インバウンド特集レポート
訪日客数が過去最高水準で推移する中、日本の観光は次の局面に差しかかっている。人を呼び込むことが目的化していたフェーズを経て、現場では「この賑わいは、地域の未来にどうつながるのか」という答えのない問いが、意識されはじめている。
本稿では、2025年に実施した読者アンケート調査の結果に基づき、観光・インバウンドの現場で働く実務者や自治体関係者の関心の高まりを分析した。その内容を手掛かりに、2026年の観光を読み解く10のキーワードを編集部の視点で提示する。
(1)量から質への転換
1. 高付加価値化
訪日客数が過去最高水準を維持する中、観光政策の焦点は「人数の拡大」から、一人当たりの「消費額の増大」と「満足度の向上」へと明確にシフトしている。この流れの中で、価格よりも体験の質や意味を重視する高付加価値志向の旅行者への対応が重要性を増している。
こうした旅行者は、地域の文化や自然に対する深い知的好奇心を持ち、それに応える特別な体験を求める傾向が強い。その中心には、時間的・経済的な余裕を背景に、質の高い体験に正当な対価を支払う層が含まれており、いわゆる富裕層もその一部を占めている。こうした層に向けて、地域固有の文化資源や自然環境に専門的な解説や演出を加え、付加価値を高めたサービスを正当な対価で提供することが重要だ。高価格帯のサービスは、地域への経済効果だけでなく、文化遺産や自然環境の保全コストを賄う重要な手段となる。
2026年は、職人との対話や特別な場所への限定アクセスなど、旅行者が「対価を払ってでも得たい」と感じる意味のある体験づくりが各地で一層高まるだろう。
2. オーバーツーリズム
特定地域への過度な観光客集中は、住民の生活環境悪化や公共交通の混雑を招く深刻な課題だ。こうした現象は一部の有名観光地に限らず、全国の自治体が将来的なリスクとして捉えはじめている。現状を放置すれば、混雑による満足度の著しい低下や地域社会との摩擦が拡大する。持続可能な観光地経営のためには、単なる集客から、混雑をコントロールする「管理」への転換が不可欠である。
2026年に向けては、対策の具体化と、それを支える財源の確保が重要となる。姫路城が導入する方針の市民と市民以外で入城料を変える「二重価格」や、事前予約制による入場制限、人流データを活用したリアルタイムの分散誘導など、実務レベルでの取り組みが進みつつある。さらに政府は、観光公害対策の財源として、2026年度中にも出国税(国際観光旅客税)を現行の1000円から3000円へ引き上げる案を検討している。テクノロジーと制度の両面から、実効性のある対策をどう取り入れていけるかが具体的に問われる年になるだろう。
3. ウェルネス・マインドフルネス
コロナ禍を経て、旅に求められる価値は、「観光地巡り」から「心身を整える時間を持つこと」へと、ゆるやかに移り変わってきた。各地で広がるリトリートやウェルネスツーリズムは、単なる癒やしを超え、日常から一度距離を置き、自分自身や周囲と向き合うための時間として受け止められはじめている。
こうした流れの中で、日本のマインドフルネスが持つ独自性にも関心が集まっている。欧米を中心に広がってきたマインドフルネスが、ストレス軽減や自己管理といった「セルフケア」の文脈で語られることが多いのに対し、日本の文化に根ざした体験は、自然や場、人との関係性の中で心身が整っていくプロセスを大切にしてきた。茶道や禅、温泉文化などに通底する感覚は、言葉で教え込むものというより、所作や空間を通じて静かに伝えられてきたものだ。
一方、ウェルネスをめぐる取り組みは年々多様化しており、睡眠や身体データをもとにしたプログラム設計など、科学やテクノロジーを取り入れる動きも見られる。2026年は、そうした流れと並行して、日本の体験事業者には、単に癒やしの時間を提供するだけでなく、その土地や文化が育んできた考え方や文脈をどう伝え、旅人自身が何かを感じ取り、持ち帰れる余白をどのように設計するかという視点が、改めて重要になるだろう。

(2)地域固有の資源の発掘と再定義
4. ガストロノミー
世界的な日本食人気の高まりを背景に、料理を通じてその土地の風土や歴史に触れるガストロノミーツーリズムは、日本でも旅の大きな動機の一つとして定着しつつある。近年は、単に「美味しいものを食べる」だけでなく、食材が育まれてきた背景や、生産者の営みに触れる体験が重視されるようになってきた。食は、地域らしさを最も直感的に伝えられるコンテンツであり、旅の記憶に残りやすい要素でもある。
2026年に向けては、こうした流れをさらに一歩進めた「サステナブル・ガストロノミー」への関心が広がることが予測される。地域の気候風土が育んだ発酵文化や、自然と向き合いながら受け継がれてきた食の知恵をストーリーと共に伝える取り組みも増えつつある。未利用魚の活用や伝統野菜の継承、フードロス削減をはじめとした、食を通じて地域の環境や文化と関わる「責任ある美食」は、これからの観光の一つの軸になっていく可能性がある。同時に、ヴィーガンやハラール、アレルギー対応といった食の多様性への配慮も、さまざまな旅人を迎えるために必要な前提条件として求められるだろう。
5. アドベンチャートラベル
2023年の北海道サミット(ATWS)、2024年の沖縄、2025年の東北アドベンチャーウィーク開催と、日本は国際団体ATTAとの連携を通じて着実にその存在感を高めてきた。滞在期間が長く消費額も大きいこの市場は、地方部へ旅行者を分散させる特効薬であり、各地で進む国立公園の活用や古道の整備は、まさにこの層を惹きつける強力なコンテンツとなり得る。
2026年は、これまでの取り組みが「世界市場で流通する旅行商品」になることが期待される。アドベンチャーウィーク等の視察を通じ、海外の有力バイヤーとのネットワークが深化し、日本各地のストーリーが国際基準のAT商品として、有力エージェントの販売チャネルへ本格的に投入されはじめている。地域の歴史や信仰を熟知したガイドと巡る「探求型ツアー」は、日本の地方観光のあり方を変える兆しとして注目されるだろう。

(3)人・組織・仕組みの構築
6. ガイド人材
体験の価値を左右するのは、現場で物語を紡ぐガイドの存在だ。アドベンチャートラベルや高付加価値旅行の需要が増す中、求められるのは単なる通訳ではなく、地域の歴史、自然、文化を独自の視点で語る「ストーリーテラー」だ。彼らは地域と旅行者の橋渡し役として、現地のルールやマナーをそれとなく伝え、文化への深い理解と尊重を促す重要な役割も担っている。
2026年は、ガイドの職業的地位の向上と「稼げるプロフェッショナル」としての自立が本格化するだろう。地域DMOによる公認制度の確立や、デジタル技術を活用した予約・マッチングの効率化が進むことで、高度な専門性と安全管理能力が適切に評価され、ガイドが地域経済を支えるキーマンとして再認識されていくことが予測される。
7. サステナブル・トラベル
環境に配慮しない旅は選ばないという意識が、Z世代や欧州圏を中心に一般的な価値観として浸透しつつある。今や、単に「環境に優しい」だけでなく、旅をすることで現地の自然を回復させ、文化を活性化させる「リジェネラティブ(再生)」な視点が、観光地の長期的な価値を左右する時代となっている。
2026年は、観光立国推進基本計画で掲げられた「持続可能な観光地域づくり」の数値目標達成に向け、国際的なサステナブル認証(GSTCなど)の取得や、地域独自のマネジメント指標を導入する動きがさらに加速するだろう。また、旅行者が地域の保全活動や伝統行事の準備に直接参加し、その貢献の対価として特別な体験を得る「参加型サステナブル」が一般化する。旅を通じて旅行者と地域の関係性が深化し、双方向の豊かさを育む仕組みがより一層重視される年になるだろう。

8. DMO(地域経営)
DMOの役割は、単なるプロモーションから「データに基づく地域経営」へと完全に深化している。オーバーツーリズム対策や財源確保など、個別の事業者では対応しきれない課題に対し、地域全体の合意を形成し、最適解を導き出す司令塔としての機能が求められている。
2026年は、日本のDMOにとって大きな転換点となるだろう。観光庁による登録要件の厳格化が進む中、DMOの機能や実行力に対する評価がより明確になり、その結果として、DMO組織に求められる役割の輪郭が、これまで以上にはっきりしていく。
また、法定外目的税である宿泊税等の導入自治体が拡大する中、その税収を原資とした行政からの事業委託や予算配分を通じ、補助金に依存しない自立的な事業運営を目指すフェーズに入る。住民の満足度をKPI(重要業績評価指標)に掲げ、観光の利益を生活インフラの維持や福祉へ還元する「持続可能な経営」の実効性が厳しく問われることだろう。
9. 地域DMCの構築、強化
特に地方部において、旅行商品を造成・販売して収益を上げる「DMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)」の重要性が増している。地域の魅力を収益化するためには、商社のような「売る力」と、地域の交通や宿泊を束ねる「調整力」を持つことが不可欠だ。地域に深く根差し、地元の宿泊・交通・体験事業者と顔の見える関係を築く「地域密着型のDMC」が、観光の経済効果を地域内に循環させる鍵となる。
2026年は、地域の特産品販売や空き家利活用など、観光以外の産業と連携したビジネスモデルの構築がより一層進むだろう。地域内の二次交通の確保やガイド手配を一括で行う機能が、観光客の利便性と地域の収益を直結させる鍵となる。
(4)観光業界を横断するインフラ基盤
10. DX/生成AI
深刻な人手不足が続く中、観光業界でのDXは生存戦略そのものといえる。予約の自動化やAIによる需要予測に加え、生成AIが旅行者のパートナーとして本格的に機能しはじめている。
2026年は、AIコンシェルジュが旅行者のSNSの嗜好や現在のリアルタイムな混雑状況、天候データを瞬時に解析し、「今、あなたが行くべき最高の場所」を個別に提案するパーソナライズが一段と高度化し、旅行者一人ひとりに寄り添う提案が現実のものとなる。多言語の壁を取り払い、地方の隅々まで旅行者を最適に導く観光インフラとして、AIが地方観光の可能性を広げていく年となりそうだ。

次回以降の特集では、この中でも特に関心の高かった「高付加価値化」「オーバーツーリズム」「ウェルネス・マインドフルネス」を取り上げ、専門家や実践者の視点から、現場で何が起きているのか、どのような工夫や葛藤があるのかを掘り下げていく。
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