インバウンド特集レポート
近年、訪日客数が増加し、日本への関心は高まっている。2024年の訪日客数は3687万人で、過去最高を記録した2019年の3188万人から500万人増加。またインバウンド消費額は推計8兆円を突破。さらなる訪日客の増加が期待され、より一層多様化する旅行者のニーズへの対応が必須となってくる。
特に、世界最大規模のMICEの一つともいえる大阪万博の開催を控え、世界中から人々が訪れる。旅行者はもちろん、世界中の国、地域から展示、ブース出展が予定されており、ビジネス目的での渡航もより活発化されるなか、これまで以上にサステナビリティやダイバーシティやインクルーシブな対応が欠かせない。今回は、その一つとして、「食の多様性」に着目し、フードダイバーシティ株式会社共同創業者の横山真也氏に話を伺った。
横山氏は、長年にわたってシンガポールに在住し、キャリアを築いてきた。多くのムスリムの方と交流してきた経験から、彼らの食をはじめとする日本への興味の高さと同時に、食べたいものが食べられないという課題を解決しようと、2014年に、守護彰浩氏らと日本のハラール情報を集めたポータルサイト「ハラールメディアジャパン」を立ち上げ。以来、一貫して日本のフードダイバーシティの推進に尽力し、現在は、自身の経験を基に、日本企業向けに多様な食のニーズに対応するための具体的なアドバイスを行う研修を実施している。
そんな横山氏に、日本の食の多様性の現状や、MICE誘致を見据え、重要なお客様対応をする上でのアドバイス、受け入れ時の心構えなどについて話を伺った。▲バンコクのレストランでの一枚。「ビュッフェに並ぶ豚肉を除くすべての肉製品は、ハラール認証を取得しているため、イスラム教徒のゲストも食べられます」と掲示されている。
地方で見受けられる、旅行者への対応不足
先日来日した、マレーシアからの友人女性グループの越後湯沢での体験は、日本のフードダイバーシティにおける深刻な課題を浮き彫りにしたと感じました。彼女たちは、越後湯沢でスキーを楽しみ満足していたものの、ハラールに対応した食事を見つけられず、相当苦労したようです。結果的には、スーパーやコンビニで食品のラベルを確認し食事を済ませざるを得なかったといいます。
▲越後湯沢での雪を楽しんだマレーシアからの訪日客
日本では、訪日客の都市部への集中が課題となり、地方への観光客誘致に向けて様々な施策が実施されています。地方部にも台湾や香港をはじめとした訪日客がみられるようになり、彼らを温かく迎え入れられるようにはなってきたものの、言葉の対応を含め、ムスリムやベジタリアンなど、個別のニーズにはほとんど対応できていないのが現状です。
増加する海外からのゲスト対応、日本の企業が直面する課題とは?
グローバルホテルチェーンの日本進出や、ソーシャルメディアの発達により、日本の情報が気軽に得られる環境が整ったことで訪日が身近になるにつれて、従来は、ビジネスMTGなどで香港やシンガポールを訪れていたグローバル企業のエグゼクティブやクライアントが、東京や大阪など日本を訪れるケースも増えています。
しかしながら、受け入れ側の企業や、飲食店など、日本においてはフードダイバーシティに対応するための知識や体制が十分ではありません。
▲世界のMICE市場では、食の多様性への対応は当たり前の領域の一つとなっている
もともと、日本のフードダイバーシティへの理解は、世界に比べて遅れていました。コロナ禍を経て、世界の移動が活発化する中、日本人の海外渡航は減少傾向にあります。そのため、フードダイバーシティに限らず、海外の最新事情がアップデートできていない人がさらに増えています。海外では、ベジタリアンやビーガン、ハラールなど、多様な食のニーズに対応できる環境がすでにスタンダードとなっていますが、日本では都心部の一部のお店のみの対応止まりで、不十分です。
そうした状況の中、対応を迫られる日本の企業からの問い合わせも増加しています。例えば、「クライアントの訪日が決まり、ゲストから食事制限に関する情報をもらっていますが、飲食店側が対応できいないと言われ、困っている」「イスラム教徒のゲストが来るのですが、どこをご案内すればいいのですか」といった声などが挙げられます。
「とりあえずカレーやケバブをご案内すればいい」という考えのもと、安易な対応をしてしまうケースも見られますが、海外のゲストからの日本のホスピタリティに対する期待を裏切る結果となりかねません。
おもてなしの第一歩は「知る」こと、フードダイバーシティ対応のポイント
フードダイバーシティへの対応には、相手の状況を「知って」「理解して」「対応できる」というプロセスが重要ですが、日本では、大前提となる「知る」「理解する」といった基本的な部分が欠如しています。
そのため、海外のゲストをお迎えする際、「面倒な作業」や「やらされている」という意識が先行し、「おもてなしの心」が感じられないケースが散見されます。
▲大小さまざまな企業に対してフードダイバーシティ研修を行っている
私は、お問い合わせいただく企業担当者に対して、具体的なお店の検索方法などを提供しています。彼らのミッションは、ゲストに喜んでもらうことなので、多様なニーズに対応できるお店探しをサポートしています。
お店を手配するコツとしては、以下のような点が挙げられます。
事前の情報収集と綿密な準備
ゲストの宗教、アレルギー、食の好みなどを事前にしっかりと把握し、それに合わせた食事を用意することが大切です。
お店を探す際は、ハラール対応であればハラールメディアジャパン、ベジタリアンやビーガン対応であればハッピーカウなどの専門メディアを参考にすると良いでしょう。
▲HappyCowの日本ページ、都市部ではある程度の選択肢があるものの、地方の店舗はまだまだ少ない。
他に、Googleマップ上の店舗情報を見れば、食事制限への対応の有無が簡単に確認できます。さらに、利用者の口コミも豊富なので、対応の細やかさや、実際の食事の雰囲気なども把握できます。
また、海外のお客様をもてなす際は、事前に飲食店を訪問するのがベターです。難しい場合は、電話連絡し、ゲストのニーズに合った食事を提供できるかの確認が必要です。旅行会社などは介さずに直接確認することで、よりスムーズなコミュニケーションが可能となり、ミスの防止につながります。
案内予定の飲食店のウェブサイトやSNSを事前にゲストに共有し、メニューや雰囲気を確認してもらうことも有効です。これにより、ゲスト自身が事前に情報を収集し、安心して来店できます。
なお滞在日数、全食分の食事手配をしないといけないと考える必要はありません。スケジュールの中で、特に力を入れて対応する食事を決めて、ピンポイントでその部分の手配に力を入れることで、ゲストに最高の体験を提供できます。
多様な選択肢を提供し、ゲストの自主性を尊重する
ムスリムだからと言って、ケバブやベジタブルカレーの選択肢を提供しておけばいいという考えは安直です。人によっては様々な食文化に触れたいという方もいるでしょう。ホスピタリティの基本は、選べる環境を提供することです。そのため、選択肢は複数用意しておくことが大切です。
事前に複数の飲食店をリサーチしておき、例えば「すぐ近くにケバブ屋さんがあります。少し離れてますが、ハラール対応したうどん屋さんもお連れできます。どちらが良いですか」といった具合に、当日のスケジュールやお客様の様子などに合わせて選べるようにしておけると、ゲストの満足度を高められます。
また、これまでの接待経験から言えるのは、海外のエグゼクティブ層は、徒歩や公共交通機関での移動を極端に嫌がる傾向があるということです。事前に移動手段について確認し、それに合わせてお店選びや交通手段の手配を行うことをおすすめします。
日本食のおもてなし、本当に喜ばれている?ゲストの多様なニーズに対応するために
よくありがちな失敗例として、海外からのゲストを、懐石料理や精進料理にお連れすれば喜ぶだろうと思い込んでいるケースがあります。
食の好みは人それぞれです。お酒が飲めないからといって、ムスリムの方に居酒屋を提案してはいけないというのも思い込みの一つです。実際に、賑やかな日本の居酒屋の雰囲気を楽しみたいというムスリムの方は多くいます。居酒屋の食事には、枝豆や焼き魚など、調味料に気をつければムスリムの方でも楽しめるメニューは多くあります。
そのため、事前にゲストの好みを伺うことが大切です。日本社会では、相手の気持ちを推し測ることが美徳とされる風潮がありますが、好き嫌いなどの好みに関しては、ゲストに直接確認することが一番確実です。
好みを知る上で参考になるのが、ゲストが現地で実際に食べている、気に入っている日本料理を伺うことです。
自国で食べた日本食と比較して、味わいや価格、調理のされ方などの違いを知りたいというゲストも多くいます。私がアテンドするゲストの方々も、寿司店ではカウンター席に座って、大将の職人技を楽しんでいる方が多いです。相手の好みを伺って、それにあわせたお店の提案をすると、喜んでもらえます。
▲寿司屋のカウンターも人気だ
食事でMICEが呼べる国「日本」、私たちに求められる心構えとは?
万博を見据え、今後さらに海外からのゲストの受け入れシーンが増えることが予想されます。また、食事が魅力の日本は、MICE誘致に大きな強みを持っています。ビジネス目的で訪日する人たちも、食事を始め、日本にかなり高い期待値を持って訪れています。
期待値が高いからこそ「できません」と答えてばかりなど、おもてなしの心がない対応をすることで、国としての印象を大きく下げかねません。
今や、国際的なビジネス会議は誘致への競争が激しくなっています。その中で、日本がきちんとフードダイバーシティ対応できれば、都市部だけでなく、日本各地でMICEを誘致できる可能性が高まります。
私の知り合いのマレーシア企業の社長は、インドネシア企業との大切なビジネスの商談の際、相手に日本旅行をプレゼントとすることで、良い返事を得られたと語っていました。日本ブランドは世界で高く評価されており、それを商談や交渉の場に活用している人たちがいるのも事実です。
日本のみなさんは、そうした世界から見た日本を理解し、プライドを持って、グローバルスタンダードに則った丁寧な対応を行う必要があります。多様な食のニーズに対応できることは、日本の魅力をさらに高め、国際的なビジネス競争力を強化することにつながるでしょう。
海外からのゲストをご案内する際は、「ここは日本だ、私になんでもお任せください」ぐらいの余裕を持ち、ゲストからの依頼や要望には「Sure,we can」と気持ちよく快諾するぐらいのホスピタリティを持って柔軟に対応したいですね。
プロフィール:
フードダイバーシティ株式会社 共同創業者 横山 真也
東洋大学国際学部 非常勤講師
2010年独立後、国内外での起業が評価され、16年シンガポールマレー商工会議所から起業家賞を受賞(日本人初)。フードダイバーシティ株式会社は23年観光庁選出の「インバウンド対応にかかる課題を解決するインバウンドベンチャー65社」に3,000社の中から選出。15年からNNA経済ニュースに毎月コラムを連載中。著書に「おいしいダイバーシティ~美食ニッポンを開国せよ~」(ころから)
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