インバウンド特集レポート

【特集】2019年比1割増 高所得者が多い「中東」旅行者の日本への期待、信じ難い新トレンドとは?

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JNTOでは、2020年から湾岸協力理事会の加盟国(GCC:アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国)+トルコ、イスラエルの8カ国を中東における重点市場と位置づけ、2021年にはドバイ事務所を設立し、訪日プロモーションに戦略的に取り組んでいる。
そうした取り組みも相まって、2023年1~5月の中東市場からの訪日客数は、2019年同期比11.7%増の4万2,800人となるなど、訪日旅行者は確実に増えている。

コロナ禍でも中東からの訪日ビザの解禁や簡略化が進んでおり、UAEでは30日以内のビザなし渡航が可能となったほか、2023年4月からは、カタールやサウジアラビアでもビザ申請が簡素化された。さらに、エミレーツ航空やエティハド航空、カタール航空などで、日本との直行便の再開や新規就航が進んでおり、今後更なる伸びが期待される。

ここでは、自国民の中で高所得者層の割合が高いことでも知られるGCC諸国の特性や、訪日への期待を解説しながら、中東からの訪日市場拡大のためにできることを考えていく。

 

1. 中東市場の概況

高所得国に分類される中東諸国、欧米はじめ、海外旅行好きの国民性

JNTOが中東を重点市場と位置づけた背景には、GCC国民の経済的な豊かさや旅行好きといった側面が挙げられる。

世界銀行による各国の所得によるグループ分けでは、GCC諸国は全て最上位の「高所得国」に入っており、自国民の多くが高収入の仕事に従事、生活水準も高い。国外旅行での支出意欲も年々増加しており、2020年度の全世界の国際観光支出のトップ15位に、アラブ首長国連邦(5位)、カタール(8位)、サウジアラビア(11位)、クウェート(15位)の4カ国が入っていることからも(世界銀行調査)、旅好きの性質が見て取れる。旅先として人気があるのは、ヨーロッパを中心に、トルコ、アメリカ、タイなどで、夏は避暑地のニーズが高い。

 

GCC諸国の国民性、家族や友人との時間を大切に、男女問わず甘いもの好き

GCC諸国では、自国民はほぼムスリム(イスラム教徒)であり、家族や親戚で集まる機会が多く、食事をはじめ共に過ごす時間を大事にしており、家族との結びつきを大切にする。子どもは結婚するまでは実家で暮らす。

家族を大切にする一方で、友人とおしゃべりしながら過ごす時間も大事な楽しみの1つである。甘いもの好きで、カフェでは家族連れや女性だけでなく男性同士で過ごす姿もよく見られる。


▲ドバイのアラビックスイーツ、チョコレートショップ

ただ、甘いもの好きに加え、車社会であまり歩かないといった生活スタイルの影響もあり、最近は肥満や糖尿病も問題視されている。健康志向の高まりから、ジムやフィットネスに通う人も増えている。

なお、予定は未定。「インシャアッラー」というフレーズがよく使われるが、これは「神がお望みであれば」という意味である。「明日会って話しましょう。インシャアッラー」と言われた場合、そうならない可能性の方が高い。大事な約束の取り付けや支払いの催促の時には聞きたくないフレーズでもある。自分が言ったことは守る、約束は破らないと教わってきた日本人にはなかなか理解が難しいかも知れない。

 

2. 中東、GCC諸国の人々の旅行スタイル

世代によって大きく異なる中東からの旅行者の嗜好

中東地域からの訪日旅行者に関するまとまったデータは存在せず、それゆえデータを基に客観的に判断するのは難しい。ただ、筆者が彼らの訪日旅行手配を手掛ける中で特に感じるのは、シニア世代とミレ二アル~Z世代で大きく嗜好が異なっていることだ。

50代以上のシニア層は、訪れる街や地域など大まかなスケジュールは決めるが、どのお店に行くかや何をするかなど、細かい部分はあまり事前に決めない。「明日はどうしますか」と尋ねても、「明日考えましょう」と返されることも多く、目的地に到着後、あるいは当日にその日の気分で決めるようなゆったりした旅を好む。また、自然の中や開放的なカフェでリラックスしたいというニーズも強い。


▲中東から訪日したお客様と訪れた静岡の白糸の滝

一方で、ミレ二アル世代前半およびZ世代のニーズは全く異なる。スマホを使って情報収集し、行きたい場所を事前に決め、1カ所でも多く回ろうとフットワーク軽くあちこち動き回る。彼らのニーズは、「ミシュランのお店で食事したい」「世界的な賞をとったピザ職人/バリスタのお店に行きたい」「おしゃれなカフェに行って写真や動画を撮りたい」など、とにかく多岐にわたり、ピンポイントで行きたいところや買いたい商品が決まっていることも多い。最近では、瞑想をしたいといったものや、女性の中には日本でカット、カラー、ヘッドスパ、フェイシャルトリートメントやネイルをしたいといったリクエストも増えている。

 

ミレニアル・Z世代のリピーターで急増する、自身で手配する個人旅行

こうした特性から、最近のGCC諸国からの旅行パターンは大きく3つに分かれる。

1つ目は、最も多い家族連れの旅行だ。こちらは、ミレニアル世代からシニア世代に多く、ロイヤルファミリーがメイドや護衛を連れて10人前後で来日されることもある。特にシニア世代の場合は旅行者側からの細かい要望はあまりなく、現地エージェントと弊社のような日本側の手配を行う会社やガイドが話し合いながら旅程を組んでいくことが多い。家族連れの場合は親よりも子ども優先となることが多いが、子どもはもちろん家族全員で楽しめ、満足できるような内容が求められる。

また、1回目の家族旅行で父親が日本は安全だと判断すれば、2回目からは母親と子どもだけで再訪といったパターンも増えている。カフェなどでテーブルの上にバッグや携帯電話を無造作に置いていても盗まれないといった日本の安全性も評価されている。


▲先日筆者がアテンドしたアラブ首長国連邦のお客様にいただいたアラビックコーヒーとデーツ

2つ目は、ミレニアルやZ世代を中心とした個人旅行だ。友人との旅行やハネムーン、兄弟での旅行も含まれる(日本に行きたい娘に、兄が同行する条件で親が許可を出すなど)。最近では男性だけでなく女性の1人旅も少しずつ増えてきている。

リピーターが多く、飛行機や宿など自身で手配し、事前に準備しておいたTo Go/To Doリストの項目を1つでもクリアしようと、多少無理な旅程も厭わない。情報感度が高く、旅マエや旅ナカでGoogleマップで気になる場所を探しては、リストに追加している。午前と午後に1回ずつ、そして時には朝食も昼食もといったようにカフェホッピングをするのもトレンドの1つで、カフェにいながら次に訪れるカフェや周辺情報を常にリサーチしている。

3つ目は、ゆったりした旅程を好むシニア世代と、日本でやりたいことがあふれる若い世代が一緒に来る1と2のミックスタイプの旅行だ。この場合、親世代と子ども世代のニーズが全く違うため、旅行手配にあたっては調整に難航し、同行するガイドは板挟みとなることも多い。

例えば、親世代のニーズに応じて、郊外の静かな場所に宿をとると、子供世代からは、周りに何もないから夜がつまらないとクレームになるといった具合だ。


▲おばんざいのような日本の料理が食べてみたいという親のリクエストを子供が押し切り、数日ピザが続くことも

 

3. 訪日旅行の典型的なパターンとニーズ

訪日後に滞在延長することも、ゴールデンルート何度も訪れる傾向に

訪日旅行については、1~2週間程度になることが最も多い。居心地が良い、行きたいところが増えて時間が足りないといった理由で、訪日後に滞在期間を延長するケースもある。人気の場所は、東京、富士山周辺および箱根、大阪、京都、奈良などゴールデンルートが中心だが、教育旅行や視察旅行の場合はこれに広島が加わることがある。

リピーターの割合だが、弊社の場合は約3分の1を占めている。とはいえ、ゴールデンルートおよびその周辺以外の地方を訪れる人はまだ少数だ。その理由として大きく2つが挙げられる。1つ目に、リピーターは、自分の経験談を聞いた家族、親戚、友人や同僚に案内を頼まれて再訪することが多く、初来日となる彼らのために1回目と同じルートを辿るケースが多い。こうしたことが2~3回繰り返されることもある。

2つ目に、特に若い世代の場合だが、ゴールデンルートとその周辺だけで一度では回り切れないほど行きたい場所があり、リピートしても行動範囲が大きく変わらないことが多い。事前のリサーチに余念がないが、到着後もSNSやGoogleマップを駆使して調べ、To Go/To Doリストの項目が増えていく。東京、京都、大阪など狭い範囲でも街の景色や手に入るものの違いに興味を持ち、それらをもっと深掘りしようとするため、新しい場所へ目が行きづらいことも挙げられる。

ただ、訪日回数が増えるにつれ、違う場所を訪れたいというニーズが高まるのは事実で、最近は、ゴールデンルート以外や北海道、沖縄などがリクエストに入ることも増えてきた。また、アニメの影響もあると思われるが、日本の昔ながらの風景を見たいという人からは馬籠など名指しでリクエストが入ることもある。年に数回や、なかにはほぼ隔月来日し訪日回数が数十回を超える強者もいるが、普段は5つ星ホテル一択でもあえてカプセルホテルに泊まるなど様々な体験を楽しんでいる。

なお、日本文化体験に関してはGCC諸国でも特に若い世代で興味がある人は増えている。ただし、SNSへの投稿が主な目的であるケースも多く、じっくり時間をかけて歴史や文化をきちんと学びたいというニーズはまだ少ない。元々待つことや長時間拘束されることが苦手な上、日本でやりたいことがたくさんある。そのため、例えば30分など短時間で完結する簡単な体験であれば検討されやすくなる。長くても1時間以内には抑えたい。

 

4. 中東からの旅行者獲得に向けて、取り組めること

ムスリム対応の基本を押さえつつ、映えが重要。文字より写真や動画で訴求

1人当たりの消費金額が大きく、高付加価値化と親和性が高いとして注目を集める中東市場・GCC諸国から旅行客を誘致したいと考える観光事業者がどのようなことに取り組めばよいか。

まず基本として、GCC諸国からの旅行者のほとんどがムスリム(イスラム教徒)のため、ムスリムに対する基礎知識と基本的な対応方法を、改めて復習をしておきたい。観光庁が発行する「ムスリムおもてなしガイドブック」なども参考になる。相手を知らずして旅行商品を造成しようというケースが多いため、ここを抑えておくだけでも選ばれる可能性は上がると思う。お客様を送客する側からしても安心感が違ってくる。

YouTubeなどで彼らの生活や文化を紹介する動画を見るのも一助になるだろう。さらに、直接交流する場として、例えば近所のモスク見学を申し込んでみるのも1つの方法だ。東京には、国内最大のモスク東京ジャーミイがあり、週末に見学もできる。

ムスリム対応では食事に関する相談を受けることが多いが、実際は「ハラールレストランだから」「ハラールメニューがあるから」というよりも、「行きたいと思った飲食店で大丈夫そうなメニューがあるか探す」「近くで良さそうな飲食店があれば、大丈夫そうなメニューがあるか調べる」という行動パターンの方が多い。まずは今あるメニューの中から彼らが食べられそうなものをピックアップし、SNSやGoogleマップで紹介するだけでも可能性は広がるだろう。ただ、アラブ人は文字を読む習慣があまりないため、説明文は最小限に留め、おいしそうに見える写真や動画の撮影に力を割く方が効果的だ。タグはGoogle翻訳などでアラビア語に翻訳したものをコピー&ペーストで使うことから始めてもよい。

最近増えている若い世代を中心とした個人旅行への対応もしておくとよい。彼らは英語でのコミュニケーションでほとんど問題がない。予約が必要な施設の場合は、英語対応の予約システムの活用はもちろん、彼らがよく使うWhatsAppなどのメッセンジャーアプリを紐付けて直接予約受付ができるようにするのもよい。英語の対応に不安がある場合は、まずはGoogle翻訳やDeepL翻訳など自動翻訳サービスを使ってでもいいのでチャレンジしていただきたい。

特に若い世代はインスタやスナップチャット、TikTokなどのSNSに加え、旅マエと旅ナカの両方でGoogleマップを駆使するので、ビジネス登録を完了させて、必要な情報を記載しておくことをお勧めする。ここは欧米圏の個人旅行者にも適用するので、ぜひ整えたいところだ。

 

直前の変更や中止を想定し、キャンセルポリシー作成などが必須

また、中東からの旅行者は直前の決定、変更、中止が多いので、それを理解した上でキャンセルポリシーを設定しておくことも大事である。ただし、キャンセルポリシーを読んでいないケースも多く、厳しすぎるとそもそも予約が入らなくなることにも気を付けたい。予めデポジットをいただいておくのも安全策の1つである。特別対応の依頼を受けることも多いので、追加料金が発生するなど条件面も含め、対応可否についての記載があるとよい。

現地エージェントへの営業については、例年ドバイで開催されている中東地域最大規模の旅行博アラビアントラベルマーケットへ参加するといいだろう。ただし、正直なことを言うと、日本のことをよく知っているエージェントはまだ少なく、旅行者よりまず先に彼らに根気強く日本のことを教える必要がある。そして旅行者自身に関しては、こだわりや急なリクエスト、変更も多く、決して対応は楽ではない。「お客様のために」という気持ちも大事だが、どこかで「駄目になっても仕方がない」と思っていないと長続きしにくい。まずは、弊社を含め、中東からの旅行手配を受けている日本のランドオペレーターなどとのネットワーキングから始めるのも1つの方法だ。


▲アラビアントラベルマーケットでの日本ブースの様子

 

5. コロナ禍を経て感じる中東旅行者の新たな旅行スタイルと可能性

訪日意欲高まる中東市場、既存の価値観にとらわれない新しいニーズも

最後に、今年5月にドバイで開催されたアラビアントラベルマーケットのジャパンブースに出展して気づいたことを2点紹介する。

1つ目は、ジャパンブースをめがけて訪れる現地エージェントの数が圧倒的に増えたことだ。弊社はまだジャパンブースがなかった2016年に単独出展したが、その際はこちらから日本を売り込むプッシュ型であった。今年は顧客から日本旅行のリクエストを受け、必要に迫られて来たというエージェントが多かった。

2つ目に、ミレ二アル世代など若い世代が経営する旅行会社の出現と可能性だ。彼らのツアーは、「何のために旅行するのか」という彼らなりの信念に基づいて企画されており、詳しい旅程が決まっていない段階からSNSなどによる集客を通じて参加希望者が集まる。その中には、未婚男女のグループツアーなど、手配する側としてもにわか信じられないような新しいスタイルの旅行も見られる(さすがに宿泊は男女別々である)。

彼らは、宗教の戒律は頭にありながらも、新しいことにオープンで開拓や挑戦へのマインドも高い。今後こうしたスタイルは増えていくと予想される。既存の価値観にとらわれない旅行者層が増えることで、日本にとっても大きな可能性があることを感じた。

繰り返しになるが、GCC諸国の旅行者はどの世代においても決して楽なお客様とは言えない。しかし、国際観光支出の大きさなど客観的なデータや、新たなタイプの旅行会社や旅行者の出現を含め、ポテンシャルは大きく、今後の可能性が期待できる地域である。
(写真提供:ジェイリンクス)

株式会社ジェイ・リンクス 代表取締役 金馬(きんば)あゆみ

アルゼンチンでの日本語教師や帰国後の貿易商社での海外営業を経て、2008年に株式会社ジェイ・リンクスを設立。湾岸諸国を中心とした中東地域を主な対象とし、インバウンド事業、輸出事業、イベント事業などを手掛ける。近年は現地でのプロモーションや、現地ネットワークと現場の一次情報を生かした現地調査サポートおよびアドバイザリー業務なども行っている。

 

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