インバウンド特集レポート

観光の“現場の不便・不満”に挑むテック企業たち、旅ナカDXが変える未来

2025.10.06

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チェックアウトを終えた訪日客が、大きなスーツケースを引きずり駅へ向かう。改札は混雑し、観光地の駐車場には長い列。行きたい施設は「満席」の表示が続き、貴重な時間が失われていく。観光のにぎわいが戻った今、その裏側で噴き出しているのは、観光客の「不便」「不満」、そしてオーバーツーリズムによる地域住民への影響である。こうした“旅ナカ”の課題は、現場にとって待ったなしの問題だ。

この解決に挑むのがスタートアップ企業である。手荷物配送、混雑の可視化、行動データの活用など、スピードと柔軟な発想を武器に、観光の現場を変え始めている。ここでは、その事例を紹介し、地方自治体やDMO、観光事業者にとっての導入のヒントを探る。

 

荷物の当日配送で、観光時間を最大化するAirporter

観光客の利便性や混雑緩和に貢献しているのが、手荷物の当日配送サービス「Airporter」を提供する株式会社Airporter(エアポーター)だ。空港から宿泊施設だけでなく、日々集荷ルートが変わるためオペレーションが難しい宿泊施設から空港、宿泊施設間の荷物の配送も手掛け、年間の取り扱い荷物は30〜40万個にも上る。

民泊運営で直面した訪日客の「荷物の不便」がビジネスに

創業者で同社代表取締役の泉谷邦雄氏は、もともと貿易会社や焼き芋店、民泊事業を手がけていた。10軒の民泊を運営するなかで「荷物を預かってほしい」という声に直面したことが、事業の原点となっている。

通常、スタッフが常駐しない民泊では、荷物の預かりはしていないが、泉谷氏は利用者からの高評価レビューを期待して無料で預かった。すると、依頼が殺到し、人件費が急増。そこで大手配送業者の空港への配送サービスを利用しようとしたが、ホテルから空港への配送が2日かかると知る。大手運送会社では、空港からホテルへの当日配送は手掛けているが、日々集荷ルートが変わる宿泊施設からの配送は困難という事情が分かった。ここにビジネスチャンスを感じた泉谷氏は、2017年にAirporterを設立した。

旅行者のスーツケース

伝票不要、チャット対応、旅行者目線の仕組みづくり

Airporterは、羽田・成田・関西・那覇・新千歳の各空港でカウンターを構える大手企業と提携しサービスを展開。東京では、ビジネスホテルの約6割と提携し、ホテルと空港の間で荷物の運送を担っている。提携ホテルでは客室にAirporterのポップを掲示し宣伝を行っている。提携していない宿泊施設の荷物配送では、宿泊客から直接Airporterのサイトに予約申し込みがある。どちらも申し込みは前日の23時までで、当日空港へ配送したい場合は、朝9時までに宿泊施設に荷物を預ければよい。

利用客とのコミュニケーションにも気を配る。通常、荷物の運搬に必要な伝票は、インバウンド客が対応困難なことを考慮して使用しない。予約はインターネットでの申し込みに絞っている。カスタマーサポートはチャットで、20〜30人のスタッフが8時から23時まで日本語・英語・中国語で対応している。

利用者は、台湾人旅行者が圧倒的に多いという。30〜40代で、電車はグリーン車、飛行機ならプレミアムエコノミーを利用する層に支持されている。また、20代の女性の一人旅のケースも多いそうだ。

混雑緩和で得た知見から次のステージへ、長距離・海外配送への挑戦

手荷物配送は、観光客の利便性向上だけではなく、混雑の緩和にも役立つ。公共交通機関などに持ち込まれる大きな荷物を減らす効果があり、観光客の行動範囲拡大や消費額増加にもつながる。

2025年、近畿運輸局が実施した「関西手ぶら観光プロジェクト」にも採択された。繁忙期には1日90名以上が利用。混雑緩和に一定の成果があったと評価された。

今後は、東京と京都間の当日配送に挑戦するほか、市中のホテルで預けた荷物を海外の空港で受け取れる「シティチェックイン」の実証実験も進めている。「航空会社の手荷物カウンターに並ばなくて済む利点がある」と泉谷氏。Airporterはスタートアップならではの小回りのよさと、DXを強みに、利用客の利便性を高めながら問題を解決することで、新たな市場を切り拓いている。

 

混雑を“見える化”し、人の流れをデザインするバカン

観光地における混雑は、旅行者の満足度を下げるだけでなく、地元住民の生活にも深刻な影響を及ぼす。こうした課題に対し、AIによる画像解析技術を応用して混雑を「見える化」することで解決策を提供するのが、株式会社バカンだ。

同社は、2016年に画像解析技術を用いてトイレの空き状況を可視化するサービスから事業をスタートした。現在は、商業施設のみならず観光地でのニーズも高まり、自治体と連携したオーバーツーリズム対策を数多く手がけている。「観光では、混雑を避けて、快適に過ごせるよう予定を立てたり、特定の場所に足を運んでいただくなど、人の流れを作るサービスを提供しています」と、同社執行役員DX事業本部本部長の五十嵐則道氏は話す。

屋内外合わせて約2万箇所に設置したセンサーやAIカメラなどを活用し、リアルタイムで混雑状況を検知。自社のウェブサイト上や、デジタルサイネージ等で配信することで混雑を周知し、人の流れを変えている。

vacan五十嵐氏▲株式会社バカン 執行役員DX事業本部本部長の五十嵐則道氏(提供:株式会社バカン)

駐車場の可視化で、紅葉シーズンの渋滞を緩和する日光市の取り組み

その代表例が、2022年から取り組んでいる日光市での取り組みだ。バカンのシステムを使い、日光市山内の表参道を歩く観光客の人流や、世界遺産「日光の社寺」エリア周辺の駐車場の混雑状況をデジタルマップで可視化している。

特に秋の紅葉シーズンには深刻な渋滞が発生し、地元住民の日常生活にも支障が出ていた。

観光客の多くは二社一寺(日光東照宮、日光二荒山神社、日光山輪王寺)近くの駐車場を目指すため、他にも駐車場があることに気づかず、周辺の駐車場の利用が進まなかった。そこで、リアルタイムで駐車場の空き状況を配信し、「少し歩くが比較的空いている他の駐車場を利用する」という選択肢を与えて混雑分散を促した。繁忙シーズンには臨時駐車場も開設されるが、こうした短期での利用にも対応できる。

2024年10月から11月にかけての繁忙シーズンに、専用ウェブサイトで合計17万582PVを記録し、多くの来訪者に活用されたことがわかった。こうした成果が評価され、取り組みは現在まで継続されている。

▲繁忙シーズンの臨時駐車場にもシステムを活用(提供:日光市)

 

1時間半待ちの行列に挑む、函館ロープウェイの混雑対策

2025年1月には、函館山ロープウェイで「函館山混雑状況配信システムVACAN」を導入した。日本三大夜景の一つを見ようと夕方以降に観光客が集中し、繁忙期には1時間半待ちになる日もあり、観光客から不満の声が寄せられていた。

函館山の混雑状況(バカン様)▲夜景を一目見ようと観光客が詰めかける函館山。現在の混雑を可視化した情報をバカンが提供

この状況を軽減するために、屋上展望台、展望スペース(漁火公園)、登山道、山頂駐車場、山麓観光駐車場にAIカメラを設置し、混雑状況をリアルタイムに感知。この情報は、JR函館駅や函館山の麓の公共施設に設置したデジタルサイネージで確認できるほか、市内の小売店や飲食店、宿泊施設、観光案内所などに掲示されたQRコードからも知ることができる。この情報により、観光客は混雑ピークを避けたり、混雑時にバカンが作成したデジタルマップを参考にして周辺の観光スポットを巡ることができたりと、「待ち」のストレスを回避してより高い観光体験を得ることができる。

「1年目は混雑の可視化、2年目は周辺の観光スポットやイベントの可視化と回遊を実現した。3年目以降はさらに観光客の体験価値を向上するための様々な仕組みの導入を検討しており、地域全体の回遊や活性化につながれば」と五十嵐氏は話す。

バカンは、混雑ステータスの表示に加え、リアルタイムでの画像掲示や属性検知によるレコメンド、プライバシーに配慮した新たなデバイスを活用した人流検知の仕組み、短時間混雑予測など、よりよい様々なサービスの展開に取り組んでいるという。

 

人流データの解析から、広告の発信、効果計測まで実施するunerry

バカンがセンサーやカメラで“いまこの瞬間”の混雑を可視化して人流を分散させるのに対し、株式会社unerry(ウネリー)は「人流」に焦点をあて、ビッグデータの解析から混雑の分散など人々の行動変容を促す点に特徴がある。

2015年に創業した株式会社unerry(ウネリー)は、「心地よい未来を、データとつくる」ことをミッションに掲げている。約150のスマートフォンから得た位置情報データをAIで解析し、個人の動きを捉える。その規模は、国内で2.4億ID、世界で8.5億IDと最大級だ。さらに225万個のビーコンやGPSを組み合わせることで、高精度な人流データの解析を実現してる。

unerryの強みは、これらのデータを活用して、その時間・その場所にいる旅行者に合わせてリアルタイムに情報発信ができることだ。観光客の流れを測定し、ターゲット層を絞ったうえでのプロモーションを通じて「どう行動が変わったのか」を定量的に検証する。その効果を数値で示すことで、観光事業者や自治体が次の一手を打ちやすくしている。

「最終的には、一人一人にパーソナライズされた情報が届く世界を作りたいと考えている」と同社取締役副社長COO鈴木茂二郎氏は語る。

unerryの鈴木様▲株式会社unerry 取締役副社長COO鈴木茂二郎氏(提供:株式会社unerry)

箱根の夜の滞在促進で渋滞を緩和、来訪率4.7倍に

unerryのデータ技術は、主に小売業などで実績を重ねてきたが、観光分野でも活用されている。2020年から2回にわたり実施した箱根DMO(一般財団法人箱根観光協会)との取り組みでは、箱根観光の大きな課題である交通渋滞の解消に向けた施策を行なった。

箱根を訪れる人の年齢層、性別、旅行形態別に箱根内の回遊傾向等を分析したところ、観光客の地理的な分散よりも時間的な分散を図ることが有効であると示唆された。そこで、混雑を避けるため「夜の箱根を楽しむ」プランを提案。近隣の入浴施設の割引クーポンと組み合わせ、天体観測やサンセットクルーズなどの情報を配信した。

その結果、情報を配信したグループの施設来訪率は、配信していないグループの約4.7倍に達し、行動変容を促せたことが明らかになった。

新大久保通りの分散を促進、裏通りの回遊率40.3%に

東京都との取り組みでは、新大久保エリアで大久保通りに集中する人流を分散させるための施策を展開。インフルエンサーを起用し、裏通りにあたる「つつじ通り」のおすすめスポットを配信した。その結果、つつじ通りと大久保通りに回遊した人の割合は、広告配信の対象外が26.7%に対し、広告配信対象者が40.3%となり、人流分散に対する一定の効果が示された。

新大久保、人流分散施策の事例(unerry様)▲新大久保での人流分散施策。広告配信により、裏通りへの回遊率が26.7%から40.3%へと向上した(提供:株式会社unerry)

これらの実績もあり、unerryは東京都の「令和7年度DXによる観光データ活用等支援事業」の実施事業者に採択された。今後2年間、都内各地域が抱える観光課題に対し、データを活用した解決策を提示していく予定だ。

 

混雑の可視化と行動変容、異なる強みで生み出す相乗効果

バカンとunerryはともに「混雑緩和」に挑むが、アプローチは異なる。「今」の混雑状況の可視化を得意とするバカンに対して、unerryは旅行者の行動を捉え、プロモーションによる行動変容と効果検証である。

「お互い相性がいい」と語るのは、バカン執行役員の五十嵐則道氏。これまでいくつかのプロジェクトで協働し、観光現場の混雑緩和に成果を上げてきた。

たとえばお台場の東京ビッグサイトにいるコミケ来場者を、ドローンショー会場である青海エリアへ回遊させるべく、SNSやアプリで広告配信を行い、その効果を検証したときのことだ。バカンが東京ビッグサイトにデジタルサイネージを設置し来場者を青海エリアへと誘導すると同時に、実際にどの程度の人がドローン会場を訪れたかをunerryが推計した。

「思った通りに人が動かなかったというのもunerryのデータからわかる。それでサイネージの場所を変えてみたら人が行くようになったというように、施策を変えた前と後の変化がわかる」と五十嵐氏は語る。

効果検証の結果、SNSやアプリプッシュで広告を見なかった人の回遊率8.4%に対して、広告を見た人は18.9%に達し、回遊促進の効果が示された。

unerryのお台場/有明エリアでの取り組み▲バカンのサイネージとunerryの人流データ分析により、広告配信による回遊率が8.4%から18.9%へと向上(提供:株式会社unerry)

 

盛況の裏で問われる、現場の不満や不満をどう解消するか

観光業界はインバウンド需要の回復により、かつてないにぎわいを取り戻している一方で、手荷物や混雑、人流集中といった「現場の不」が確実に積み重なっている。これらを放置すれば、旅行者の体験価値が損なわれるだけでなく、地域住民の不満も増幅しかねない。

今回紹介したスタートアップは、それぞれ異なるアプローチでこの課題に挑んでいる。Airporterは「手ぶら観光」で行動範囲を広げ、バカンは「混雑の可視化」で人の流れを調整し、unerryは「データ解析」で行動変容を促す。そして、バカンとunerryが協働することで「可視化」と「検証」が結びつき、施策の実効性が一層高まっている。

観光分野のデジタル化が遅れているといわれるなか、現場には即効性のあるサービスや取り組みが強く求められている。小さな「不便・不満」の解消こそが旅行者の満足度を高め、地域に持続可能な観光をもたらす第一歩となる。

地方自治体やDMO、観光事業者にとって、スタートアップとの協働は、未来の観光を形づくるために必要な要素となりつつある。

 

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