舵を切る。それは地域を知り尽くした「人」でなければできないことですよね。
西谷:今の時代、ネットで検索して自力で旅を組み立てることができるお客様も増えていますが、「安心・安全面を考えると、自分たちだけではちょっと不安」という人たちにはやはりガイドの存在が必要です。
せっかく休みをとって楽しみにしてきた旅行です。ましてや海外のお客様にとって、日本に来るのは“Once in a life time” になるかもしれない。そこでいかに安心に、かつ事前の予測を上回る満足度を感じていただけるか。その期待値を地域の人やガイドとつながることで担保しつつ、地域にとっても観光の経済効果につなげていく。その流れを作っていくためにも「人材」が大切、ということだと理解しています。
▲北海道東川町でのサイクリング(提供:北海道アドベンチャートラベル協議会[HATA])
「コーディネーター」「スルーガイド」「ローカルガイド」の役割
─「行程ありき」の旅からの脱却ですね。ではアドベンチャートラベルを構成するプレイヤーについての解説を、水口さんにお願いします。
水口:まず私がこれからお話しするのは、アドベンチャートラベルに必要な「役割」である、ということを念頭に置いて聞いていただければと思います。というのも、西谷さんのように経験豊富な人材が複数の役割を兼任する例もあるからです。状況に応じて「誰」が「何」をするかが変わってくる。そこもアドベンチャートラベルらしさですね。
そしてもうひとつお伝えしたい点は、「アドベンチャートラベルの主役はローカルコミュニティである」ということ。迷ったときは常に、地元が幸せかどうかに立ち戻る。
これらを踏まえて話を続けていくと、アドベンチャートラベルに最初に必要なプレイヤーは国内外の旅行会社から依頼を受けて、旅行業の手続きや行程管理を含む、全ての地域情報をまとめてくれる「コーディネーター」です。
その次に出番が来るのが、旅に同行してお客様と直接触れ合う「ガイド」たち。このガイドも、行った先々のスポットで交代する「ローカルガイド」と、旅の全行程を通じてツアーリーダーとなる「スルーガイド」に分かれます。その先にはホテルや飲食店などの「サプライヤー」といわれる地域の方々がいる。こういう構造です。
西谷さんはコーディネーターであり、場合によってはスルーガイドとして同行する時もあるんですよね。
事前準備の調整役として地域と旅行者を結ぶ「コーディネーター」
西谷:ええ、まずコーディネーターの役割は、旅行会社から紹介されたトラベラーのニーズを事前にヒアリングして、それを地域と結びつけていくこと。「食べ物のアレルギーはありますか?」「アクティビティのスキルは?」といった基本的なことから、もし旅行者が「登山は慣れている」と自己申告された場合でも「これまでどんな山を、どれくらいの時間をかけて登りましたか?」と具体的に聞き出していく。アドベンチャートラベルは多少なりともアクティブな要素があるので、「慣れている」のレベルがお互いに一致していなければ、当日の安全性にも関わります。
今はオンラインで事前打ち合わせも容易にできますよね。互いに自己紹介も兼ねて顔馴染みになり、おおむねの手配や調整が終わったところで「今回のガイドは…」とガイドにバトンを渡す。そのハブ機能を担うのがコーディネーター。無論、時間も労力もかかるので、その分をコストにも反映する必要があります。
▲みちのく潮風トレイルの道中、岩手県久慈市の侍石で珈琲とともにチェアリング(提供:西谷雷佐氏)
また、自分は今、宮城県仙台市を拠点にしていますが、例えば青森や岩手を含めて東北全体をカバーするプランになると、それぞれの地域に拠点を持つ仲間たちと連携する必要があります。この時も大切なのはお互いの信頼関係です。信頼できる地域パートナーがいるから、スルーガイドとして同行する際も目の前の事に集中することができます。
僕たちが日頃提供している旅も、基本はアドベンチャートラベル同様にオーダーメイド。モデルコースもありますが、そこから柔軟にアレンジを加えていくことを考えると、やはり「アドベンチャートラベルは地域の人材でなければできない」という水口さんのお話に共感するばかりです。
コンセプトを理解し、濃密な時間を旅行者と分かち合う「ガイド」
─ 札幌在住のガイドである益山さん。通訳案内士の活動をベースに北海道アウトドアガイドや世界のアウトドアプロフェッショナルの必須資格と言われるWAFA(ウィルダネス アドバンスド ファーストエイド)を取得して、徐々に活動の幅を広げています。
益山:子どもが通っていた保育園の豊かな自然環境と親子ともども育ててくださった教育理念に魅せられて、この世界に入りましたが、通訳案内士やガイドの仕事をしている人たちは皆さん、好奇心が旺盛で活動的。その中で「自分の強みってなんだろう?」と考えたときに、自分の引き出しを増やしたくて、気になる資格を勉強するようになりました。コロナ禍で考える時間ができたことも大きかったと思います。
アドベンチャートラベルに関しては現在も勉強している真っ最中ですが、「スルーガイド」に求められるレベルは正直、高いなという印象です。まずツアー全体に流れているコンセプトやテーマを理解する必要がありますし、先ほどの水口さんのお話にあったように、その場その場の状況に応じてお客様の満足度を高めるための演出が重要になってきます。
従来のツアーと比べるとアドベンチャートラベルはゆったりとした行程ではありますが、お客様のコンディションを見ながら、時には「○○さんはちょっとお疲れのようです」とローカルガイドと情報を共有するチームワークも必要になってきます。少人数・長期滞在のアドベンチャートラベルならではの濃密な時間の過ごし方は、従来のガイドと大きく一線を画するものだと思います。
アドベンチャートラベル人材に求められる2つの要素「柔軟性」「人間性」
─ 状況の変化を魅力に転じていくアドベンチャートラベル。「プランAがダメな時はプランB」というような代替案を考えるのは誰の役割なのでしょうか?
西谷:主だった代替案は僕たちコーディネーターが事前の旅行条件書に盛り込みます。例えば「天気が悪かったら、もう1日旅程が伸びるかもしれない」ということも、特に海外のお客様には前もって明記しておくことが重要です。「聞いてない」という事態が極力ないようにしています。
ただ、もしプランBになったとしても、目的の施設がその日は休館していたとか不測の事態は常にありうることですよね。そうなったらもう、現場のガイドたちに任せるしかない。だからこそ、プレイヤー間の事前の打ち合わせや信頼関係が非常に重要な意味合いを持ってきます。
▲ファムツアーのお客様を案内する益山氏(提供:北海道運輸局)
益山:2022年2月に参加者お一人のFAMツアーで道東の根室エリアを4日間かけてまわったときのことです。北海道全体が記録的な暴風雪に見舞われ予定していた行程先への移動も出来なくなり、急遽行程の全てを変更しました。スノーシューを履いて、川湯温泉で地熱が高い硫黄山まで目指したのですが、あまりの雪の量に結局ゴールまでたどり着くこともできませんでした。
幸い、お客様は「北海道は広いとか雪がすごいという話は聞いていたけれど、こういう経験ができて北海道のことがわかった気がするよ」と好意的に受け止めてくださいました。そう思っていただけたのもきっと、除雪が追いつかなくて宿の食材調達も困難な中、1日目と2日目の食事の献立をガラッと変えてくださって、さらには無償でお昼ご飯も用意してくださった宿のおかみさんのお心遣いがあったからだと思います。できなかったことはいろいろあったけれど、皆でその時の最善は尽くせたのかもしれない。後日、その方から新しいお客様をご紹介していただけたと聞いて、すごく嬉しかったです。
西谷:いきなり結論を言ってしまうようですが、結局は対応する人の「人間性」が旅の印象を決めますよね。ガイドのスキルも受け入れ側の環境も大切ですが、最後はほとばしる人間性こそがお客様に伝わっていく。改めてそう感じながら、今のエピソードを聞いていました。
信頼関係の構築に向けて、時間とお金を投資することも必要
─ チームワークで最善を尽くす。その前段となるプレイヤー同士の信頼関係を築くにはどんな方法がありますか?
西谷:コーディネーターの立場で言うと、僕はシンプルにそのガイドさんのツアーに参加します。それが一番わかりやすい。サプライヤーに関しても自分の地元である弘前市内でしたらはほぼ全てのホテルに泊まり、どこがどんなベッドだとか、どんな朝食を出すかも把握しています。
時間もお金もかかりますが、アドベンチャートラベルのコーディネーターやランドオペレーターを担うのであれば、そこは惜しまず投資すべき。体験したことがないものを、安易に人に紹介することはできませんから。「この人なら、このホテルなら、安心して大事なお客様を委ねることができる」と思える価値観を共有できるか。そのマッチングを見極める必要があります。
▲阿寒、摩周の火山トレッキング(提供:北海道アドベンチャートラベル協議会[HATA])
益山:私もできる限り気になることは直接聞くようにしていますが、お忙しいホテルやレストランにガイドが細かく問い合わせるのは正直なところ、気が引けることも。そこはコーディネーターさんたちに把握していただけると非常にありがたいですし、「聞いていた話と違う」という当日のトラブル回避にもなるので安心です。
ヨルダンのスルーガイドから学んだアドベンチャートラベルの真髄
─ ツアーリーダーであるスルーガイドと、各スポットでトラベラーを迎えるローカルガイド、両者の役割分担はどのように考えればいいでしょうか?
水口:これは海外の事例ですが、2022年6月に私もアドベンチャートラベルの経験値を増やそうと、全長650kmのヨルダントレイルを歩くセクションツアーに参加したことがあります。その時のスルーガイドは女性で初めて650kmを踏破したというベテランで、ヨルダンのアドベンチャートラベルガイド一期生でした。彼女は何を聞いても答えてくれるし、道端のお土産屋のおばあちゃんをはじめ、どこに行っても皆と笑顔を交わしている。ローカルコミュニティに溶け込んだ理想的なガイドさんでした。
その彼女が、ローカルガイドが話す段になるとすーっと身を引くんです。聞けば、「トラベラーにはローカルの人を好きになってほしいから私は引くんです」とのこと。それまで私も「ローカルガイドとスルーガイドの役割分担はどうすれば…」といろいろ考えこんでいましたが、「この土地を好きになってほしい」という彼女のシンプルな答えが目を開かせてくれました。
▲ヨルダントレイルの出発地点に立つ水口氏(提供:水口猛氏)
最初にも申し上げましたが、アドベンチャートラベルの主役はあくまでも「地域」、ローカルコミュニティの構成員たちです。このことを心に刻むと同時に、これからアドベンチャートラベルに取り組む日本のプレイヤーの皆さんにお伝えしていくのが自分の役割だと思っています。
>>後編:【鼎談】アドベンチャートラベル人材の「質」「量」底上げへの課題と取り組み(後編)
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