インバウンド特集レポート
東日本大震災からの復興の軸に持続可能なまちづくりを掲げ、観光においてもサステナブル・ツーリズムを推進してきた宮城県東松島市。Green Destinations「世界の持続可能な観光地トップ100選」、国連世界観光機関(UN Tourism)「ベスト・ツーリズム・ビレッジ2023」という2つの国際認証機関からの認定を受け、持続可能な観光の先進地域としてさまざまな取り組みを進めている。2024年度には新たな観光コンテンツの開発に力を入れ、トレイル(遊歩道)を歩く人々が、楽しみながら自然保護活動に参加できる仕組みづくりを目指してきた。
観光のための地域づくりではなく、観光を手段として持続可能な地域づくりを推進し、さらなる高みを目指す東松島市の取り組みについて、詳しく探っていく。
震災を契機に、持続可能性を高めるサステナブル・ツーリズムを推進
宮城県東部、太平洋に面した沿岸部に位置する東松島市。漁業や農業など一次産業が盛んで、仙台からのアクセスの良さからベッドタウンとしても発展し、約3万9000人が暮らしている。市の海側に位置し、日本三景・松島の一角をなす「奥松島」地域は、隣接する松島町の観光地の趣とはまた異なり、昔ながらの暮らしが息づくエリア。豊かな自然やのどかな雰囲気を楽しみに訪れる人が多く、特にサイクリングやトレッキングなどの体験アクティビティで人気を集めている。
東松島市は、東日本大震災からの復興にあたり「持続可能なまちづくり」を基本方針の1つに掲げてきた。災害に強いまちづくりや環境問題の解決などに取り組み、環境未来都市やSDGs未来都市にも選ばれている。観光においても、日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)に基づくサステナブル・ツーリズムを推進。また震災からの復興の姿を広く発信するため、外国人観光客の誘致や受け入れ体制の整備を通じてインバウンドの推進にも注力している。
▲松島湾の奥に浮かぶ、宮戸島(みやとしま)周辺の奥松島地域
地域の魅力を引き出した宮城オルレ・奥松島コースの開発
震災を契機に、地域資源を改めて見直しながら観光振興を図る中、新たに開発されたコンテンツのひとつが、2018年に整備された「宮城オルレ・奥松島コース」だ。韓国・済州島発祥のオルレは、ゆっくりと歩きながら地域の自然や暮らしを体感できることが魅力のトレッキングコース。奥松島でのコース選定にあたっては、地域住民の意見を反映し、縄文時代の遺跡が数多く残る奥松島地域ならではの歴史や景色を味わえるようにした。また、昔ながらの生活道や避難道をコースに取り入れることで、定期的な整備が行われるようになり、地域住民にとって大切な遊歩道の維持にも繋がっている。官民一体で取り組んだ観光資源・奥松島コースは、開通以来の累計利用者が2024年12月末時点で約37,000人に達した。
▲宮戸島を一周する全長10キロの奥松島コース
2022年、奥松島コースでの一連の取り組みをテーマにGreen Destinations「世界の持続可能な観光地トップ100選」に応募し、見事選出される。翌年2023年には、国連世界観光機関(UN Tourism)が選ぶ持続可能な観光地域づくりに取り組む優良な地域として、「ベスト・ツーリズム・ビレッジ2023」に奥松島地域が認定された。宮城オルレ・奥松島コースに加え、自然エネルギーの活用や防災教育など、復興過程での地域におけるさまざまな取り組みが評価されたという。
こうした国際認証の取得を伴走支援したのが、地域連携DMO登録法人「株式会社インアウトバウンド東北」だ。同社は、宮城県および関連自治体が推進する「仙台・松島復興観光拠点都市圏形成推進計画」に基づき、2018年1月に「株式会社インアウトバウンド仙台・松島」(2024年4月現社名に改名)として設立。外国人誘客施策や双方向交流を目指し、仙台・松島・空港周辺地域の、6市3町の観光地域づくりを推進してきた。
同社のDMO事業COO兼CMO・工藤雅教氏は、「2つの国際認証を得たことで、世界へ情報発信する機会が広がったことは間違いない」と言う。実際、海外からの取材や視察も訪れ、持続可能な観光地としての機運は高まりつつある。しかし一方で、地域住民や観光事業者は自分たちの活動が評価されたという実感や達成感を十分に得られていないことも分かってきた。「次のステップとして認証の効果を目に見える形で地域住民に共有し、彼らの意識をさらに高める取り組みが必要だと考えました」と工藤氏。
▲旅行商品の造成・販売などDMC機能も担う「株式会社インアウトバウンド東北」の工藤氏(写真右)
「歩く」を目的に来た人が「守る」活動にも参加できる仕組みづくり
2024年度、地域主体の事業として試みたのが、観光庁「持続可能な観光推進モデル事業」を活用した観光商品の開発だ。オルレをはじめ自然と深く結びついたアクティビティが人気の奥松島地域だが、維持修繕に携わる担い手不足など、自然資源の保全には未だ課題が残っている。そこで、自然景観の活用と保全を一体的に運用していける仕組みづくりを図ることにした。
着目したのは、「歩く」と「守る」を両立する「Trailology(トレイロロジー・歩道学)」という手法だ。「奥松島版Trailology」の開発を図るため、地域の観光事業者や市職員と共に国内の先進事例となる福島県安達太良(あだたら)地域を視察。その後参加者で意見を出し合いながら、宮城オルレ・奥松島コースや景勝地を中心に巡るモデルコースを考えていった。さらに台湾でトレイル保全に取り組んでいる「台湾千里歩道協会」の専門家を招聘してフィールドワークを実施。モデルコースを歩きながら保全手法のアドバイスを受け、観光商品としての有効性や課題を検証したという。
▲安達太良地域では、トレイル利用者が里山のトレイル整備を手伝う取り組みを実施している
奥松島版Trailologyでは、歩く人々が自然を楽しみながら、その保全活動にも参加できるようなコンテンツを盛り込む。新たなコンテンツを一から開発するのではなく、地域の担い手が行う既存の取り組みを活用することも狙いだ。当たり前に行っている取り組みの価値を、来訪者に直接伝えてもらう機会を増やすことで、地域の事業者が「自分たちの活動が評価されている」と実感できる仕組みをつくるというもの。JSTS-Dの指標「A5 事業者における持続可能な観光の理解促進」や「A10 求めるターゲットの層の誘致拡大に向けた地域発意での新商品開発」などに基づいた取り組みで、地域主体の持続可能な観光地づくりが発展していくことを目指している。
参加事業者のひとつである「美馬森 八丸(みまもり はちまる)牧場」は、重機に頼らず馬の力を活用して森の整備を行い、生物多様性の創造に取り組んでいる。観光客は馬と触れあうだけでなく、餌づくりや薪割りなど、牧場の仕事を体験できるのが特徴だ。「牧場での日常体験を分かち合うことで、訪問者とスタッフとの繋がりをつくりながら、アクティビティとしても楽しんでもらえる。フィールドワークで行った丸太の皮はぎ体験も、観光客が森の整備に貢献できる魅力的なコンテンツになると思います」と工藤氏。
▲八丸牧場での丸太の皮はぎ体験。皮を剥ぐことで水分が逃げ、腐りにくくなり長持ちする
ほかにも、被災ののち閉校となった小学校の校舎を活用した防災体験型学習施設「KIBOTCHA(キボッチャ)」で行う竹あかりの制作体験や、自然保全活動に取り組む地域のトレッキングガイドの案内で遊歩道修繕の現場を見学し、簡単な整備作業に参加するなどのアイデアも挙がっている。こうしたコンテンツを通じて、「歩く」主体と「守る」主体を重ね合わせ、観光客と地域が一体となって保全活動に関わる仕組みの構築を目指す。
観光のための地域づくりではなく、持続可能な地域づくりのために観光を活用
既に開発した商品の販売に向けたアプローチも行っている。メイン市場となるのは事業でも連携を図った台湾だ。復興支援を通じて繋がりが深まった台湾は、仙台への直行便も多いことから宮城県最大のインバウンド市場である。また、奥松島オルレコースは台湾と友好の道を締結しており、自然アクティビティや持続可能な観光に関心を持つ人が多いことも理由に挙げられる。
さらに国内外の企業や教育機関など、保全に関心のある組織やコミュニティに焦点をあて、視察や研修プログラムの造成など、関係人口の創出を目指したターゲティングを進めている。工藤氏は「一方的に『来てください』と呼びかける誘客プロモーションの先を見据えたい。一過性の消費で終わる観光客から、リピーターとして地域社会に貢献する存在へと変えていければ」と話す。
奥松島は、自然と共生しながら伝統的な暮らしを守り続けてきた地域でありながら、訪れる人々を温かく迎える寛容さも持ち合わせている。「だからこそ、観光のための地域づくりではなく、地域の持続可能性を高めるために観光を手段として活用するという考え方のもと、取り組んでいます。そして、地域の事業者が主体的に活躍できる仕組みをつくることで、さらに世界水準の持続可能な観光地となっていけるはず」(工藤氏)。
次のステージを目指す東松島市の挑戦に、これからますます期待が高まる。
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