インバウンド特集レポート
羽田空港や成田空港、そして大都市圏を中心に、人知れず中国系の白タクが増殖している。その背景には、日本に先んじて広く普及した中国の配車アプリサービスが、日本の国内ルールを無視して横行していることにある。前編では、沖縄での白タクの事例を紹介するとともに、中国で普及している配車アプリを紹介。中編では、中国の配車アプリが提供する訪日客向けのサービスを詳しく見ていく。 [Text:中村正人]
配車アプリが提供するサービスとは?
中国にはいくつかの配車アプリサービスがある。なかでも海外展開を積極的に進めているサービスに「皇包車(HI GUIDES)」がある。
このサービスのキャッチコピーはこうだ。
「华人导游开车带你玩」
”中国人ガイドがあなたを乗せてドライブします”
ここでいう中国人ガイドとは誰のことだろうか?
このアプリのトップページに、以下のような海外都市と同アプリと契約していると思われるドライバー数が載っている。このドライバーこそが「中国人ガイド」というわけだ。NHKの番組でも指摘されたように、彼らの多くは営業許可を持っているとは思えない。
東京:1659名 台北:1643名 大阪:1172名
ニューヨーク:698名 パリ:786名 バリ島:101名
では、実際にどのようなサービスを提供しているのか。東京のページをみてみよう。
このページには、東京発のさまざまなドライブコースが表示されている。
たとえば、トップにあるのが、富士山日帰りドライブコース。
多くの乗客を乗せる大型バスでもないのに、1名あたりの料金は驚くほど安い。
富士山河口湖→五合目→忍野八海→山中湖温泉
包车一日游,东京往返(東京発1日パッケ―ジ)
489元(7900円)
海外展開しているもうひとつの中国系配車アプリサービスに「DingTAXI」がある。
同サービスの日本ページ(日本包车旅游)をみてみよう。
トップページには以下のようなコースと料金(一部)が記されている。
東京包车一日游(東京1日チャーター)JPY23,000~
大阪包车一日游(大阪1日チャーター)JPY25,500~
(东京出发)富士山箱根包车一日游(東京発富士山・箱根1日チャーター)JPY36,000~
ちなみに、成田空港から都内へは16,500円、羽田空港からは9,500円とある。
おそらくこれが筆者が羽田空港で見かけた白タクだろう。
中国客に配車アプリサービスが支持される理由
さらに、DingTAXIの「東京1日チャーター」のページをみてみよう。ここには23人のドライバーと自家用車の写真が載っている。それぞれ1日の運行時間や料金に加え、深夜航空便利用客のニーズに合わせた深夜料金なども設定されている。

DingTAXIの「東京1日チャーター」ドライバーリスト
このサービスを利用する中国客たちは、日本を訪れる前に、アプリ上で車の写真や料金、条件などを比べてドライバーを選ぶことになる。予約と支払いは、中国で普及しているモバイル決済で完結するしくみだ。
中国客に配車アプリサービスが支持される理由に、成田空港をはじめとする日本の国際空港から市内へのアクセスのコスト高がある。京浜急行やバス会社など民間による格安な交通手段も登場し、LCC客を中心に利用者は増えているが、中国ではタクシーで2000~3000円も出せば市内に行けることを思えば、相当割高に感じるだろう。
配車アプリこそが、観光客のニーズを満たすサービス
最近のアジアからの個人旅行者は、家族や小グループが多い。荷物も多く、1台のタクシーでは乗り切れないため、ワゴン車が好まれる。中国客は、自国で予約決済をすませるので、日本でドライバーに支払いをする必要はない。土地勘のない海外でドライバーにボラれる心配はないのだ。アプリで簡単に予約でき、適度な価格帯で利用できる白タクが支持されるのは、顧客のニーズに正対するという意味でも、これほど理にかなっているサービスはないのだ。
実は、筆者は日本を訪れた中国の友人が予約した「越境白タク」に同乗したことが何度かある。ドライバーは日本在住の中国人なので、普通に日本語を話すし、友人もドライバーとの会話に支障はない。中国人同士、気軽に会話が楽しめ、日本の事情を聞くこともできる。営業許可のない自家用ワゴン車だが、中国客はそれが違法と知るよしもなく、「日本のタクシーは高すぎる。配車アプリほど便利でお得なサービスはない」と自慢げにいう。彼らには「自分たちは世界に例のない先進的なサービスを日常的に享受しているが、日本はとても遅れている」との思いもある。一方、事情を知らない日本人からみると、ドライバーも客も中国人同士ということもあり、白タク営業とは気づかないだろう。
参考:中国でライドシェア(配車アプリサービス)が一気に普及した理由
「越境白タク」の何が問題なのか?
一般の日本人が知らないうちに、これほど広範囲に中国人観光客を乗せた「越境白タク」が蔓延していた。では、この何が問題だと考えるべきだろうか。
いま日本国内でライドシェア(相乗り)推進をめぐる議論や取り組みが行なわれている。シェアリング・エコノミーと自動運転技術の発達で、近い将来、タクシーが無人化することも見据え、各地で検証実験も始まっている。外国人観光客の増加で、地方への旅行の足もそうだが、多くの荷物を抱えた彼らの最寄りの駅からホテルまでといった短距離需要が拡大しているのも追い風だ。
もっとも、言うまでもなく、日本国内では白タク営業は違法である。そのため政府もライドシェア推進を表明するものの、「白タク解禁」に対するタクシー業界からの反発も強く、「過疎地での観光客の交通手段に、自家用車の活用を拡大する」のが趣旨だと説明している。人口減少により公共交通機関の確保が難しくなった市町村で、住民にとって買い物や通院など日常を支える移動手段としてのライドシェアからまず始めようというのが、国内のコンセンサスである。
ところが、これらの地道な取り組みを無視して、中国の「越境白タク」は増殖している。過疎地の利用から始めようとする日本のライドシェア推進者たちの法令遵守の進め方は、中国配車アプリサービスではほぼ省みられることなく、東京など大都市圏のど真ん中で運用されているのだ。そこに中国客のニーズが集中しているためなのだが、この実態をまったく知らないことにしてまともな議論ができるのだろうか。このあまりに無頓着なフライングを見過していては、日本の社会にとって有用なライドシェアの実現をぶち壊しにしてしまうのではないか。
では、日本の国内事情にふさわしいライドシェアのあり方とは何だろうか。
筆者プロフィール:
中村正人(なかむら・まさと)
参与観察家。出版社勤務を経て2004年独立。インバウンド関連ビジネス全般を扱う株式会社エイエスエス所属。専門はインバウンド・ツーリズム。主に参与観察しているフィールドは、訪日外国人旅行マーケットの動向

著書:
『ポスト爆買い』時代のインバウンド戦略(扶桑社刊)
インバウンドの明暗を統計データや観光業界の長期的観察から読み解いた一冊。外国人観光客をめぐるストレスや葛藤の解決策が満載
ブログ:
ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌
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