インバウンド特集レポート

人口1200人 鶴岡市手向地区が挑む、出羽三山の山岳信仰を活かした持続可能な地域づくり

2025.02.07

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江戸時代より門前町として栄えてきた、山形県鶴岡市羽黒町手向(とうげ)地区。歴史ある宿坊の町並みが今も息づき、山岳信仰の伝統を受け継ぎながら参詣者を迎え続けている。この山岳信仰集落としての特徴を色濃く残す貴重な姿を未来へつなぐため、近年では信仰と観光を融合させたサステナブルツーリズムを推進。2024年にはGreen Destinationsの「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選出され、世界からも注目を集めるまちとなった。人口約1200人の小さな集落で、いま何が起こっているのか。現地を取材し、その取り組みの実態に迫る。

 

新たな参拝者の拡大によって、山岳信仰集落の歴史を守る試み

日本古来の山を信仰の対象とする山岳信仰を基に、仏教、道教などの影響を受けてかたちづくられた修験道。その代表的な聖地のひとつが、羽黒山、月山、湯殿山から成る出羽三山だ。江戸時代、三山に参ることが東日本を中心に庶民の間で広がり、遠方からも多くの参拝者が訪れた。出羽三山参りの拠点のひとつ、羽黒山麓に広がる手向地区には参拝者のための宿泊施設「宿坊」が建ち並び、最盛期には300坊を数えたという。


▲羽黒山麓に広がる宿坊街

修験道の実践者である山伏たちが営む各宿坊は、夏の時期に各地域から来訪し参拝する「講」と呼ばれる人々を受け入れてきた。冬には山伏が講のもとを訪れて配札祈祷を行うなど、江戸時代から続く伝統を守り、現存する山岳信仰集落の中で日本最大の信仰圏を支えている。

しかし、時代の変化と共に講の高齢化や若者の宗教離れが進み、宿坊の数は26にまで減少。お布施やご祈祷料を納める人が減ったことで地域経済にも陰りが見え始め、このままでは宿坊街として存続していくことが危ぶまれるようになった。こうした中、宿坊の一部では、講に限らず一般客も受け入れる試みを行っている。そのひとつが300年以上続く宿坊「大進坊」だ。十七代目当主の早坂一広氏に話を聞いた。

「観光で訪れる方に宿泊してもらおうと始めたのですが、なかには御祈祷や羽黒山の巡礼体験を目的に繰り返し来られる方がおり、その数は少しずつ増えていきました。彼らは、心身を清めて参拝の準備をするという宿坊の役割を理解し、講との往来が続く昔ながらの信仰の仕組みが残っていることが手向の魅力だと教えてくれたのです」

時代の流れと共に全国的に宿坊が失われていく中、手向地区では数百年にわたりその機能を守り続けてきた。そこに普遍的な価値があることに気づかされたのだという。

「宿坊の数が減少していくことは避けられないが、決して絶滅させてはいけないと強く感じました。この文化や歴史を守り、50年後にも価値のある聖地として語り継いでいくためには、単に多くの観光客を受け入れるのではなく、彼らのように巡礼の本質に触れる“新たな講”を増やすことが鍵。信仰と観光の好循環を生み出すことで、宿坊を核とした持続可能なまちづくりを実現したいと思いました」と早坂氏。


▲山伏としての修行や宿坊の経営だけでなく、羽黒町観光協会の副会長なども務める早坂氏

 

780万円が地域に還元、新プログラムの構築が地域にもたらしたもの

より多くの人に手向地区の宿坊文化を体験してもらおうと、初心者でも巡礼に参加しやすい環境を整えていき、2022年には「はじめての出羽三山参り巡礼体験プログラム」を実施した。早坂氏と共にプログラムの企画・運営に携わったのが、株式会社めぐるん代表の加藤丈晴氏だ。加藤氏は山伏の精神文化に魅せられ2011年に関東から移住。自らも山伏となり、外国人旅行客を対象に修行体験を提供している。「このプログラムを通じて新たな講を拡大し、かつての講と地域の方々が受け継いできた宿坊街を次世代に残していきたい」と加藤氏。通常の旅では得られない特別な体験を求めて、都心から1人で参加する女性も多いのだとか。


▲自らも山伏修行を実践する、株式会社めぐるんのスタッフ。左から2番目が代表の加藤氏

このプログラムをベースに、2024年10月には国内外の起業家220人の受け入れが実現。地域内の7つの宿坊が協力し、日中英3言語で進行した。祝詞(のりと)の翻訳なども行い、本質的な理解に努めた結果、多くの参加者が出羽三山の宗教文化に感銘を受け、高い満足度を得られたという。「多くの寄付も寄せられ、催行費、祈祷料、寄付の総額は約780万円に達しました。これにより、巡礼体験の高付加価値が証明できたと思います。信仰と観光を結びつけたサステナブルツーリズムのモデルが確立できたのでは」と加藤氏は言う。参拝者の受け入れにおいて、これまで連携することがなかった宿坊が手を取り合ったことも、初めての試みとして大きな成果に繋がった。


▲1億円以上の売り上げがある起業家のみが参加。外国人の訪問者もみな、真剣に祈りを捧げた

 

「稼ぐ」と「守る」を担う、手向地区まちづくり会社の設立に向けて

地域が抱える課題は、宿坊の存続危機だけにとどまらない。人口減少や少子高齢化による限界集落化への懸念や、移住者の受け入れ体制の整備、増加する空き家対策なども挙げられる。こうした状況を受け、手向地区自治振興会は2020年、住民の意見を反映した「門前町手向地区まちづくりプラン」を策定。手向地区のまちづくりを支える基盤として、4つのビジョンを掲げた。

1.助け合い、つながり、みんなが安心して暮らすことができるまち
2.歴史や伝統文化を受け継ぎ、「本物=出羽三山の門前町」が残された信仰が息づく心豊かなゆとりあるまち
3.自然環境と上手に付き合い、共にくらすまち
4.将来にむかってみんなが生き生きと輝くことのできるまち

当時はまだ今ほど、「持続可能性」という言葉が浸透していなかったものの、地域を守り、未来に引き継ぎたいという住民の強い想いが込められたものだ。


▲10年後に目指したい手向の姿を掲げた「門前町手向地区まちづくりプラン」

地域には観光協会や宿坊組合をはじめとする多くの組織が存在し、それぞれが独自に活動を進めている。しかしながら、まち全体での連携には至っておらず、持続可能な地域づくりに向けた具体的な動きができていなかったという。「ビジョンを達成するには、個別ではなくみんなが同じ方向を向いて取り組む必要がある」と考えた早坂氏。そこで、各組織をつなぎ調整するハブとなる「手向地区まちづくり会社」の設立を目指し、2024年4月に準備会を発足した。早坂氏が代表を務め、準備会のメンバーには加藤氏をはじめ、手向地区の自治振興会会長、出羽三山神社宮司、宿坊組合長といった手向地区のまちづくりを推進する主要なステークホルダーも名を連ねている。

「手向地区をより暮らしやすいまちにするため、地域経済を支えるための『稼ぐ』と、暮らしの課題を解決しながら地域を『守る』の両軸を実現できる組織を目指したい」と、2025年度中の設立を見据え準備を進めている。

 

文化的価値を法的に守る仕組みづくり

2024年度には観光庁「持続可能な観光推進モデル事業」を活用した新たな試みも進められている。これまでの取り組みを通じ、手向地区の山岳信仰集落が高い文化的価値を有することは専門家からも指摘されているが、こうした文化資源をより効果的に守り活用するため、鶴岡市が管理する既存の法制度や計画への組み込みを目指すというものだ。なお、これは、「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」の指標のひとつ「C1 文化遺産の保護」を実施するためのモデルケースとするべく、推進されている。

手向まちづくり会社設立準備会を主体に、文化資源保存活用地域計画を策定している地域や、重要文化的景観に指定された先行地域での視察を実施。それを基に、専門家の意見を収集しながら基礎資料を整備し、鶴岡市との合意形成を進めるための有効なプロセス案を作成しているという。

さらに、JSTS-Dの指標にある「A6 住民参加と意見聴取」「A5 事業者における持続可能な観光への理解促進」の実践に向けて、持続可能な観光の国際基準「GSTC」への理解を深める研修会や住民向けのミニセミナーを開催。持続可能なまちづくりに関する意識醸成や、手向まちづくり会社に対する合意形成に努めている。研修には文化価値の担い手である宿坊や山伏をはじめ、鶴岡市職員、地銀職員など約30名が参加した。2024年10月に国際認証団体グリーン・デスティネーションズ(Green Destinations)の「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選ばれたことも追い風となり、地域内での関心も着実に高まっている。


▲宿坊街に焦点を当てた、GSTC研修フィールドワークの様子

 

観光・信仰・暮らしの好循環のモデルケースを目指して

この数年で持続可能な観光地づくりの動きが急速に進んだ要因について、早坂氏は「加藤氏をはじめ、地域内外含め一緒に推進してくれる仲間が増えたことが大きい」と語る。まちづくりに意欲的な人材が揃ったことで、行政や専門家など多方面との連携が可能な体制も整ったという。

宿坊街として、長らく参拝者受け入れが生計の一部を支えてきた手向地区。だからこそ、外からの人を受け入れる観光を通じて地域課題を解決しようという意識が根付いているという。そこに信仰をうまく組み合わせて受け継がれてきた歴史や文化を守り、得た資源を地域の暮らしの改善に結びつける。

この観光・信仰・暮らしが相互に良い循環を生み出す仕組みづくりに大きな期待が寄せられている。小さな集落で芽生えた大きな変化に、今後も注目していきたい。

 

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