インバウンド特集レポート

農場から食卓へ、金沢・能登のサステナブルな食文化を欧米豪富裕層向けの観光コンテンツに

2023.11.22

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2015年の北陸新幹線開業以降、東京と京都を結ぶ新たなゴールデンルートとして注目を集める北陸エリアは、官民連携の誘客の取り組みが功を奏し、インバウンド旅行者の数が増えている。

特にその中心地である金沢市は、日本の伝統を色濃く残す都市として知られ、欧米豪からの旅行者の割合が高いのが特徴だ。ただ、彼らの訪問先は兼六園、ひがし茶屋街、近江町市場など市内中心部に集中しているため、観光消費額が伸びないという課題を抱えている。

金沢市は周辺地域との広域観光によって金沢の滞在日数を伸ばして消費拡大に繋げたいとの思いがあり、能登地域は、金沢を訪れる欧米豪の旅行者に、金沢とは異なる魅力を持つ能登半島に足をのばしてもらいたい、と考えている。

そこで、金沢市と能登地域は過去3年にわたって北陸信越運輸局が実施する、サステナブルな観光コンテンツ強化事業などに参画。旅行者が地域の経済・社会・環境への好循環の仕組みをつくるサステナブルな観光を目指し、親和性の高いモダンラグジュアリー層をターゲットに、コンテンツの開発・モデルルートの造成に取り組んできた。

今年度、両地域が取り組むコンテンツのテーマは「Farm to Table」。能登地域から金沢市へ旅をしながら、農産物や魚介類の生産現場を訪れ、地域の人と出会いながら食に対する恩恵を感じてもらう。さらに美しい器を生み出す伝統工芸の工房、有機農場、料亭やレストランなども訪れ、地域の食文化や食のサステナビリティを感じてもらうことを狙った内容だ。コンテンツ開発の一環として、10月中旬には視察ツアーが実施され、インバウンド旅行を取り扱う旅行会社とインフルエンサーが招聘された。今回はツアーの内容を一部紹介しながら、そのストーリーや魅力に迫っていく。

 

伝統の技が生み出すサステナブルな食器、輪島塗

能登半島は76の港を有し、半島全体が世界農業遺産にも認定されている、海の幸、山の幸の宝庫だ。のと里山空港へは全日空の羽田便が1日2便運航しており、東京から約1時間のフライトでのどかな里山の真ん中に到着する。

能登地域に到着して最初に訪ねたのは輪島塗の工房を併設するショップ「輪島キリモト」だ。まずは輪島塗についての説明を受け、お椀ひとつ作るにも133もの工程があること、木地、塗装、加飾のそれぞれの工程に特化した職人がいて分業制で製造されていることなどを学ぶ。続いて案内された工房では、使い込まれた作業道具や、外資系ホテルに納品予定というバーカウンターなどの制作物について説明を受け、職人の塗装作業を見学した。

輪島塗の歴史は古く、室町時代には塗師(輪島塗の職人)がいたという記録が残っているという。輪島の人たちは分業制を敷き、高い技術を長きに亘って受け継いできた。また漆器には使うほどに艶やかさが増す特徴があり、傷んでも修復できるため、器自体が代々引き継がれて使われる例も多い。漆を塗り重ねることで、耐久性が高まる効果もあり、輪島塗は極めてサステナブルな工芸品と言える。


▲(左)工房では職人の作業を見学できる。「輪島キリモト」では職人育成のため4年の教育期間を設けている(右)伝統的な器から洋食にも合わせやすいプレート、雑貨、アクセサリーなど様々な漆器が充実

 

ミシュラン・シェフと川で魚とりを楽しみ、極上の料理を味わう

輪島市を流れる町野川で一行を迎えてくれたのは、輪島市でミシュラン1つ星を獲得した「日本料理 富成」の店主、冨成寿明氏だ。冨成氏はまさに「Farm to Table」を実現している料理人で、町野川漁業協同組合に加盟して日々この川で魚やモクズガニを捕っているほか、自ら山に入って採った山菜やきのこ、自前の畑や田んぼで育てた米や野菜など、ローカルフードを使った料理を提供している。さらに「町野川再生プロジェクト」を立ち上げ、川の保全活動も行っていることから、ミシュランガイドでは持続可能なガストロノミーに対する活動を積極的に行う店に与えられる「グリーンスター」も獲得している。

「僕はこの地域の出身で、幼い頃から料理人の父親と一緒に海や川で魚を捕ったり、山で山菜を採ったりして育ちました。料理人として大阪で7年修業し、地元に戻ってきたのですが、その時、町野川の魚や生き物が激減していてショックを受けたんです。この状況をなんとか変えたいと『町野川再生プロジェクト』を立ち上げ、プロジェクト名を入れたシールを販売し、その売り上げを稚魚の放流などの活動資金に充てるようになりました。農家の方に農薬の使用を減らしてもらうよう呼びかけたり、子どもたちに川の魅力を伝えるため、小学校の特別授業として川遊びや魚捕りを体験してもらったりしています」(冨成氏)


▲町野川の保全活動を行う日本料理の料理人、冨成寿明氏。大人も童心に戻って楽しめる、町野川のカジカ捕り

この日、一行が体験したのはカジカ捕りだ。冨成氏から網の使い方などを教えてもらい、用意された長靴に履き替え、ズボンをまくって川へ。転ばないよう慎重に移動しながら、魚を追い込む役と網で受ける役の2人1組でカジカを探し始める。秋のきらきらとした陽射しのなか、美しい里山の風景に「獲れた!大きい!」「あー、ダメだった」「そっちはどうですか」と、日本語と英語が混ざった楽しそうな声が響きわたるのどかな時間が流れた。参加者らが童心に戻って40分ほど格闘した結果、収穫は大小合わせて13匹。冨成氏によると、小さすぎるカジカは川に戻し、それ以外は水槽で3日ほど泥を吐かせてから料理に使うという。

夜は「日本料理 富成」で、冨成氏の懐石料理を堪能した。ミシュラン一つ星とあって、料理の美しさやおいしさは言うまでもないが、胡麻豆腐にかけられた濃厚なモクズガニのソース、カジカの唐揚げ、子持ちアユの有馬煮など、昼間訪れた町野川の幸を盛り込んだ料理の数々は、参加者からも大好評だった。冨成氏は来年5月に向けて店を改装する予定で、いずれは1日1組限定、田植えや稲刈り、魚とりなどの自然体験と料理が楽しめるオーベルジュにすることを計画しているそうだ。視察参加者の一人、BOJ株式会社訪日ツアー事業部 事業部長アダム・ダウンハム氏は今回の体験について、「富裕層にとっても、ミシュラン・シェフと一緒にローカルフードにまつわる自然体験ができること自体が貴重。雨天時の対応は考える必要があるが、体験と食事のパッケージは魅力的なコンテンツになる」と高い評価を下していた。


▲(左)カジカの唐揚げや子持ちアユの有馬煮など町野川の幸が並ぶひと皿(右)輪島塗の椀に盛られたガンドブリ、鯛、サザエ

 

輪島港のローカルなセリから見えてくる、地域の暮らし

翌朝は朝5時半にホテルを出発し、輪島港へ。きんと冷えた空気の中、朝焼けを眺めながら、漁協の方の案内で港を見学し、6時半からの朝セリを待った。

輪島港は県内で最も漁船数の多い港で、約300隻の漁船がぎっしりと並ぶ風景は実に壮観だ。1日を通じて定置網、底引き網、延縄(はえなわ)、刺し網、巻き網などの漁船が入出港を繰り返し、水揚げされた魚は都度、他都市へトラックで運ばれていく。一行が見学した6時半のセリは地元のスーパー、輪島の朝市やリヤカーで魚を売る「ふり売り」の人達が集まる、ごく小規模なものだったが、床に並べられた魚を囲んで「はい次、100円!200円!」と小気味よく、少額の取引がまとまっていく様子は、ローカルさ満載で、輪島の人たちの日常が感じられるものだった。


▲輪島港での朝セリの様子

漁港を出ると、すぐそばの住宅で「ふり売り」の女性が、セリで買ったばかりのエビの殻を剥き、リヤカーに積む準備をしていた。「輪島は塗師がたくさんいて、彼らは工房にこもって作業をしているから、魚を売りに行くといつも買ってくれる」という。いかにも漁業のまちであり、漆器のまちでもある輪島らしいエピソードだ。視察参加者からも「輪島港で朝セリ見学、町を散歩し、民宿で魚たっぷりの朝食を楽しみ、朝市の見学へ、という今回の視察の流れは、そのまま輪島の食文化を伝えるツアーになる」、「早起きは辛かったが、人々の暮らしや食文化に触れられた朝の漁港が、ツアーのハイライトだった」などの声が聞かれた。

 

コウノトリがやってくる有機農業の田んぼで稲刈りを体験

「今、田んぼの上を飛んでいるのがチュウヒです。絶滅危惧種の猛禽類ですが、うちの田んぼにはよくいます」

金沢市の北に位置する河北潟干拓地の広大な田んぼで、そう話すのは株式会社金沢大地の代表、井村辰二郎氏だ。同社は1997年から県内の耕作放棄地を中心に、米、大麦、小麦、蕎麦、野菜などの有機栽培、生産物の加工、販売を手掛けている。「有機農業を実践することで生物多様性が守られ、さまざまな生き物たちが田んぼに戻ってきました。その一種として数年前からコウノトリも訪れるようになり、今年は2羽の雛が生まれました。これは私が25年間有機農業を続けてきたことへのご褒美だと感じています」と井村氏は話す。


▲稲が実った黄金の田んぼで記念撮影、写真左は(株)金沢大地の代表井村氏

金沢大地の田んぼでは、有機農業について説明を受けた後、稲刈り体験を行い、作業後には田んぼのあぜ道に座って金沢大地が販売する、有機栽培米のおにぎりを試食した。

普通の稲刈り体験ならこれで完結するところだが、金沢大地ではグループ会社である株式会社金沢ワイナリー経営のフレンチレストラン「ア・ラ・フェルム・ドゥ・シンジロウ」のディナーを楽しむまでをパッケージとして提案する予定だ。金沢市尾張町にある古い町家を再生したミシュラングリーンスターのレストランで、金沢大地の有機農場で生産された食材や、能登の市場から直送された魚がシェフの腕にかかり、九谷焼や輪島塗の器で麗しい料理として現れる。

それは、まさに今回のテーマ「Farm to Table」を実感させる瞬間だ。食べ物がどこから来るのか、どんな人たちが食べ物に関わっているか、それまで見てきたものを感謝とともに思い出し、味わい尽くすディナーとなる。


▲左は香箱蟹と蟹味噌入りのケークサレ。色彩も鮮やかなひと皿、メインディッシュの日本短角牛ロースは九谷焼の器で供された

 

金沢・能登の豊かな食文化をいかに海外富裕層に伝えるか

金沢・能登の食文化を紹介する際に、外せないのが九谷焼、蒔絵を施した漆器など「雅な器」の存在だ。これらは加賀百万石の文化を伝えるものであり、海外の富裕層にとって、金沢・能登ならではの食体験を強く印象付けるものでもある。

視察3日目には、金沢漆器・加賀蒔絵の匠、西村松逸氏の自宅を訪ね、茶の文化やもてなしの心、加賀蒔絵についての話をうかがい、作業を見学した。

金沢市観光協会では、金沢市在住の伝統工芸の匠から直接話を聞き、普段は非公開の工房で制作工程等を見学するプログラム「金沢一期一会」を用意しており、西村氏も、この企画に協力する一人とのこと。金沢市観光協会の宮川里美事務局次長によると、もともとこのプログラムは日本人旅行者向けに開発されたが、数年前からインバウンドツアーでも利用されているという。欧米豪の富裕層には日本の伝統工芸に興味を持つ人も多いため、伝統文化の奥深さや、金沢らしさを打ち出すコンテンツとして役立てられている。


▲(左)西村松逸氏のデモンストレーション(右)座敷でお茶をいただき、茶の文化や蒔絵の成り立ち、製作工程の話をきく

最終日には参加者、関係者による意見交換が行われた。視察したコンテンツに対して「冨成氏のダイニングパッケージは、料金の一部を環境保全活動に寄付する形にすれば参加する意義が高まる」「稲刈り体験に地域の人との交流や、おにぎり作りを追加できないか」「サステナビリティを重視して、ビニールなど使い捨てのものは使わない方がいい」「伝統工芸にまつわる通訳は難易度が高いため、テーマを絞ってはどうか」など様々な意見が挙がったが、サステナブルな食をテーマにしたツアー自体は大変好評だった。旅行ブログ“Travel Dave”で世界の旅行情報を発信する英国人ブロガー、デーブ・ブレット氏によると「地域の人々との交流を通じ、豊かな自然景観や食文化、地元の人の生活も見られ、非常に印象深い内容だった」という。

この事業のプロデュースにかかわる地球の歩き方総合研究所・事務局長の弓削貴久氏は次のように話す。「サステナブルツーリズムと聞くと、何か難しいもののように捉えられるが、実は北陸の暮らし、文化では過去からもずっとものを大切にして守ってきた。輪島塗の器は100年以上使える。親から子へ、そして孫の代まで使えるものばかり。金継ぎの技術もある。昔から当たり前にしてきた事が世界にも誇れるものとなっている。そういったことを日本人にも、外国人にも伝えることで地域の魅力発信につながると思う」。

また今回の視察ツアーに同行した国土交通省北陸信越運輸局 観光部 観光地域振興課地域第一係長、山田義人氏は「今回の視察を通して、金沢と能登を『食』で結ぶ試みは地域の方と海外旅行者の交流にもつながり、広域観光としてもさらなる広がりが期待できると強く感じた」と話す。今後は、地球の歩き方総合研究所がモデルツアーを造成し、旅行会社が販売する体制の構築を進める。

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