インバウンド特集レポート

観光の次の10年を動かすのは誰か? 中小企業とスタートアップが主役に

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訪日外客数は2024年に3687万人に達し、この10年で年平均7.2%の成長を遂げた。次の10年、日本の観光インバウンド業界が持続的に発展するには、何が鍵となるのか。その一つが、中小企業やスタートアップの存在だ。宿泊・飲食・ガイドなど、旅行者に直接価値を届ける事業者の多くは中小規模の企業である。こうした企業は、変化に柔軟に対応し、外部資源を活用して機動的に行動できる強みを持つ。

観光地の競争力や持続可能性を高めるには、こうした事業者の育成と支援を、政策や地域経営の中核に据えることが欠かせない。今回は、体験型観光の広がりや国際社会で進む中小企業支援、そして異業種との連携といった動きを手がかりに、中小企業がいかにして「次の観光」を動かす力となるのかを探る。

未来の観光に向けた取り組みのイメージ図

 

観光業の構造変化が促す、地域密着型旅行ビジネスの広がり

観光業において重要な役割を担う宿泊や飲食、ガイドなどの多くが中小企業やスタートアップであり、以下ではこれらを含めて「SMEs(Small and Medium Enterprises)」と表記する。一方で、地域に根差し、地域資源を持続可能な形で活用して体験価値を提供し、社会課題解決を目的に、さまざまな旅行の要素をアレンジするビジネスはこれまであまり注目されてこなかった。

とくに旅行市場の主流である国内旅行においては、北海道や沖縄などの特定の地域を除けば、旅行者が現地発着のツアーに参加する機会は少ないためビジネスモデルとして一般的な認知度も低い。

日本の地方観光地イメージ図

しかし現在、旅行ビジネス業界には構造的な変化が見られる。2005年から2024年までの20年間の旅行業登録者数の動向を種別に分析すると、第一種(海外・国内問わず募集型・手配型旅行を取り扱う旅行会社)、第三種(営業エリアを限定し、国内旅行のみを扱う形態)、旅行代理業(他の旅行業者が企画した旅行の代理販売を行う形態)が減少している。一方で、第二種(海外の募集型は不可だが、海外の手配旅行や国内旅行全般を扱う旅行会社)、地域限定旅行業(営業地域と取扱範囲が限定され、主に地域密着型の事業者が対象)は増加している。

特に地域限定旅行業は、2017〜2018年を転換期として顕著な増加が見られ、旅行業界が、従来の総合的な旅行業から国内の旅行アレンジを中心に行うビジネスに移行していることを示している。

そのような動きに注目し、筆者はこれまでDMCやランドオペレーターと呼ばれてきたビジネス主体を総称して「地域旅行ビジネス」と呼んでいる。地域旅行ビジネスこそが、異業種からの参入も含め、持続的でより豊かな観光地を実現するためのドライバーとなる可能性を持つことを、以下の事例から示したい。

 

観光は「体験」の時代へ、変わる旅行市場の重心

地域に根差した体験型の観光ビジネスは、世界的にも注目を集めている。旅行者の口コミサイト、トリップアドバイザーの検索カテゴリは、日本語のサイトでは「ホテル」「観光」「レストラン」「フライト」となっているが、英語ページでは「観光」は「Things to Do」(=するべきこと)となっている。フランス語では「Activités」、ドイツ語では「Aktivitäten」が用いられているが、いずれも日本語の「観光」とは異なり「見る」だけでなく「なにかをする」というスタイルが想起される。実際「Things to Do」のカテゴリーで検索をしてみると、さまざまな現地発着の体験プログラムやツアーが紹介されている。

ツアーガイドと観光客のイメージ図

このような分野は、英語では「ツアー&アクティビティ(アトラクション)」と呼ばれ、昨今非常に注目されている分野である。

この分野に特化した国際イベント「ARIVAL」は欧米を中心に開催され、体験商品の流通を専門に扱うプラットフォーマーやサプライヤー(体験事業者)が集い情報交換やネットワーキングの機会となっている。筆者もかつてアジア初開催となったバンコクのARIVALに参加したことがあるが、強くその熱気を感じた。

2025年6月には、日本でも体験事業に関わる有志が発起人となって、「Tabinaka Summit 2025」が東京で開催された。タビナカ(=旅の最中の体験)が、訪日外国人の消費拡大や観光満足度向上のカギを握る要素として注目を集めていることを背景に初めて企画され、オンラインも含め約1,000名が参加した大盛況イベントとなり、関心と期待の高さがうかがえた。

 

中小企業は観光のキープレイヤー、世界中で支援が進むその理由とは

日本の企業数では99.7%を占めるSMEsは、昨今観光業界において重要性の認識が増している。世界規模で活動する観光・旅行産業の業界団体である世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、2024年、「Together in Travel」というSMEs支援プラットフォームを立ち上げた。SMEsは旅行・観光産業の礎であり、革新的なスタートアップを生み出す存在とされている。このプラットフォームでは、コンテンツやネットワーキングの機会、教育プログラムなどが提供されている。

WTTCが2024年に立ち上げたSMEs支援プラットフォーム「Together in Travel」▲「Together in Travel」公式サイトのトップページ。旅行・観光業界の企業のうち、80%が中小企業であると記載されている(出典:Together in Travel

また、欧州連合(EU)は観光セクターの重要性をかねてから認識し、地域の観光エコシステムの形成を促進するため、多くの施策を行ってきたが、SMEsに対する支援育成もその一つである。

とくに、デジタル化と持続可能性への移行を促す「観光の二重の転換」と呼ばれる政策では、急速に変化する市場において競争力を維持するためにはSMEsの役割が不可欠との認識のもとで推進されている。デジタル・トランスフォーメーションにより、観光分野のSMEsが効率性を高め、顧客体験を改善し、新たな収益源を開拓できる。

同時に、旅行者が環境配慮の選択を優先する中で、再生可能エネルギーやエコフレンドリーなサービスといった持続可能な実践がますます重要となっているからである。しかし、多くのSMEsはこれらへの変革を独自に遂行するリソースや専門知識を欠いており、外部支援が重要であるとしている。そのため、EUは、資金援助も含めた政策を積極的に展開している。

 

起業家が育ち、地域が変わる、今求められる観光エコシステム

スタートアップを生み育てるエコシステムを創出するため、日本政府は2022年11月「スタートアップ育成5カ年計画」を決定した。また、社会的なインパクトのあるスタートアップを称える「日本スタートアップ大賞2025」においては国土交通省分野からの受賞者も見られた。しかし、観光分野における価値創出を目指すビジネスを支援する動きは諸外国に比べればまだ十分ではない。今後、観光分野におけるスタートアップ育成は、観光政策の重要なアジェンダとして取り上げられる必要があるだろう。

また昨今、ビジネスの力で社会課題の解決や社会変革を目指すソーシャル・アントレプレナーが注目されているが、観光分野においても促進する動きが活発化している。たとえば、ホスピタリティ産業への人材輩出を行うスイスの名門校EHLホスピタリティ・ビジネススクールは、社会的インパクトを実行に移すため、ソーシャル・アントレプレナー事例を取り上げ、積極的に啓発活動を行っている。

観光産業が本質的に人間関係を基盤とし、雇用創出や地域社会への影響によりGDPに大きく貢献する一方で、労働搾取や環境負荷、文化の商品化などの課題も内包している。こうした二面性を持つことが、社会起業家にとって大きな活躍の場となり、それによって、ホスピタリティビジネスが社会的インパクトを促進する触媒となり得る。

ビジネスシーンのイメージ図

また、ドイツの観光研究者が2019年に提唱し開始された観光ソーシャル・アントレプレナーのピッチイベントは、今やITBベルリンやアマデウスなどがサポートし、世界的なコンペティションとなっている。このような動きをみると、起業家の出現と育成支援するサイクルの醸成、つまり観光エコシステムの構築が、今後10年間で、日本の観光のイノベーションにとっても大きなアジェンダとなる必要性を感じさせる。従来になかった分野から多くのプレイヤーがさまざまな経験価値を提供する地域こそが、選ばれる時代がやってくる。

今回の特集で取り上げた、金融や医療、ITからのスタートアップ参入事例も、「地域旅行ビジネス」や「観光エコシステム」を形成する上で欠かせない要素だ。今後、日本の観光を牽引する原動力になることが期待される。

 

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