インバウンド特集レポート

「爆買い」はいつまで続くのか? 500万人市場になった中国インバウンド大盛況の舞台裏

2015.11.26

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特集レポート

2015年、年間500万人規模に急拡大した訪日中国人旅行市場。「爆買い」が流行語となり、市場がこれほど伸びた背景には何があるのか。一方、中国経済の減速がささやかれるなか、この勢いに死角はないのか。今年大盛況だったマーケットの舞台裏を探り、来年の展望を考える。

目次:
内陸都市が訪日客を送り出す
「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」の時代
クルーズ激増で東シナ海がレジャーの海に
ビザ緩和が日本旅行ブームに火をつけた
訪日中国客には2つの異なる顔がある
静岡でツアーバス衝突事故発生
数が増えても赤字という現地旅行会社の嘆き
来年以降もこの勢いは続くのか

 

10月下旬、成田発鄭州行き中国南方航空の機内は、日本旅行を終えて帰国の途に就く中国人団体客であふれていた。

同航空が中国内陸部に位置する河南省の省都・鄭州と成田を結ぶ定期便を就航させたのは今年8月下旬のことだ。同機に搭乗していた山西省出身の公務員、李輝さん(31)は5泊6日の日本ツアーをこう振り返る。

「初めての日本の印象は、街が清潔で社会の秩序が安定していること。なかでも東京で訪ねた書店の静かで落ち着いた雰囲気が気に入った」。

同行した夫人や親戚の子連れの夫婦らは買い物三昧の日々だったと李さんは苦笑する。次回の訪日ではひとりで自由に街を歩いてみたいと話す。鄭州空港に着くと、自家用車で3時間かけて自宅のある太原に向かうという。


河南省中国国際旅行社の東京・大阪ゴールデンルート5泊6日ツアーのチラシ

鄭州市出身の元運転手、丁守現さん(70)夫婦も初めての日本旅行だった。「去年タイに行ったが、日本にも行ってみたかった。日本語がわからず、スケジュール表を見ても自分がどこにいるのかわからない。グループについていくだけだったが、楽しかった」と笑う。

今回のツアーは旅行会社に勤める娘が手配し、代金も出してくれた。東京・大阪ゴールデンルート5泊6日で3500元(7万円)という。

 

 

内陸都市が訪日客を送り出す

日本政府観光局(JNTO)の最新リリースによると、2015 年1~10 月の訪日外国人数(推計値)は1631 万人。なかでも中国本土客は前年比2倍増の428万3700人。年間で500万人規模の市場になることが見込まれている。

中国客激増の背景に成田・鄭州便のような内陸都市と日本を結ぶ定期便の大幅な拡充がある。中国からの定期路線が国内最多となる関西国際空港では、11月現在、約40都市からの定期便がある。日本ではそれほど知名度のない江蘇省の塩城や貴州省の貴陽などの地方都市からの定期便が増えていることも今年の大きな変化だ。

河南省中国国際旅行社の張東昇日本部部長は「河南省からの訪日旅行は今年始まったばかり。いまは団体旅行が大半だが、日本との直行便ができて今後拡大するだろう」という。

関西国際空港に就航する東アジア路線マップ(関西国際空港のHPより)

JETROによると、河南省の人口は9406万人で、2014年の省内GDPは3兆4939億元(約70兆円)。台湾やタイなどアセアン諸国をすでに上回っている。1人当たりのGDPも1万ドル前後と中進国の水準だ。

鄭州の新都心「CBD区」では人工湖の周辺に高層建築が立ち並ぶ

省都の鄭州では新都心の建設もほぼ完成している。今日、中国の主な地方都市に見られる光景は、ちょうど10年前の上海のようだといっていいかもしれない。内陸都市も訪日客を送り出せるだけの経済発展を達成しているのだ。これは今年の中国インバウンドを語るうえでのひとつの大きなトピックである。

「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」の時代

さらによく知られたトピックは中国客による「爆買い」だろう。11月上旬、今年の流行語大賞に「爆買い」がノミネートされたが、観光庁の試算によると、2015年7~9月の訪日中国客の旅行消費額は4660億円と全体の半分近く(46.6%)を占め、1人当たりの平均消費額も28万788円とトップ。データからも「爆買い」ぶりが裏付けられている。

中国客激増の背景には、言うまでもなく円安がある。だが、その結果、日中の物価が逆転したことが大きい。

今日の中国都市部に住む一般市民の物価感覚を知るには、たとえば、彼らが朝の通勤タイムに手にしているスターバックスのカフェラテが27元(540円)だといえばわかりやすいかもしれない。これは日本の2倍近い感覚だ。


環球金融中心(通称「上海ヒルズ」)から眺める上海の夜景

以下は、上海の観光施設の入場料を東京の類似した施設と比べた例だ。すべて東京より上海が高いことがわかる。

上海動物園 800円(40元)―上野動物園 600円
上海水族館 3200円(160元)―すみだ水族館 2050円
東宝明珠塔 3200円(160元)―東京タワー 1600円
環球金融中心(通称「上海ヒルズ」)展望台 3600円(180元)―東京スカイツリー 3090円(2060円(展望デッキ当日入場券)+1030円(展望回廊))
※すべて大人一般料金(2015年11月現在)。

個別に比べると交通運賃など日本のほうが高い例もあるが、大きな階層格差が存在する中国社会で、日本に旅行できるだけの経済力を有する特定の層は、日本よりコスト高の消費生活を送っているのである。だから、彼らにしてみれば、日本は何でも安い国だと感じられる。この機に日本に行かない手はない。そう考えるのは無理もないのだ。中国語が少しわかれば、全国のショッピングモールを訪れた中国客が口々に「ニッポンヤスイネ(日本便宜)」と声を上げる姿を見かけるだろう。

クルーズ激増で東シナ海がレジャーの海に

6月下旬、博多港に上海発の米国クルーズ会社ロイヤルカリビアンが運航する世界で2番目の大きさを誇る豪華客船「クァンタム・オブ・ザ・シーズ」が初入港した。同客船は昨年11月にカリブ海でデビューしたばかりだが、世界最速で急拡大するクルーズ市場となった中国に今年から投入されたものだ。

福岡市によると、同船の乗客数は約4450名(中国 約4150名、台湾 約50名 アメリカ 約50名、その他 200名)。過去日本に寄港したクルーズ客船の中で最大規模(総トン数、乗客数)だ。この日、乗務員を含めて約5000人が博多に上陸した。

中国発クルーズ客船の博多港初寄航は2007年。主な出航地は上海と天津で、今年は264回(11月1日現在 中国発以外も含む)の予定だ。上半期に韓国でMERSが発生した影響で増えたせいもあるが、昨年の115回に対して一気に倍増した。年間で約50万人の中国クルーズ客が上陸することになる。


カジノやプールもあるクァンタム・オブ・ザ・シーズの船内

博多港におけるクルーズ客船寄航回数の昨年までの推移(福岡市クルーズ課より)

2009 外航28 内航14 計42
2010 外航63 内航21 計84
2011 外航32 内航23 計55
2012 外航91 内航21 計112
2013 外航22 内航16 計38
2014 外航99 内航16 計115

いまや福岡市は中国発東シナ海クルーズラッシュの主要な舞台である。ではなぜ中国ではクルーズ旅行がこんなに人気なのか。その理由を中国旅行社総社(上海)日本部担当の武暁丹氏はこう説明する。

①4泊5日の標準的なクルーズ料金が空路のツアーより安い。
②船内の食事や遊興施設の利用は無料で、家族でのんびり過ごせる。
③買い物による持ち込みが無制限なこと。

これらの指摘は、血縁を大切にし、経済合理性に富み、買い物好き、ギャンブル好きという中国人の特性に驚くほどマッチしている。上海で訪日旅行のコンサルティングを行う上海翼欣旅游咨询有限公司の袁承杰総経理も「クルーズ客のメインは80后(1980年代生まれ)。彼らの多くは30代になり、結婚し、子供ができた。クルーズ旅行は航空旅行のような移動も少なく、船内で家族が一緒に過ごせるので、3世代旅行にぴったり。ハネムーナーにも人気」と世代動向から理由を分析する。

現地クルーズ関係者によると、来年も新規投入する大型客船が予定されていて、この勢いは続くという。いまや東シナ海は中国人にとってのレジャーの海になったといえるだろう。

(Part 2へ続く)

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