インバウンド特集レポート
前編では、河瀬さんからはマクロ的な視点でテクノロジーが社会にどのような影響をあたえ、人の考え方や価値観を含めた社会がどのように変化してきたのかについて伺いました。後編では、まず柴田さんに「観光テックの最新事例」、そして「テクノロジーの発展が及ぼす旅行業界への影響」についてお話しいただき、その後、河瀬さんのご意見も伺いながら「観光事業者としてどうすればよいのか」という具体的な指針を提示していきます。
>>前編:観光業界の未来を握る! テクノロジーが劇的に変えた世界の価値観
2.デジタル時代における観光業界
世界中で立ち上がる観光テックの最新事例5選
村山:まず、柴田さんが注目されている観光テックの最新事例、そして注目されているポイントについてお伺いしたいと思います。
柴田:フィンテック系のユニコーン企業としても話題になったカナダの「Hopper(ホッパー)」に注目しています。
航空券やホテルをより安く購入するための情報をモバイルアプリで提供しているのですが、同社が提供する『Price Freeze』というサービスを利用すると、一定の手数料を支払うことによって予約申込みを確定するまえにチケット価格を「凍結(確約)」することができるようになります。
これによりユーザーは、「あの時、買っておけばよかった」という思いをせず、格安と判断した価格でチケットなどを確保することが可能になりました。また、キャンセル不可の航空券でも購入を取り消せるサービスなども提供しています。
(株)ベンチャーリパブリック提供
村山:手数料を上乗せして支払うことでリスクを減らせるという意味では、保険商品のようなものですね。
柴田:そうです。続いて、世界のトラベルテック業界専門メディア「Phocuswright」と「WiT – Web In Travel」が昨年開催した「GLOBAL STARTUP PITCH 2023」というビジネスコンテストをはじめ、グローバル市場で注目を集めた観光テックの事例も4つほど紹介したいと思います。
1つめは「Legends Travel DNA™️」です。
このサービスは世界中で旅行者が撮影する1日あたり50億枚といわれる膨大な写真を分析し、その内容から旅行者のタイプをセグメント。利用者はLegends Travel DNAアプリで自分の旅行写真を投稿すると、どのセグメントに属するかを判断して「お奨めの旅やアクティビティを提案」してくれます。
村山:投稿した写真の傾向をみて、一人ひとりの好みにあわせて興味がありそうな提案をしてくれる「レコメンド」サービスで、ビックデータを活用した「パーソナライゼーション」分野の観光テックといえますね。
柴田:投稿した写真にコメントしあうことができる「コミュニティ」機能もあるので、いわゆる似た者同士が情報交換できる場にもなって一緒に盛り上がれるようにもなっているようです。
2つめは「ZYTLYN」です。
こちらは、AIとビックデータを使って「観光需要予測」をすることによって、来訪者数やそのタイプにあわせて、観光地が受入体制を整え運営効率の向上を図ったり、人的及び物的な無駄を省くことで収益アップを図るサービスです。この需要予測を活用すれば「オーバーツーリズム」の解決となる可能性もあります。
村山:コロナ後のインバウンドの隆盛をみると、「オーバーツーリズム」は日本でも今後ますます課題になっていくと思います。
柴田:3つめは「CONNE x PAY 」。
顧客がクレジットカードで決済した場合でも、事業者側は「即金で受領が可能」になるサービスで、単一のプラットフォーム内ですべてをリアルタイムで行う決済プラットフォームサービスは世界初で唯一だそうです。
村山:運転資金の無駄な借り入れの必要がなくなりますし、支払いサイトを気にしなくてよくなるのは嬉しいですね。
柴田:4つめは「Trip Fusion」。
こちらは、客室や施設内での食事、スパ、その他の付随サービスなどを「シームレスに予約管理」できるように統合するサービスです。宿泊施設やホテルが現在使っている予約システムなどを見直す必要なく簡単に導入することが可能だそうです。
村山:確かに、宿泊システムと他のサービス予約が連動していないところは多いかもしれません。どのサービスも観光業界が抱える課題を的確に捉えていますね。
米国では2割を占めるビジネストラベル分野でもテック活用が進む
村山:柴田さんご自身が取り組まれている観光テック事業についても教えてください。
柴田:では、2021年にリリースした法人向けの出張予約サポートサービス「トラベルjp for Business」についてお話しさせていただきたいと思います。
このサービスではLINEグループが提供している「LINE WORKS」というビジネスチャット上で、簡単に出張のホテルや航空券などの予約ができるようになっています。
村山:出張のためにホテルやら移動手段をあれこれ検索して申し込むのは結構面倒です。それが、何月何日の何時にどこどこへ出張が決まったとチャットするだけで予約まで完了するなら嬉しいですね。
柴田:出張コンシェルジュが面倒な手配をまとめてサポートし、チャットだけで出張に関するあれこれが完結する仕組みです。
(株)ベンチャーリパブリック提供
村山:これはチャットボットでしょうか?
柴田:いいえ、現在は人間が応対していますが、将来的にはAIを絡めたボット対応が可能になると思っています。
村山:観光ビジネスというと、旅行客が観光地を巡るという方向に目がいきがちですが、実は出張や業務が目的のビジネストラベル需要も大きく、コロナ禍のリモートワークで分散してしまった従業員たちを再び結束させ、関係性を再構築しようとする動きが企業内でおこっています。
柴田:米国では旅行市場全体のうち21%がビジネス利用といわれています。日本ではワークとバケーションとをあわせてワーケーションと呼ばれていますが、海外では最近レジャーと出張や視察、研修などのビジネス旅行とを組み合わせる意味で「Blended Travel(ブレンディッド・トラベル)」といわれるようになりました。
村山:出張前後に休暇と組みあわせる旅行をビジネスとレジャーとを繋げた「ブレジャー」という言葉もありましたね。そう考えてみると、こちらの出張予約サポートサービスは、ビジネストラベルを入口にして、幅広い旅行需要を取り込んでいく可能性を感じさせてくれます。
3.観光業界におけるテックの活用法
日本はアジアのイタリア!?、観光地として大きな可能性がある
村山:ここまで、河瀬さんからはマクロな視点で「テクノロジーが社会にあたえた影響」について、柴田さんには「観光業に関連する世界の最新テック事情」などについて伺ってきました。最後にお二人から観光事業者が具体的にどうテクノロジーに関わっていけばよいか、どう活用すればよいかについてお話しいただきたいと思います。
柴田:旅行業界の方はご存じかと思いますが、2022年時点で観光産業は世界のGDPの10.3%を占めています。超巨大産業であることを広く一般の方にも知らしめる必要があると思っています。
河瀬:日本の輸出産業において最大規模を誇るのが自動車産業ですが、これから自動車産業をはじめとする製造業は、モノを作るだけでは価値を提供できなくなっていくことが予想されています。前編でお話しした工業社会での成功体験「工業社会マインド」を捨てて、知識社会の競争力の源泉となる「知識と創造性」で観光産業を活性化していく必要があります。
柴田:実は最近、海外での暮らしが長くなって、客観的に自分が生まれ育った国をみてみると「日本はアジアのイタリア」だと感じるようになりました。イタリアは、国土も南北に長く気候も似ているところがありますし、古くからの伝統文化が地域ごとに引き継がれていて食事も美味しく、ローマをはじめとする都市部に多くの歴史的遺跡が残っています。
村山:確かに日本との共通点が多いですね。
柴田:残念ながら、経済成長率の低さや政治体制など、ブランド力はあるがイノベーションを生み出しづらい環境にあるというところも共通してしまっているのですが、イタリアには、ベネチア、ミラノ、フィレンツェ、バチカンなど超人気の観光スポットが国内に点在していて、世界的にみても観光産業は大きな成功を収めています。
村山:日本は、まさにアジアのイタリアになれるポテンシャルがありますね。
柴田:遺跡は今からすぐにはつくれませんから、絶対的な競争優位があるコンテンツといえます。また、普通に暮らしているとなかなか気づかないかもしれませんが、日本の豊かな自然もキレイで交通の便がよい都市もインバウンド向けにはかなり魅力があると思います。
河瀬:しかも、遺跡も自然も都市交通も、既に存在するものが価値を生むのです。これは製造業のように設備投資や商品開発など労力や努力の必要もなく価値を提供できるということを指します。もっというと、もうそこに存在しているわけですから、とても割のよい産業であるという見方もできます。
柴田:あと、これも海外暮らしをしながら世界を飛び回っていると感じることですが、日本の治安の良さにも大変な価値があります。国によってはセキュリティ対策のために余計な費用がかかったりする場合があります。
河瀬:ほかにも、2023年のミシュランガイドの星付きのレストラン数は、1位が東京で200店、2位はパリで118店ですが、3位が京都の98店、4位は大阪で94店と別格です。また、スキーリゾートとビーチリゾートの両方がある国は世界でも珍しいという日本ならではの強みもあります。
村山:ミシュランクラスではない回転寿司やラーメン、牛丼などもインバウンドでとても人気です。観光産業が、低迷する日本経済を起死回生させる起爆剤となる可能性と、イタリアの成功と同じようなポテンシャルが日本にあるという話は元気がでますね。
河瀬:実は、観光産業にはもうひとつ日本が抱える課題を解決できるポテンシャルを秘めています。それは、観光業は高齢者でも働ける場を提供できるという点です。工場やIT産業で高齢者が働き続けることは難しいでしょう。しかし、観光客が立ち寄るイタリアの片田舎で猫と店番をする高齢者はしっかり価値を生み出しています。これと同じことが日本でも起こる可能性があります。
村山:観光産業は、少子高齢化、老後費用2000万円など日本がかかえる諸問題の救世主にもなれるということですね。既に観光事業に関わっている方にはやる気も責任感も湧いてくるとても嬉しい話ですし、関わっていない方にもこの可能性を是非感じていただきたいですね。
世界規模で進むテクノロジーの進化、海外に出て体験を
村山:観光産業はとても大きなポテンシャルがあるというお話がありましたが、それを具体的な成果とするためには、ますます発展していくテクノロジーとどう向きあっていけばよいでしょうか?
河瀬:冒頭で「非常識は、すぐに常識になる」と申し上げましたが、これは使っていれば、それは当たり前になるということです。
テクノロジーは本当にあっというまに進化していきます。スマホのビデオ通話は、我々がSFの世界でみていたテレビ電話です。そう考えると既に我々は当時考えていた未来に暮らしているわけです。
クルマの自動運転、空飛ぶ車も運用方法やインフラ面の検討と法整備、社会的認知の推進などが必要なものの技術的な課題は既にクリアしています。少しずつでよいのでとにかく使ってみることをお勧めします。
柴田:観光業界に関係の深いところでも、AIによる自動翻訳は既に実用レベルといっていいと思います。
村山:確かに、ほぼリアルタイムの自動翻訳が可能になってきて、最初は驚きの目でみていたものが、今では当たり前のように観光業の現場で使われていますね。
河瀬:今後ますます発展していって、「言語の壁がなくなる世界」がすぐ近くに迫っていることは間違いありません。
村山:河瀬さんがおっしゃった自動運転や空飛ぶ車も実現すれば観光事業には大きなインパクトも多くのメリットがあります。これらが実現すれば、まったく新しい観光のかたちが生まれてくることはいうまでもありませんが、そこは技術屋さんに任せて「何でも選り好みせず、目の前にあるものを使ってみる……」というのが大切という冒頭のお話に繋がってきますね。
河瀬:はい。ところが、自動運転でいうならば、多くの方が市販されていて試乗も可能なテスラにさえ乗ったことがないというのが実態です。自動運転で人件費が不要になれば社会が変わるということを頭でわかっていても、自身の身体で体感した感覚、実体験としてわかっている人は少ないといわざるをえません。
柴田:自動運転は少し先の未来だとしても、海外では「Uber」などのライドシェアが当たり前です。よく日本に来た外国人の友達に「なぜ、日本にはUberがないんだ?」と聞かれますが、これも海外にいけば簡単に体験することが可能です。
村山:米国でも東南アジアでもお隣の中国でもライドシェアはすぐに体験できますね。日本でもタクシードライバー不足でライドシェア解禁の動きが始まりましたが、これはテクノロジーの発展を待たずに解禁するだけで、観光業界にも大きなメリットがあります。
河瀬:自動運転は、道路が複雑で人も多い都市部では技術的にまだ難しい部分がありますが、道が比較的単純で人手が不足しがちな地方ではテクノロジーの進歩とともに一気に導入が進む可能性があります。
柴田:実は先日、友人を訪ねてスウェーデン旅行をする際、事前に「現金はいらないよ!」といわれていたのですが、本当に現金は不要でした。国土の広さも人口も違うので、単純比較はできませんが、便利なものは変な規制さえしなければ本当に一気に普及していきます。
河瀬:以前、上海で暮らす友人が「東京やニューヨークに転勤なんてイヤだよ! こんな便利な街は、世界にほかにないから」といっていたことを思い出します。
村山:確かに、中国でもライドシェアも当たり前。屋台での食事でさえスマホ決済が可能なほどオンライン決済が進んでいます。やはり海外にでて経験を広げることも大切ですね。
観光テックを上手く活用するためのヒント
村山:次に、具体的にどのような観光テックを選び、導入していけばよいのか、どう活用すべきかというポイントについて伺っていきたいと思います。
柴田:先程、決済のところでてきたQRコードですが、ホテルのチェックインとチェックアウトの際にスマホで読み取るようにしてフロントを無人化した事例があります。まずは、こういった省力化を図ることから始めるのが重要かもしれません。ただ、注意しなくてはいけないのは、この事例のように省力化をはかるためには、これまでの仕事を見直し、事前に常識のようなものを取り払っておく必要があるということです。
くわえて、スマホの登場により顧客へのプロモーションやアプローチ方法が、メールからチャットに変わったということも覚えていて欲しいと思います。メールマガジンの開封率が1%なのに対して、チャットによるプッシュ配信は7~15%が開かれているというデータもでています。
村山:自分自身のことを考えてもメールよりもチャットのほうが、明らかに確認しています。
柴田:さらに、中国の「WeChat」という日本でいうLINEのようなサービスがありますが、そのアプリひとつで、買い物から決済まで何でも可能になる「WeChat経済圏」ともいえるような環境が作りだされています。観光テックを超える大きなくくりでの話ではありますが、ある意味でこれがスマホとアプリでつくられるサービスの最終形ではないかと思っています。
村山:集客という側面で考えるならばやはりスマホは外せない。一旦、ゼロベースで考える必要がありますね。
柴田:「クーポン」の配信、スマホに内蔵されたGPSの位置情報を利用した「地域ターゲッティングマーケティング」によるプロモーションなど、やはりスマホを中心に組み立てていくことが求められます。
取り入れるべきテクノロジー グローバルスタンダードかローカルか?
河瀬:いま、WeChatによる囲い込みのお話がありましたが、「生活のIT化」から「生活のDX」へと変化しているという考え方にも繋がっていると感じました。
こちらの図を見るとわかりやすいと思いますが、以前は個人に個別に紐づいていたデータが、ひとつに集約されていくことにより「この人はこういうヒト」というように、個人をプロファイリングする解像度があがってきています。
(有)エムケー・アンド・アソシエイツ提供
これらが進んでいくと、柴田さんが紹介してくれた「写真を投稿するだけで旅を提案してくれる」ようなサービスが、より細かく確実にニーズを捉えるようになっていく。まだそういったサービスは、今はないかもしれませんが、恐らくすぐに誕生してくると思います。
村山:バラバラだった個人データが統合されていくということですね。
柴田:恐らく、その統合の過程でグローバルスタンダードな仕組みが出来上がっていくでしょう。なかにはローカルのみでの利用が進むものがあると思いますが、インフラに近いものは世界で当たり前になっていくシステムを選ぶべきという考え方をよくお伝えしています。
村山:ガラパゴスなものよりグローバルスタンダードを優先するということですね。
柴田:これからもAIの発展ともあいまって、様々なサービスが開発されていくと思われますが、日本にある海外ブランドのホテルでは、日本からの宿泊予約の管理とインバウンド向けで違うシステムを利用しているようなこともいまだに起きています。日本ならではの企業間のしがらみなどがあるのかもしれませんが、インフラシステムでは差別化は図ることはできません。観光の世界はコンテンツ勝負ですから、それに注力できるように業務の合理化と効率化の視点をもっていただきたいと思います。
村山:さすがに減ってはきましたが、まだFAXが残っているところもあります。
河瀬:ますは業務のデジタイゼーションから始めてみては如何でしょうか。
村山:柴田さんが仰せのとおり、まずは勝負どころである観光コンテンツに磨きをかけるために業務の合理化と効率化を図る。なにもいきなりAIを使いこなそうとする必要はないということですね。
河瀬:昔から「将来クルマが自動運転になるであろう」と誰しもが思っていました。そう考えると未来は意外とみえているともいえます。わからないのは「それがいつになるか」ということだけです。いつになるかわからないけど10年後、20年後に間違いなくくる未来ならば、網をしかけて待っていればよいのです。
そして、未来に網をしかけるには、「こうなったらいいな」という妄想することがとても大切です。いまをみても未来は読めません。みえている未来の世界から「バックキャスト」して考えるようにすると、何をすべきか、何を選べばよいかが自然とわかってきます。
柴田:みえている世界からバックキャストして考えるって、とてもよいと思います。
村山:工業社会での成功体験を手放して、知識社会マインドでみえている未来から妄想しながら、外部の情報やテクノロジーにまずは触れてみる。その間もテクノロジーは発展して、それがなかった時代のことが分からなくなるほど、それが当たり前の世界になるということですね。
河瀬さんからは技術革新の大きな流れ、柴田さんからは最新観光テック事情などを主にお話しいただいてきましたが、観光事業者がますます発展するテクノロジーにどう向き合えばよいのかという指針を示せたのではないかと思います。本日はありがとうございました。
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