インバウンド特集レポート

危機管理の専門家に聞く 「地震」発生時に観光事業者が取るべき対応、事前の備え

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2024年元旦に発生した能登半島地震では、能登全域の宿泊施設や観光施設でも甚大な被害が生じ、お正月を楽しんでいた観光客が大きな影響を受けました。また、実際の被害がほとんどなかった能登半島以外の北陸の観光地でも予約のキャンセルが相次ぎ、書き入れ時の年始に観光地や宿が閑散とする状況となりました。

日本では、南海トラフ巨大地震や首都圏直下地震などの大地震の発生が高い確率で予想されています。能登半島地震の報道を見ていて「他人事ではない」と感じた観光関係者も多かったことでしょう。では、観光事業者は、いつ起きるとも限らない地震やその他の災害にどのように備え、実際に災害が発生した際には何をしたらよいのでしょうか。

今回は、観光施設や宿泊施設など、観光客が訪問や滞在をする施設が、災害発生時にどのような対応をするべきか、また災害に備えて普段からどのような準備することが求められるのか、解説していきます。

 

災害に必要な備え、具体的な想定がカギに

災害への備えや災害発生時の対応を検討する際の「一丁目一番地」は、

・事業所やその地域でどのような災害が発生する可能性があるか
・その災害が実際に発生した時、お客様と自社事業にどのような影響が生じるか

を、できるだけ具体的に想定することです。

想定が具体的であればあるほど、災害発生時にどのような対応が必要か、それを行うには普段からどのように備えておかねばならないか、を具体的に検討することができます。
様々な災害がある中で、ここでは地震と地震に伴う津波を例に考えてみましょう。

地震の揺れで、建物が倒壊したり、家具や備品が倒れたり、窓ガラスが割れたり、落下物に当たったりすることで、お客様がけがをする、最悪の場合は亡くなることもあります。また、津波で流される、漂流物が当たるなどで死傷する事態も想定できます。施設や設備、機器類などが損壊したり浸水したりすると、営業ができなくなります。さらに地震に伴う火災で、お客様や従業員の死傷、施設の焼失ということもあります。

また、地震の揺れで停電や断水が起こりえます。北海道胆振東部地震では、地震後数日間、大規模な停電(ブラックアウト)が発生しました。能登半島地震では、水道の復旧が4月以降になるといわれている地域もあります。

停電はお客様や事業に大きな影響を及ぼします。照明がつかない、空調が使えないといったことは容易に想像できます。施設内のエレベーターやエスカレーターも動きません。テレビや施設内のWi-Fi設備も使えず、携帯電話の充電もできなくなるので情報が得にくくなります。業務用のシステムや端末も使えません。ボイラーや調理機器も電気がないと使えないものがほとんどです。さらに、貯水タンクに水を汲み上げる揚水ポンプが止まりますから、断水していなくてもトイレや洗面所、浴場で水が出ません。清潔な水がないと、調理も難しくなります。

こうして具体的に考えてみると、地震はお客様の死傷リスクだけでなく、さまざまな「不便・不快・不安」をもたらすことがわかります。また、施設や設備の被害は小さくても、停電や断水が発生すると、通常の事業運営ができなくなることも予想できます。

さらに地震で道路や交通機関が不通になると、お客様は自宅に帰ったり、次の目的地に行ったりすることができなくなり、その場に滞留することになります。余震の揺れもあり、照明も暖房もなく、情報も十分に得られない状態で過ごさざるを得ないお客様は、どれだけ不安でしょうか? 特に海外からのお客様は、生まれて初めて経験する地震の恐怖に加えて、日本語での情報が理解できず、大きな不安を感じることでしょう。

 

地震発生時の初動、お客様と従業員の安全確保から

地震発生時に最優先ですべきことは、お客様と従業員の安全を確保し、いのちを守ることです。緊急地震速報が聞こえたら、従業員はただちに周囲のお客様に「地震が来ます! 体を低くして、頭を守ってください。ガラスから離れてください」と呼びかけます。大きな揺れを感じたら、自分自身の安全を確保しながら、お客様に「地震です! 体を低くして、落ちてくるものや倒れてくるものから頭を守ってください。揺れが収まるまでその場から動かないでください」と大きな声で指示します。館内放送でも繰り返し安全確保の行動を呼びかけます。外国人のお客様には、動作を見せながら、”Drop! Cover! Hold on!” * と呼びかけます。これはShake Out(シェイクアウト)と呼ばれる世界共通の地震時の安全確保の呼びかけで、一斉防災訓練でも使用されています。


▲地震発生時の安全確保の鉄則(提供:効果的な防災訓練と防災啓発提唱会議)

大きな揺れが収まったら、お客様の安否と安全を確認します。けがをしている人、動けなくなっている人などがいないか周囲を見回し、「けがをされた方、動けない方、具合の悪くなった方がいらっしゃったら、スタッフにお声掛けください」と声を掛けます。館内放送でもアナウンスしましょう。トイレや通路、浴室などで動けなくなっているお客様がいないか、施設内を見回って確認します。地震で止まったエレベーター内に人が閉じ込められていることもあります。

その間に、施設内の安全も確認します。建物が損壊している、大きく傾いている、壁や柱に大きな亀裂がある、ドアが歪んで開閉できないなどが見られる場合、余震でさらに施設内の危険度が増します。火災やガス漏れの有無も確認します。施設内が安全でないと判断されたら、お客様を建物の外に避難誘導します。


▲津波に備えて、避難場所の位置や所要時間の確認とシミュレーションも必須。海岸近くの施設の場合、施設内での垂直避難(上層階または屋上への避難)が津波から身を守る最善の方法であることもある。施設の位置や環境を踏まえて、適切な避難方法を検討することが大切だ。

 

安全確認後のステップ、お客様の要望に応じて帰宅支援を

一方、施設内の安全が確認されたときは、お客様にロビーなど広く安全なスペースに一度集まっていただき、状況や今後の対応を説明します。帰宅を希望されるお客様には、道路情報や交通機関の運行状況を確認し、無理のないタイミングや安全な交通機関、経路での帰宅をアドバイスします。本人の希望や道路・交通機関の不通のために施設内に留まるお客様には、帰宅まで安全に滞在できる場所を提供します。宿泊施設であれば客室や宴会場やロビー、観光施設であればロビーや飲食スペース、会議室等が適当でしょう。

施設内に避難・滞留されるお客様は、「地震によるお客様への影響」で想定したように、さまざまな「不便・不快・不安」を感じます。まず命にかかわる「不快」を解消しましょう。停電で暖房が使えず室内でも寒さが厳しいときは、電気を使わない石油ストーブを使う、毛布や携帯カイロを提供するなどで保温します。貸し切りバスや送迎用バスがあれば、バスの暖房を利用して車内で過ごしていただく方法もあります。トイレの水洗が使えないなどの「不便」は、災害用携帯トイレなどで対応します。


▲防災グッズなど災害時の備蓄も定期的にチェックが必要だ。企業/事業者用のものを揃えたい(写真はイメージ)

滞留しているお客様は、正確な情報がわからないこと、いつ、どのように帰宅できるかがわからないことに大きな「不安」を感じます。理解できる情報が限られる訪日外国人客の「不安」はより深刻です。掲示板や口頭で最新の情報を提供します。外国人客には、災害時に多言語や英語で情報を提供しているサイトなどを紹介して、自分で必要な情報を検索できるようにすると、不安はずいぶん解消されます。

 

平常時からしておきたい「災害対応マニュアル」の用意

災害時に迅速に的確な対応をするためには、災害が起きる前の平常時に「事前の備え」をしておくことがポイントです。「地震によるお客様と事業への影響」を具体的に想定し、それらの影響にどのように対応するかを予め検討し、検討した結果を記録しておきます。これがまさに危機管理計画や災害対応マニュアルになります。非常時の対応体制や役割を決めておくことも大切です。非常時の具体的な対応が決まれば、それを実行するために必要な備品や情報リストなどを事前に用意しておくことができます。

災害対応マニュアルができたら、繰り返し訓練して身に着けておけば、いざというときに迷わず、的確な対応ができます。忙しくて災害対応訓練などするヒマがない、という声も聞きますが、たとえば「シェイクアウト」は、日々のミーティングの冒頭30秒で、動作をつけてDrop! Cover! Hold on! と言うのを繰り返すことで身につくでしょう。これならどこの職場でもできますね。

 

災害直後から始まる「復興」へのマイルストーン

災害で影響を受けた観光事業者の復興は、災害直後から始まります。施設や設備に被害が生じた場合は、できるだけ早く専門家に調査を依頼して、修復に必要な期間と費用を見積ります。通常の営業ができない修復工事の期間は、メンテナンス工事や従業員の教育などを集中的に実施するなど、危機を機会として活用することもできます。

修復工事が完成後、できるだけ早く営業再開できるよう、休業中もお客様や旅行会社などの関係先にきめ細かく情報提供します。特にリピーターのお客様や地震で予約をキャンセルしたお客様は、営業再開を待っていますから、情報提供が再予約につながりやすいです。

営業再開時の事業回復に向けたキーメッセージは、「通常通り営業しています。安心しておいで下さい。今まで以上にお楽しみいただけます」です。実際に来訪されたお客様にSNSなどに投稿していただくと、予約を迷っているお客様に安心感を与え、背中を押す効果が期待できます。

以上、災害が発生した際の対応を紹介しました。災害はいつ何時やってくるかはわかりません。こうした危機への備えを経営者・管理職から現場スタッフまで全員が共有し、定期的に訓練して、いざという時にすばやく、的確な対応ができるようにしましょう。

 

観光レジリエンス研究所 代表 高松正人 氏

株式会社日本交通公社(現JTB)、株式会社ツーリズム・マーケティング研究所、株式会社JTB総合研究所を経て、観光レジリエンス研究所代表(現職)。WTCF(世界観光都市連合会)、JICA(国際協力機構)等国際機関の専門委員として活躍する一方、日本における観光危機管理の草分け、第一人者として、国内外の観光危機管理や観光復興関係の業務に数多く関わる。UNDRR(国連防災機関)傘下の民間ネットワークARISEの日本代表。

 

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