インバウンド特集レポート

価格ではなく価値で選ばれる旅へ、現場実践者が見る「高付加価値化」の本質

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観光業界で頻繁に使われるようになった「高付加価値化」という言葉ですが、その意味は人によって大きく異なります。

本稿では、実際に高付加価値な旅や体験づくりに取り組む中で見えてきた視点をもとに、その本質と、現場で直面してきた課題について整理していきます。

 

高付加価値化の真意とは?

近年、日本の旅行業界では「量」から「質」へのシフトが進んでおり、一人当たりの消費額、つまり単価向上が重視されるようになっています。オーバーツーリズムや環境負荷といった社会課題の配慮も背景にあり、画一的な大量消費型の商品・サービスではなく、特別な体験や希少性を重視した「高付加価値な商品づくり」が、これまで以上に求められています。では、「高付加価値化」とは具体的に何を意味するのでしょうか。

エクスペリサスは創業の2017年以降、世界の富裕層を日本各地へ送客する事業に取り組んできました。その実践を通じて見えてきたのが、「100年先の未来へ、日本中の多様な文化が継承される『仕組み』を創る」という企業理念です。

この理念のもと、一過性の観光消費に終わらせず、地域の文化や伝統が経済的に持続可能な形で次世代へ受け継がれていく”社会インフラ”を創り出すため、製販一体型のビジネスモデルを確立してきました。

そして、日本各地で高付加価値な旅や体験を創出し、自社で構築した富裕層向け旅行会社のネットワークを通じて、特別感と高い満足度を兼ね備えたコンテンツを届けてきました。

▲これまでに8000社以上の旅行会社とネットワークを築いてきた

その過程でたどり着いた「高付加価値化」の本質とは、明確に定めたターゲット層の「本質的なニーズ」を深くまで掘り下げ、それを極限まで満たすことにあります。

実際に私たちは、1回の旅行で1人当たり300万円〜1000万円を消費する顧客層を主要ターゲットとし、BtoB型承認制プラットフォーム「XPERISUS.com」を通じて多数の体験型コンテンツを展開してきました。この絞り込まれたマーケットでの挑戦から得られた知見こそ、業種を問わず「高付加価値」を目指す事業者に必要なヒントになると考えています。

 

高付加価値化に必須な成功の「三要素」

高付加価値な商品やサービスを生み出し、持続的に成果を上げるために、避けて通れない三つの要素があります。それは、「日本固有の観光資源」「価値を伝えるストーリー設計」「価値を体現する人の存在」です。

ここからは、それぞれの要素について具体的に解説していきます。

1. 日本固有の資源

高付加価値化を進めるうえでは、まず自地域の資源が「日本ならではの価値」を備えているかを見極める必要があります。旅行者は、欧米圏は文化的要素、東アジア圏はガストロノミー要素など、日本固有の観光資源に典型的なイメージを抱いています。そのイメージに沿った日本ならではの体験コンテンツを形成することが肝要です。日本には約2000年の歴史があり、古来から現在まで伝わる文化、芸能、建築、和食、伝統などがあります。

われわれ日本人には「あたりまえ」でも、欧米圏から見ると「WOW(驚きと感動)」につながるものが多くあります。 

たとえば、京都のある寺院では、住職自らが非公開エリアを案内し、伝統芸能を鑑賞する特別ツアーを実施しています。この「非公開」という希少性が、日本の文化を深く理解したい訪日客の心を動かしています。

▲住職自ら寺院の非公開エリアを案内するという価値ある体験を創り出してきた

こうした観光資源の再定義には、地元の視点だけでなく“外からの目”を意識的に取り入れるプロセスが欠かせません。たとえば、われわれのような欧米富裕層ニーズを知るDMCや、常に富裕層顧客を案内するトップガイド、海外に目を向け、類似している観光資源の成功事例を参考にするなどを通じて、その地方のなかにある“宝”を再発見していくことが重要です。

2. 価値を伝えるストーリー

地域資源の価値を見出したあとは、「誰に、どのような文脈で届けるか」を見極めたストーリー設計によって価値を高めることができます。たとえ万人に刺さらなくても「この人にだけは深く刺さる」という一点突破のストーリー設計をすることが、近道だと考えます。

たとえば、現代アートに関心のある人には、日本トップクラスの現代アートをキュレーターと巡る旅を作る。サムライや日本刀に関心の高い人には、日本刀の鍛刀行程を間近で見学、刀匠と直接対話できる体験を作るなどが挙げられます。

これらを実現するためには、マーケット理解も不可欠であり、顧客の志向・文化背景・時間の使い方まで深くリサーチする姿勢が求められます。

3. 価値を体現する「人」の存在

どれだけ優れたコンテンツを設計しても、それを実際に届ける「人」の存在が、その価値を左右します。こうした人材には、情熱ややる気、柔軟性といった基本的なマインドセットはもちろん、体験やサービスの背景にある意味を理解し、自分の言葉で語れる力が求められます。

たとえば陶芸工房を訪れる体験でも、単に作品を見せるだけでなく、プロの陶芸家が「なぜこの形なのか」「どの土を使っているのか」「なぜこの技法を守り続けているのか」といった背景を語ってくれることで、訪問者はモノの背後にあるストーリーや文化の重みを感じ取り、「体験の深み」につながります。そして、そこで欠かせないのがガイドの存在です。顧客のニーズや思考を理解したうえで、陶芸家の思いをインタープリテーション(自然・歴史・文化などが持つ意味や価値、背景にあるメッセージを、解きほぐして伝えること)することで顧客満足度が上がります。

▲高付加価値化市場において、非常に重要な役割を担うガイド

一方で、どんなに豪華な体験設計であっても、現場のスタッフがその価値を理解せず、単にマニュアル通りに接客するだけでは、顧客の期待には応えられません。ラグジュアリー体験を謳いながら、通訳ガイドが文化的背景や歴史を十分に語れない場合、知的な満足を求める富裕層にとっては、失望につながります。

 

高付加価値を実現する「究極の顧客価値」設計戦略

1. 顧客の「隠れたコスト」を徹底的に削減する

高付加価値を目指す上で特に注視すべきなのが、顧客の「時間」と「心理的ストレス」です。

特に富裕層は、時間の感覚がとても厳しく、待たされることを徹底的に嫌います。現地への移動がスムーズであること、体験が60分~90分以内となるよう設計することが必要です。

また、かつて「お城に泊まる」というユニークな宿泊体験を提供した例では、天守閣のベッドからトイレまで数百メートルも歩かなくてはならないなど、ただ豪華にすれば良いと考えて顧客ニーズに合致しないものも見受けられます。

物理的な距離、煩雑な導線などによる“些細な不便さ”を徹底的に排除することが、大切です。

2. ターゲット顧客の「当たり前」の期待を超える

また、設備や機能は、ターゲット顧客が求める水準まで高め、彼らの「当たり前」の期待値を確実に超える設計が必要です。

たとえば、富裕層にとって宿泊施設は「ただ泊まる場所」ではなく、その土地の文化や美意識、サービスレベルが集約された“体験そのもの”です。設備面では、プライベート感のある部屋付き風呂や貸切対応、洋食・アレルギー対応など、彼らにとって「あるべき」要素を網羅することが前提条件となります。

そのうえで、希少性も鍵になります。たとえば、奈良の山間にある築150年の茅葺き古民家を再生した一日一組限定の宿では、何もない静けさや、季節によって現れる雲海といった自然の演出が、喧騒を避けたい富裕層のニーズと深く結びついています。

 

高付加価値に取り組む上での「壁」と、その先に必要な長期視点

高付加価値化を進めるうえで、現場ではしばしば組織的な壁と時間軸の壁に直面します。

1. 組織的な障壁をどう突破するか?

特に自治体主体で事業を推進する際の障壁は、「全ての関係者に平等に機会を提供すべき」という公平性へのこだわりです。

旅行とは、そもそも限られた時間・予算の中で「最も魅力的な選択肢」を選ぶ行為です。そこにある「不平等さ」を受け入れなければ、付加価値アップは実現できません。まずは「最も売りやすい、魅力的な商品」に絞って投資し、そこで得られた成功を起点に、周囲へと横展開するという考え方が必要です。

2. 長期的なコミットメントの必要性

もう一つの壁は、成果が見えるまでに時間がかかるという点です。特に富裕層マーケットでは、旅行の計画は1年以上前から始まることも珍しくなく、販売開始から即座に成果が出るとは限りません。

少なくとも1年、潮流に乗るには3年ぐらいの中長期の視点をもって、信頼の積み重ねを大切にし、ブランド育成のマインドをもって、じっくり取り組む姿勢が、結果として最も大きな成果を生み出します。

 

顧客視点を徹底するということ

高付加価値化に取り組むことは、自社や地域の本当の強みを見つめ直すと同時に、顧客視点を徹底するプロセスでもあります。これは旅行業に限らず、価格競争から抜け出し、持続的な利益を生み出すための有効なアプローチです。

すぐに成果が出る取り組みではありませんが、小さな成功の積み重ねが、やがて大きな信頼とブランドを築いていきます。地域や産業の未来を見据えて、着実に歩みを進めていくことが、何よりの力になるはずです。

(画像は全て、エクスペリサス株式会社提供

著者プロフィール

弓削貴久(ゆげ たかひさ) エクスペリサス株式会社 執行役員 国内B to G事業部長

株式会社地球の歩き方 で誘客プロモーション事業を多数企画・実施。2017年「地球の歩き方 _総合研究所」を設立し、復興庁・観光庁・環境省・スポーツ庁、地方自治体、DMO等と連携。富裕層誘客促進事業、ガイド人材育成、地域コンテンツ開発などを手掛ける。外国人旅行者に響く高付加価値な体験コンテンツを多数造成。2025年10月、エクスペリサス株式会社に入社。約8000社の富裕層向け旅行会社のネットワークを構築する同社にて、全国各地の高付加価値な旅・体験の開発支援を推進している。

 

 

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